第11話 虚実 7月26日
ついに迎えた終業式。
無駄に長い校長のお話をやり過ごし、通知表やら何やらを受け取った俺たちは、飽きもせず町田のマックでポテトをつまんでいた。
ちなみに通知表の評価はトップシークレットとさせてもらおう。
「今日も椎名さんに会えんのかぁ…」
いつものように啓祐がぐでっとしながらぼやく。
「返事もらえただけよかっただろ。……俺なんて返事すら来ないんだぞ」
「んぁ?なんか言ったか?」
「なんでもねーよ」
タイムリープの条件が少ししぼれたことを報告するメールを昨日のうちに送信しておいた。無論、黛さんにだ。
しかし未だに返事はない。例の黛さんのご両親の話についても同様だ。内容が内容だけに、こちらから催促するのは気が引ける。今は待つしかないだろう。
「っつーか暇だな。なぁ、昨日のタイムリープの実験、今日もやろうぜ?」
「実験?」
「そそ。昨日言ったろ?お前のスマホ間でしかタイムリープはできないんじゃないかって」
「あぁ、そのことか。」
昨日の実験では、俺しかタイムリープの条件を満たすことができなかった。
“今の自分”と“戻りたい時間の自分”が俺のスマホで同じ音楽を聴いている必要がある、というのが今の仮説だ。
原理もなにも分かったものではないが、今はそういうものだと思うしかない。それに説明されたとして、俺の頭が理解できるかどうかも怪しいものだ。
「じゃあ、ヘッドホン貸してくれ」
「お、おう」
もはや慣れた手つきでスマホとヘッドホンを用意する。
「時間は…」
「22時間くらい前だな」
「了解」
タイマーをセットし、ミュージックから『RiSA』を選択し再生する。続いて充電を開始することで準備は完了だ。
「どうだ?」
「……ダメだ。何も反応がない」
「なんでだよぉ…」
「次俺やってみるわ」
「おうよ…」
タイマーを再設定し、音楽をクラシックに変更。再生する。
「……きた。今度も成功だ」
「相変わらずお前はできるんだな。何が違うんだ?」
「さぁ…。俺にもさっぱりだ」
「う~ん…。何かもうひとつくらい条件があるのかもな」
「そんなところか」
まったくもって予想はできないが、恐らくそういうことなのだろう。しかし自分で使う分には、今まで以上に自由に使うことができるようになった。
「俺になんかあったら、それで助けてくれよな。映画みたいに」
「なんだよ突然」
「映画ならそういう展開はお約束だろぉ」
「…はいはい」
そんな展開にまで発展されてたまるかよ…。
― ― ―
その後はうだうだ椎名さんの話や夏休みの話など、高校生らしい他愛のない話をし、帰宅の流れになっていた。
「んじゃ、また連絡するぜ。喫茶店付き合ってくれよな」
「分かってるよ、またな」
「おうよ!…ん?」
不意に啓祐のスマホが振動した。どうやらメールでも受信したようだ。
「…お!おお!」
なんとなくその場で待っていると、啓祐が奇声を上げ始めた。おい、やめろ。おばちゃんが変な目で睨んでるぞ!
