第14話 断案 7月28日

「ふぅ……」


 なんとか啓祐を宥めてから事情を聞きだし通話を終える。

通話時間を見ると1時間を超えていた。

あんなに取り乱した啓祐は初めてだった。


 想い人を突然失ってしまった衝撃というのは一体どれほどのものか。

きっと、どんなことをしてでも救いたいと、そう思うのではないだろうか。

……事実、啓祐はもう一度タイムリープを試させてほしいと頼んできた。気は進まなかったが、なし崩し的にOKしてしまった。

 成功するかも怪しいし、仮に成功したとして再び啓祐が……ということにもなりかねない。

あいつの気持ちは分からなくもないのだ。

できれば力になってやりたい。


 しかし聞いた事情では、それもどこまでできるか……。

今一度、話を整理してみる。


 あいつの話によると今朝方、刑事が訪ねてきたらしい。

対応した母に起こされ、椎名さんについていくつか質問されたそうだ。

そこで彼女の自殺を聞かされたという。

 昨日の夕方、つまり7月27日の夕方。

帰宅した啓祐はお詫びのメールを入れたが、返事はなかった。

そのことに不安を抱き、追撃のメールを送るもそれにも返事がない。


 皮肉にもそのメールが、あいつのもとに刑事を呼び寄せることになった。

なんでも、最近頻繁にやり取りしていたのは啓祐だけだったそうだ。

俺も何度かメールのやり取りはしたのだが、大した内容じゃなかったし、頻度を見てもあまり重要視されなかったのかもしれない。


 そして驚いたことに彼女は、夏休み明けにうちの高校へ転入する予定だったというのだ。

詳しくは話してくれなかったようだが、転入の準備を進めていたらしい。

 ……ここまで聞いた俺は思った。

そんな人が自殺をするかと。

それは啓祐も同様で、刑事に詰め寄ったらしい。

 いくつか不審な点はあるが状況的には自殺で間違いないという。

その不審な点は聞けなかったようだが。


「どうするか…」


 次から次に舞い込む問題。問題。問題。

1つ解決したかと思えばすぐさま次の問題が顔を出す。

そもそもの愛美を取り戻すことも、手がかりすらない状態だというのに。

 この世界は、一体俺に何の恨みがあるというのだ。



     ― ― ―



 朝食後、出かける準備をする。

啓祐との待ち合わせだ。


「ん?」


 家を出ようとしたその時、スマホが振動する。電話だ。


「あ…!」


 発信者の名を見ただけで、どこか心強くなってくる。

そう、黛さんだ。随分と連絡を取っていなかった気がする。

実際の時間にプラスして何度かやり直した日数がある分、余計に長く感じるのかもしれない。


「俺だ」

『分かっているわ…おはよう大崎君』

「あ、ああ。おはよう、久しぶりだな」


 久々のやり取りに、地味に緊張してしまう。


『そうね。ところで、昨日過去改変があったと思うのだけれど』

「あぁ…そのことか」

『…やはりあなたが?理由は察するに、バラバラ殺人事件かしら』

「なんでそれを!?」


 驚いた。ずばり的中させるとは…。


『分かるわよ。テレビでそのニュースが報道された直後、あのめまいが起こった。そして直後、そのニュースは無かったことになった』

「……啓祐が、死んだんだ」

『園部君が!?そうだったの…』


 流石の黛さんも、そこまでは知らなかったようだ。


「でも、もう大丈夫。あいつは助かった」

『あなたが?』

「あぁ。なんとか」

『……タイムリープの条件、特定できたの?』

「あ、あぁ」


 そういえば少し絞れたというメールの後、特定に至ったというメールは送っていなかった。


「というか、何回かメールしたんだが…」

『ごめんなさい。私のスマホ、なぜかメールの受信ができていなかったみたいで…』

「そうなのか。そんなことあるんだな」

『えぇ。今朝、数日分一気に受信したわ』


 これで数日連絡が取れなかった理由は判明した。

嫌われたとかじゃなくてよかった……。


「で、実はまだ相談に乗ってほしいことがあるんだが…」

『何かしら?』



     ― ― ― 



「悪いな、黛さんまで付き合わせて」

「構わないわ。こんな言い方はどうかと思うけれど、私も気になるもの」


 啓祐との集合に、黛さんも同行してもらうことした。

俺1人では不安だったのと、今回の椎名さんの自殺について、思い至ったことがあったからだ。


 場所はいつもの喫茶店ではなく、町田駅から3分ほどの109にある生涯学習センターというところにした。ここなら落ち着いて使えるスペースがあるからだ。

比較的人目に付きにくい、奥の方の席を確保した。


