第17話 開幕 7月27日
「それで、椎名さんたちはどういう関係なん?」
東さんの提案で場所をマックに移し、4人でだべることになった。
いろんな意味で居心地が悪いので丁重にお断りしたかったのだが、啓祐がノリノリで賛同してしまったので、どうもそうはいかなくなってしまった。
「あたしとさっちんはピクシルで知り合ったんよ~」
「そうなんです」
「ピクシル?」
「絵とか投稿するサイトやね。あたしたち絵描くの好きでさ~」
「へぇ、椎名さん、絵描くんだ!」
「そそ。2人ともじんらぶ(刃剣乱舞)の絵とか上げてて~」
「へ、へぇ…。椎名さんの描いた絵見てみた…」
「最初はさっちんの絵が~」
啓祐…。不憫な奴…。
それにしても東さん、小柄な割になかなかパワフルな人だな…。
ぱっと見た感じ、椎名さんと同い年か、1つ2つ年下と言ったところかな。
「そういや」
「ん?」
不意に東さんが俺の方に、ずいっとにじり寄りながら話しかけてきた。
よく見ると可愛らしい顔立ちのその目はらんらんと輝いている。ち、近い…。
「大崎君たちは何してたん?デート?」
「はぁ?」
なにいってだこいつ。
「いやぁ~。平日の真昼間から男2人で…なんてね…?ぐふふ」
「ぐふふじゃねーよ…。それに平日つっても夏休みだろ」
「夏休み…!あ、そうだった」
「大丈夫かよ…」
うん。なかなかに変わった人のようだ。
「ねぇねぇ、せっかくだし皆でどっか遊びに行こうよ」
「おぉ!いいね」
「私は構わないですよ」
「お、おぉ…」
アグレッシブだな…。これが若さか…なぁーんちゃって。
見たところ、椎名さんに変わった様子もない。
たかだか数十分話したくらいだが、いたって普通の女の子だ。
一度体験した28日の記憶。そして、見殺しにしようとした事実。これは、紛れもなく本物だ。決して無かったことには…。
「なぁに難しい顔しとるかね、涼くん」
「え?」
3人で何やら話していたはずの東さんが、いつの間にかこちらに戻ってきていた。
「何か悩んでるなら、お姉さんが相談にのるよ〜?」
「いや…別に…。てか、何がお姉さんだよ」
「あぇ?だって君ら高2でしょ?あたし高3」
「え?」
事実確認をするため、椎名さんに目を向ける。
「あ、そうなんです。美沙都さんは1年先輩なんですよ」
「え…そうなん…ですか」
「いいよ、今更敬語なんて使わなくて」
「いや、そういうわけにも…」
人は見かけによらないとはこのことか…。
どう見ても俺らどころか椎名さんよりも年下…ん?
「1年先輩ってことは、椎名さんも2年生?」
「そうですよ。私も2年生です」
柔らかく微笑む椎名さん。
「そうだったのか。てっきり年下かと。それこそ愛未と同じくらい…」
「愛未?」
不意に口に出た名前に食いついてきたのは、意外にも東さんだった。
…しまった。
今の俺には妹などいない。それは啓祐もよく知っている。その啓祐が居る場でどう誤魔化せば…。
「愛未…?あぁ!そういや居たな!確か従兄妹だろ?」
「はぁ!?」
「え…?その愛未ちゃんじゃないの?」
「従兄妹って誰の!?」
「いや、お前の」
「従兄妹?俺に?しかも、愛未…?」
「どったの、涼くん」
「あぁ…いえ…」
ちょっと待て俺。落ち着け俺。
俺に従兄妹は居たか?
いや、そんな記憶はない。
では愛美の名前に心当たりは?
ある、妹だ。
つまり俺の妹が従兄妹にジョブチェンジしたってことか?
