第8話

 激しい戦闘の末、ヘリオスとパンドラを撃退した直後。自らを八雲と名乗った青年は自己紹介もそこそこに、一気に話を進めようとする。ヘリオス達と戦っていた事やシエルの言葉からして、恐らく敵ではないのだろうが、自らを明かさない人にこんな風に迫られるのはやはり抵抗がある。

 丁度真と同じような事を思っていたのだろう。早足で近くに来た明日香は八雲の言葉を遮り、待ったをかけた。

 「…ちょっと待って。その前に、もう少しお互いの事を話そうよ。ボク達には分からない事が多過ぎて、逆に教えて欲しいくらいなんだ。それにキミ達だって、素性が分からない相手に包み隠さず全部話すなんて、したくないでしょ?」

 「…確かに、その通りだな。すまない、少し焦り過ぎた。」

 八雲は一瞬の間を置いてから申し訳なさそうに言うと、割とすんなり明日香の意見を聞き入れた。彼はクールで少し近付き難い、刺々しい空気を纏っているのだが、それは今が非常事態だからなのか。それならば、仕方のない事なのかもしれない。もしかすると受ける第一印象とは違って本来は優しい人なのかな…などと、真は勝手に脳内で推測していた。


 「はいはーい!んじゃ、改めて自己紹介しちゃうね!私はシエル・プリゾニエだよ~♪魔界出身の…えっと、魔物?なのかな?まぁその辺はどーでもいっか。得意な属性は氷と雷。魔力探知とか、細かい魔力の扱いは結構上手いんだよ?どやっ!…んで、こっちの私にそっくりな子はテイル・プリゾニエ。私の双子の妹で、火と風の扱いが上手なの。所謂パワータイプって感じ?魔力量と爆発力は私もよゆーで負けちゃうなぁ。人呼んで、業炎爆裂熱風GIRL!!」

 「…シエル、変なあだ名付けるのやめて。あ、テイルです。よろしく。」

 割って入ってきたシエルは変わらず騒がしく…、いや、元気よく自己紹介をする。対して妹のテイルは非常に寡黙でおっとりした性格なのか、一言二言ボソッと呟くと、もう喋る事は喋ったと言わんばかりに、どこか遠くを見ながらぼけーっとし始めた。…シエルはシエルで特徴的だが、テイルも負けず劣らず不思議な子だなぁ。

 それにしても、特に何の前フリも無くしれっと言うから聞き流しそうになったが、神様の次は魔界の魔物と来たか。普通に考えたら魔物が悪者で神様は正義の味方だと思うんだが、八雲達が悪い奴だとは思えないし、流石にヘリオス達を正義と言うのははばかられる。と言うか、もう今までの常識なんてどれもこれも通用しなさそうだし、一切合切捨ててしまった方が逆に楽かもしれないな。


 「…二度目になるが、俺は七海八雲だ。過去に、俺もお前達と同じように奴らに襲われてな。-故郷の里を壊滅させられたんだ。その時は奴らと対等に戦えるだけの力なんか持ち合わせてなくて、里のみんなが時間を稼いでくれている隙に、俺は何とか一人だけ逃げ出したんだ。その後も度々奴らに追撃されたが、ひたすらに逃げ隠れして無様にも生き延びた。…そんな逃避行を何年か続けていたんだが、ある時、逃げ込んだ魔界でシエルとテイルに出会ったんだ。そしてそのお陰で、奴らと互角に戦える程の力を手に入れた。それ以来俺は復讐の為に、奴らは自分達に従わない邪魔者を排除する為に、互いに殺し合う関係だ。」

 淡々と喋っているように見えるが、その瞳には憎しみの炎と深い闇を湛えているのが分かる。家族も、友達も、…もしかしたら、愛する人も。その全てを奪われ、破壊される悲しみ、絶望、憎悪。きっと同じ体験をしたのなら、誰しもがこんな風に暗く、黒い感情に支配されてしまうのだろう。八雲程辛く苦しい目に遭っているとは言わないが、それでも真には八雲の心が痛いほどに理解できた。…多分、俺と八雲は同じなんだ。そんな勝手な親近感を、真は八雲に持ち始めていた。


 「…それじゃ、今度はボク達の番だね。ボクは貴神明日香、そして彼は弓月真。…ボク達は昨夜、パンドラが人々から心を奪った現場に遭遇したんだ。それから一夜明けて、…これはついさっきの事だけど、二度目の襲撃をしてきた、って所だね。シエルが来てくれていなかったらどうなっていたか。本当に助かったよ。ありがとう、シエル。…ごめん、話が逸れたね。とまぁそんな感じだから、どちらかと言うと知らない事の方が多いんだ。分かっているのは奴らが神族だって事と、人の心を支配して世界を平定しようとしてるって事…、そのくらいかな。」

