犯人はエドモンド
紅
文庫選びは慎重に
高校三年生になってから、僕はやっと自分の進路と向き合った。
今までやりたいことも見つからず、部活にうちこむこともなく、ただただぐーたら毎日を過ごしている。
そんな僕にもやっと焦りと危機感がやってきた。
なぜかって?周りが受験だ進路だと、騒ぎ出したからだ。今まで一緒にぐーたらやってた仲間が、一人また一人と血相変えて勉強を始める。
友達と交わす日常会話の内容ですら進学先の学校のこととくれば、もう僕も勉強を始めるしかなかった。
取りあえず形から入ってみる。
シャーペンや消しゴムを新品に変えて、ノートも今まで使ってたのがまだ残っているのに、わざわざ新品に買い替えた。でもそんな子供騙しが通用するのは、大概1週間ほどだ。
案の定、僕は1週間で手元をノートと教材からアイスとゲーム機に変えた。
そんな恐れ知らずの僕を再び奮い立たせたのが、みんな大好き定期テストだった。
机の上がアイスの残骸とゲームカセットの僕からすると、テストの結果は明白だった。
僕は人生初、母さんから勉強でこっ酷く叱られてゲーム機没収とお菓子禁止令を言い渡される。
そんな僕に追い打ちをかけるように、母さんは問題集を買えとお金を持たされて家を出された。
トボトボと歩きながら僕は握りしめた紙幣に目をやる。これでお菓子を買えたらなぁ……。
さすがに憤慨したあの母さんを更に燃え上がらせるなんて、今の僕にはできない。
僕は大人しく問題集を買いに書店へ向かった。
足取り軽やかにとは行かないけれど、本は別に嫌いじゃないし嫌々行くわけでもなかった。
書店へ着くと、母さんに言われた通りまず問題集を探す。お目当ての問題集を一目で見つけて「うぉおお」と思わず叫んでしまってから、ここが書店ってことを思い出した。周りの「静かにしろ」って視線が背中をチクチクと攻撃してくる。
そんな視線から逃げるように僕は文庫本コーナーへと向かう。
移動したのにもかかわらず、まだ追ってくる視線を避ける為、文庫の本棚にしゃがんで隠れた。
今思えばこれが運命の始まりだったのかもしれない……。この「しゃがむ」という普段からする当たり前の行動をしたおかげで、僕とこの文庫本は出会ってしまった。
僕の目の前には、奇抜な題名のミステリー小説があった。
題名は「犯人はエドモンド」
見た瞬間から僕の頭をたくさんの疑問が駆け巡った。
その中でも1番大きな疑問は、もうお分かりですよね?ミステリーのはずなのに題名に犯人が出てる小説なんて、僕は未だかつて出会ったことがない。
そしてエドモンドという固有名詞にも、僕は親近感が湧いた。そして僕は見た瞬間から、その世界観に引き込まれていった。
まずは手に取る、恐る恐る1ページ目をめくった。
書き出しはこうだった。
僕の名前はエドモンド
えええ、いきなり犯人きたんだけどぉ……。
僕はしゃがんだまま小声で叫んだ。
書き始めからエドモンドが来るなんて思いもよらなかった。なんだかエドモンドって朗読するのが僕には恥ずかしい。
そんな気持ちを堪えて、僕は小説を読み進めた。
僕はエドモンド、周りからはエドとかモンドとか呼ばれてそうだけど、みんなは一貫してエドモンド呼びを通した。
僕はハーフだ、どこのハーフかはお母さんに聞いても教えてくれなかった。じゃあなんでハーフって分かったかって?それはエドモンドだからだ。
エドモンドって名前の日本人はいないだろ?
理由なんてそれで充分だった。
エドモンドエドモンドうるさいなこいつ、そんなことを思いつつも僕はページをめくる手を止めない。
僕には今日、重要な任務がある。
それは給食集金を集めて先生に渡す係りだ。前にもしたことがあるので、ちゃんと出来るか不安になることはまずない。前と同様集めて渡すだけだ。
エドモンドはみんなの机をまわって集金袋を集めた。
そして先生に渡すまでしっかり管理しようと、自分の机の奥に入れた。
メロディーチャイムが鳴って終礼が始まると、担任の長渕先生が「給食集金集めた人持ってきてくれ」と言った。エドモンド、そう君の出番だ。
でもエドモンドは動かなかった。
僕、給食集金なんて知らないな〜。みたいな白々しい真顔をかましている。
みんな、こいつなにやってんの?さっき集めてただろ!って顔でエドモンドを見た。
するとそれを見て長渕先生が「エドモンド、今日は給食集金の係りだったよな?」と言った。
エドモンドはそれを聞いて少しビクついてから「僕は知りません」を突き通した。
いやまて、完全にお前だろ!!!
