第3話 リフォーム。

その日の夕方、千葉社長から紹介していただいたリフォーム会社である「相真工務店」さんからすぐに内覧をしてくださるとのお電話をいただきました。


現地でお会いした相真工務店の大橋社長は想像よりもずいぶんと若い印象の方でしたが、リフォーム未経験で不安いっぱいのわたしたちの気持ちを安心させてくださる自信に満ちた精悍な顔つきをされていました。


今回の内覧は正式な見積をお願いするためのものではなく、リフォームを行った場合はだいたいどれくらいの金額になるのかをお聞きするためのものです。


同時にこの物件がはたして事務所として使えるようになるのかをまずはプロの目で見ていただこうと思っていました。


店舗前で大橋社長とのご挨拶をすませてさっそく物件を見ていただきました。


「正直言ってこれはお金がかかりますよ」


物件をひととおりご覧になられた大橋社長はそうおっしゃられました。


「相当老朽化が進んでいるので最初にしっかり工事をしないとあとあといろいろと不都合がでてきそうですね。小さい予算で事務所として使えるようにするための最低限の工事をしたとしてものちに追加工事が発生しそうですから結果的にお金がかかりますよ。お金のことだけを考えるならリフォーム済みの物件を借りたほうがいいというのが本音です」


プロの目から見た率直な意見でした。


わたしたちはこの一言で大橋社長を信用しました。


その場を取り繕うことなく、おっしゃられた


「リフォーム済みの物件を借りたほうがいい」


という意見は、浮き足だった素人のわたしたちを現実に引き戻すだけの説得力があったのです。


それでもまだ諦めきれずにざっくりとした金額をお聞きしました。


それはこちらの予想を上回る額でした。


いま思えばその額はリフォームの相場からいえばけっして高額ではないことがわかります。


ですが当時はずぶの素人。


リフォームの相場すらわかっていなかったので、その金額を聞いてわたしたちは驚いてしまいました。


たしかに大橋社長のおっしゃられるようにリフォーム済みの物件を借りたほうがはるかに予算が少なくて済みます。


同時にインフラさえままならないこの老物件にくらべて事務所としての運営に支障がなくて済みます。


そのときわたしたちは東京ハウスの千葉社長から返答までの期日として一週間をいただいていました。


その間、わたしたちは真剣に考えました。


大橋社長の率直な意見はとてもありがたいものでした。


この物件なら家賃面のランニングコストは大幅に下がります。


しかしリフォーム費用とリフォーム後にも不都合が発生しかねないという不安は相当に大きいです。


念のためにほかの物件をいくつか調べてみると同様の間取りでリフォーム済みの物件も見つかりました。場所や契約条件などは厳しくなりますが初期費用と将来的な不安はありません。


しかしこのときすでにわたしたちはあの老物件に惹かれていました。


おんぼろで手を施さないととうてい住むことのできないきびしい店舗にもかかわらず、なぜか好奇心をくすぐられていました。


ですが会社としての、事務所としての移転です。


そこでひとが働き、生活するのです。


思いばかりが先行して、現実を見誤るわけにはいかないのです。(つづく)

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