いつの間にかそんなことが可能な世の中になったのか。
ンなわけあるか。
「なぁ、啓祐。その話詳しく聞かせてくれないか」
「詳しくも何も、小学校の1年だか2年だかだったかなぁ。その頃はまだお前ん家の近所に住んでて、よく3人で遊んだろ」
「そう…だったか…」
「覚えてねーの?その子のこと言ってたんだろ?」
「あ、あぁ…」
俺の記憶の中の愛未と、啓祐の言う俺の従兄妹の愛未。
この2人は果たしてどういう関係なんだろうか。
いや、どうもこうもない。俺の人生において、愛未はただ1人で十分なのだ。
― ― ―
「いやぁ、今日は楽しかったね〜!また遊ぼうぞ、若人達よ」
「ほぼ年変わらんだろ…」
「今日はありがとうございました。私も楽しかったです」
「おうよ!じゃあ、またな!椎名さん、東さん!」
あれから4人で1日を過ごし、そろそろ日も暮れるということで解散の運びとなった。
最初の28日に聞いた、椎名さんの自殺の話。
それによると恐らく彼女は27日の昼過ぎから夕方にかけて自ら命を絶ったのだろう。
その時刻はとうに過ぎた。
これで解決。万事安全。
とは全く言いきれないが、これで椎名さんの時間の流れも間違いなく変わった。
あまり過去を引っかき回してはいけない。
そう思ってはいるものの、いざ目の前に、あんな可憐な笑顔があったら守りたくなってしまうのが人間なのではないだろうか。
なんて。
どれだけ綺麗な言葉で身を飾っても、どれだけ高尚なお題目を掲げても。
自己を正当化することはできない。してはいけない。
そう、決めたのだ。
にこにこと手を振る啓祐。
微笑みをたたえながら控えめにお辞儀をする椎名さん。
小柄ながらもどこか力強さを感じさせる去り姿の東さん。
三者三葉。
そんなことで少しだけ、ほっと息を吐くことができた。
― ― ―
「んで、なんだよ話って」
「あぁ、さっきの愛未のことで」
「なんだ、久々に会いたくなったか〜?」
「いや、愛未って言ったら…俺の…」
「ん?」
妹だ、と言うべきではないだろう。
突然友達が真剣にそんなことを言い出したら、俺ならまず頭の心配をする。
しかしこいつは、きっと話を聞いてくれるんだろう。
俺の知る園部啓祐という男はそういう人間だ。
だから、俺は安心してしまった。
そして、啓祐を傷付けてしまった。
挙句、自分勝手に“なかったこと”にした。
啓祐に俺の現状については伝えるべきではない。
……少なくとも今は。
「えっと、今どこに住んでんだろな」
「どうだろうな、お前の母ちゃんとかなら知ってるんじゃね?」
「母さんか…」
確かに従兄妹ならば俺の親戚に当たるというわけだ。
母さんなら知ってるはず。
…いや待てよ。
前に愛未の話をした時、母さんは何も知らないふうだった。
しかし俺が小学校低学年ということは、もう10年ほど前になる。
それ以来なら覚えていないだけということもあるか…。
「ちょっと帰ったら聞いてみるわ」
「おうよ、やっぱ久々に会いたくなったか?きっとかわいいJKになってるんだろうな〜」
「そうだな……久々に会いたいよ」
― ― ―
「ただいま〜」
「おかえりなさい、涼。ご飯どうする?」
「食う」
「わかったわ。今、支度するわね〜」
台所で夕食の支度をする母さんを眺めつつ、食事時の定位置につく。
今日はカレーかな?
