2章 幼き魔王

オッドのお願い1

 翔の前でオッドはこれから指令が下るのを待つ軍人のようにピシッと起立していた。


「ごしゅじんさまおねがいがあります」

「何だ?」

「デートしてください」


 翔としては了承したい所だった。クラッキングゲート以降黒いゲートの出現は無くなり、今日は非番と言う事で正式に休みも貰っている。


 しかし貰っていない物があった。

 賃金である。


 城で生活している為食事や宿に困るような事など一切無いが、それでも雇われの身としていくらか貰っても良いのでは無いか。いやクラッキングゲートでの活躍を考えれば特別な報酬を貰ってもおかしくないのでは無いか。


 中世と同程度の時代に生活保障などの近代的なシステムを望むまではいかなくとも、近代的では無いホワイトな職場を望むのは間違っているのだろうか?


 否、断じて否である。


 翔はオッドとのデート代の為にもモーセを相手に立ち上がらなければならなかった。


「そう言えば決めてなかったな」


 モーセはそう言うとメガネをかけて執務机から資料を探し出しそろばんをはじいた。


「まぁとりあえずこれぐらいは持ってけ」


 金貨を10枚出された。


「あの、これってどれぐらいの価値なんですか?」

「金貨1枚あれば平民が一ヶ月くらせるな」

「……そんな雑にくれて良いんですか?」

「欲しいと言ったのは翔、君だろ、強欲なんだが、謙虚なんだが、よう解らんな」

「出てくる金額に驚いてただけです」


「ギルドのA級冒険者が一月で稼ぐ金額がそれぐらいだ。もっとも冒険者達は装備を自前で用意したり、雇用が安定しないし、衣食住も自前だ。そういうことを考えれば妥当な金額だろう。それにこれはクラッキングゲート事件でのボーナスみたいな物で給料はきちんと別に出す。王がお前を見て褒めていたぞ」

「どういう風にでしょうか」


 翔はあまり王に良いイメージを持っていなかった。初めてあったのも地下の大広間でケルベロスと戦っている所でまともに顔も思い出せないでいた。

「昔の自分を見ているみたいでワクワクした」


 翔の中で王のイメージは酷く歪んでいた。快楽主義者のハーレム王。


「俺って二股や三股してるように見えるのでしょうか」


 それを聞くとモーセは笑いを漏らした。


「王と聞いてそっちを連想するか。そうだな。そう言う意味でも似ているかも知れんな。最初は王も女性に対しては紳士的であろうとしてたしな。今では側室を十人も抱えている。よく身体が持つ物だよ。王が似ていると言ったのは戦いに関してだ」

「そ、そうですか」


 翔は急に自分の発言が恥ずかしくなった。素直に褒めてくれていたのに、それを曲解してしまった自分が情けなく思えたのだ。


「翔もオッドとルナどっちにするか決めておけよ。きちんと決めておかないから王と聞いて女性関係を思い浮かべるんだ」


 反論出来ない事が翔には悔しかった。実にその通りだからである。


「あと、お手合わせ願いたいと言ってたな。この間の戦いで若い頃にあった闘争本能に火がついたのだろう。そのうち相手してやってくれ」

「解りました」

「給料に関してはちゃんと計算しておく、金貨だけだと不便だろ、いくらか銀貨と銅貨にも分けておいてやろう」



 そう言うわけで翔はデートの軍資金と言うには多すぎるぐらいの賃金を調達してしまった。

 何をどう考えた所でオッドが高価な宝石類をいきなりねだってくるとは翔には思えなかった。街中を二人で歩きながら少し買い食いするぐらいだろう。


 それでも良くわからないので、金貨一枚に銀貨と銅貨を全て持っていくことにした。


 同じ部屋で生活をしているのになぜか待ち合わせをすることになった。オッドの強い要望である。デートとはかくあるべきみたいな物があるらしい。


 そういったオッドの要求に翔は極力応えてあげたいとは思った。


 しかし女性に慣れたとは言え、女性とのつきあい方が上手になった訳では無い。現代日本におけるデートスポットならばまだどうにかなるであろうが、異世界におけるデートなど一体どこへ行けば良いのか皆目見当が付かなかった。


 最悪オッドに全てをゆだねても良かったのだが、それはオッドの望む所では無いのだろう。


 さて、本当のご主人様はどちらだろうか?


 その疑問を思い浮かべた時には城門の前に着ており、オッドはすでに待っている状態だった。


「おまちしておりました。ごしゅじんさま」


 約30分ぶりの再開である。であるというのにオッドの瞳は蕩けていた。


「待たせちゃった?」

「ごしゅじんさまのためならいくらでも待ちます」


 翔が地球にいた頃は彼女が欲しいと思った事は何度と無くあった。しかし実際の所、こういう台詞を言われると何と返せば良いか解らなかった。

 二度も命を助けたらしょうがないのかも知れないが、翔は初めて重いと言う概念を心で理解した。


「どうかしましたかごしゅじんさま?」

「いや、メイド服だなって」


 翔の所有物であることを誇示するために意図的に着ると言うのはオッドならあり得る話ではある。


「脱いだ方がいいですか?」

「ちょっと待って!? どうしてそっちに行くの?」

「ごしゅじんさまが不満そうに見えましたので、そういうプレイがお好みなのかと」


 確かに翔は不満だった。いや、不遇だなと思っていた。


「とりあえず衣服を買いに行こう。そういや俺も学校の制服と騎士団の衣装しか無いしな」


 なお現在着てるのは地球で着ていたワイシャツに学校指定のズボンである。

 城下町を衣料店を探しながら歩く。


「ごしゅじんさまはオッドにどんな服を着て欲しいですか?」


 翔にとって女性に着て欲しい服はメイド服であるが、それを言ってしまうとオッドが一生メイド服を着て過ごしかねない。


「いや、女性のファッションって良くわからないしオッドが好きなの着てなよ。ある程度絞ったら俺が選ぶから」

「オッドも人間のファッションはよくわかりません」


 オッドは元猫である。今でも猫に戻る事も出来る。なお変身する魔法は特殊な才能を必要とする魔法らしく、モーセにドラゴンロアーへ入るように打診されたらしい。

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