「よう、待たせた。…なんで黛さんまで?」

「お、おう」

「おはよう、園部君」


 ほどなくして啓祐がやってきた。普段とはあまりにも違う雰囲気に思わず声が上擦ってしまう。


「なぁ、涼。なんで黛さんが居るんだ?」


 俺の正面の席に座りながら当たり前の疑問を投げかけてきた。

黛さんが来ることは伝えていなかったし、話が話だけに第三者を交えたくないのだろう。


「俺が呼んだ。……アドバイスとか、もらおうかなと…」

「話は聞いたわ。なんて言ったらいいか…」

「いいよ別に。…涼、早速だが」

「タイムリープの件、だよな…」

「あぁ。もう一度試させてくれ」

「でも、うまくいくとは…」

「試すくらいいいだろ!!」


 語気を強める啓祐。それとは対照的に、表情には陰りが見える。


「わ、わかったよ…」

「……すまん」


 気は進まないが、本人の希望だ。試すだけ試してみよう。

いつもの流れで準備を開始する。

 隣の黛さんが控えめにこちらの様子を窺っているのが気配で分かる。

そういえば黛さんにタイムリープの手順を披露するのはこれが初めてだったな。


「できた。あとはこれをつけてくれれば…」

「あいよ」


 ヘッドホンを装着し、目線で合図を送ってくる。早く始めろということだろう。

頷きを返し、音楽を再生する。

 目指す時間としては2日前、7月26日の放課後。マックでタイムリープの実験をしようとしている時間だ。逆算しタイマーはセットしてある。後は例のアプリからの通知が来るのを待つだけ……。


「……ダメ、だな」

「時間はちゃんと合ってるのか!?」

「あぁ。ちゃんと計算した」

「なんで…。なんでだよ、クソ!」


 ガンッとテーブルに拳を叩きつける。


「園部君、落ち着いて…」


 黛さんが周囲を気にしながら啓祐を宥める。

静謐な空間で、今のは少々まずい。


「なんで…。なんで俺じゃ駄目なんだよ、クソ…!」

「だから、言ったろ…。理由は分からないが…」

「……頼むよ」

「なんだって…?」


 ぼそりと呟かれた声だが、聞こえなかったわけではない。理解ができなかったわけでもない。

聞きたくなかったのだ。

それを、聞き入れるわけにはいかなかったから。


「涼。お前ならできるんだろ」

「どういう…」

「なぁ、頼むよ。俺の代わりに、椎名さんを助けてくれよ…」

「いや、それは…」

「……お前、やっぱり何か知ってたんじゃないか?」


 射抜くような眼差し。絶妙なタイミングでの問いに思わず目を逸らしてしまう。


「別に…何も」

「メールをもらったあの日、珍しく強引に誘ったよな?」

「そんな…つもりは…」

「おかしいと思ったんだ。何か理由があるんじゃないかって」

「それは…」


 返す言葉がなく、口ごもってしまう。ある意味図星なのだ。だが、その理由を話すわけにはいかない。

話したところで今の啓祐に信じてもらえるとも思えない。


「椎名さん、言ってたんだ。相談したいことがあるって」

「……」


 知っている。最初の7月26日に、お前に嬉しそうに言われたから。


「俺が会いに行ってれば、椎名さんは死なずに済んだかもしれない」


 そうかもしれない。でも、お前が死んでしまったんだ。無残な形で。


「だからあの日に戻って、あの日の俺に椎名さんの所に行けって…伝えてくれよ」


 ……。


「涼…!」

「……わかったよ」

「大崎君…?」


 黛さんが驚いた顔をする。当然だろう。ここに来るまでに、あらかたのことは話しておいた。

啓祐が椎名さんとのデートに出かけた日、何者かに殺害されたこと。

デートを妨害することで、啓祐を助けたこと。

それを、無かったことにすると言っているようなものなのだ。驚きもする。


「じゃあ、行ってくるよ」


 手短に準備を済ませ、それを知らせる。

“前もって”計算しておいた時刻にタイマーはセットしてある。

ここに来るまでに散々悩んだのだが、こうする以外に何も思いつかなかった。

自分で蒔いた種だ。自分で始末しなくては。


「頼んだぞ、涼」

「大崎君……いいの…?」

「あぁ、いいんだ」


 誰とも目を合わせることができず、俯いたまま答える。

音楽を再生し、すぐに出てきた通知をタップ。

 直後から、徐々に意識が薄れていく。

その中でチラと啓祐を見る。

苦悶とも悲哀ともとれる表情をしていることに気付き、胸がズキリと痛むのを感じた。


 すまない、啓祐。

俺は、お前を……。



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