クラッキングゲート
ゲートを抜けた先で待っていたのは、ゲートをたたき割ろうとするローラの姿であった。
間一髪である。
翔が帰ってきたとほぼ同時に黒いゲートは粉砕された。
「……帰ってくると信じていましたよ」
ローラは微妙に目をそらしながら言う。ルナはやれやれと言った表情でそれを見ていた。
「いや、壊してくれてって頼んだの俺ですからね」
オッドはゆっくりと目を覚ました。
辺りを見回すといつもの部屋で、翔が一人エーテルフレームを眺めていた。
「眠り姫がようやく起きてくれた」
翔がオッドに近づくと、オッドは翔に全力で抱きしめた。
「ごしゅじんさま。オッドは悪い夢を見ていました」
「怖かったよな……大丈夫か」
「大丈夫です。ごしゅじんさま」
「その悪夢はたぶん夢じゃないと思うぞ」
翔は壊れた窓を指さした。
「オッドはごしゅじんさまのものです。なんて言ってるなら勝手に死のうとするな。俺のなんだろ? 俺が何時死んで良いと言った?」
「はい。ごめんなさい。オッドは嘘をついていました」
「まぁ、その、なんだ気にするな。俺の為だったんだろ」
マナのエーテルフレームを使った時にどうしてオッドが人間に成れたのか、翔はおおよそ理解してしまった。
「でもオッドのやったことはごしゅじんさまの為になりませんでした」
今回の騒動を大きくした要因の一つであるのは間違い無い。カーディフの件とは違い、オッドのやったことを罪に問われることは無い。魔獣化していた時でさえ攻撃された時に身を守る時以外攻撃しなかった。
黒髪の乙女による狂化の時に被害を受けたローラとルナは気にしていない。そしてオッド自身は誰も殺していなかったからだ。
「でもオッドは俺の為に人間になろうとしたんだろ」
「はい」
「ならその気持ちを否定する奴を俺は許さない」
誰かの為に何かをしようとした。今回はそれを悪用されたにすぎない。翔はその事が許せなかった。
この世界のために来た救世主として、勇者として、許してはならなかった。
「間違った行動をするかも知れない。でも間違った選択をしていないならいつかたどり着けるはずさ」
翔はオッドを抱きしめたままベッドに倒れ込んだ。
「俺も今日は疲れた。もう寝る」
「はい。ごしゅじんさま」
今回の城内での黒いゲートが出てきた一連の騒動は、クラッキングゲート事件と呼ばれ、後に第三次魔王大戦での最初の戦いとして記録されるようになる。
魔獣の数や奇襲であることを考慮すると、死傷者の数は奇跡的なほど少なかった。
「もっとも黒髪の乙女の狙いが一点突破による。アレの確保だったからだろうな」
国王は円卓議会でクラッキングゲート事件のレポートを聞いていた。国王からしてみれば片手落ちのレポートと言った所だった。
議員達はアレが何であるか良くわからなかったが、下手に聞くこともできずに、素直に同意していた。
「人的被害は最小ですんだが、ギルドへの報酬支払いや壊れた城の修理。頭が痛いな。こうなった以上軍事費も上げなければならない。ギルドから優秀な冒険者を雇った方が良いかもしれん。ギルドに頼んで冒険者のリストアップをしておけ」
王は適当な議員を指で指した。指された議員は返事をするしかなかった。
「にしても黒いゲートの先は禁断の地エデンか」
第二次魔王大戦時に魔王が根城にした場所で有り、王が直接封印した場所でもある。封印が解けかけているのだろうか、それとも翔の証言にミスがあったのだろうか。
どちらにしても王が直接調べる必要があった。
「今回最大の収穫が何かわかる物はいるか?」
誰も声を上げない中たった一人モーセが席を立った。
「魔王にも派閥がある。あるいは魔王が二人以上存在する可能性です」
「その通りだ」
「クラッキングゲート事件に先駆けてロベリア ブラッドが逮捕されました。
エーテルフレームの不法所持が逮捕の原因だったそうですが、預言書によって彼女が持っている物はエーテルフレームでは無い事が判明。
自供によれば救世主が自分の世界から持ってきた物の修理を頼まれたそうです」
「それがどうして魔王の派閥や魔王が二人いると言う話になる」
議員の一人が声をあげる。
「そう焦らないでください。もしもクラッキングゲート事件のタイミングが遅ければ、ロベリア ブラッドが黒髪の乙女として逮捕されていたでしょう。
その方が黒髪の乙女としてもより効果的な奇襲が見込めたでしょう。しかしそうしなかったのはその情報を知らなかった。
ロベリア ブラッドは今週計画されていたエデンレジデンツへの強襲計画を実行するための重要な人物でした。黒髪の乙女とエデンレジデンツは少なくとも直接的な繋がりを持っていないはずです」
「そしてエデンレジデンツが崇拝する魔王がいる可能性」
「えぇ魔王崇拝しているだけならば良いのですが、教祖として魔王が君臨している可能性があります。
そちらが黒髪の乙女と比較してどれほどの力を持っているのか未知数です。もちろん魔王崇拝のみで、魔王が居ない可能性もあります。
しかし我々は魔王が二人以上いる可能性を考慮しなくてはなりません」
「各州に伝えよ。戦争が始まる準備せよ。とな」
夕暮れ時、翔は墓の前で黙祷した。墓にはカーディフ エイヴンと書かれている。名誉の為にクラッキングゲート事件での戦闘に巻き込まれて死亡した事になっている。
しかし実際には翔が殺した。
後悔など無い。
しかしこうやって祈りを捧げなければ成らないとも同時に思っていた。
自分は殺人鬼では無い。そう思うために。
翔しか居なかったはずの墓場で人の歩く音が聞こえてきた。
「人を殺すのにまだ躊躇いがあるのか」
モーセが翔に尋ねる。
「いえ、無いです。ただ、人殺しを楽しむような奴になりたくない。そう思っただけです。もしかしたら、カーディフだって救えたはずだ……そう思うんです」
「しょせん可能性の問題だ。お前は出来る範囲でよくやった。将来、間違い無くこの国を救う勇者になるだろう。しかしそれはこれからの話だ。今はまだ戦士の一人でしかない」
「はい」
「エデンレジデンツの襲撃の時は間違い無く人を殺す事になる」
「解っています」
「なら良い。せっかくだ。お前もアリゲスの墓参りに来い。あいつは乱戦が大好きだったからな。さぞかし悔しい思いをしているだろう」
「はい。同じドラゴンロアーの隊員として」
1章アストラルの救世主 了
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