第12話 徒爾 7月26日

「……ぐぅっ。……はぁっ」


 めまい。世界か自分自身がひっくり返ったような、不快感。


「ん?どした涼?大丈夫か?」


 苦しそうな俺の横で、啓祐が不安そうに俺の顔を覗き込んでいる。当たり前のように、そこに啓祐がいる。


「啓祐!!」

「な、なんだよ?」


 突然に名前を呼ばれ、困惑気味だ。だがそんなこと知ったこっちゃない。俺はお前のために、再び時をかけたのだ。

 つい先ほど、いや、正確には明日の夕方。無理を言って遺体の確認に行き、啓祐に訪れる未来を目の当たりにした。

 受け入れられなかった。信じたくなかった。だからこうして戻ってきた。まるで無策だが、そんなことを言っている精神的な余裕などなかったのだ。


「いや、なんでもない……。今、何時だ…?」


 スマホで時間を確認する。時刻は15時過ぎ。タイムリープの実験をしていた頃だ。

予想通りのタイミングに戻ってくることができた。あとは、ここからどう立ち回るかだ。


「啓祐。明日のデートには行くな」

「デート?何の話だよ?」

「何って、さっき……」


 ……しまった。まだ椎名さんからメールが届いていなかったか。


「あぁ、いや。その……」

「なんだ、寝ぼけてんのか?」

「あ、あぁ。なんか急に眠気がな…」

「大丈夫かよ」


 どうするか。ひとまず椎名さんからのメールを待って、そのうえでデートに行くのをやめるよう説得してみるか。椎名さんとのデートで何があったか知らないが、少しでも未来を変えねば……。



     ― ― ―



「んじゃ、また連絡するぜ。喫茶店付き合ってくれよな」

「あぁ。分かってる」


 昨日と同じような内容の話をし、時間をつぶした。恐らくそろそろ椎名さんからのメールが届くはずだ。


「じゃ、またな!…ん?」


啓祐のスマホが振動した。……きたか。


「…お!おお!」


啓祐が奇声を上げ始めた。おばちゃんが変な目で睨んでいる。


「涼。やべぇよ…」

「やべぇのはお前だよ…。なんだよ…」

「椎名さんからデートのお誘いだ…!!」

「はぁっ!?」


 記憶の通りに再現する。あまり余計なことをして、要らぬ過去改変を起こさぬようにという配慮だ。意味があるかは知らん。

 しかしここからは、前回と同じという訳にもいかない。


「い、行くのか?それ」

「あったりめぇだろ!」

「は、早まらない方がいいんじゃないか?」

「どういう意味だ…?」


 訝しむ啓祐。まぁ、当然だろう。応援されるものだと思っていただろうからな。実際、最初の俺は応援していた。頑張ってこいと、背中を押した。

 だが事情が変わったのだ。背中を押すなど、到底できない。


「ほら、いきなり2人きりはハードル高いだろ?お前も言ってたじゃんか」

「しかしせっかく誘ってもらえたんだしなぁ…」

「何か粗相をしたら、一発で嫌われるぞ」

「いや、急にネガティブすぎだろ!」

「お、俺はお前の為を思って……」

「…まぁ、考えてみるわ。サンキューな」

「あ、あぁ…」


 ……いっそ、はっきり言ってしまえばよかったのだろうか。お前が殺される未来から来た、と。


「……言えるかよ、そんなこと」


 去っていく啓祐の嬉しそうな後姿にかける言葉は、俺からは出てこなかった。



     ― ― ―



 翌朝。一睡もできずに、自室のベッドに転がっていた。

あの後、啓祐といくつかメールのやり取りをしたが、やはり今日は2人で出かけるようだ。

引き留めようにも、それだけのことをしたい理由を話すことができない。もどかしい。

 メールでは、心配するなと言っていた。

俺の心配は全く別のベクトルを向いているのだが。

 一応、周囲には気を付けるように、人気のないところには行かないようにと伝えておいた。


 ……もしかしたら、これだけでも何かが変わるかもしれない。

タイムリープの方法が思っていたより単純だったように、単純なことで歴史は変わるのかもしれない。


 そうだ。不条理な時間の輪なんてものは物語の中だけに過ぎない。そんなものを現実の世界にまで持ち込まれてたまるか。些細なことで歴史は変わる。全てうまくいく。

 啓祐のことも、愛美のことも、黛さんのことも、俺が何とかしてみせる。俺ならできる。



『臨時ニュースをお伝えします』


「っ…!」


 つけっぱなしにしていた部屋のテレビから、ニュース番組のキャスターの声が聞こえる。


「今何時だ?!」


 テレビに映し出される時刻は昼過ぎ。ぼーっとしている間に時間が流れてしまったようだ。

ニュースキャスターが神妙な面持ちで速報を読み上げる。


『えーさきほど、神奈川県海老名市の公園で若い男性とみられる、バラバラの遺体が発見されました』


「くっ……」


 時間が少しずれている…。前回は夕方ごろのニュースだったはずだ。

俺の行動が裏目に出たとでも?ふざけるな。


「出ろ、出ろよ…!」


 何度も啓祐に電話を掛けるが、一向に出る気配はない。


「くっそぉぉぉ」


 なぜだ?何がいけない?どうして啓祐は死ななければいけないんだ?

認めない。俺が変えてみせる。こんなくそみたいな運命、俺は受け入れない。


 ヘッドホンを装着し、音楽を再生する。

続いてタイマーをセットする。


「必ず助ける。絶対に救ってみせる…!」


 最後に充電を開始する。例のアプリからの通知は無事に来てくれた。迷うことなくタップ。

徐々に意識が遠のいていく。逆行する時の流れに身を任せ、願う未来をこの手に掴むまで。


 何度でも…やってやる…。

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