第19話 嗚呼、異世界奇跡は起こるよ何度でも

「ったく、軽いぞもう。ちゃんと食わないと」


 俺をアインを背負って、村に急ぐ。これまでの苦労が背を通して伝わるぜ。

 でも、今日までだ。もうすぐ村につく、飯も寝床も、教育も受けられるぞ。コンドルたちもペットとして飼ってやろう。


「けど、まずやっぱ風呂だな。臭うし……あ、俺がじゃないぞ、あのキモイモムシの液のせいだぞ?」

「」

「しかし右腕は戻らねえな。何かこうコツとか掴めるといっきにバーッとパーッと行きそうなんだけどな」

「」

「ん? ああ、まあ眠っとけ。疲れたろ」


 大丈夫大丈夫、薬草包帯で頭に撒いてるし。何より織姫たちがいるんだ、俺を簡単に復活させてるし楽勝楽勝。それより部屋はどうすっかな、やっぱり最初は寂しいだろうし同じ部屋に置いてやろっか。




「うっし、着いたぞ」


 半日も離れてないのになんだかんだ懐かしいな、うん。しかし趣味の悪い城だぜ。もっとこう親しみやすくできないもんかねえ、親しみやすい城ってものよくわからんけど。

 

「……先輩」

「おお、都戸」


 よしなが俺たちの前にふっと現れた。これも魔法だろうな。しかし幸先が良いぜ。早く治して悪いことはないからな。こりゃ今日のうちに城の案内とかも出来ちゃうかもな。驚くだろうな、プール何て知らんだろおまけに温水だぞ温水。


「アインを治してくれ」

「?」


 よしなは俺達の傍までとことこ歩いてきて、アインを見るとぎょっとしたように後ずさった。おいおい人見知りか? ん? あ、そうか。


「すまん、臭いのはわかるけどさ。アインを治してくれ、頼むよ」

「治……す?」

「そう、いつも俺で呪文試すときやってるだろ? ほら」


 よしなに寄ろうとすると、また後ずさる。おいおい、流石に笑えないぞ。


「わかったよ。ほら」


 俺は『果てない小袋』から毛布を取り出して床に敷き、アインをゆっくり降ろして2、3歩下がる。


「さ」

「せ、先輩……?」


 なんだその顔は? いっつも無表情、冷静沈着がお前の売りだろ、怯えて様な顔するなよ。それでもいいけど治してくれよ。


「よしなちゃん~?」

「あ、志川木。良かった助かった」

「大吉く……」


 笑みを絶やさない真矢の表情がひきつった。ありゃりゃ、お前もかよ。なんだよ全く……はは~ん、鎧の力をものにしだした俺にビビってるな。愉快愉快。けどいまはあんまり嬉しくねえ、アインだっていつまでもこのまんまじゃ埒が明かねえしな。


「アインを治してくれ。いつもやってるやつだよぱーって、ぽわ~って」

「だ、大吉くん? この子は?」

「おう、アインだよ。俺の弟子で舎弟でな、ちょっと怪我してるから治してくれ。都戸はなんか調子悪いみたいでさ」


 真矢がアインの側に膝を降ろす。よかった、よかった、もう心配ない。


「だいきちさん、どうしたの?」

「そのこだあれ?」

「おうおう聞いて驚け、俺の舎弟で一番弟子のアインだ」


 いつのまにか孤児たちが集まってきてる。こいつらにはいいお手本になるだろう、お勉強も大事だけど尊敬できる人間が傍にいるのも教育には良いんだ。お父ちゃんお母ちゃんたちが傍にいた俺がこんな立派になってるんだから間違いない。


「けがしてるの?」

「まあな、すぐに―」

「大吉くん……」

「おう、言ってる間に―」


 魔法の光と、真矢の言葉に振り返った俺の目の前には、すっかり傷が治って寝ているアインの姿があった。


「お、流石!」

「あのね……」

「サンキューな!」


 俺は真矢の手をがっしり握手する。真矢の体が大きく震えた、しまった俺は臭いんだよな。でも今日くらいいいだろ。


「どれくらいで目覚ます? 安静にしといた方がいいなら、部屋に運んで寝させるけど?」

「先輩」

「飯はやっぱり消化のいいのがいいよな、たしか『イタチ貝』が残ってたから―」

「先輩」


 俺の手、っていうか鎧の籠手をよしなが掴んで引っぱった。

 珍しいこともあるもんだ、よしなの顔には動揺が浮かんでる。眉が下がって、目が潤んで、唇が言葉を出すのを躊躇ってるみたいに閉じたり開いたりしていた。


「どした? 『イタチ貝』好きだっけ? でもよお、今回は病人だし―」

「違う」

「ん?」

「病人、じゃない。死んで、る」


 よしなの顔をひっぱたきそうになって、辛うじて抑えた。


「おい、いくらなんでもそれはあれだぞ。怒るぞ」

「違う、本当に」

「大吉くん」

「志川木、これは絶対によ、都戸が悪いぞ」

「その子は……ダメなの」

「……ああ、そうか。いいよ、もう。俺たちは部屋にいくよ」

 

