幼き魔王

 基礎特訓に費やしたこの数週間。翔はローラに勝てなかった。それも未来視や魔力補正エーテルフレームをフルに使っての結果である。


 救世主って何さ。翔はそう思いながら天を仰いだ。黒髪の乙女、エデンレジデンツ、魔王そんな物など最初から存在しないのでは無いかと思わせるような平和な日々が続いてしまっている。


「そうそう簡単には若いのには負けませんよ」

「ローラとまともに戦える戦士なんて他にほとんどいないわよ。それだけでも十分凄い事なんだから凹んじゃダメよ」」


「そうなんだろうけどさ……」


 念願のエーテルフレームも手に入れ、それを自分専用にカスタマイズして貰い、それでもなお勝てない。


「あぁもう! 見てらんないんだから! ちょっとこっち来なさい!」


 ルナに引っ張られて城内にまで来る。来たのはローラの私室だ。翔が女性の私室(ロベリアのは研究室であり、あれを女性の私室と認めたくなかった)らしい要素が無かった。


 唯一あるとすれば枕元に置いてあるティディベアぐらいだろう。

 机の上に置かれていたあるものを翔に突きつけた!


「ほら!私につけなさいよ!」


 首輪だった。しかもきちんとした動物用のだった 


「なんで?」

「首輪つけて、相手を従属させる気分になるのが好きなんでしょ! あんまりにも可愛そうだからさせてあげるわよ!」

「……いや、オッドはネコに戻れたときにも身につけられるのが欲しくて首輪にしたんだぞ。しかもあれチョーカーだ」


 部屋が沈黙につつまれた。ルナは徐々にあ~!! と叫びながら顔を隠した。


「だってそう思うじゃ無い普通!」


 ルナはベッドに倒れ込みティディベアに八つ当たりを始めた


「じゃあ、セーラー服も!?」

「と言うか俺とオッドの買い物話漏れすぎだろ!」


 翔はオッドと日常品の買い足しに言ったとしか、伝えていないはずである。知っているとすればロベリアだが、翔の知らない場所でどんなやりとりがあったのか、翔は考えたくなかった。


「とりあえず元気になれたよ。ありがとう」

「私が不機嫌になったわよ!どうにかしなさいよ!」

「……首輪つければ良いの?」


 首輪はそのままゴミ箱に投げ捨てられた。




 特訓にも平和にも慣れて来た頃だった。

 石がいきなり振動した。


「ごしゅじんさま?」

 オッドは心配そうに話しかける。

「また戦いに行ってくるだけだよ」


 テレポート先にはすでにローラとルナが待機していた。モーセも執務机におり、翔も椅子に腰をかけた。


「今回は黒いゲートもエデンレジデンツも関係無い。魔力の暴走事故だ。原因は子供と思われる鎮圧と現場の避難誘導を頼む」


「了解」


 現場は一軒家がすでに吹き飛んだ後だった。その周りに被害は全く無く、最初からそこは家を解体する予定だったと言われた方がまだ納得出来た。


 しかしその現場にいる一人の少女の存在感が浮いていた。少女はまだ幼く十歳ほどだろう。寝間着をきている状態だった。少女には羊のような角が生えており、ふわふわとした茶髪が肩まで伸びていた。


「魔力の強い子供が感情任せで魔量を暴走させたのでしょうね。たまにある事故ですがこんな器用に家だけ吹き飛ばすのも珍しいですね」


 ローラが妙に感心しながら廃墟に入ろうとした。

 翔に嫌な直感が働いた。


「入っちゃ駄目だ!」


 しかしその呼びかけは遅かった。

 少女の身体からドラゴンが生えてきたのだ。ドラゴンは機械で出来ていた。翔は直感敵にそれがエーテルフレームであると確信した。


「ルナ近隣住民の避難頼む」

「言われるまでも無いわよ!」

「この歳でエーテルフレームは使えないはずなんですが……」

「どういうことですか?」

「精神が未発達ですからエーテルフレームが心に反応しないんです」


 ドラゴンは少女を守るようにその場から動こうとしない。


「ローラさんどうしましょう。たぶんこちらから攻撃しなければドラゴンも攻撃してこないとは思うんです」


「避難誘導だけすませましょう。それから――」


 ドラゴンは急に顔を上向けて、氷の息吹を吐いた。何者かが少女を狙って襲撃していたからだ。


 襲撃者は三名。その三名全員がそこそこの手練れだと翔は判断した。

 氷の息吹を喰らっている一名に雷で追撃をしかけるが不利と状況判断し三名全員がその場を退避してしまった。


「何者でしょうか?」ローラは不思議そうに翔に尋ねたが、翔はすでに確信を得ていた。


「エデンレジデンツですよ」

「どうしてそう思うわけよ」

 避難誘導が終わったルナが帰ってきた。避難誘導と言った所で、襲撃者が来るまで特に問題は無かったので避難その物は簡単に終わった。


「彼女は魔王だ」




「あんな小さい子が?」


 ルナは驚きの声をあげる。それもそうだろう。アストラルの世界の絵本では魔王は強大な姿で描かれる事が多いからだ。事実魔人化したカーディフは身体が巨大化していた。


「黒髪の乙女と同じ感覚がするんだ。黒髪の乙女なら魔人の可能性もあるけど、一般人の子供が魔人のわけ無い。それにエーテルフレームが少女を選んでいる。魔王じゃなくてもトンでも無い存在だよ。ロベリア見てるか? 見てたら返事をしてくれ、ロベリアの見解が聞きたい」


 しかしどこからもロベリアの声は聞こえなかった。


「襲撃者の方を追っているのかも知れません。とりあえず我々はあのドラゴンをどうにかしましょう」

「俺に任せてください」


 翔はエーテルフレームを開放し、ドラゴンに目の前から突っ込んでいく。

 ドラゴンは先ほどと同じように氷の息吹を吐くが、マナのエーテルフレームがそれらを吸収し、地面に受け流した。


 ドラゴンに刀を当てて、ドラゴンから一気にマナを奪い取る。


 自らの身体の中に流れてくるマナを誰も居ない場所に稲妻を放つことによって強引に解消する。これらのマナを自分に入れたら翔自信が魔人になりかねなかった。


 ドラゴンはエーテルフレームが開放された状態になった。それを掴むとローラに投げ渡した。


「死ぬかと思った……」


 翔は普段から大量の魔力を使用しているが、少女の持つマナはそれを圧倒していた。そうでなければドラゴンから吸収したマナだけで意識が飛びそうになるなどあり得ないだろう。


 襲撃者の姿も気配も辺りには無い。しかし事が任務が終了したのに回収される様子も無い。


 ロベリアは当然としてモーセからの連絡も無かった。


「馬車ですね……」


 ローラは呟いた。

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