第7話 自分たちの手で。

自分たちでやる。


電気防災の田屋社長の一言に背中を押されて、リフォームの一部を自分たちでやることに決めたわたしたちが最初に手がけた作業、それはペンキ塗りです。


これは相真工務店さんにお願いした基礎工事が始まる前にやっておきたかったことでした。


ペンキを塗らなければならない箇所は大きくわけて3カ所あります。


ひとつめはシャッター。塗装が剥げ、サビも浮いているのであまり見栄えがよくありません。基礎工事が始まるとシャッターを開け閉めしてしまうのでそのまえに塗装を終えてしまいたい箇所のひとつでした。


ふたつめは二階の押入れ。ここはふすまを取り外してビジネスホンの主装置とネットワーク機器を置く「サーバ・スペース」として活用するのですが、基礎工事中に電話工事などを行う予定のため、シャッター同様、先に塗装をしておきたい箇所です。


みっつめは最大の難関、二階の壁。


第2話の本文などでも紹介しましたが二階の壁はコンクリートに塗られた壁材が老朽化によりぼろぼろと剥がれ落ちてしまっています。壁に残ったものも指で触るだけで簡単に剥がれるほどです。


ですので、これをすべて剥がして塗装してしまいたいのです。


二階の壁は日数もかかりそうなのでひとまず後回しにして、まずはシャッターと押入れの塗装から行うことにしました。


とはいえ、ここまで大きなものを塗装した経験などありませんからできるのかどうか不安でいっぱいです。どれくらいの時間がかかるものかも検討がつきません。


ともかく午前中からホームセンターで塗料やペンキ、ハケなど必要なものを購入したのち汚れてもいい服装に着替えて、作業を開始しました。


まずはシャッター周辺のマスキング(養生)から。


マスキングとは塗料を塗りたくない箇所にテープなどを貼ることで塗装を防ぐことを言い、塗装には必要不可欠な下準備の作業です。


今回のマスキングにはダイアテックスの「パイオランクロス 養生粘着テープ」を使いました。丈夫ですが手で簡単に切ることができ、大変便利です。値段もお手頃で、養生シートと組み合わせて使うことで広範囲のマスキングが可能です。


とはいえ、どこまで厳密にマスキングすればいいのか目安がわからず、試行錯誤しながらの作業となりました。


これはのちにわかったことですがマスキングはしっかりやるにこしたことはありません。面倒くさがらず、しっかりマスキングしておけばのちの作業への影響も少なく、ペンキがこぼれたときなども被害が小さくてすみます。


マスキングのあとはシャッターの汚れ落としです。


目の粗いサンドペーパーで表面をやすってサビなどを落とし、シャッターのすきまに入りこんだ削りカスやほこりをワイヤーブラシで取り除きます。


このときはじめてリフォームが簡単な日曜大工やプラモデルづくりなどとは別のものであることに気づかされました。


最初こそ丁寧に行っていたのですが小さなサイズのものとは違って丁寧に行えば行うほど時間と体力を消費してしまうのです。


いつまでたっても終わらないうえにあっという間に手や腕がくたびれてしまいます。


汚れ落としを終えたわたしたちはいまさらながらリフォームが肉体を酷使する作業であることを痛感しました。


これが1/1スケールの「家」を相手にするということなのです。そう思うほど広い面積の塗装は肉体労働でした。


ですが、作業を終えても休んでいる暇はありません。陽のあるうちにペンキ塗りを行わなくてはならないのです。


ペンキは屋外ということで油性塗料の黒を購入しました。


分量がどれくらい必要なのか検討がつかなかったため、1,6L缶を3缶とうすめ液を用意。最初にうすめ液でペンキをのばすのにもどれくらいがほどよい程度なのかわからないので試しにシャッターに塗ってみながらよい頃合いを模索しながら進めます。


金属の板をすだれ状につなぎ合わせているシャッターは板と板のあいだにすきまがあり、粘度が高いとこの部分に塗料が入りこみません。


かといって粘度を引くしてしまう(つまり薄めすぎる)とすきまは塗りやすいのですが、下地が見えてしまったり塗料が垂れやすい、塗料がハネやすいなど不都合があります。


なにせ経験のないわたしたちですからこうしたことのひとつひとつを試行錯誤しながらやるしかありません。


おぼろげに勝手のようなものがわかったのはふたつあるシャッターの一面を塗り終えたころでした。


同時に「自分たちでやる」と決めてからもいつもつきまとっていた「本当にできるのだろうか?」という不安感が目の前で塗りあがっていくシャッターを前にしてすこしづつ薄らいでいくのがわかりました。


全身ペンキまみれになりながらすべてのシャッターを塗り終えるころにはずいぶんと気持ちが楽になっていました。なんとかなるのかもしれない。そんなふうに思いはじめていました。


ペンキで上書きされたシャッターは日光のしたで息を吹き返したかのように思えました。


けっしてきれいな仕上がりではありません。手際だって全然よくありません。


それでも目の前のシャッターはなんの経験のなかったわたしたちにわずかな自信を与えるのには充分でした。


はじめはどれくらいかかるのかわからなかった作業時間も実際は下準備などをのぞくと2時間ほどで済みました。


これは「この面積ならだいたいこれくらいの時間で塗れる」という大きな目安となり、その後の作業に活きる経験でした。


シャッターを塗り終えた。


ただそれだけことで得た経験と自信。


これはその後の作業の大きな支えとなるものでした。


自分たちでやる。


そう宣言してから数週間後のある日。


こうして、右も左もわからないわたしたちのリフォームがはじまったのでした。(つづく)

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