第4話 嗚呼、異世界着脱不可
『マキュラール』で広く信仰されている『ストク教』の神象が俺達を見下ろす。『慈愛』をつかさどる神様で、厳めしいおっさんが息絶えた子供を抱きかかえて泣いている。元々は戦好きな神様だったが、自分の起こした戦争で息子を殺しちまってから『慈愛』の神様に変わったらしい。だったらこんな像にしなくてもいいと思うんだけどな、悪趣味だろこれ。
「う~む……」
「ダメっすか?」
不可思議鎧に包まれた俺は、どうしてもそれを脱ぐことができずリオと一緒に神父様に助けを求めた。こういう時は聖職者か長老に話を聞くのが一番だ、で、俺は長老と親しくない。
神父様は仰天し、古い本を持ちだしていろいろ調べたり、魔法で呪いを解こうとしてくれたが、悲しいほどに鎧はそのんまだ。
「解呪魔法で脱げないとなると、呪いじゃありませんねこれは。脱げないことが特性なのかもしれません」
「げえ⁉ なんだよそれ⁉」
「じゃあお風呂にはいれないの?」
「心配はそこじゃ……いやそれもそうだ!」
まずいぞ、だんだん暑くなってるし汗疹が出来ちまう! それに、このまま一生このボロ鎧を着たまま……ますますあいつらに馬鹿にされる!
……ん?
「あ、あいつらなら外せるかもじゃん」
「あ、そうですねえ。ここにない書物も持ってるでしょうし、その鎧が何かわかるやもしれません」
「へいき? だいきち?」
「おう」
なーんだ、拍子抜けしちゃったなあ。無駄に呪文や曰くつきの道具に詳しいあいつらにわからないこともないだろうし。頭を下げるのは嫌だけど、このまんまってのはもっと嫌だしな。
「よっし、草むしり終わらせるか」
「だ、大吉君? 早く行った方がいいんじゃないかい?」
「依頼っすから。それに……」
リオは神父さんの陰に隠れて、裾を掴んでふるふる首を振る。白骨死体のあるところで草むしりは怖いよなそりゃ。神父さんもやれとは言えないだろ。一応離れたとこに埋めてやったけど、はいそれで終わりってはなあ?
「……すいません」
「なんのなんの。お前は中の掃除でもしてな」
「う、うん」
俺は教会の敷地の隅に戻って、草むしりを再会した。鎧が若干重いが、鍛えてるから平気だもんね。とはいえ籠手のまま草をするのは骨が折れるぜ、こう、どうにか挟んで……んんっ、抜きにくい!
「ん~」
特にこの石畳ぎりぎりで生えてるのがなんとも―
「あら?」
草が抜けた。土と、石畳の一部と一緒に。というか、むしりとっちまった。端が欠けて、ヒビが走る石畳が後に残された。
「あらら?」
石畳の真ん中に、指を突いてみる。
豆腐でも突いたみたいな儚い抵抗を押しのけ、指がめり込んでいく。そのまま入り込んでいって、拳が石畳を圧し壊しながらめり込んでいく。手首までずっぽりだ。
「あららら?」
落ち着くのだ俺。冷静に冷静に。
この現象に対する推測はそう多くない。
1、この鎧が俺をパワーアップさせた。
2、なんらかの作用で世界中のあらゆる物質がもろくなった。
「……」
俺は森に少し入って、大きめの木の幹に狙いを定めた。普段の俺なら、パンチで表面に小さい凹みを造れるくらいだが……。
「おら! ……おおお⁉」
鎧に覆われた腕が、泥に突っ込んだみたいに容易く幹の中をぶち抜いて貫通した。そのまま横へ動かすと、腕は幹を引き裂いていって外へ出る。木が倒れ、顔にかかったおがくずや、跳ねた泥を拭いながら、俺の心には歓喜が沸き上がっている。
「これだよこれ! なんだちゃんとあるじゃん!」
異世界に来たんなら、こういうのがないと!
「いよっしゃああああ!」
反攻の時、来たれり。天は俺を見捨てなかった! 色々言ったけど取り消すぜ、これから毎日お供え物しないとな!
「おっし! まずは―」
草むしりを終わらせないとな。あんまり石畳を壊すと困るだろうから、コントロールに慣れるためにも加減しないと。それに試したいこともまだあるぞお。
織姫たちの住まいは大きな城だ。日本のじゃなくて外国っぽいやつな。
魔法で作った不可思議施設で、城の中の広さは外見の3倍くらいあって。プールに映画館、屋内競技場と明らかにおかしい規模だ、電気製品もない世界のくせに魔法はなんでもありだな。ここに住んでるのは悪魔どもと孤児だけで、他の連中は外に並んだ小さな家に住んでる。
俺は悪魔どもが、食堂から出てくるところを待ち伏せる。いつも作ってやってる俺がいないせいかあいつらがやってるみたいだな。ああ、いい気分。
「あ、だいきちさんだ」
「おりひめさんおこってたよ」
「おうちによごれたのではいっちゃいけないんだよ」
「しっ、静かにしなさい」
子供が集まってくる。戦争、貧乏、その他色んな事情で誰にも助けてもらえない孤児を、あいつらは拾って飯やら勉強を教えて個室まであげてる。いや、別にそれはいいんだよ、けど俺だってもらってもいいじゃん色々やってんだから。なのに倉庫と兼用とかふざけてるぜ。
「全くどこほっつきあるいてんのあいつは」
「お」
出て来たぞ、エプロンなんぞつけやがって。憎むべき3人の悪魔ども、俺の未来を閉ざす暗雲。クソハゲボケのうんこたれめ、今日を記憶するがいいぜ、てめえらが俺の足元にひれ伏す日だ。名前は何がいいかな、『大吉の日』とか?
おっと、あいつらが行っちまう。仕掛けるぜ。
「でこっぱげえええええええ! てんちゅうじゃああああああ!」
叫んで、走る。何? 不意打ちすればいいのにって? バカ、それじゃ楽しくないだろう? 真正面からぶっ潰してこそスッキリするだろ。
振り返った織姫の額が瞬時に赤く染まり、血管が10本近く浮き上がった。でこっぱげ。あいつが最も嫌う悪口だ。真矢とよしなはまだ声に驚いてて反応できてねえ。魔法使いは肉体面がお留守だぜ。
「雷光刺鎗(ボルテック・ランス)!」
詠唱とともに織姫の手から雷が生まれ、槍を形作る。放たれたそれは、俺の目ではとても追いきれない、ピカッと光が一瞬見えるだけ、したがって防御行動もできない。
だが―
「ぬはっは!」
「⁉」
雷槍が鎧の胸のあたりに当たって、はじけ飛んだ。
見ろ! あの驚愕の表情! この鎧は魔法を無効化できるのだよ。ギルドに依頼完了の報告がてら、いつも隅で飲んだくれてるマウラ爺さんに豆ビール一杯と引き換えに試してもらったのさ! 技量が段違いのあいつらに通じるか不安だったけど……終わりが良ければよし!
「死ねやド外道ーっ‼」
ついに……ついに始まる俺の下剋上! 肉弾戦なら俺の方が絶対強い! 17年間の恨みを見よ! ぬははははは!
「催眠(スリープ)」
「はは! 効かねえといっただりろおお……」
あれれ? なんで眠く……いかん足がもつれ……あんな基本の魔法に……。
「この野郎!」
「ぐばあ⁉」
倒れかけのところに織姫の見事なアッパーカットを食らって、折れた歯と血の味を感じながら、俺の意識は暗転していった。
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