第13話 乱脈 7月26日

 遠くで声が聞こえる。

どこか見覚えのある景色。

どこか見覚えのある少年たちが、楽しそうに笑いあっている。


 いつの日か、誰しも似たような時を過ごしただろう。

ありふれた日常の1ページ。


 手のひらにあふれる全てが、とても貴重なものだったと気付くのは、いつだって失ってからだ。




     ― ― ―



「うぅっ……くっ」

「ん?どした涼?大丈夫か?」


 散り散りになった欠片を繋ぎあわせるように、次第に世界に色が戻ってくる。

このタイムリープにも、少しだけ慣れてきた気がした。

だが、この状況では1ミリも嬉しくない。


「いや、なんでもない……何の話だっけ?」

「大丈夫かよ…タイムリープの実験をしようぜって話だろ。アプリからの通知があればって言ってたのに、結局通知なかったな」

「そうか…えっ、なかった?」


 おかしい、俺の最初の記憶では通知はバッチリあった。2度目は…どうだったろう。確認する余裕がなかった。

 何はともあれ、今は目の前の問題に集中しよう。

啓祐に訪れる未来、むごたらしい明日を回避するためにできること……。




     ― ― ―




「ほ?珍しいな、2人で遊びに行こうなんて」


 啓祐がアホ面を晒しながら間の抜けた声を出す。

だが同意見だ。

俺が啓祐を遊びに行こうと誘うなんて今までほとんどなかったように思う。何分インドア派なものでな。

 ない頭を振り絞って考えた結果は、先約を取り付けてしまえという、恐らく模範解答には遠く及ばないような答えだった。


「まぁ、たまにはいいだろ?せっかく夏休みが始まるんだしさ」

「いいぜぇ、どこ行くよ?やっぱ横浜の方か?」

「いや、新宿方面にしないか?」

「おうふ、こりゃまた珍しい」


 普段は新宿方面にはあまり出向かない俺たち。遊びに行くならもっぱら横浜、海老名の方だろう。

だが今回はそっちからはなるべく遠ざけたかった。


――神奈川県海老名市の公園で若い男性とみられる、バラバラの遺体が発見されました――


 脳裏に、“明日の記憶”がよみがえる。

見えない手で首を絞められるかのような息苦しさが、俺を襲ってくる。

鮮明に浮かんでしまうイメージを振り払い、言葉を捻り出す。


「いつもそっち方面ばっかりだしさ、たまには冒険も必要かな、と…」

「なるほどな、確かにそっちは未踏破エリアが多い。行ってみるか!」

「お、おう」


 ……相手が啓祐でよかった。

純粋というか天然というか、こいつは人を疑うなんてことをしない。あるいは、何か察したのだろうか。

とにもかくにも、端的に言っていいやつなのだ。こいつに助けられたことも少なくない。


 そんな啓祐が……どうして……。

いや、今までの借りをここで一気に返してやる。


 啓祐は、必ず救ってみせる。




     ― ― ―




「んじゃまぁ、そんな感じでよろしく!」

「あぁ、またな」


 ざっくりと明日の予定を決め、今までと同じような内容の話をし、時間をつぶした。

いいかげん3度目となると、会話の内容も覚えてきてしまう。なんともやりづらい。


「じゃ、またな!…ん?」


啓祐のスマホが振動した。……椎名さんだろう。


「…お!おお!」


啓祐が奇声を上げ始めた。おばちゃんが変な目で睨んでいる。いつも通りだ。


「涼。やべぇよ…」

「やべぇのはお前だよ…。なんだよ…」

「椎名さんからデートのお誘いだ…!!」

「はぁっ!?」


またしても記憶の通りに再現してみる。今回は少し不自然だったかもしれない。

あまり違和感を抱かせないように気を付けなければならない。


「あ…でも明日か…。もうお前と約束しちまったもんな」

「あ、あぁ…。お前と出かけるの、楽しみにしてるんだからな…!」


 キモい、我ながらキモい。

本来なら、いいから行って来いと身を引くところだろう。内心啓祐もそれを期待したかもしれない。

しかしそうはいかない。ここで身を引いてしまっては、何度もこの2日をやり直した意味がなくなってしう。


「そ、そうだよな。先に約束したのは涼だしな!…また後日にしてもらうよ」

「あぁ…。そうか」