 ムカついてはいたが、こういう事するやつとは思ってなかったけどな。アインを背負っていこうとする俺に、真矢とよしながしつこく絡んでくる。


「聞いて、回復魔法も万全じゃないの。その子は時間が経ちすぎてて……」

「蘇生魔法も試してみる、だから……」

「うるせええええええええええ!」


 堪えろ、堪えろ。子供たちが怖がってるし、アインが起きちまうじゃないか。


「俺はじゃあなんで今ここにいるんだ⁉ 治ってんだろ⁉ だったらアインだってそうだろ⁉ なあ⁉」

「だから、重傷だとすぐに魔法を使わないと……」

「なによ、うるさいわね」


 ああ、織姫が来た。そうだ、最初から織姫に頼めばよかったんだ、腕は一番らしいし、こいつもムカつくけどさすがにこんなことはしないだろうしな。


「ああ、なんでもないんだ悪い」

「なんでも……あんた、その背中の子」

「アインだ、俺の弟子で舎弟なんだ。良い奴なんだぞ? ちょっと怪我してな、治してくれ」

「……メ、救世加護(メシアルーラー)!」


 神々しい光が俺達に降り注ぐ。おお、体の痛みが引いていく。流石だぜ。


「ありがとな。やっぱりお前に―」

「ご、ごめん」


 織姫が、頭を下げた。


「今のが私にできる最高の回復蘇生呪文……ごめん」

「ん? なんで謝る?」

「だから……」

「治ってるだろ? 寝てるだけなんだよな? こんなのよりよっぽどひどい俺の怪我ずっと治してきたじゃないか。憶えてるか? ベヒモスにやってた魔法。あんなの俺原型なくなってるだろ普通」

「先ぱ―」

「お前は黙ってろおおおおおおお‼‼」


 いかん、まただ。いかんいかん冷静になれ、あんな嫌がらせ笑って流すんだ。


「悪い、部屋いくな」

「待って」


 今度は、織姫が俺の籠手を掴んだ。爆発しそうになるのを、深呼吸で誤魔化す。冷静にれいせいにレイセイニ。


「その子は、もう目覚めないわ」

「……だから笑えねえってば。やめろよ」

 

 レイセイニそうれいせいにおこるなよくないぞハヤくあいんをねかせて。


「聞いて大吉。回復魔法も蘇生魔法も、怪我してから時間が経ちすぎてると……例えば自力で治ったりふさがったりしたりすると効かないの。その子は……」

「やめろおおおおおおおおおおおおおお‼」


 無理。

 もう無理だ。


「アイン! 起きろ! 見せてやれ! 治ったって!」


 アインを降ろして、頬を叩く。

 起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、起きてくれ。なんで目を閉じる立たないこんなに冷たい嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。


「頼む、なんでもする! なんでもする! アインを治してくれ! 織姫!」

「大吉……」

「お前らすごい魔法使いだろ⁉ 『三天女』だろ⁉ 真矢!」

「大吉くん……」

「こんな城だってなんだって持ってるじゃないか! 俺が治せてなんでアインがダメなんだ⁉ みとれ!」

「先輩……」


 やめろ、そんな目で見るな。申し訳なさそうな、後悔と、謝罪の混じった目。やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ。


「いやだ! なんでだ! アインは……アインは……アインなんだぞ⁉ 助かるんだ! そういうやつなんだ! ここは異世界『マキュラール』だぞ! 剣と魔法の国だぞ⁉ 俺……俺すごい鎧あるんだぞ⁉ なあ! なあ!」

「その子はもう……」


 誰に言ってる? 織姫? 真矢? みとれ? クソ村? 俺? わからない、わからない。

 漏れる、声が、涙が、鼻水が。叫ぶ、呪詛を、憤怒を、悔恨を。あそこに織姫、真矢が、みとれがいたら、アインは助かった。

 俺がいたから、アインは―


「死んじゃった」

 

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