セミの寿命

 暑い夏の昼下がり、扇風機が一台、首を規則的に動かしながら、部屋に気持ち程度の涼しさをもたらしている。太郎は、友達の次郎を家に呼んで、夏休みの宿題をやっていた。始業式まで残り一週間。計画的に毎日コツコツと進めていた次郎に対して、太郎は一切手をつけておらず、次郎に手伝ってもらおうと考えていた。

「太郎、お前、自由研究どうするんだ?」

自由研究、現段階で最も難しい宿題。太郎がその場で思いつくものは、どれも時間を掛けて達成するものばかりだった。

「一日で、もしくは数日で終わる研究って、何かないかな?」

「昆虫採集とか、自然の生態調査とか?後は、理科の実験みたいなことするぐらいかな。」

理科の実験。すぐに思いついたのは、梅干を見ると涎が出るという、研究になりそうにないことだった。太郎は寧ろ、自然の生き物と触れ合える前者に興味を持った。

「それなら、昆虫採集か生態調査がいいな。割と簡単に、すぐに終わりそうだし、近くの林でやろうかな。」

網を片手に、色々な昆虫を採取する姿を思い浮かべ、太郎は俄然やる気になった。

しかし、そんな太郎の出鼻を挫くように、次郎が口を開く。

「やる気になったのはいいが、これはこれで大変だぞ?まず土地の所有者に許可を取らないといけない。それから、日陰が続く林の中とはいえ、この蒸し暑い中を動き回らなければならないからな。熱中症対策をする必要がある。それと、林の中では、蚊とか蜂とか厄介な虫や触ると肌がかぶれる植物があるから、虫刺されや肌荒れに気をつけて、露出を抑えるとか、薬を持って行かないとな。それから、生態調査をするなら、夜行性の動物や昆虫もいるから…。」

「ちょっと待て!分かった!やっぱやめとく。下手したら、許可取りだけで時間を取られるかもしれないし。それにしてもお前、詳しいな。」

「去年、兄貴がそれやることになって、その手伝いをしてたからな。で、どうするんだ?自由研究。」

他に良い案が浮かばなかった太郎は、後でインターネットで何か無いか探すことにして、目の前の手の出せる宿題に移ることにした。

 それから黙々と、次郎に手伝ってもらいながら、プリント類や問題集を進めていく。気がつくと、ヒグラシが鳴く時間になっていた。太郎の母親が、仕事から帰ってきて、次郎に軽く挨拶する。キリのいいところで、二人は本日の勉強会を終わりにすることにした。太郎が持ってきたアイスを頬張りながら、縁側に並んで座る二人。庭の木にしがみつき、絶えず歌声を披露するヒグラシを見ながら、太郎は自嘲気味に笑った。

「夏休みもあと一週間。この一週間を命懸けで乗り切る、とか意気込んでいる俺って、なんかセミみたいだよな。」

茶化すように次郎が続く。

「それを言うなら、夏休み始めの一週間しかもたなかった、お前のやる気で例えた方が、しっくりくるぞ。」

「それを言われると痛い。」

二人で大笑いしながら、歌姫の方をじっと見ていた。

そこに、麦茶を持ってきた太郎の母が、割って入ってきた。

「二人とも、人間よりも短い生涯を必死に生きるセミを、笑いものにしては可哀想よ。短い期間に、次の世代に命のバトンを繋ぐのは、大変なことなんだからね。」

親が言うと、妙に説得力のある言葉に聞こえ、二人はヒグラシに申し訳なく思った。

「それと、セミらしさで言えば、太郎なんかよりも次郎君の方がよっぽどセミらしいんじゃないかな?」

母の次の言葉に、不思議そうに顔を見合わせる二人。次郎が「何故です?」と

聞くと、母はもったいぶって提案した。

「じゃあこれは、おばさんからの宿題ね!太郎もちゃんと調べるのよ。二人とも、セミのことをよく調べて見るといいよ。」

二人の頭を撫でて、母は、台所に戻っていった。残された二人は、もう一度顔を見合わせて、不思議そうにしている。

「俺がセミっぽい、ね。おばさんが、俺をからかうとかは無いと思うから、きっと真面目な理由なんだろうな。」

「いや、あれで母さんは、結構陽気だから。お前の顔が、セミに似てるんじゃないかぁ~?」

冷静に持論をまとめる次郎の頬を、両手で引っ張る太郎。帰る時間まで、茶化し合いに花を咲かせて、笑い合う二人だった。

 その夜、太郎は自由研究の題材を調べるついでに、セミについて調べていた。

「ああ、なるほど…。確かにあいつの方が適当だわ。」

次郎は、日々を無駄にせず、それが実り一ヶ月で宿題を終えていた。

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