第16話 片翼 7月27日

 啓祐とやってきた、JR横浜線町田駅から数駅の橋本駅。

ここは遊園地などはないが、駅前に大きなショッピングモールや映画館などがある。

デートという名目でやってくるには不自然さはないだろう。

 黛さんには悪いが、啓祐を連れ出すため、今は俺のデート相手ということになってもらっている。


「へぇー、結構でかいんだなぁ。俺初めて来たわ」


 いつも通り能天気にのたまう啓祐に若干の安心感を覚えつつ、今後のプランを考える。

こうして連れ出すことに成功しているので、今回の目的はほぼ達成したと言っていい。

正直、あとはどうでもいいのだ。

適当に飯を食い、時間をつぶして帰る、と言ったところか。

野郎2人でデートなんて、一体誰が得をするのだろう。それこそ相手が黛さんなら……と思ってしまわなくもないのは秘密だ。


 それより気がかりなのが『今回の7月26日』では、椎名さんからのお誘いメールが無かったということだ。

何度かやり直した7月26日では、ほぼ同じ時刻に送られてきていた。

今までと今回の1番大きな差は“1日多く戻った”ことだろう。

そのことで椎名さんと啓祐の関係に変化が生じたのか……?

あるいは何らかの要因で椎名さんの行動が変わった。

パッと思いつくのはこのあたりだが……。


「なぁ、啓祐。椎名さんとは、最近どうなんだ?」

「なんだよ急に。どうもこうも、相変わらずぽつぽつメールするくらいかなぁ」

「どんな話をするんだ?」

「んぁ?そうだな……次のバイトはいつなのかって聞いたら、バイト掛け持ちしてるらしくてさ。そっちが忙しいから少し休んでるんだと」

「掛け持ち?」

「うん。なんのバイトって聞いたら力仕事としか教えてくれんかった。あぁ、喫茶店は最近始めたんだと。親の仕事の都合で急に引っ越してきたらしいぜ」

「引っ越し……。あ、そういえば」

「なんだ?」


 引っ越しと聞いて思い出した。

“あの”7月28日の朝、啓祐から聞いた、『椎名さんは俺たちが通っている高校に転入する予定だった』という話。

刑事から聞かされたくらいだから、啓祐もまだ知らないのだろうか。


「あぁ、いや。引っ越しするなら学校とかはどうするんだろうな」

「その話をする前に、もう寝るからまた今度って言われてな。あんまりしつこくメールするのも如何なものかと絶賛お悩み中なのよ…」

「そうか…」


 色々と聞いてはみたものの、前回までの2人のやり取りが分からない以上、比較することができない。

いっそ俺の方からメールをしてみるという手もあるか……。


「なぁ、涼。腹減ったしなんか食わね?」

「え、まだ昼には早くないか?」


 時計を見れば時刻は昼前。

昼食にはいささか早い気がする。


「いや俺朝飯食ってないから」

「偉そうに言うことかよ…」

「おっ!金だこ!久しぶりにたこ焼き食いたいな!」

「聞いちゃいねぇのかよ…」


 何やらスマホを見ていた啓祐は、橋本駅周辺の飲食店を調べていたようだ。

有名なたこ焼きチェーン店『金だこ』

全国に展開しているだけあってその味はなかなかのものだ。

何を隠そう俺もたこ焼き好きでな。たこ焼きなら軽食にはちょうどいいかもしれない。

 いざ出陣、とばかりに歩き始めた啓祐に続く。


 駅から徒歩数分。

『金だこ』が入っているイオンに到着した。

目的の店はどのあたりなのか、手っ取り早く知るために壁際のフロアマップへと足を向ける。

 するとそこには同じ目的だろう女子2人組がアイスだのマックだのとマップを見ながらおしゃべりしている。もうちょっと端っこ行ってくれないかな……。


 半ばジトッとした目で2人組を見ていると、その片方に見覚えがある気がしてきた。

……というか椎名さんではないだろうか?

傍らでスマホを見ていた啓祐に、こそっと声をかける。


「なぁ。あれ椎名さんじゃないか?」

「なぬ!?」


 当然ながらいつぞや見たウェイトレス姿ではないが、恐らく彼女に間違いない。

……俺はなんとなく、居心地の悪さを感じた。

しかしこれも自業自得。仕方のないことだ、と思ってしまうのは自分を正当化しようとしている、自己防衛本能か何かかな。


 しかし同時に、狐につままれたような、なんとも飲み下すことのできない違和感を覚えた。

目の前にいるのは年相応の笑顔を見せる可憐な少女だ。

……とても自殺を考えているとは思えない。

あるいは何か大きな悩みを抱えていて突発的に自殺をする、ということも考えられなくはないだろうが、どうにも腑に落ちない。


 直接当たってみるか?

しかしどう話をすればいいのだろう。

自殺を考えていますか、なんてもってのほかだし、何か悩みを抱えていますね、なんて言った日にはインチキ占い師認定待ったなしだ。


 うまい話しの切り出し方を考えていると、隣に居たはずの人物がいつの間にか居なくなっていることに気が付いた。

どこに行ったかと探すべく視線を前に向けると、あからさまに挙動不審な様子で椎名さんの方へ歩み寄っていやがる。


「あ、おい……!」


「よ、よぉ、椎名さん、奇遇だね!」

「あ、園部さん!お買い物ですか?」

「まぁ、そんな所。涼と一緒にね」


 少し離れたところに居た俺へと視線を向けてくる3人。

……無視するわけにもいかないよなぁ。


「久しぶり…だね、椎名さん。…と、そちらの方は?」

「お久しぶりです、大崎さん!この方は“片翼の堕天使”さんです」

「ん…?」

「うわぁぁぁ!さっき名乗ったろ!さっちん!」

「あぁ!そうでした!」


 なんだこれ…。

え、椎名さん今なんて言った?

片翼の堕天使?

†片翼の堕天使†?

 椎名さんよりやや小柄な†片翼の堕天使†さんは、2つに分けた青みがかった黒髪を振り乱しバタバタと椎名さんに詰め寄っている。

その反応を見るに、いや見ずともだが、†片翼の堕天使†は本名ではないのだろう。


「こ、こほん。あたしは東美沙都」

「東さん、よろしくね」

「よろしく。大崎君」


 差し出された†片翼の堕天使†さん、もとい、東さんの右手と握手を交わす。

眼鏡の奥のその瞳は、どこか怪しげに光っているような気がした。

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