 なんとも微妙な空気。明らかに啓祐の表情が曇っている。罪悪感が込み上げてくるが、ここは気付かぬフリをするしかない。これも啓祐の為なのだ…。


「じゃ、じゃあ、また明日な!返事は帰ってから送っておくわ」

「…おう。また明日」


 去っていく啓祐の後姿は、いつぞや見たものとは全く別人のものになっていた。




    ― ― ―



 翌日。

待ち合わせ場所に啓祐は居た。

それだけで少し安心できる。


「おはよう涼!遅刻しなかったことを誉めてやろう」

「いや、普通だろ」

「んじゃま、出発するか!」

「スルーかよ…」




    ― ― ―




 その日は普通の日常を楽しむことができた。

内心バクバクだった。野郎と2人でバクバクというのもキモいが、バクバクだったものは仕方ない。


 7月27日の啓祐の行動は大きく変わった。

しかしそれだけで全てが解決するかと言われれば、分からんとしか言いようがない。

啓祐の代わりに、誰かが殺される。啓祐を逃がしても結局、なんらかの要因で死ぬ。帳尻合わせに、世界を乱した俺が死ぬ。

 よくあるタイムトラベルものの展開が、ひたすら頭の中を駆けずり回る。



 だが、杞憂に終わった。

そう、終わったのだ。7月27日は無事過ぎ去った。と言っても、まだ日付が変わったわけではない。

 時刻は午後11時半過ぎ。

送っていくと申し出たが流石に断られた。せめて無事を確認したく、うだうだとメールのやり取りを続けている。

 啓祐も既に帰宅しているらしく、これなら何か事件に巻き込まれることはないのではないかと思えるようになった。


「ふわぁ~あ。なんだか眠くなってきたな」


 安心したからだろうか、次第に眠くなってきた。

ずっとヘッドホンで音楽を聴いているからというのもあるだろう。体的には既に寝る体勢なのだ。

 少し早いが、眠ってしまおうか。いや、油断大敵だ。とりあえず日付が変わるまでは……。




     ― ― ―




「…ふがっ。……やべ、寝ちまった」


 色々と思考を巡らせていたのに、いつの間にか寝ていたようだ。

机の時計は午前8時過ぎを指している。……しっかり寝てしまった。


「あっ、啓祐…!無事か…!」


 確認しなくては気持ちのいい目覚めを迎えることはできない。

急ぎスマホを手繰り寄せ、画面を開く。すると――


「なんだ……これ…」


 心臓が跳ね上がるのを感じた。鼓動の音が激しく、うるさいほどに聞こえる気がする。

スマホの画面に表示されていたのは、啓祐からの多数の着信。

一番古いものは午前7時過ぎ。

そこから数分置きに掛けてきていたようだ。


「まさか…!」


 嫌でも思い出される、最初の7月27日の記憶。啓祐からの多数の着信。電話口の誰か。

恐る恐るこちらから掛けなおす。

 心臓の鼓動の音が更に激しさを増した。吐き気がする。気が遠くなりそうだ。

徒労に終わったのか?寿命が1日延びただけだったとでも?

抱いた希望をバラバラに打ち砕かれた気分だ。我ながら酷い表情をしてると思う。

 早く出やがれチクショウ。


『涼か?俺だ』

「け、啓祐…」


 出た…!啓祐だ。生きている。啓祐は生きていた…!


「よかった。無事だったん…」

『なぁ』

「な、なんだ?」


 俺の言葉を遮り、啓祐が言葉を続ける。

その声色は普段のそれとはまったく別人のように、ひどく冷たく鋭いものだった。

……初めてだった。刺すような雰囲気に戸惑いながらも問いかける。


「なにかあったか…」

『お前何か知ってたんじゃないか?』

「何のことだよ」

『なんでだよ』

「だからどうした…?」


 まったく会話になっていない。さながら会話のドッジボールだ。本当にどうした…?


『なんで!』

「す、少し落ち着け」

『なんで!!』

「落ち着けって。なぁ?」


 次第に語気を荒げていく。本当に啓祐なのか?もはや別人にしか思えなくなっていた。


『なんで!!なんで椎名さんが自殺なんか!!』

「……えっ?」


 思いもよらない展開に、俺の頭は状況を全く呑み込めなかった。

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