侵略の乙女

 時間は少しだけ巻き戻る。


 城内の地下牢ではカーディフが雄叫びをあげていた。その雄叫びは日に日に大きさが増していた。

 食事もすでに手づかみでしか食べず、知性の片鱗も見ることが出来なかった。


 まず違和感に気付いたのは看守であった。金属のひしゃげる音が聞こえた。しかし気付くのが遅すぎた。


 気付いた時にはすでに化物になったカーディフの手のひらによって圧死させられていたのだから。


 カーディフは四つ足で城内を駆け巡った。目的は一カ所しか無い。それは本能と言うよりも命令に忠実な猟犬と言った動きだった。


 アストラルの首都のマナの流れを管理する制御室。この部屋が都市防衛構想の中枢を担っている。アストラルの王城の地下から流れ出てくるマナを城下に均等に配分し、それらを活用した多目的ネットワーク。ドラゴンロアー部隊のテレポートもその一つでしか無い。


 制御室には複雑に描かれた魔方陣がいくつも存在した。ロベリアが地形等を考慮し、計算し尽くされた完璧な魔方陣である。それらを水晶玉を使うことによって空間内に多重投影し魔方陣同士が複雑に絡み合っていた。


 カーディフはそれらを破壊してまわった。


 投影されていた魔方陣は次々と消えていき、最期には黒いゲートが開いた。


「よくやりましたカーディフ」


 黒髪の乙女が慈しみながらカーディフを撫でた。


「では宴を始めましょうか。……姉さん今助けに行きますからね」




 城内のいたる所に黒いゲートが開く、そこから大量の魔獣が出現する。城内には非戦闘要員も多い。


 メイド達がジャイアントスパイダーに襲われていた。

 後は口で突き刺すだけと言う所で、ジャイアントスパイダーは動きを止め、そのまま姿を消した。


「久々の実戦だと言うのに大した事がなくてつまらんな」


 モーセだった。その手には剣の形状をしたエーテルフレームが握られている。


「上の方に逃げなさい彼らの狙いは地下のとある場所にある」


 メイド達は恐怖しながらもモーセに言われた通りに階段を駆け上っていった。




 一般兵士達もただ無抵抗にやられている訳ではない。魔獣に一般的な武器が通用しないことは周知されており、魔法使いの部隊の為に魔獣達をおびき寄せて盾になっている。その所を魔法使い達が一体一体確実に仕留めていく。


 そんな状況をエーテルフレームの剣の一振りで一変させる。


「これぐらいで苦戦しているとこれからが思いやられるな」


 アストラル王であった。王は第二次魔王大戦における魔王を直接倒した英雄である。

 年こそ重ねてはいるが、王である前に屈強な戦士であることに変わりない。


「ギルドにはBランク以上の魔法使いかエーテルフレームを使いこなす冒険者を緊急要請している。その合間の辛抱だ」


「あの王は、どちらへ?」


「黒髪の乙女に挨拶してくる。美人だったら側室にしたいからな」




 モーセと王は廊下の途中で偶然いや必然的に出合った。目指す場所が同じである以上どこかでかならず出合う。


「久々に振るわれる剣はいかがですか王、いえアストラル」


 モーセは戦友をかつての呼び名で呼ぶ。

 アストラル アレクサンドラ 第二次魔王大戦で魔王を討ち滅ぼした英雄であり、後のアストラル連合王国の初代国王でもある。


「これぐらいで苦戦している兵士がいるとはな。平和である事はいいが、嘆かわしいばかりだ」


「アストラルこそ随分と平和に浸かり過ぎて腕が鈍っているのでは?」

「お前こそドラゴンロアー部隊の育成で腕が鈍ってるんじゃないのか?」


「まさか、ドラゴンロアー部隊全員を敵に回しても私が勝ちます」

「それを聞いたらローラの奴憤慨するぞ」


 アストラル、モーセ、ローラ、アリゲス彼らは一時期同じパーティであった。他にも大勢の仲間が居たが、その大半は戦死していた。


「えぇまずローラを憤死させるのが私の作戦です。アリゲスが少し前に死んだ事が本当に残念だ。彼ほどこういう場所を求めていた戦士はいなかったでしょうに」

「アリゲスの為にも存分にあばれるしかあるまい」



 

 地下の大広間では目的の物がいた。


 黒い髪にボブカットでメガネを掛けたゴスロリ少女と、すでに人間と名状できないカーディフだ。


「お前が黒髪の乙女か」


 アストラル王はエーテルフレームを構えながら問い尋ねた。モーセも同じように構える。


「えぇお初にお目に掛かりますアストラル王。私が黒髪の乙女です。お見知りおきをもっともすぐ死んでもらいますが」


「俺の側室にならんか?」


「ごめんなさい。女性にしか興味がないの。それよりも王。どうやって預言書の間に行けば良いのかしら? どうやってもこの大広間に戻ってしまいますわ」


「お前みたいな奴が侵入してきても大丈夫なように何重にも防壁があるのだよ」

「これでも下調べをきっちりしてきたつもりだったんですけどね。ガッカリ。まぁ目の前に詳しそうな人が二人もいるので聞かせて貰いましょうか。絶叫と共に」  


 黒髪の乙女は巨大な黒いゲートを開く


 体長5メートルほどで全身真っ黒な体毛に三つの頭を持つ、その頭一つ一つが赤、緑、青の瞳を持っていた。


 ケルベロスである。


 黒髪の乙女もエーテルフレームを展開する。形状はただのクロスボウであるが、特徴は矢の方にあった。凝縮されたマナが赤黒く気体のように揺らめいている。


 ケルベロスの爪がアストラル王を襲うが、アストラル王はそれを壁を走り回避する。その壁走りを黒髪の乙女のクロスボウが先回りするように放たれる。

 凝縮されたマナは壁その物を破壊するが、アストラルは華麗に宙を舞いそのままケルベロスの首を一つ切り落とした。


 モーセはカーディフの動きを完全に読み切り、首をはねた。


「これなら時間の問題だな」


 アストラル王はそう言いながらケルベロスの足を一本切り落とす。


「えぇ、私が何者であるかをお忘れ無く」


 黒髪の乙女はクロスボウをケルベロスとカーディフに向けて放った。ケルベロスとカーディフの傷は完治するどころか、それ以前よりもより強大な魔力を伴っていた。


「楽しくなってきたな」

「全く同感ですな」


 アストラル王とモーセは勇猛果敢にケルベロスに飛び込んでいった。


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