第6話 暗闘開始
私は怯えていた。絶対に一番最初の「戦い」には関わりたくないと。なぜなら、一番最初は戦う双方が比較的元気な状態で、仮に勝ったとしても、それなりの反撃にあって怪我をする可能性がある。それにもし負けたら、悲惨なことは目に見えている。素直に心臓なり、後頭部なり、攻撃されたら一撃で死んでしまうだろう急所を差し出せればいいのだが、
襲われれば、きっと本能的に抵抗してしまう。急所は必ず防御してしまうだろう。それで攻撃が逸れて、行動不能ではあるが即死ではない。そんな状況になるとまさに地獄だ。
おそらくこちらが行動不能の状況になったら、相手は攻撃を止める。なぜなら、まだ他に元気な人がいるのだ、いつ背後から襲われるかもしれない。
負けた人間は、とどめを刺されることもなく、ただのたうち回ることになる。激痛に苦しめられながら、場合によっては何時間も…。
そんな想像をしただけで、私は気が変になりそうになった。暗闇の中に居ると、人はあれこれと考えてしまう。視覚から新しい情報が入ってこないから、ついつい自分の心の中をさすらってしまう。しかも心の中は闇の恐怖で塗り潰されているから、ろくなことは考えない。私は考えるのを止めようとした。けれど何も状況の変化がない今、考えを止めることは出来なかった。
「私、犯人が分かったわ」
そんな時、娘が突然叫ぶようにしてこう言った。
「やっぱりあなたが犯人よ」
娘がそう言いながら指差した先には、青年が居た。おそらくこの発言にそうとう戸惑ったのだろう。青年はすぐには何も言い返せないでいた。
「だって、あなたが一番最初に目覚めたのよね。そして私がその次に起きた。そしてあなたからICレコーダーを渡されて、あのメッセージを聞いた。その後私は、すぐに他の3人がどんな人なのか確かめたわ。当然よね。他の3人はまだ寝ているみたいだった。もちろん寝たふりをしていた人もいたかもしれないけど。ここまでは間違いないわよね」
こうまくしたてる娘に、青年は完全に気圧されていた。しかし何とか頷くことは出来た。
「ほらね。あなたは1人だけ起きていた時にあのメッセージを聞いている。当然それだから私にレコーダーを渡した訳よね。ということは、まだ他の人が寝ている時に、もしかしたら殺し合いをすることになるかもしれない状況を知っていたのよね。なぜ、殺さなかったの? 殺してしまえば良かったじゃない。だって元々私たちは死ぬつもりだったんだし、私たちが死ねば、あなたはここから無事に出られるんだから。そして外に出たら今度こそ安らかに死ねば良かったのよ。なぜそうしなかったの?」
寝ている時に、喉笛を掻き切られれば、もしくは心臓をひと突きされれば、安らかにもしくはほんの一瞬苦しむだけで、死ぬことが出来たはずだ。予定とは確かに違っているが、ここに居る全ての自殺志願者たちにとって本望だっただろう。最低でも殺し合いをして、恐怖と激痛に散々さいなまれて死ぬよりかはいい。娘はそうしてくれなかった青年を怨み、非難しているのだろう。
「確かに、僕は他の人がまだ寝ている間に、あのメッセージを聞いた。そして次の人が目覚めるまで、充分いろんなことをする時間があった。でもだからって、4人も次々に殺すなんて普通はできないよ。たとえもうすぐ殺し合いをすることになるかもしれない相手でも。殺し合いをしなくてもすむかもしれないんだし」
青年は堰を切ったように、感情を爆発させるようにこう言った。これに対して娘は一瞬せせら笑うような表情を浮かべた。
「そうだよね。もし私が一番先に目覚めて、あのメッセージを他の人がまだ寝ている間に聞いても、だからって4人も殺そうとは思わないでしょうね。じゃあ、次の質問にいくわよ。あのレコーダーを私に渡したのはなぜ? あんなメッセージをあなた以外の人は聞かなかったら、殺し合いに発展しそうにはならなかったのに。あなたが私とお婆さんにレコーダーを渡さなかったら、私もお婆さんも、あのメッセージを聞くことはなかった。なぜあなたは、私たちにあんなメッセージを聞かせたの? 自分1人でメッセージを聞いた後、レコーダーはポケットに仕舞って隠すこともできたじゃない。あなたはなぜそうしなかったの?」
娘はできるだけ感情を抑えて言った。しかし感情の発露だろう、目元に泪が光って見えた。
「僕はあの時、すっかり動揺してしまっていてそこまで考えられなかった。ただ、あのメッセージの真意がよく分からなくて、本気であのメッセージの主は僕たちに殺し合いをさせたがっているのか知りたくて、他の人があのメッセージを聞いたら、何か思い当たることがあるかもしれない。そんな考えで、他の人にも聞いてもらおうとしたんだ」
青年は娘に圧倒されていたのが時間と共に収まったためか、娘の言いたいことが分かってきたからか、冷静に穏やかに、ある意味言い訳するようにこう答えた。しかし、娘の追及の手は緩まない。
「そうね、それもまぁ、ありかな。私もあなたの立場だったら、次に起きた人にあのメッセージを聞かせたかもしれない。何の悪意もなしにね。じゃあ、次の質問はどう? どうして私たちの中に犯人が居るなんて言ったの? あなたがそんなことを言い出すから、私たちすっかり疑心暗鬼になって、恐怖に引き込まれて、いつ殺し合いが始まってもおかしくない。そんな雰囲気になっちゃったじゃない」
