第7話
「…って、ちょっとちょっとぉ!何かみんなノリ悪くない?もっとこうさ、適した反応があるでしょー!『…あなたは、一体?』とか、『遂にここまで来たか…』とかさぁ!」
いきなり空から降ってきた少女。黒を基調とした左右非対称な丈の軍服風なワンピースに、肩の辺りで切り揃えられた白銀の髪。右の前髪を軽く編み込み、左側はサイドアップにして黒く長いリボンで結んでいる。少女は勝手に邪気眼を発動したかと思ったら、今度は急に反応が悪いとみんなを指差しながら文句をぶち撒けてきた。そんな事言われたって、唐突過ぎるしテンションの格差が半端じゃない。明日香も真と同じように、あっけにとられて彼女を眺めているだけだ。普通に考えて、ついていける方がおかしいだろう。だが、パンドラとヘリオスの反応は俺達のものと少し違っていたのを、真は見逃さなかった。警戒している…のか?とは言え、外見での変化なんて全く分からない二人だから、気のせいだと言われれば反論の術はないが、不思議と根拠の無い確信を得ていた。
「…ぶぅ。まぁいいけどさ~。ところで、少年君。」
「な、何だ…?」
「見た所あの女…パンドラと対立してたっぽいけど、君はあいつらの敵…って事でいいのかな?」
不貞腐れた態度から一変、振り向きざまに横目で真を見つめると、彼女は声のトーンを落として問いかけてきた。彼女と目が合った瞬間に、何か黒く冷たいモノに内蔵を食い破られるような感覚に襲われる。そして瞬時に理解した。彼女の本質は、見た目や間抜けな言動とは正反対の、もっと凍てつくような、もっと凶悪な何かだと。恐らくパンドラとヘリオスは、彼女の事を知っていたのだろう。彼らの雰囲気が変わったのも、それなら頷ける。純粋に肌で感じる刺すような殺気、足元から這い寄ってくる、纏わりつくような恐怖感。あの二人よりも、今の彼女の方が遙かに危険なオーラを纏っている。
「あ、あぁ、そうだ!俺は人の心を支配して世界を救うなんて、そんな事は絶対に許せない!」
真はそんな彼女の圧倒的なプレッシャーに動揺しながらも、精一杯強がって返答した。そうだ、例え相手が何者であろうとも、何が起きようとも、こっちは引く訳にはいかないんだ…!
「…ふ~ん、そっか。なら。」
微妙な間の後に、嫌にドスの効いた声。変わらず真を見つめる目に宿った深淵に、思わずごくりと生唾を飲み込んだ。…これは、ヤバいか?最悪の事態を想定し、身構える。
「私達の仲間…だね♪あ、私はシエルと申します。どーぞよろしく!」
重苦しい雰囲気から一転、シエルは途端に満面の笑みを浮かべ、わざとらしくお辞儀しながら和やかに名乗った。その答えに、身構えていた体も、緊張で張り詰めた心も少し和らいだ。…が、言い方が悪いがこのシエルという少女。内に秘めたモノに対しての言動のギャップ、またハイからローへの落差が凄まじく、非常に不気味でいまいち信用ならないような印象を覚えてしまう。
「さてさて、このシエルちゃん達が来たからにはもう心配御無用!さぁ八雲、やっちゃうよ~!」
シエルは再びくるりと踵を返してパンドラに向き直ると、ズビシと指差して堂々と宣戦布告した。口振りからしてパンドラ達の事を知っているようだが、その上でのこの自信。かなり強い事は明らかだろう。更には八雲とか言う仲間がいるみたいだし、これはとても心強い…!
