第5話
明日香の後に続いて勢い良く外に飛び出すや否や、目の前に広がる赤い空。逢魔が時を彷彿とさせるような、毒々しい黒ずんだ赤が目に突き刺さるようだ。
「明日香、本当にまた来たのか!?」
「うん、そうみたい。どうしてまた来たのかは本人に直接聞くしかないだろうけど。…けど、今回は一人じゃなさそうだね。強い魔力をいくつか感じるよ。」
明日香はそう言いながら迷い無く、颯爽と歩を進めていく。魔力がいくつかある…?つまり、相手は複数人で来てるって事か。しかしそんな事は意に介さず、明日香は平然と、涼しい顔をしている。
「…強いんだな、明日香は。俺なんか、ずっと怖くて不安でどうしようもないのに…。情けなさすぎて、自分自身が嫌になるよ。」
思わず弱気な言葉を吐き出してしまった。強くあろうとすればするほど、自分の弱さが目についてしまうから。明日香の強い心を、眩しく感じてしまうから。
「そんな事ないさ。…ボクは弱いよ。キミが思うよりも、ずっとずっと、ね。それに真は、突然の事だったけど、現実を受け入れようと努力してる。飲み込まれないように足掻いてる。他の人ならもっと取り乱して、混乱してるはずさ。こういう言い方もアレだけど、普通、ここまで抵抗なく状況を理解することは出来ないだろうし、あんな得体の知れない相手に立ち向かおうなんて思わない。それだけでも、真は十分強い。ボクは素直にそう思ってるよ。…それに、瑠奈ちゃんを何とかしたいのなら、弱気になってる場合じゃ無いよ!」
まるで真の心を見透かしたかのような、明日香の真っ直ぐな言葉。そのお陰で、一瞬揺らめいた心の炎が再び熱く燃え滾る。出会ってからの僅かな時間の中で、一体どれだけ彼女に救われているのだろう。
「…ありがとう。でも、もっと強くないといけないんだ。瑠奈が苦しんでる時に、俺は何もしてやれなかった。ただ見ている事しか出来なかった…。ならせめて、あの時守れなかった瑠奈の笑顔を取り戻すんだ!これだけは、絶対に成し遂げる…!」
「その意気だよ、真!さぁ、なんとかみんなを元に戻す方法を聞き出さなくちゃ!」
改めて決意を固めて駆けつけた、拝殿前の階段の頂上。そこから見下ろした参道は、昨日と変わらない、よくある夏の日の情景。道という道は、溢れんばかりの人の山で埋め尽くされていた。
「嘘、みんな、動いてる…!?心が元に戻ったの?いや、でも、様子が変だな…。」
明日香の言う通り、確かにみんなの様子がおかしい。昨日の話によれば、この辺りの人達もみんな異変に巻き込まれているはずだが、普通に活動しているように見える。…ただ、動いているには動いているが、やけにメリハリの無い挙動。例えるなら、B級映画に登場するゾンビみたいな動きだ。しかも、誰一人として一言も喋っていないようで、気味の悪い静寂の中に、群衆の足音だけがザッ、ザッ、と鳴り響いている。
「どうなってるんだ?元に戻った、とは言いづらい状況だよな…?」
隣にいる明日香に問いかけてみたが、明日香も真と同じでよく分からない、といった風に小首を傾げていた。
「完全には戻ってない、だろうね。…一部分だけ戻した?けど、どうしてそんな事…?」
話をしている間にも、何かに操られているように、淡々と歩みを進める人達。その不自然なまでに揃った足並みで、神社の入口まで引き返していた。
「…みんなが動いてるって事は、もしかして瑠奈も同じような状態になってるのか!?」
「かも知れないね。見た所、みんなが向かっているのは同じ場所みたいだ。瑠奈ちゃんの様子も気になるし、一旦戻りたい…けど、その前に。」
