序章4話
放課後は素直に図書館で自主学習に勤しむのも、一興。
学徒の学業や生活、そして人生の糧になるべく集められた書物が、蔵書という形で群れを成している。
しかし、自他ともに認める西大陸屈指の魔法学府である此処、「メンドオーラ魔法学園」。
世界各地より野を越え山を越えこの学園に納められた名著と同じく、二千近くの学徒の為に、学園には様々な制度や備品、はたまた設備を擁する。
中央棟二階から五階。
巨大な吹き抜けの中に大小様々な中二階、そして談話席や学習席、学園中央園庭を一望できる窓際の喫茶店まで有する、学園に籍を置く者の憩いの場。
昼時休憩や放課後、学徒による「自主休講」、或いは教職員同士の茶事にも対応できる此処は、「中央棟大多目的堂」。
ハルザ・ミンリュットは、大多目的堂の一角である中二階の一つ。
少人数用学習席に用意されている椅子の一つに座り、同じく備え付けの卓へ自前の帳や教科書、先に図書館から借り入れた参考書を広げ。
自らの癖である、利き手とは逆の左手で筆を持ち面前にてそれを甘噛み、特にほほ笑む訳でもなく睨む訳でもなく。
来月始めには、魔法陣の実技考査が待ち構えている。
魔法陣の担当は、普段は温厚誠実であるが、魔法や授業の事となると悪怪が乗り移ったのかと錯覚するほどの厳しさで有名なダザンテンクス先生。
ハルザがこの学園に在籍するようになったのは、今年度始め。
まだまだ新入生の域を脱するほどの時が経過したわけではないが。
上級生からの忠言に始まり、実際に授業中に叱責を受ける学徒を目の当たりにして、ダザンテンクスの「熱血ぶり」は、胸に刻まれている。
その教師の考査だ。
いまだ十分に猶予は残されているが、今の内から準備しておく事に越した事はない。
そうでなくとも、学徒の本分は学業、普段より勉学に勤しむのが筋だろう。
その普段の何割かは普段ではなく、友人であるカーウェ・スオーロ、そもそもどうやってこの学園の入学試験を潜り抜けたのか甚だ疑問に感じる落第生一歩手前の彼女に、「生きた参考書」として勉学を手解きしている。
それに関して、自身の復習にも一役買っているので全くの徒労という訳ではないが。
少し勉強してすぐ休憩したがるのはやめてほしい、こちらはある程度のまとまった時間を集中して取り組みたい性分だ。
その件のカーウェは、今日の放課後は絵画美術部に顔出すと言って、授業が終わると同時に廊下を駆けていった。
「・・・」
大多目的堂の学習席が集まる一角だけあって、ハルザも含めて、周囲は物静かに勉学へと励む学徒が散見できる。
此処は使い勝手がいい。
もう一つの学習場所に最適な図書館、延いては図書館棟は中央棟の隣。
歩いて幾らも要さない距離だ。
講義の予定がない空き時間や放課後。
人を探すとなると、大体は此処か図書館に屯しているものだ。
ハルザは参考書の隣に置かれていた、グラスに注がれた冷茶を手にして、それを一口喉に通した。
先程、この席に座る前に堂内の喫茶店でこれを買い求めた際には。
其処のソファー席に陣取るシン先生を見かけた。
眼前に盤と駒を用意しており、「今日こそはシュシェール先生に勝つ」と意気込んでいた。
おそらく、ほぼ間違いなく。
ハルザより上方の喫茶店前において、対局後の甘味代は今日もシン先生の「持ち」だろう。
学徒及び教職員や学園関係者全員に、校則で賭け事は全面禁止されているが。
シン先生がいつに勝ち星を掴むか密かに学園の雑談定番。
勝敗着けた後でも笑顔で甘味と茶を共に嗜む和みも含めてか、この二人の勝負だけは半ば黙認されている。
「・・・起こさないほうがいいか」
現在。
現在時間、こうやって夕刻の学園に時は流れていく。
或る者は美術室で枠に張られた帆布に向き合い、在る者は駒遊びと茶事に勤しみ。
在る者は、勉学に励む自らの向かい側、卓の対岸で小さな寝息を立てている。
「・・・」
両腕を枕にして、その隣には銀縁の眼鏡。
その周りには開かれた書や帳、椅子に立て掛けられた時計付きの魔杖。
精悍さの中に幼さが残る首筋を伝うように、黒の束ね髪が垂れている。
こんな表現が出てくるのは、今日は文術の講義があった所為か。
「・・・」
ハルザはもう一度、冷茶を口に含み飲み込んだ。
カーウェと別れた後は、共に考査に備えようと言葉を交わしたが。
どうにも、限界だったようだ。
昨晩は天文科第三学年に交じって、星座魔術の講義を受けてきたと笑って話していたが。
通用年数えで、齢十四。
身や心の胆力が、大人や上級学年のそれにまだまだ及ぶわけがない。
同じ歳の自身も。
眼前の友人を、勉学の為に起こすべきか、はたまたここは羽休めとして見守るべきか、その最適解に迷っている。
「・・・」
一問、教科書から帳に写し書いた文章問を解き進めた。
自然に起きるのを待つのが、それだろうか。
さすがに、同性の友人であっても、自身の制上着を肩に羽織らせるのはやりすぎだろう。
それがなくとも、魔法によってこの大多目的堂は快適な室温に保たれているとの話だ。
「・・・」
自身とカーウェの違い、それは余裕。
自賛臭くなるが、授業外で予習と復習を欠かさない自身と違い、カーウェは勉強嫌いの「崖っぷち」。
しかし、この友人はそれらを、自分よりも多くこなしているのに、常に「崖っぷち」だ。
足りないのは気概ではない、「時間」だ。
他学科の学徒が入学から、公用年数えで一年、通用年数えでは四年で卒業のところ。
時間科だけは通用年数え一年で卒業となる。
通常の四分の一の学徒生活、それでもその期間の中で通常学科一年より遥かに多くの単位を取得しなければならない。
そして、ハルザの眼前で居眠に身を委ねる友人とは、入学からほどなくの出会いから既に一年経たずしての別れが運命づけられているのだ。
「時間」に重点を置く時間科と言えど、あまりにも酷な現実。
カーウェは気にしていないのだろうか。
彼女より早く多く問題を解けても、その胸中は計り知れない。
一つ分かる事は、己の願望で眼前の友人の、束の間に安らぐ休息を邪魔するべきではないだろう。
回り回って導き出した「最適解」。
「
あえて小さく、起さないように、ハルザは彼の名前を呼んだ。
続
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