「…………あ、今回は私が一人で先行したから、八雲達はまだ来てないんだった。……てへっ☆」
しまった、この性格を忘れていた…!ヤバい、とりあえずは味方が増えた事で産まれた安堵が、全て不安に変換されていく…。というかそれ以前に、シエルのペースに巻き込まれすぎて現在の状況をすっかり忘れるところだった。今は戦闘中だというのに、どうしてこんなアホな展開が繰り広げられてるんだ…。
「あっはっはっは。まぁ、そんな事もあるよね~。よぅし、気を取り直していこー!…ん~、くぁぁ~。」
そう言って両手を上にして思い切り伸びを始めるシエル。おい、本当にやる気があるのか?少しは緊張感を持て!といっそ説教した方がいいか?…などと思っていると、ふとシエルから不穏な空気が滲み出ているのを感じた。よく見ると、シエルの影があたかも生きているかのように蠢き始めていた。初めは影らしく平坦だったそれは、みるみる内に地面から抜け出し、立体的に形を形成していく。説明するならば頭が鎌の刃のようになっている蛇、というのが分かりやすいだろうか。シエルの影を中心に四方八方へと伸びていき、あっという間に、暗闇から這い出た黒い蛇達がシエルを取り囲むように展開し、文字通り鎌首をもたげてゆらゆらと揺らめき始めた。
「さぁ、パンドラちゃん?降参するなら今のうちだよ~?」
挑発ともとれる台詞をパンドラに投げかけ、手を前に突き出すシエル。それを合図にして、黒い蛇達がパンドラに牙を剥く。正面、上、左右と多方面から一斉に襲いかかる蛇達。しかしパンドラにはその全てが見えているのか、無駄のない動作で躱し、時には弾き、受け流して全ての蛇を凌ぎ切った。
「ヒュー!やっぱりやるねぇ、パンドラちゃん!けど、これはどうかなぁ?」
攻撃を防がれたと言うのに、シエルは口元に手を当ててニヤニヤと笑っている。次の瞬間にはパンドラの足元に漆黒の闇が広がり、今度はパンドラの周囲を黒い蛇達が囲いんで逃げ道を塞ぐように立ちはだかった。標的の退路を絶った蛇達は、籠に囚われた獲物を引き裂き命を刈り取る為に、無慈悲に刃を振り下ろす。
ドガァァァン!勢い余って大地ごと削り取るような音に、巻き起こる土煙。その向こうに蛇達が揺らめいているが、そこにあるはずの人型は見あたらない。そう、仕留めきれてはいなかったのだ。蛇の毒牙が喉元を食い千切る寸前に、パンドラは思い切り上に跳び上がって逃れていた。目測ではあるが、軽く数十メートルは跳んでいるだろう。パンドラは空中でくるりと態勢を立て直すと、シエルに向けて悠々と右腕の刃を向ける。すると、またあのグロテスクなプロセスの変形が始まった。今度は翅のような金属質な突起が右肩から幾つか、肉を、皮を突き破りながら生え、腕は刃から銃の砲身のような形に変わっていった。
「魔弾生成、完了。リロード、開始。」
パンドラの肩の翅と砲身に、透き通る様な蒼い光がサイバーチックなラインを描き始める。近未来的かつ幻想的な光がパンドラの半身から溢れ出し、その美しさと言えば、この現状を忘れて見とれてしまいそうな程だ。
「装填完了。ターゲット、ロックオン。…
ドスンと響いた重低音、同時に眩しく輝く蒼弾がパンドラの腕からシエルめがけて発射された。無数の光の帯を後方に儚く残しながら迫る魔力塊。対するシエルは両足のスタンスを広く取り、敵に横を向くような形で構える。そしてかざした左手、そこに蛇達が集まり、混ざり、絡み合って、シエルを守るための黒い盾へと形状を変えた。
バシィッ!力と力がぶつかり合う衝撃と余波。シエルとパンドラの間で、光と影が激しくせめぎ合う。二つの力の衝突に耐え切れず地面はひび割れ、押し出された大気が逃げ場を求めて勢い良く拡散する。
パンドラの攻撃を真っ向から受け止めたはずのシエルは、それでもまだまだ余裕な態度を崩さない。それどころか、いとも容易くパンドラの蒼弾を横へ弾き飛ばすと、不敵な笑みを浮かべながら右手を空中のパンドラへと伸ばす。
「へへっ。…つーーかまーーえたっ♪」
「…!?」
