幼い少女

 翔とオッドは夜中に目を覚ました。ミリアの体内からマナを大気に放出させる時間だ。日中にやることもできるが、翔が何かをした結果マナがミリアの身体から抜けるのぐらいバレてしまうだろう。


 ミリアは病弱で両親は出稼ぎに出ているので両親の友達達と共に生活している。と言う設定にミリアが疑問を持ってはいけない。


 いったんそこからほころびが出てしまえば、また魔王として君臨する可能性がある。


 前回は翔が助け、議会を納得させたが、しかし二度目となってしまえば、王と共に断頭台に上ることになるだろう。


 そう言う訳で必然的に夜中にやることになる。なおオッドが同行する理由は何一つとして無い。


「女の子のへやにしんや入るのはごしゅじんさまと言えど許せません」


 ルナに対する厳しい発言と同じニュアンスを翔は感じ取った。翔は気のせいだと思う事にした。


 ゆっくりとドアを開き、ミリアを起こさないようにする。エーテルフレームを展開する。エーテルフレームは柄の部分だけになっているもしもミリアが起きてしまったときに、ミリアを驚かせない為だ。実際に戦いに使用する際は魔力を直接刀身にする。リーチを自在に操作できるが、その分魔力消費が激しくなる。


 柄の部分をミリアの身体に当てて、マナを大気に放出させていく。十分ほどで日常生活に支障が多少でる程度まで減らし終わる。


 おおよそ人一人分のマナを毎日放出している。もしもそれが蓄積され続けたら……翔はカーディフの事を思い出していた。もちろん魔王と魔人では違うのだろうが、しかし普通ではいられないだろう。


 エーテルフレームをしまい部屋から出ようとした時だった。


「いやああああ!!!!」


 ミリアが泣きながら叫び声をあげた。翔は魔法で灯りを灯してミリアを落ち着かせる為に抱きしめた。


「ミリア! どうした!? 大丈夫か? 怖い夢でも見たのか?」

「黒いのが! 黒いのが!」


 ミリアは翔を力一杯抱きしめた。


「大丈夫だ怖い物なんて何も無い! 俺も オッドもいるから」


 ミリアの抱きしめる力が弱まる。


「……怖い夢みた」

「大丈夫夢は夢だから」

「一緒に居て」

「……解った」


 と言うわけでベッドに翔とオッドの合間にミリアが挟まる恰好になった。さすがに一人用ベッドに三人は狭すぎた。


 しかしミリアは翔を指名し、それを聞いたオッドが「泥棒猫」とぼそりと呟いたので、翔はこうするしか無かった。


 窮屈ではあるがミリアの情緒が不安定になるだけで今までの記憶がよみがえる可能性がある。出来る限り安定させておく必要がある。




 エデンレジデンツは手詰まり、黒髪の乙女は動きなし、必然的に訓練ばかりの日々になる。治癒魔法の練習をルナからキッチリ受けた後、翔はミリアの病室に来ていた。ミリアはスケッチブックを片手にインコのピピルを見つめていた。


「お絵かき? 好きなんだ」

「お兄ちゃん!」


 ミリアはスケッチブックを脇に置いて翔に視線を合わせた。


「うん、お絵かき好きだから、ピピルの事を描こうとしたんだけど」


 翔はピピルを眺めた。毛繕いでせわしなく動いている。要するに動いていて描きにくいのだろう。


「ピピル動いちゃうから全然描けない」

「ピピルじゃなきゃダメか?」


 ミリアは首を横に振る。


「じゃあ俺の事を描いてくれよ」

「お兄ちゃん?……いいよ」


 翔は椅子に座り、少しだけミリアから斜めになるように座る。


「お兄ちゃん頑張って呼吸しないでね」

「ちょっと難易度高すぎない!?」


 そうしてミリアのお絵かきが始まった。やる意味を解ってるのかどうか鉛筆を掲げていた。翔はそう言ったミリアの行動にツッコミを入れたかったが、ミリアから呼吸することすら止められているので口を開こうとはしなかった。


 一時間ほどだろうか。さすがに休憩が欲しいと翔が思った時だった。


「描けた」


 ミリアが翔にスケッチブックを手渡した。翔に絵の才能は無いが、どう見ても10才の子供の描く絵には見えなかった。陰影がハッキリと描かれており、ドラゴンロアーの誰が見ても翔と判断出来るだろう。


「あげる」

「良いのか?」

「うん。お礼。でも私どうして絵がうまいんだろ? 私前に習ってた?」


 ミリアが自分の記憶に疑問を持ち始めた。そうなった時は会話を逸らす用にと厳命されている。


「才能があるんだよきっと、それより額縁に入れないとな。今度買ってこないと。ミリア本当にありがとう」


 ミリアは返事をせずに俯いた。




 ある日の事だった。ピピルが変死していた。インコと言うには体長が少々膨張しすぎており、死ぬ直前に暴れていたとミリアが泣きながら証言した。


 翔とオッドとミリアの三人でで城の片隅にピピルのお墓を作った。


「しょうどうぶつはからだが弱いですからしょうがないのです」


 オッドはそう言ってミリアを慰めていた。

 ミリアは泣きっぱなしであまり会話にならない。翔はミリアの頭を撫でた。


 しかし翔は解っている。ピピルの死因はミリアからあふれ出ていたマナを直接浴びていた事が原因だと。


 ミリアのマナさえきちんと放出出来ていれば問題が無いと思っていた。しかし、それだけではいけない。常時近くに居たピピルが魔獣化し、そのマナに耐えきれずに死んだ。


 ミリアを殺すしか本当に選択肢が無いのか?


 翔は自問自答する。


『何時か私と同じ道をたどるだろう』


 このままでは本当に同じ道をたどる事になるだろう。


 ミリアのマナを毎日放出するだけでは解決にならないと判明してしまった以上。殺すか、もっと別の解決策が必要だった。


 幼くてもミリアは魔王であり、そして翔は魔王を倒すためにこの世界に来る事を選んだ。


 矛盾していた。


 それを理解していてもなお、翔はミリアを殺そうとは思えなかった。


 自分の足で断頭台に上った方がマシだ。翔はそう結論づけた。しかしそれではミリアを助けることにはならない。


 ミリアを助けたい。


 自分一人では解らなくてもロベリアや預言書なら何か良い案があるかも知れない。

 行動するしか無かった。


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