娘はまた今度も、できるだけ感情を押さえてしゃべろうとしていた。しかしその苦労は無駄だったようで、後半はすっかり涙声だった。青年はまた返答に窮したのか、押し黙ったままだった。娘はそんな青年を見て、言葉を続けた。
「これでだいたい分かったでしょう。私の言いたいことが。この箱に連れて来られるまでは誰が仕組んだのかは私にも分からない。だけどこの箱の中に来てから、すぐにも殺し合いが始まりそうになる今まで、犯人の思惑通りになるようにことを進めているのは、間違いなくあなたよ。どう? 違う? 『たまたまそうなっただけ』なんて言わせないわよ」
もしあのメッセージを青年が聞いた後、レコーダーをポケットに滑り込ませてしまえば、状況は今とは違っていたはずだ。
おそらく青年の顔はすっかり青ざめていたことだろう。顔を伏せていたし、この漆黒の世界では、それを確かめることは出来ない。ただ力が抜けたような肩、いじけた子供の様に丸めた背中、うなだれた首。それらの仕草から何となく、私と同様に娘が青年を犯人だと指摘する理由を理解したことが分かった。
青年は、何とか弁解しなければなせない。もしこのまま犯人に違いないということになれば、私は加わらないつもりだし、おそらく老婆も何もしないだろうが、おそらく娘と中年が協力して青年を襲うことになるだろう。凶器を持った2人に同時に襲われれば、いかに青年が若くて俊敏に動けるとしてもこの狭くて暗い箱の中のこと、まず間違いなくやられてしまうだろう。そんな思いで青年がどうするのかしばらくの間、固唾を飲んで見守った。
「ケタケタケタ」
突然、奇妙な笑い声がした。誰がこんな声を挙げるのか一瞬ドキリとしたが、ふと見ると、青年が今まですぼめていた肩を大きく揺らしていた。
「そう来たか。お姉さんが僕にどんなことを言って来るのか、あの時からずっと気になってたんだけど、そんな理由で僕を犯人に仕立て上げるんだ。凄いよ。ちょっと感動したよ。ほんの少しの事実だけから、他の人たちに僕を犯人ぽく見せかけるんだからね」
私には青年の言葉の意味が 半分も理解できなかった。青年は何が言いたいのだろう。娘の主張することが、濡れ衣だと主張したいのは分かる。しかしそれだけではない、他にもっと訴えたいことがあるようだ。その部分が全く理解できない。娘と青年の間には何か特別な関係があるのだろうか。
「まぁ、いいや。感動させてくれたお礼に、手筈通りにこうしてやるよ」
青年はそう叫ぶと、立ち上がりざまに手元にあった金属バットを握りしめ、それを振りかぶりながら、娘に駆け寄った。すると娘はまるで、昆虫か何かのは虫類の様な四つん這いの姿勢になった。そしてその低い体勢から、駆け寄ってくる青年に向けて、右手をサッと大きく伸ばした。
「ギャーーーーーーァッ」
青年が鋭い叫び声を挙げ、腰を激しく床にぶっける様な格好でくずおれた。左の足首の辺りを両手で抱えながら文字通り七転八倒する。程なくして私の鼻孔を血の匂いが激しく刺激した。
「やっぱりアンタは裏切った。こうなるのは分かっていたよ。でも、でも僕はこうするしかなかったんだ。アンタにまんまとしてやられたって訳だ。あぁ、いいさ、最初から僕は死ぬつもりだったんだ。さぁ、止めを刺せよ。間違いない、アンタの勝ちさ」
青年はまだ両手で足首を押さえ、体をバタつかせながらこう言った。しかし娘は、もとの体育座りの様な姿勢に戻り、顔を伏せたまま動こうとしない。
「どうしたんだよ。負けを認めるって言ってんだよ。早く止めを刺せよ」
まるでキレた不良の様な口調で、娘に迫る青年。それでも娘は微動だにしない。
「嫌よ。止めは刺さないわ。さっきは咄嗟のことで他の人たちは何も出来なかったけど、次は違うわ。私があなたに止めを刺そうとした時、その隙を突いて背後から襲われるかもしれない。それに、不用意に近づいたら今度はあなたが攻撃してくるかもしれないし。そりゃあ、アキレス腱を切られたんだから、相当に痛いのは分かるわ。たぶん『こんなに痛いなら、死んだ方がマシ』って思うくらい痛いんでしょうね。でもお気の毒だけど、あなたに止めは刺せないの。そんな危険はとても冒せないわ」
私はこう語る娘を見た。娘はまるで娘の方が被害者でもあるかのように、頭を両手で抱え座ったままだ。それでも頭を抱えている右手にはまだ手術用のメスが握られていて、さらに甲が、返り血を浴びてドス黒く汚れている。それらが娘がさっき何をしたのか能弁に語っていた。
「くっそーーーーっ」
青年はそう叫ぶと、突然這って近くにあったハンマーの柄を握りしめると、自分の頭目掛けてハンマーを振り下ろした。
「グシャッ」
そんな音がした。いや、もしかしたらそんな音がしただろうなと思い込んだだけかもしれない。とにかく次の瞬間あり得ない感じで青年の首が曲がり、今度は前のめりに青年は倒れた。
私も、中年も、老婆もただそれを茫然と見ているだけだった。
ただ娘だけは顔を上げることさえもしなかった。
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