運命

 オッドが人間の姿でベッドで待機している事に翔は慣れてしまった。


 だからこそ頼みたいことと言う物がある


「オッド頼みがある」

「なんでしょうごしゅじんさま」


「オッドは俺の為なら何でもしてくれるんだよな?」

「はい。オッドはごしゅじんさまのものですよ?」


「正直やりたくてたまらないんだ」


 オッドは生唾を飲んだ。


「肉球触りたいからネコの姿に戻って欲しい」

「……オッドはごしゅじんさまに失望しました」


「なんで!?」


 翔は肉球のぷにぷにする感触を猛烈に触りたくてしょうがなかった。どうして? と言われてもどうしてだろう? としか答えられないぐらいの衝動だ。


「失望しましたが、オッドはしょうがなくネコにもどります」


 そう言うがオッドはネコに戻らない。


「やっぱり肉球ダメか?」

「いえ、ネコに戻れなくなってます。前はネコに戻りたいと思えば簡単にネコに戻れたのに」


 どうして人間になれたのかも翔にとっては謎であるのに、戻れなくなる理由など皆目見当がつくわけ無い。


「でも人間の姿の方が不自由なくて良いんじゃ無いか?」

「そうですね。問題と言えば、ごしゅじんさまに肉球をさわらせることができないぐらいですから」  


「まぁ肉球は諦めるよ。じゃあ寝るか」

「はい。ごしゅじんさま」


 そして翔はオッドと同じベッドで就寝した。慣れてしまえば女の子と認識するよりも可愛い妹が出来たみたいでそれはそれで良い物だと翔は思えた。




 翔は一人城の地下を進んでいく。モンスターの叫び声のような物が聞こえる。そこにはカーディフ エイヴンと呼ばれていた貴族がいた。


 今ではその面影が無かった。


 目は真っ赤に血走り。鉄の牢獄にしがみつき、何かを訴えかけていた。それらは言葉にならず、獣の咆哮と何一つ変わらなかった。


「俺は決闘をすべきでは無かったのだろうか」


 翔はカーディフに語りかける。カーディフは返事の代わりに翔に手を伸ばし喉を掴もうとする。


「子供を蹴り飛ばすのも、ルナを道具のように扱うのも確かに許せなかった。でも、こんなのはあんまりだろ」


 黒髪の乙女。カーディフがどうして彼女と契約し、魔人にしてもらい、エーテルフレームを貰ったのか、その翔はその心情が理解出来なかった。


 しかしその原因を作ったのは間違い無く自分だった。


「あまり背負い込むな」


 そう横から告げたのはモーセだった。


「モーセさん」


「昨日よりも酷いな……翔。お前がこれからも戦い続けるなら、これよりも酷い物を見ることもあるだろう。私は第二次魔王大戦で地獄を見てきた。

 きっとお前も見ることになるだろう。それでも戦わなければならない。戦わなければ守る事は出来ない。手に入れる事も」


「解っています。解っているはずなんです」


 そんなのこの世界に来るときから解っているはずだった。人を殺すかも知れない可能性。戦争をする可能性。死ぬ可能性。


 しかしそれは空想であり実態では無い。


 ましてやそれよりも酷い可能性など、平和な世界に生きる16才の少年がどうやって考えると言うのだろうか?


「翔、お前の行動は間違っていない。間違っていたとするなら私だ。私はお前達の行動を正当化する為にいる。

 だからお前は迷うな。

 自らの信じる正義をまっすぐ進め。それが救世主として呼ばれてきたお前の使命で、運命だ」


「運命」


 翔は言葉にしてみた。しかし翔の中に実感が伴わない空虚な言葉であった。


「魔王崇拝集団を討伐する計画が議会で審議中だ。可決されたならば我々が請け負う事になる。基本的にはその場での逮捕だが、反抗するなら殺すしかない。できるか?」


「……それが俺の選んだ運命だと言うのなら」


 翔に後戻りなど出来なかった。過去の自分にも地球にも。


「さぁもう行こう。ここに居ても黒髪の乙女のヒントは見つからないさ。元々黒髪の乙女と言う一つのワードだけで人を探すなど到底無理な話だ。

 俺たちの問題では無い。俺たちは今を精一杯あがくだけだ。とりあえず今まで通り黒いゲートが出てきたら潰すぞ」




 翔が牢獄のカーディフを見てから2週間がたった。


 ゲートの出現頻度は増加傾向であったが、それを上回るほどにドラゴンロアー部隊の練度も上昇している。


 ルナが黒いゲートに砲弾を撃ち込んだ。過去最速での鎮圧だった。周囲への被害もほとんど存在せず、また怪我人も出なかった。


 テレポートで司令室に戻ってきたが、ローラは浮かない顔をしていた。


「敵は一体何を目的としているのでしょうか。黒髪の乙女と言う司令塔の存在が判明した以上黒いゲートも彼女が作った物でしょう。魔獣を作るのにもコストがかかります。これでは無駄に浪費しているだけです」


「マナの流れを乱したいんだろうね」


 ロベリアのネコが答えた。


「出現範囲や頻度から考えると、私の考えた都市防衛構想がよっぽど邪魔らしい。それほど私の都市防衛構想が優れていると言う事でもあるが、あまり心配する必要も無いだろう。

 城にあるマナの流れをコントロールする魔方陣を破壊されない限り、城内へ直接黒いゲートが開くことは無い。

 これ以上マナ管理用の塔が破壊されたとしても一部でテレポートが出来ないぐらいさ。

 まぁマナの流れが悪いって事だから他の分野で悪影響が出るかもしれないが、それは僕の本分じゃない」


「黒いゲートの中に入るのはダメですか?」


 発言した翔を全員が固唾をのんで見つめた。

 その行為がどれだけ危険かこの場所に居る全員が理解しているからだ。


「僕もあのゲートの中身が気になってね。使い魔を一体ゲートの中に特攻させたが、ダメだったよ。

 原因は不明だが帰ってこなかった。兵士が入って帰ってこなかった報告もある。現状ではリスクが大きすぎる」


「でもこのままじゃ何も変わらないじゃ無いですか」


 実際は徐々にだがマナの流れが悪くなってきている。黒髪の乙女の意図は不明ではあるが、産業に影響がでてもおかしくない程度にはマナの流れは急速に悪化していた。


 マナ管理用の塔の再建設にも費用がかかる。すぐに立てられるわけでは無い


「いいや、これから変わる」


 モーセが司令室に入ると執務机に着いた。


「全員そろっているな。魔王崇拝集団の裏が取れた。ドラゴンロアー部隊での殲滅作戦に入る。この魔王崇拝集団エデンレジデンツから黒髪の乙女の情報が手に入る可能性もある」


 人を殺す可能性。


 翔はそれを覚悟しながら、殲滅作戦の概要を聞いていた。

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