まさかの居なくなる
K子と雪山を楽しめて、色んな季節をこれからも2人で楽しんで行こうと思った。そんな矢先K子が、
「会社終わってから、夜話しがあるので時間を頂戴」
と、言って来た。私はその時、次回の山を決めようと思い、ある程度山をピックアップした。
夜、会社近くのファミリーレストランで、夕食食べながら話す事になった。
「言いにくいんだけど、4月いっぱいで会社を辞める事にしたの。もう、社長には先月話した。凄く悩んだんだけど、関東を離れて、関西にいる単身赴任中の主人の実家に行く事にしました。前から主人のお母さんが具合が悪くて、主人が仕事行っている間お母さんを看る事に」
私は予想もしていなかったので、言葉が出なかった。
暫く沈黙が続く。
「そう何だ…それは仕方ないよね。仕方ないけど…思いもよらない話しで…しかも来月末…後、1か月。まさか居なくなるとは思ってもみなかったよ」
「はぁ~」ため息しか出てこない。頭では分かっているのだが、中々整理が出来ない。
「ごめんね。もっと早く言いたかったんだけど、言い出せなくて。私も一緒に色んな山を登って行きたかった」
こんなに味のしない夕食はない。暫く黙々と食べた。食べながら、何を言ったら良いのか考えた。
「仕方ないか。まだまだ沢山の山を一緒に登りたかったのに。15年近く一緒に働いてきて、最近互いに山に魅かれて行きだしたじゃない、こんな事ならもっと早く同じ山の趣味に気付けば良かった」
「本当にごめんね。でも、4月にあと1回山に行けるよ」
「今年の大きなイベント、白山に行こうって言ったよね。一緒に立山に登ってくれたM男さんと3人で。それでK子は、日本三大名山制覇だねって話ししてたじゃん。あれも行けないのか~」
「私もこんなに早く行くとは思ってなかったの。だけど、お母さんの具合がかなり悪くなってきてしまって。予定よりも早く主人の所に行く事になっちゃったの」
「そう何だ。いづれは行く予定だったのね」
「あっ、でも白山は何としてでも行くようにするから。M男さんとも約束したし、一緒に登りたいから」
「有難う。今月これから決める山と白山とで、K子と登るのは後2回しかないんだね」
私は、行きたい山をいくつかピックアップしていたが、K子に行きたい山はないか聞いた。すると前から候補に上がっていたが、栃木県内唯一の活火山、標高1,915メートル、「茶臼岳」に行きたいと言った。
白山を除けば後1回しか登れない。私はK子の行きたいと言った山に行く事にした。それから、食べた気はしなかった夕食を終え、茶臼岳を調べ始めた。楽しいはずの登山計画も、いつものように心弾まなかった。時折、目頭が熱くなるのをこらえながらスマホで調べる。4月でもまだ残雪がある。なるべく日程は後半の日曜日に設定する事にした。少しでも雪解けを待ちたかった。
2015年4月。「茶臼岳」に向かって出発。東京駅6時20分発のやまびこ201に乗って、那須塩原駅まで。そこからバスに乗り換えてロープウェイ乗り場まで移動だ。那須塩原駅に着き、バスを待っていると、私達(40代)よりも年上の登山装備の女性2人がバス停に来た。同じ登山者だと思い「おはようございます」と、挨拶を交わした。それから少し雑談した。バスの車中では、山での失敗談や骨折の話し、テント泊、海外での登山の話などを聞いて、とても楽しい時間が流れた。その話しの中で、登山歴50年の大ベテランである事も分かった。出だしから素敵な出会いがあり、幸先の良い1日となりそうだ。
今日はどんなコースなのかと聞かれ、今回は「茶臼岳」だけしか行かない事を話すと、
「勿体無い。朝日岳まで行けば良いのに。時間あるでしょう?私達は、朝日岳まで行くわよ」
「良いですね。行ってはみたいのですが、K子が先月の雪山登った時、体力に不安があると感じているので、無理しない事にしました」
私は、本当は「朝日岳」迄行きたかったが、K子の希望通り、「茶臼岳」の山頂でゆっくりのんびり景色を眺めて下山する事にしていた。
今までは、時間に追われて登っていたので、1つの山でたっぷり時間を過ごすのも悪くはないと思った。
ロープウェイ駅に着き、バスで知り合ったお二人賢人は、身支度を整え、先に出発して行った。私達は、「茶臼岳」しか行かないので、時間はたっぷりある。そこで今回ロープウェイ駅の中で、朝からラーメンを食べて行く事にした。朝早かったので、小腹が空いていた。
「こんなに、ゆったりと始まる登山はなかったね。朝ラーメンまでしているし。今日はのんびり登山だ」
と、K子と話していた。
腹ごしらえも済ませ、やっと山頂に向けて出発。ここから1時間弱で山頂だ。
いつものように、登りは私が先に行く。そして後ろを振り返り、K子の登山中の写真を沢山撮った。私が山行記録をアップしているサイトで、顔が分からないよう配慮して、K子を沢山アップするつもりだった。