僕はまたもや、ここが書店であることを忘れて叫んでしまった。
でも突っ込みたくなる内容すぎて、声を出してしまうのも仕方ないと理解してもらいたい。
だってこの話、今のところエドモンド以外の犯人を連想できない上に、題名が犯人はエドモンド。このまま急展開もなく行けば、犯人はエドモンドって小説の結末が犯人はエドモンドだったで終わってしまう。
それで終わりだったなら、この作者は相当なアホか詐欺の達人だろう。作中の彼も彼だ。表情や行動も、最後にシラを切る政治家みたいな台詞まで吐いて、これで騙せると思った彼の心境を知りたいと心底思う。
だが、ここで終わるエドモンドではない。やはり急展開らしきシーンが現れた。
作品の中でエドモンドをかばった女の子が一人いた。
名前は
彼女は、みんなが犯人はエドモンドだと攻め立て出したときに立ち上がった。
「彼はそんなことしない!いくら貧乏な家庭で、お父さんが借金まみれのギャンブル中毒者で、唯一働いているお母さんが先日仕事をクビになったからって……そんなことしないよぉ。」
おいおいまてまて、しないよぉ。じゃねーだろ。
一瞬エドモンドを庇うと思ってキュンとしたら、江利香さん?
思いっきりエドモンドの首締めいったぁぁあ!
これでエドモンド八方塞がりじゃねーか……。
頑張ってくれエドモンドぉ。
僕はいつの間にか明らかに給食費泥棒の、エドモンドを応援していた。
でも、そんな彼をしっかりと守った人がいた。
これは彼にしかできなかったことだと、僕も思う。
それは担任の長渕先生だ。
彼はエドモンドにこう言った。
「先生はな、お前を信じる。エドモンドが知らないなと言うなら、それが真実だろう。でも正義感の強いエドのことだ。もし心当たりがあるなら後で静かに職員室へおいで、叱ったりしない!エドなりの考えでしたことなら、それをしっかりと受け止めたい。」
そう言った先生を見て、エドモンドは泣き出した。
そしてこう言った。
「エドってぇ……初めて呼んでもらえてぇ……僕すごく嬉しいです……ヒグッ…エグっ…。」
先生はエドモンドを抱きしめるとこう言った。
「先生もな、お前に伝わって嬉しいぞ」
そこぉぉおおおお!!!違うじゃん!!!
エドモンド話聞く気ゼロだろ……。先生の伝えたかったこと何一つ伝わってねぇし!先生も伝わって良かったって……先生までテキトーだな!
しかも冒頭で言ってたエドモンド呼びで通すって設定を、長渕先生がぶっ壊したね。なんかいろんな意味で爽快な気分だよ!!
エドモンドと長渕先生の絆を目の前で見せられた生徒たちも泣き始めて、収拾がつかなくなり。
先生がみんなを慰めて、給食費盗難事件は幕を閉じた。
後ほど、風の噂で知ったことだが……。
エドモンドはその事件の日の夜に、お母さんとちょっと高級なレストランでハンバーグを食べたそうだ。
おいいいいい!犯人結局エドモンドじゃねーか!!
なんが高級なハンバーグ食べただよ!
なんだよこれ!!俺の時間返しやがれ!!
クソみたいな小説に1時間も取られちまったじゃんかよおおお!!!
結構な声で叫んでいたのに、何故か今回は誰の視線も感じなかった。
理由は簡単だ。僕よりも大きな声を出した店員がいた。その店員は僕のいる出口側へ向かって、こう叫んだ。
「そこの高校生、万引きしてます!!つかまえてください!!!!」
その声と同時にこちらへ向かってくる、一人の男子高校生の姿が見えた。
盗みがテーマの小説を読んでた分、万引きって言葉に僕の正義感は過剰反応したようだ。
僕は万引き犯の高校生を追いかけて店を出て、店から20メートルほど離れた曲がり角で、彼を捕らえた。
すると万引き犯の彼は、持っていた本を下に投げる。その文庫本の表紙を見て、僕は思わず力を抜いてしまった。
すると彼はスルリと僕の腕を抜けて、逃げるかと思いきや、後ろへまわって僕を羽交い締めにした。
するとそこへ店長らしき人が駆けつける。
その店長に向かって僕より早く、万引き犯が口を開いた。
「万引き犯つかまえました!そこにあるのがこいつの盗んだ本です!!」
僕は唖然となり、その場で固まってしまった。
すると店長は万引き犯に向かってにっこり笑うと、お礼を言った。
その時やっと僕の口から声が出たが、もう万引き犯の言い訳にしか聞こえなかったのだろう。
店長は「控え室で聞くから」の一点張りで、僕の話など聞く余地がなかった。
そして控え室に着くと、店長は僕をパイプ椅子に座らせてから事情聴取を始めた。
「なんでこんなマイナーな本盗んだの?」
「僕盗んでないです」
「何を今更、言い訳苦しいよ」
「ほんとなんです!!!信じてください!!」
「もう、いいから。とりあえず名前は?」
「
「なんで下なの?苗字いいなよ!」
「エドモンド……翔…です。」
店長は万引きされた小説の題名を見て、それから僕の顔を見た。そしてため息をついてからこう言った。
「君が犯人だねぇ……。」
そうだ、万引き犯が盗もうとしていた小説は……。
あの「犯人はエドモンド」だった。
人生何が起こるかわからない。
自分の読むべき文庫本も慎重に選ぶべきだと、僕はこのとき心底思ったのだった。
犯人はエドモンド 紅 @Kutenai
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