第14話 嗚呼、異世界聖人君子

「お頭、こいつなんなんですかい?」

「へへっ、大枚叩いて買った『おおゆびむし』……よ!」

「ぎいいいいっ!」


 お頭って呼ばれた髭面山賊が、キモイモムシに鞭を振るう。叫び声まで心底気色悪いぜ。不協和音? うわ皮が破けて汁でてる汁! 緑色かよ!


「おら! ご主人さまは! 俺だぞ!」

「ぎい! ぎい!」


 鞭の音で、ゴブリンどもが怯えて縮こまってやがる。『服従』させる効果があるのかあの鞭は。『魔物使い(サモナー)』崩れで間違いねえ。


「よし! 繋いどけ! 続きは明日だ!」

「「「「うす!」」」」

「ぎい……」

「ふふふ、こいつがいりゃあ仕事も捗るってもんよ」


 世界一キモイ調教シーンをお見せして申し訳……いや、意外とニッチ層に受けるのか? げ、うんこ漏らしてる。ゆ、湯気が立って糸引いて……い、いかん……うぷ……あ、危なかった。よく頑張ったぞマイストマック。


「し、師匠」

「おう、帰ろう」

「こ、このまま?」

「あったりまえじゃん! 見てないのかよあれ? 触っただけで病気になるぞ⁉」


 そして強さがわからねえ。ここらへんの魔物じゃ絶対にないからな。どっかから仕入れたもんだ。未知数の相手が一番怖い。

 あ~また鳴き声が……。


「耳が腐るぜ……ほら、いくぞ」

「……お、おれ村に知らせてくる」

「……は?」

「だ、だって危ないよ。こいつらが村にいったら皆……い、言うだけでも……」


 ……むかつく。

 なんでこう良い奴なんだか。すごく良い奴が絶対改心しないっぽい悪い奴を助けるシーンを見ると俺はいつも腹が立つ。大体助けられたくせに難癖付けてきやがるんだ胸糞悪い。


「お前ねえ……散々やられてきたんだろ? なんで助けるよ? 言っとくけどな、仲直りなんてできないぞ。そういう連中なんだ」

「それでも、いいよ。やりたいから……やりたい。皆大っ嫌いだけど……でも……こうなんていったらいいかわかんないけど……こういうの……」


 Oh……

 これじゃ俺が偏屈なみたいじゃないか。いや、実際そうか。目の前にいるのはごくごく普通のまっとうな性根の聖人君子ってやつだ。


「わかったよ。ただし、言うだけだぞ?」

「! ありがとう!」

「嫌々やってるんだからそういうのいいの。コンドルに案内してもらえ」


 そして聖人君子はいつだって苦労するし早死にだ。何故って? 聖人君子だからさ。だから、俺みたいなやつが守ってやらないとな。……舎弟第一号だし。

 ああ、もう輝かんばかりの笑顔やめてくれよ。心がちくちくしちゃうの。




「ぎいいいいいいいいいいいいいいいいいっ‼」




 ドゴーン。ドガーン。ドオーン。

 まあそれ系だわな。でっけえ音と衝撃波、木の破片がパラパラ降ってきた。


「お、お頭! 虫が!」

「ば、バカ野郎! ちゃんと繋いでおけっていったろう!」

「じ、自分から引きちぎって―」

「ぎいいいいいっ!」

「ぎゃっ!」


 手下1っぽいやつが、キモイモムシに押しつぶされた。

 キモイモムシは大きくのけ反ると、キモ口からキモ触手を蠢かせてキモ液をまき散らして、キモ叫び声をあげる。さて、何回キモって言ったでしょう?


「ぎいいいいいっ!」

「野郎!」

「殺すんじゃねえ! こいつにいくらかかった思ってやがる!」


 弓やら槍やらを構えた山賊たちが一瞬硬直した隙を見逃さなかった。

 キモイモムシは猛然と森の中へ突っ込み、木をなぎ倒して下って行った。


「追え!」


 お頭の叫び声で、山賊はもちろんゴブリンも急いで身支度を整える。統制が取れてるな、死人も出てるだろうに動揺が少ねえ。さっき突っ込まなくて益々正解だったな。しめしめ、追撃に夢中でアジトががら空きだ、金目のもんを奪ってさっさと―


「!」

「⁉ お、おいアイン⁉」

「村の方だよ!」

「え⁉」

「村! 村に行ってる!」

「ま、待て!」

 

 ダメだ、聞こえてねえ。

 アインが猛然と駈け出した。バカ野郎、キモイモムシどころか山賊、ゴブリンと鉢合わせしたっておめえはやられちまうんだぞ!


「うお!」


 くそ! 鎧め! 空気読めよ! 少しくらい軽くなったりしろ! そういう場面だろ今は!





 


 


 

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