第10話 嗚呼、異世界舎弟第1号
干し肉、携行食糧、小銭にボロ服……小銭はありがたくいただくとして、数は多いがろくなもんがねえなあ。盗人にしてももっとシャンとしろシャンと。
「う~ん……」
「お」
野郎め起きやがったな。
「ん……わ? な、なにこれ?」
すでに縛ってあるのだよふふん。その細身では抜け出せまい。拘束用の縛り方を下剋上のために学んでいたのだ。
「く、くそ」
「それとお前、生鮮食品が少ないぞ。栄養バランスを考えろ栄養バランスを」
「う、うるさい! これを解け!」
「はっはっは、聞こえないなあ。それよりこそ泥しててなんだこの貧相な家は。まっとうに生きなさいそっちの方が楽だぞ」
みろ、いいかえせなくて俯いてやがる。
ああ、自分より立場の弱い相手を正論で詰るのって楽しいなあ。3悪女のあいつらに口ごたえするとぶちのめされるし、居候どもは気の毒でそういう気にならない。その点こいつはいい、やっぱり人間には見下す対象がいるのだ。世界平和の基本だね。
「離せ! 離せよお!」
「いいやだめだね、盗賊ならいくらか懸賞金があるかもしれねえ。近くの保安所に突き出してやる」
「く、くそ」
「ぬはは、気持ちいい!」
「てめえ、憶えて……ん? なんだ?」
突然ガキが鼻を鳴らし、付け根と眉間に皺を集合させる。
「くさっ……臭いぞ? お前か?」
「んな⁉」
「本当に臭い……うえ」
「だ、黙れ!」
幸福な時間を叩き壊された。絶対わかるわけがない、出発前に風呂に入ったんだぞ。取りあえず『小袋』から消臭ハーブを取り出して体にこする。気にしてるわけじゃないぞ、ただの気分転換だ。
「うわ……」
「なんだその顔は⁉」
「その、匂いが混ざって……う……」
「臭いくないよね? 臭くないでしょ⁉ ねえ!」
「グル……」
答えは低い唸り声と足音。洞窟の中に木霊するそれは段々近づいてきているようだった。足音からすると、かなり重量のあるものが歩いてきているみたいだ。魔獣か?
するとガキが顔色を変えて暴れ出した。必死に縛ってある縄を取ろうとしてるが、馬鹿めそんなのではビクともしないのだ。
「おい、なんだあれ? 知ってるのか?」
「マ、マイティベア!! これ外して! お願い!」
涙目で俺に縋ってくる。言葉まで変えて、そんな相手か? ガイドにはそんな名前の魔物は乗ってなかったぞ?
「グウウウウウ」
俺の疑問はすぐさま解消された、姿を現したのは、2足歩行でやたらマッシブな2メートル近い大熊だ。爪も刃も、元の世界の動物園やテレビで見るのとは違う。冗談みたいなでかさだ。あれだと噛んだり引っ掻いたりしにくくないのか?
ともあれなるほど、ガキが怖がるのも無理はないか。
「外して! ねえ! ねええ!」
「ガアアア!」
「よっと」
小気味よい金属音がして、俺はマイティベアの一撃を難なく左手で受け止めた。身じろぎもしない。
マイティベアも、視線を外すわけにいかないから見えないが、ガキも仰天してるだろうな。ぐふふ、うれしい。
「ガ‼」
熊野郎が放った、逆手の薙ぎはらいを俺はダッキングで躱す。力は十二分だが、速さはそこまでじゃねえ。
「おら!」
ハートブレイクショット! 絶対防御の鎧は攻撃に転じても強いぜ。奴はだらしなく泡と舌を吹き出して、倒れ込む。間髪入れず、脳天を踏み抜いてぶっ潰す。頭蓋骨が砕ける、気持ちのいい感触と音がした。ナイスコンビネーション!
「どうだ、このやろう」
「す、すげえ!」
視線を外して振り返ると、ガキが目を輝かせて俺を見ていた。
「ね、ねえ」
お、態度が軟化してるぞ。こっちがこいつの素なんだろうな。
「つ、強いね」
「ま、まあなあ」
「冒険者?」
「そんなところだ。大いなる目的もあるけどな」
「⁉ よ、よくわかんないけど。お、俺を弟子にしてくれない? 俺、強くなりたいんだ!」
おお? 意外な展開だ。弟子だ弟子、これは来てますよ来てます。
「ふうん」
俺は考えるふりして背を向ける。実は答えは決まってる、俺の下剋上計画には人手がいるし、初めて得られそうな仲間を無下にしたくもない。とはいえ、すぐ裏切られても嫌だしな……。もっと焦らそう。
「どうしよっかなあ」
「なんでもするよ!」
「……よし、俺この先のアベレ村に用があってきたんだけど、それを手伝うならいいよ」
振り向いて、ガキの様子を伺う。一瞬、目に何か怯えみたいな光が浮いた感じがあったが、すぐに消えた。膝をそろえ、俺に頭を下げる。
「やるよ! だから弟子にして!」
やばい、笑いそう。こらえろ、こらえるんだ!
「……い、いいだろう。けど手錠は解かないぞ。危ないからな」
「! うん!」
う、純真っぽい顔に罪悪感が……。いかんいかん、俺はあいつらをひれ伏させる目的があるのだ、情けは無用。部下1号ゲットだぜ。
足の縄を解いてやりながら、俺はガキに大事なことを尋ねた。
「あ、お前名前は?」
「アイン! アインだよ!」
……名前を忘れないでやろう。うれしいからじゃないぞ? 記念すべき第1号だからだぞ? そこを間違えないように。
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