明日香は急いた心で瑠奈の所へ駆け出そうとした真の服の裾を引っ張り、制止する。どうかしたのかと振り返ってみるが、明日香は階段の方から視線を外さずに、ゆっくりと後退りするだけで何も答えてくれない。こちら側からだと包帯が邪魔して明日香の表情が確認出来ないが、ピリピリとした空気だけはひしひしと伝わって来る。その雰囲気に押されて何も言えず、成すがままにしばらく後退し続ける。
「…真、気をつけて。キミの事はボクが出来るだけ守るつもりだ。…けど、もし何かあったら、キミは生きて逃げ延びる事だけを考えるんだ。いいね?」
ようやく答えてくれたと思ったら、響いたのはなんとも物騒な言葉。だが、言う間に薄々と辺りに立ち込めている殺伐とした空気を肌に感じ始めた。上手くは言えないが、圧倒的な威圧感というか、周りの酸素がやたらと重くて息が詰まるような感覚。じわじわと滲み出す嫌な汗を額に感じながら、確実に近づいてきている『何か』が只者ではない事を直感的に理解する。
そのただならぬ気配を辿ると、どうやら階段の下からやってきているようだ。重苦しい空気と共に、幽かに聞こえる足音と衣擦れの音が、徐々にではあるが迫ってきている。『何か』が近づくにつれて早まる鼓動、荒くなる呼吸。しまいには、隣にいる明日香の呼吸音さえも大音量で拾ってしまうくらい、感覚という感覚が暴走寸前で制御不能だ。そんな真の状態などお構いなしに、やがてその『何か』は、階段の影からゆっくりと姿を現した。
「やぁ、こんにちは。突然で悪いけど、ちょっとお邪魔させてもらってるよ。」
現れたのは一組の男女。…とは言うものの、その男は赤黒く汚れたボロボロの黒い外套に、何かの骨で作られたらしいペストマスク、大きさ、形など多種多様なレンズのような物が鍔の上に付いた帽子という寒気すらする程に異質過ぎるもの。外見に反して無駄に爽やかな挨拶が飛んで来たから辛うじて性別は分かったものの、ギャップで異常さが逆に際立っている。正直、見れば見るほどただのイカれたヤバい奴だとしか思えない。
「それでパンドラ、この二人が例の神族かい?」
仮面の男は俺達をゆったり観察しながら、一緒に来た女に何やら確認するように話しかける。女は何も言わず、黙って首を縦に振るだけだ。…パンドラと呼ばれたあの女。あの何を考えているのか全く掴めない冷たく沈んだ瞳、変わり映えのしない感情のない表情。間違いない、昨日の機械女だ。
「お前っ…、また来やがったのか!…おい、今すぐ瑠奈や他の人達を元に戻せっ!!」
異変の発端である機械女ーパンドラを目の前にして、真は一瞬にして体中の血液が沸騰していくのを感じた。恐怖や不安も確かにあったが、それ以上に怒り、憎しみといった感情が大きくなり、今の今まで感じていた嫌な重圧も薄れていく。止めどなく湧き上がる負の感情。何かどす黒いモノが、真を内側から蝕んでいくように。
「おや、あまり穏やかじゃないね。僕達は別に争う為にここへ来た訳じゃないんだけどなぁ。」
仮面の男は悠々と手を広げると、一歩、二歩とこちらへ歩み寄ってきた。
「何、パンドラから同じ神族がいると聞いたからね。少しばかり話をしに来ただけさ。一応、僕達にも目的がある。そして、その目的に賛同してくれる味方は多いに越した事はないからね。言ってみれば勧誘、いや、交渉、かな?」
「…とりあえず、キミ達の事情を教えてくれる…そう受け止めていいのかな?」
敵対心と警戒心を剥き出しにした真達とは正反対の飄々とした態度で、仮面の男は明日香の質問に肯定の意を見せる。そして、ただただ他愛ない雑談をするような軽い口調で語り始めた。
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