スパイスのいい香りがふわふわと漂い、程よく空いた俺の腹をがっちりと刺激してくれる。
「ん?」
スプーンにおける、カレーとライスの黄金比について深く考察しようとしていると、ポケットに入れたままにしていたスマホが短く振動した。
これはメールだな。
なんとなく気になるので内容をチェックすると、先ほど連絡先を交換した東さんである。
『やっほー!早速連絡するよ!今日はサンクス!楽しかったぜ\\\└('ω')┘////』
…なんというか、文面でもパワフルだな、この人。
「はい、お待たせ」
「あぁ、いただきます」
そうこうしていると、母さんがカレーを運んできてくれた。返事は後で出しておこう。
美味そうなカレー。早速いただく。
「そういえばさ」
「何?」
カレーをもぐもぐしながら話を切り出す。俺の従兄妹についてだ。
「俺に従兄妹って居たっけ?」
「従兄妹?」
「そう、従兄妹の女の子。小1とか小2の頃よく遊んだって啓祐とそんな話してさ」
「うーん…。あ!それ
「再従兄妹?確かに愛未だったらしいけど」
「そうそう、懐かしいわ〜。そういえばこの間言ってたわね、愛未さんがどうのって。」
「あ、あぁ。でさ、その子今どうしてるかなと思って」
「どうかしらねぇ。確か源次郎お義兄さんのお家で暮らしてるはずだけど」
源次郎叔父さんは父さんの弟だ。小さい頃にお年玉を貰ったような記憶がある。正直、父さん同様ほとんど覚えていない。
「それってもしかして、この前言ってた亡くなったっていう親戚の…」
「そうそう。うちで引き取ろうかって話になってた女の子よ」
「そうか…」
やはり…。以前母さんからその話を聞いた時、もしかしたらと思ったことだ。
愛未はそもそも、亡くなったというその親戚の娘だった。
その親戚の娘を引き取る話がまとまる前に父さんが行方知らずになったことで、愛未が我が家に来る事はなくなった。
そして源次郎叔父さんの家に引き取られ、今はそこで生活しているのだろう。
俺の知る時間の流れであれば、愛未を引き取った後に父さんが亡くなったから、愛未は俺の妹として我が家で生活していたということになる。
つまり、妹から従兄妹にジョブチェンジしたと思ったら義妹から再従兄妹にジョブチェンジしていたわけだ。
……結構衝撃的な事実だと思うんだけど、なんかこう、ぬるっと知る羽目になるとあまり思う所がないというか、感動が薄いな…。
まぁいいか。ひとまず今はこのカレーを堪能しよう…。(思考放棄)
「ごちそうさまでした」
「は〜い」
「あのさ」
「今度はなぁに?」
食器を流しに運びつつ再び会話を切り出す。
これはカレーをもぐもぐしながらまとめた考えだ。
愛未の現状について、ある程度掴めた今、次なる行動は決まったも同然だ。
「源次郎叔父さんの家の住所教えて」
「何?手紙でも書くの?」
「いや、会いに行く」
「どうしたのよ、急に」
「せっかくの夏休みだし、旅行がてら行ってみようかなと。いいかな?」
「随分急ね…。連絡先は分かるけど、向こうのご都合もあるからちゃんとご相談しなさいね」
「分かってる」
「そう。なら以前貰った年賀状が押入れに入ってるはずだから探してみてね」
「わかった」
― ― ―
「長野か…」
源次郎叔父さんの家は思ったより遠かった。疎遠にもなるわけだ。
こりゃそれなりに旅費が要るな…。
日払いのバイトでもするか…。
「手頃なバイトはなんだろな…」
サンプリング…ティッシュ配りの類か。これなら楽そうだ。
いや待てよ、暑い夏の日に外で1日中ティッシュ配るなんて地獄ではないか?