 八雲は明日香の話を聞くと、途端に怪訝な表情を浮かべた。明日香は特におかしな事は言っていなかったと思うけど、何か気になる事でもあったのだろうか?少しの間顎に手を当てて熟考してから、八雲は整理するように言葉を紡ぎ始めた。

 因みにシエルは明日香にかけられた感謝の言葉に照れながら、全くシエルを相手にせずぼーっとし続けるテイルにちょっかいを出しまくっている。…本当に緊張感のない双子だな。

 「…奴らが人間界に来る場所や時期に規則性は無い。つまり不意に世界の何処かに突然現れ、そしてその周辺にいる人間の心を奪っていく。ただお前達も知っていると思うが、人間界に溶け込んでいる神族も少なくない。それに世界には神族ばかりが集まって生活している場所もあるんだ。-俺の里もその一つだったんだが。そういった神族達は協力するか殲滅されるか。その二択しか与えられなかった。」

 そういえばヘリオスは、味方は多い方がいいと言っていたな。そしてそれを拒否したから攻撃してきた…。八雲の話は、さっきのヘリオスの言葉とも一致する。特に考え込む程、おかしな箇所は無いと思うが…。


 「…だが、今回は妙だ。奴らは日も空けず、同じ場所へ二度も立て続けに来た。こんな事は今までに無かった。奴らはどうして再びここへ来た?ただ単にお前達を引き込みに来ただけなのか、もしくはここに…。おい、そう言えば奥の離れ、あそこに何か奴らの気を引きそうな物はなかったか?」

 「…?いや、特にこれといって特別な物は無いけど…。どうして急にそんな事を?」

 八雲の質問に首を傾げながら答える明日香。この神社に詳しい明日香がそういうのだから、間違いは無いのだろう。だが、何だろう。この感じは…。嫌な予感が頭を駆け巡る。開き始めた八雲の口元に、時間の流れが減速していくような感覚を覚える程に意識が集中してしまう。真は何故か無意識に、どうかその先を言わないでくれと心の中で願っていた。

 「…そうか。いや、実はお前達が戦っている間、あの離れから奴らの魔力を感じたんだ。シエルがいなかったから、幽かにしか感じ取れなかったがな。だから…あぁ、事後報告で悪いが、念の為中を一通り調べさせてもらった。だが、、何も無かったからな。気のせいだったのか、既に何かを持ち去られた後だったのか…。」

 「待て!今、何て言った?…?いや、客室に眠っている女の子が一人いたはずだ!なぁ、そうだろ?」

 思わず声を張り上げてしまった。突然大声を出したものだから、八雲はもちろん、シエルとテイルも流石に驚き、目を丸くして真を見つめている。さっきの嫌な予感は、これか。不安と焦燥の前に、冷静さを欠いてしまった。きっと八雲達にはおかしな奴だと思われただろうな。しかし明日香だけは真面目な表情で、静かに、けれど少し緊張感を持って八雲の答えを一緒に待ってくれていた。

 「…いや、隠し部屋でもない限り、全ての部屋は調べたはずだ。…本当に、誰もいなかったよ。人っ子一人、な。」

 八雲の紡ぐ言葉が、全身から力を奪っていくのを感じた。立っているのがやっとなくらいに膝がガクガクと震え、気付けばずっと握り締めたままだった刀も手から抜け落ち、冷たく乾いた音と共に地面に打ち付けられていた。何で、どうして…!今度は瑠奈に何があったんだ…!?

 …いや、ここでこうして考えていても埒があかない。隣で心配そうに顔を覗き込む明日香とアイコンタクトを取る。相変わらず真っ直ぐで、力強い瞳だ。…また、明日香に救われたな。

 「八雲、シエル、テイル。俺は、俺自身の目で離れを調べてみたいんだ。…悪いけど、一緒に来て手伝ってくれないか?もしかしたら、さっきは見落としていた何かが見つかるかも知れない。」


 ありがたい事に、八雲とシエルは二つ返事でこの提案に乗ってくれた。テイルは二人が行くなら私も、と言った感じで、別に反対する事もなく着いて来ている。そうして辿り着いた離れの中は、とても静かだった。瑠奈が眠っていた部屋も、その他の部屋も、果ては離れの外までくまなく捜し回った。だが、特に荒らされた形跡も、何の手懸かりも無く、本当に瑠奈だけが、忽然と姿を消していた。

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