第4話 当時のこと。

わたしたちは13年前に会社を設立しました(2013年時点)


編集者やライター、イラストレーター、映像ディレクターなどが集まった、ちいさな会社です。


場所は新宿駅西口の大ガードを越えた先の路地裏でした。


7階建ての雑居ビルの6階にある11坪ほどの、仕切りも収納もなにもない四角形のその物件には約一年半ほどいて、その後に武蔵野市へ移転しました。


移転の理由は家賃と環境でした。


古い雑居ビルとはいえ、場所は新宿駅から歩いて数分。それなりの家賃を毎月支払わなくてはなりません。会社立ち上げ一年目のわたしたちには相当な負担でした。


さらに当時は若さも手伝って、昼夜問わず仕事に明け暮れ、寝泊まりもしょっちゅうのこと。


明け方にタイルカーペットの貼られた固い床で寝るような日々で当然ながら身体を壊したりもしました。


そのころから自分たちの仕事の仕方はオフィスビルのような場所ではなく、ある程度、生活的な場所のほうが向いているのではないかと思いはじめたのです。


そして中央線を一駅一駅さかのぼるのように物件探しをして、三鷹駅から吉祥寺方面に10分ほど歩いた3LDKのマンションに移転しました。


ふたりで一部屋を仕事場にすることで以前にくらべてプライバシーの確保された空間ができあがりました。


もともと個別の仕事の多かったわたしたちにとってそれはありがたいことでした。


しかしそれから10年も経つとそれぞれが外で仕事することが増え、会社にいない時間が増えるようになると事務所は資料や私物を置くだけの倉庫のような状態になっていました。


仕事とプライベートを一緒くたにしながら歩んできた10年。


それによってたくさんの出会いがあり、楽しい思いを経験をさせてもらいました。


その結果とはいえ、この公私混同した荷物置き場のような部屋。事務所と呼ぶにはほど遠い空間となっていました。


わたしたちは重い腰を上げて、荷物をすべて整理することにしました。


10年分の荷物は相当な量でした。段ボールにするとおよそ百数十個……。


よくぞここまで……と感心すると同時に自分たちの怠惰さにいささか呆れてしまいました。


そして荷物のなくなった事務所の広いこと!


まるで10年分の垢を落としたかのような気分でした。


これで快適に仕事ができる!


それが意外とそうでもなかったのです。


このころわたしたちの会社に新たなスタッフが参加したため、レイアウトの変更を行ったのですが、だだっ広い空間にぽつりぽつり……と座っての仕事はじつにコミュニケーションが取りづらく、あまり雰囲気のよい職場ではありませんでした。


「すこしくらい手狭でも、相手の顔と仕事をしている様子がちゃんと見えるくらいの距離の場所に移転しよう」


そう思うようになりました。


そんな考えをかたちにしてくれそうな場所。そしていまのわたしたちのスケールに見合った場所。


あの元とうふ屋という老物件はそれらを満たしてくれる場所のように思えたのです。


しかし入居に必須なリフォーム費用はわたしたちの予想をはるかに上回るものでした。


仮に最低限のリフォームにとどめて金額を抑えたとしても建物になんらかの不都合が発生した場合、事務所としての運営に支障をきたすおそれがあります。


小さい規模の会社とはいえ、それだけは避けたいことです。


入居するのに最低限必要な工事ですので大家さんに費用を持っていただくことや全額とはいわずとも折半にしていただけないかなどの提案をさせていただきましたがむずかしいとのこと。


熟考に熟考を重ねた結果、わたしたちはあの物件を借りることを断念したのでした。(つづく)

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