俺に耐えられるだろうか。
「まぁ家から近いみたいだし、とりあえずキープかな」
キープをタップするべく画面に親指を叩きつけようとしたまさにその瞬間、突如画面が切り替わり何者かからの着信を示す表示へと変貌した。
タップは急には止まらない。そのまま通話を選択してしまう。
『おぉう、ワンコール!まさかあたしに電話しようとしてた〜?』
電話口から漏れ出てくる元気な声。
誰からの着信か確認する暇すらなかったのだが、もはやそんなことは必要なくなったようだ。
「してねーよ、ちょっとスマホいじってたらちょうど着信したんだ」
『ほうほう、お楽しみタイムを邪魔してしまったかな〜?』
「なんだよお楽しみタイムって…バイト探してただけだ」
相変わらず無駄に元気な電話の主は、紛れもなく東さんその人だった。
メールは先ほどちゃんと返したというのに、なんなんだこの人…暇なのかな…。
『バイト?そっか夏休みだもんね〜。暇だからバイトでもして稼ごうという魂胆かい?』
「いや、ちょっと金使う用事ができてな」
『なになに?啓祐くんとデート〜?』
またしても何言ってんだこの人…。
妙に楽しそうなのが腹立つ。
「俺らをなんだと思ってんだ東さんは…」
『ジョークジョーク。もしかして、昼間言ってた愛未ちゃんって子に会いに行くの?』
「…なんで分かったんだ?」
『初歩的なことだよ、ワトソン君』
「偉そう過ぎる…」
『まぁ、ただの当てずっぽうなんですけどね』
このやろう…。
「つか、なんか用か?」
『んや、暇だったから』
「ほんとに暇人かよ…」
『え、なんだって?』
「なんでもねーよ」
『んで、その愛未ちゃんはどこに住んでるんよ?』
「長野」
『ほう。ではその旅費を稼ぐためにバイトをする気だったと』
「まぁ、そんな所」
『だったらこのお姉さんが、いいバイトを紹介してあげようか?』
「いいバイト?怪しいもんじゃないだろうな…」
いいバイトを紹介する〜なんて、怪しい臭いぷんぷんの言葉第1位じゃねーか。
いやまぁ、東さんはそんな悪い人ではないだろうけど…。
とは言え、ホイホイついて行っていいものかしら…。
『んなもんじゃないって。イベントスタッフ的な?会場作ったりする系』
会場作ったりする系?
設営とかそういうことだろうか。
意外や意外。バリバリ肉体労働だな。
小柄な東さんの姿からは正直イメージできない。
「意外だな。そんなことしてるのか」
『そそ。体力つくし、払いもいいよ。早く終わっても1日分きっちりくれるし』
「へぇ」
『それになにより、今なら頼れるお姉さんが手取り足取り教えてあげるよ〜』
「それは要らん」
『いけずぅ〜』
「今日日そんなこと言うやつがいるとは…」
『まっ、冗談は置いておいて。バイト始めるなら知り合い居た方が何かと都合良いじゃん?』
それは一理ある。
全く知らない人に囲まれるより1人でも知り合いが居た方が気持ちは大分楽だろう。
「確かに…。なら頼もうかな」
『了解!日にちとかこっちで調整してよい〜?』
「よいよい。頼むわ」
『オーキードーキー!』
「あ、でも。明日いきなりとかは勘弁。ちょっと予定あるし」
『ふーん。おっけ。じゃあまた連絡するねー!』
「おう」
嵐の如く駆け抜けていったな。
なんかちょっと疲れたぞ…。
ちなみに明日の予定。
厳密には“予定が入る予定がある”と言ったところか。
― ― ―
「……」
時刻は午前7時前。
昨夜はあまり眠ることができなかった。
今にして思えば、東さんとのあの会話は気を紛らすのにちょうど良かったのかもしれない。
つくづく都合のいい男だと自分でも思う。
7月28日。
今年のこの日を迎えるのはこれで2度目。
1度目のこの時間はしっかり眠っていたっけ。
気楽なものだ。
「…そろそろか」
7時を回った。
1分……2分……3分……。
……10分を過ぎた頃、ようやく胸を締め付けるような息苦しさから解放された。
この時間まで啓祐からの着信は無い。
俺に連絡する事態は避けられたのだろう。
喜んでいいものか。
いや、結果自体は喜ばしいことに違いない。
問題はその過程なのだから。
でも。
でも少しだけ、安心できた。
「……」
顔でも洗おう。
今日はこの後、黛さんに会うことになるだろうから。
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