空中へと向けた右手の先、初めて『無』以外の表情を見せたパンドラの周囲に、よくよく目を凝らさなければ見えないくらいの細い糸がいつの間にか張り巡らされていた。その糸は自在に動き回っているようで、パンドラは瞬く間に半透明な糸に手足を絡め取られ、まともに身動きが出来なくなった。その光景は、さながら哀れにも蜘蛛の巣に掛かった蝶のよう。そしてシエルが掲げた右手の指を鳴らすと、糸に刹那の閃光が走ると共に、ドッシャァァァァン!!!と雷鳴に似た轟音が轟いた。紫電一閃、雷撃が張り巡らされた糸を伝い、容赦なくパンドラの体を焼き焦がす。
…バチバチと、放たれた雷撃の余韻を残して不規則に点滅する糸。微かに鼻腔に届く、肉の焦げたような異臭。捕えられたままのパンドラは、
「……パンドラ、少し遊び過ぎだよ?もっと真面目にやってくれないと困るじゃないか。」
少し離れた所から聞こえたのは、仲間がやられていると言うのに、特に何事も無かったかのように平然と喋るヘリオスの声。惨状に似つかわしくない涼しい声の方へと視線を向けると、明日香の周りは最早爆撃機で空襲でもされたかのように広範囲に焼け、木々も建物もガラガラと音を立てながら燃え落ちていた。シエルとパンドラが戦っている隣で、明日香とヘリオスもまた攻防を続けていたのだ。
「もうじゃれ合っている時間は余り無いんだ。…どんな形にしろ、そろそろ終わりにしなくてはいけない。」
ヘリオスの声に呼応するように、しばらくの間微動だにしなかったパンドラもゆっくりと動き始めた。そんな、馬鹿な。あんなボロボロになっても、まだ動けるのか…!?驚く俺など気にも留めず行われる、三度目の変形。今度は全身から鮫の鱗のような短い刃を無数に逆立たせ、自身を拘束していた糸を切り捨てる。開放されたパンドラは、猫のようにスタッと身軽に地面へ降り立った。
派手な戦闘が繰り広げられただけで、状況的には最初とほとんど変わらず、膠着状態が続いていると言って差し支えないだろう。明日香とヘリオス、シエルとパンドラがそれぞれに睨み合いを続けている状態だ。
「お~い、そこの包帯巫女ちゃ~ん。別に深くは詮索はしないけどさぁ、あんまり手加減しすぎてるとやられちゃうよん?」
あくまでも余裕の態度を維持するシエルは頭の後ろで手を組み、片足をぶらぶらと揺らしながら明日香に言葉を投げかけた。手加減…。言われてみれば、確かに明日香はヘリオスの攻撃を防御しているだけで、自分から攻撃に転じてはいないようだ。攻撃する術を持っていないのか、それともシエルの言う通り、ただ単に手加減しているのか…。
「…悪いけど、手加減どうこうはキミには言われたくないな。…でも、そうだね。こんな状況に立たされても、まだ甘い考えが抜けてないみたいだ。ボクもまだまだだね。…また失ってしまう前に、やらなくちゃ。」
明日香は何かを決心するように目を伏せて深く、ゆっくりと息を吸い、吐き出した。そして再び目を開くと、静かにヘリオスに宣言した。
「キミがボクと同じだというなら、ヘリオス。…分かってるでしょ?」
バシュッ。言い終わった瞬間、ヘリオスの足元が穿たれた。突然の出来事に、ヘリオスも思わず足元を確認し、警戒するように半歩後ろに下がる。穿たれたその爪跡は、まるで高温の何かに焼かれたよう…。まさか。
「-光の操作は、得意中の得意なんだ。」
上空にキラリと輝く何かを視界の隅に捉えた。照りつける白い太陽と、もう一つ、その太陽に負けないくらいに輝く紅い光の塊。朝日と夕日、あたかも太陽が二つあるかのような光景に、どこか神秘的な神々しさを感じずにはいられない。
バシュッ。ヘリオスに向かって、今一度『光』が降り注ぐ。太陽光のような、超高温の光。当たった箇所は、明日香の足元や壊れた建物の傷に酷似した跡を残す。あれは間違いなく、さっきからヘリオスが明日香に向けて撃ち込んでいた銃、あの不可視の弾丸の正体だ。そして明日香は、それをヘリオスにそっくりそのまま返しているらしい。…そうか、あの鏡だ。あの時うっすらと見えた半透明の鏡、それがヘリオスの『光』を反射して上空に弾き、弾かれた『光』を収束させるように鏡の位置を調整して反射させ続けていたんだ。あの夕日に似た紅い光の塊は、そうやって閉じ込められた『光』の集合体…!