余り疲れる事もなく、「茶臼岳」山頂に到着。山頂は30人位の人がいた。観光客らしい軽装な人、これから縦走するのであろう登山者達。茶臼岳は山頂が広くゆったりとしていて、眺めも360度のパノラマで沢山の山々が見渡せた。
私は余りにも多くの山に、名前が分からず後からチェックしようと、広い山頂をぐるっと回りながら動画撮影していた。撮影が終わりK子を探した。すると、バスでお会いしたベテランの賢人お二方と話していた。
「どうも、山頂は広くて凄く眺めが良いですね。朝日岳も見えてますね。あちらまで行かれるんですよね」
「ねぇ、私達も行ってみようよ、朝日岳」
「えっ、良いの。私は行きたかったから嬉しいけど」
「お二方と話していたら、パワーもらって行きたくなっちゃった」
「私達が、朝日岳の話しをしていたら、段々興味を覚えたみたいよ。良かったじゃない」と、賢人達が私に言った。
「有難うございます。そうなったら、もうそろそろ出発した方が良いですよね」
K子と私は、賢人達と一緒に出発した。だがこの先に待っていたものは…
私も茶臼岳に決まってから、4月はまだ残雪があるので、山好きサイトで近々の山行記録を見ていたが、茶臼岳から朝日岳までの間、剣ヶ峰をトラバースする際に凄い傾斜に残雪があり、ピッケル、アイゼンがないと滑落しそうな危険な感じの場所があった事を思い出した。暫く歩くと、正にそれが目の前に現れた。まだ残雪があり、近くで見たら凄い傾斜だった。足の置ける幅も両足で立つ幅しかなく、ちょっとでも下の方に足を置いてしまったら、滑って下まで落ちていきそうだった。凄い緊張が走る。足がすくむ。賢人達からアドバイスを貰い、慎重にストックを突き刺しながら、足の置き場に気をつけ一歩ずつ確実に歩を進める。凄い緊張の中、何とか渡りきった。K子が気になり後ろを振り返ると、姿が見えない。
「うん?どこに行った?」
他の登山者の方が次々に渡って来られ、最後の方が渡り終わり、その先にK子の姿があった。しゃがみ込んでチェーンスパイクを装着していた。賢人達と見守る中、K子が慎重に渡ってくる。何とか渡りきり、
「私、もう怖くてどうしようかと思った。他の方に先に行って貰い、チェーンスパイク装着したの。本当に怖かった」
賢人達に見守られながら、無事に渡りきり暫く行くと、又第2弾が現れた。2箇所あったのだ。今度はトラバースの距離が長い。
「えっ、又あるの?又、帰りもここ通るんだよね…」
「又、チェーンスパイク装着してゆっくり来て」
先に賢人達が行く。暫く賢人達の後ろ姿を見送り私も出発。
無事に皆んなトラバース成功。
「取り合えず、ホッとした~」
皆んなで顔を見合わし微笑む。
「ストックの使い方上手くなっていたわよ」
と、賢人達にお褒めの言葉を頂いた。賢人達は、ここで休憩するとのことなので、私達は先に行く事にした。
「K子、無事にトラバース出来て良かったね。私も凄く怖かった」
「えっ、本当に。そうは見えなかったよ。トラバースする箇所があるから、チェーンスパイク、もしくはアイゼン持っている?と賢人達から聞かれたけど、想像を超えてたね。取り敢えず良かった」
トラバースを無事に終えた事で、もう山頂に登ってしまったかのような安堵感立ち込める中、朝日岳に向かう。今回、突然の予定変更ですっかり時間を読むのを忘れていた。一刻も早く山頂に着いてすぐ下山しないと、帰りの特急に間に合うバスに乗り遅れてしまう。指定席を取っていたので最悪は何とかなるのだが…
山頂に着き、5分程景色を眺め、動画撮影し、急いで下山。途中賢人達とすれ違う。
「あら、早いわね〜。もう、下山するの?」
「バスの時間が気になり始めましたので、早々下山します。今日は、お会い出来て良かったです。有難うございました。また、あのトラバース頑張ります。お気を付けて。失礼します」
「気を付けてね。私達も楽しかったわ」
と、挨拶を交わしお別れした。
どんどん下山し、無事にバス乗り場まで到着。安心した。
安心して小腹が空いたので、バスを待つ間休憩所の中に、軽食とお土産さんがあり、そこでブタまんを買って食べ、ちょうどバスが来たので乗り込んだ。
小腹満たされ、心地良い揺れに眠りに着いた。
駅に着き特急に乗って、トラバースの話で持ちきりだった。
「何か、最後に凄い経験したね。賢人達のおかげだね」
「私、トラバース怖かったけど、今思えば朝日岳まで行って良かった。一緒にあの体験出来て良かった。有難う」
「こちらこそ、有難う。朝日岳決断してくれて。思い出に残る山になったね」
K子とは色んな体験をしてきた。山では想像しない事が起こる。それも2人で乗り越えて来た。互いにしか分からない熱いものが込み上げてきた。
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