「涼。やべぇよ…」
「やべぇのはお前だよ…。なんだよ…」
「椎名さんからデートのお誘いだ…!!」
「はぁっ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。さっきのおばちゃんまた睨んでるよ…。
「なんでだよ急に?」
「いや、昨日の夜からちょこちょこメールのやり取りはしてたんだけどよ、ついにやったぜ…!」
「マジかよ…。まぁ、やったじゃんか」
ここは素直に祝福したい。しかし本当にデートだろうか。啓祐のことである。また何か勘違いや早とちりをしていなければいいが…。
「俺帰って明日の準備するわ」
「明日なのか?本当に急だな」
「相談したいこともあるんだと。なんにせよ、気合入れないとな」
随分と張り切っているご様子。舞い上がってしまうのは無理もないか、思いを寄せる相手からのお誘いだからな。純情な啓祐ならなおのこと。張り切りすぎて空回りしないかだけが心配だ。
「じゃあ、またな!お疲れ!」
「お、おう。気をつけろよ」
颯爽と帰っていく。何やら不安だが、俺がとやかく口を出すのも違うだろう。頑張ってくれぃ。
― ― ―
夕食を済ませ、部屋でのくつろぎタイム。相変わらず黛さんからの返事はない。その代りなのかなんなのか、さっきから啓祐からのメールがとどまるところを知らない。
内容は明日の椎名さんとのデートについてだ。啓祐本人も期待半分不安半分といったところか。
ぽつぽつとメールのやり取りを続けているうちに次第に眠気がやってきた。寝落ちしたらすまんな。ちなみに耳元ではクラシックがエンドレスでリピートされている。今後何が起きてもいいように、準備をしているというわけだ。
などと考えていると、ついに眠気が極限まで到達してきたようだ。まぶたが重い…。
明日から待望の夏休み。明日の夜くらいまで連絡がなければ、こちらから黛さんに連絡してみようか…。そうすることにしよう……。
こうして、夏休み最初の朝を迎えるため、俺は眠りについた。
これからすぐに最低で、最悪な夏休みが始まることも知らずに……。
― ― ―
「ん…。あ…何時だ…?」
ぬるっと起き上がり、テーブルの時計を確認する。時刻は昼過ぎ。夏休み初日からこのだらけっぷり、いかんな。この夏はやることがたくさんあるというのに…。
「あ、着信…?」
スマホに目をやると数件の着信。いずれも啓祐からだ。見てみると、間を開けずに何度もかけてきている。急用だったか?
とりあえず、折り返しかけてみることにする。
「あ、啓祐。どうした?」
待つこと数コール。電話が繋がった。
『……』
「啓祐?」
『……。ブツッ』
無言のまま切られてしまった。どうしたんだ?
その後何度かかけるも、電源を切られてしまったようだ。……本当どうした啓祐…?
心配だが、こうなってしまっては連絡を取る手段がない。待つしかないだろう。
― ― ―
特にやることもなく、ぼーっと夕方のニュース番組を眺めていた。
啓祐からも、黛さんからも連絡はない。いっそ椎名さんの方に連絡をしてみるか、とも思ったがデートすることを啓祐が他の人に話したとあっては、気分を害してしまうかもしれない。そんなことを考えると、メールする気にはなれなかった。
「ひと眠りするかな…」
あれだけ寝たというのに、なんだか眠気が…。若いときはいくらでも眠れるものだと聞いた気がするが本当なんだな……。
『臨時ニュースをお伝えします。今日昼ごろ、神奈川県海老名市の公園で若い男性とみられる、バラバラの遺体が発見されました』
「えっ…?」
……胸騒ぎがした。眠気が一瞬で消え去るほどの。何の確証もないのに、啓祐の顔が脳裏をよぎる。
…心配し過ぎだ。少し連絡が取れなくなっているだけだろう。状況が状況なだけに、無意味に不安になってしまっている。きっとそうだ。
…自分に言い聞かせるように必死になる。その行為自体が更に不安を加速させていることに気付きながら。
『えー…引き続き、海老名市のバラバラ殺人事件についてお伝えします。遺体の身元が判明しました。遺体の身元は…』
テレビのキャスターが、被害者の名前を告げようとしていた。大丈夫だ。きっと知らない名前だ。
被害者の方には申し訳ないが、知っている名前でなければ、それはテレビの中の出来事に過ぎない。今まで通り、早く犯人捕まらないかなぁと思っているだけでいい。それでいい。
『県内の高校に通う…園部啓祐さん、17歳と断定されました』
「…っ!」
うまく息ができなかった。
脳が理解を拒んでいるかのように、頭が回らない。
「嘘だ…。嘘だっ…!!」
口を衝いて出たのは、そんな意味をなさない言葉。現実を拒絶する、幼稚な戯言。
それほどまでに、俺の心の中は虚妄であることを求めていた。
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