「なるほど、僕の攻撃を防ぐ振りをして、逆にそれを攻撃に利用するとは。正直、驚いたよ。中々に器用な事をやってのけるんだね。面白くなってきた所だけど、…そろそろ時間切れのようだ。パンドラ!」
「っと!さっせないよ~!!」
「逃がさない!」
ヘリオスの言葉に反応し、明日香とシエル、パンドラが同時に動く。パンドラはヘリオスのもとへ向かおうと走り出し、明日香は上空からヘリオス目掛けて光の雨を降らせ、シエルは再び蛇達を呼び出してパンドラへ差し向ける。
「フッ、いくら力の使い方が上手くても、同じ手はそう何度も通用しないよ?」
ヘリオスの周囲に漂っていたレンズが機敏に配置を変え、明日香に返された『光』の射線上に入った。レンズに当たった光は、その内部で進路を変え、軌道を逸らされる。逸らされた光の束の矛先は、パンドラに迫るシエルの蛇。収束した光が直撃した蛇はその勢いを殺され、その場に留まる事を余儀なくされた。蛇の追撃を振り切ったパンドラは車のドリフトよろしく急ターンしながらヘリオスの横に並ぶと、砲身に変形させたままの腕からすかさず蒼弾を放つ。…が、その方向は俺達ではなく、既に全壊しつつある拝殿だった。
崩れた瓦礫を消し飛ばしながら進む蒼弾。真と明日香にはその意図が分からなかったが、シエルだけは理解が追いついていたようだ。
「あっちゃ~。…参ったなぁ、これじゃ八雲に怒られちゃうよ…。」
しゅんとして俯くシエル、そしてシエル越しに見える廃墟と化した元拝殿から、唐突に巨大な火柱が上がった。この時間差からしてパンドラの攻撃ではないようだし、爆発したような音もしなかった。何もない所から炎だけが猛々しく産声を上げ、天を貫く。吹き荒ぶ熱風に巻き上げられた灰塵、束の間の炎の揺らめき。その揺らめいた炎の中から、ヘリオスとパンドラに向かう人影が一つ、猛スピードで飛び出してきた。その影は駆け抜けた背後に火粉を散らし、切り裂いた烈風と共にパンドラ達に襲いかかった。
その両手に炎で形取られた鉤爪を纏った人物は、ヘリオスとパンドラに息つく間も与えない連撃を叩き込む。パンドラがこれに対応して接近戦を凌ぎ、その間にヘリオスが下がりつつも弾幕を張り、パンドラをサポートする。弾幕に猛攻を遮られた人影は、しかし驚異的な防御力と反射神経、さらに銃口やレンズの向きを見切る程の動体視力、それに追い付く凄まじい身体能力でこれを捌き切り、二人との距離を取った。
彼は軽く呼吸を整えるように一息吐くと、殺意の込もった視線をゆらりと上げて二人を見据える。年齢は真より少し上くらいだろうか。白いワイシャツにネクタイを締め、燕尾服のように後ろの丈が長めの黒いカーディガンを羽織っている。全体的にゴシックパンク風な出で立ちに、背中まで伸びた黒髪を後ろで一本縛りにした、引き締まった体躯の青年だ。
「…思ったよりも早かったね、八雲。君まで来てしまったら、これ以上の長居は賢明じゃないからね。早々に引き上げさせてもらうよ。」
ヘリオスが言うと、二人の背後に黒い渦のような、歪のようなモノが現れた。その黒いモノはヘリオスとパンドラを飲み込むと、次第に小さくなっていき、やがて完全に姿を消した。暗かったから分からなかったが、恐らく、昨夜パンドラが闇夜に消えた時も、これと同じ事が起こっていたのだろう。
「チッ…。逃げられたか。」
青年は不機嫌そうに毒づくと、踵を返して真達の方へ歩き始める。歩いている間に炎の鉤爪も殺気も消えており、その代わり、彼の後ろに光学迷彩を少しずつ解くように、徐々に人影が浮かび上がってきた。そうして現れたのはシエルとよく似た顔をした、同じような格好の少女。しかしシエルと違って落ち着いた雰囲気で、気持ち表情も気怠げだ。
「…お前達も神族か?俺は
八雲は真達の側へ来るや否やサラッと自己紹介を済ませ、直ぐに本題を切り出した。
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