第4話 暗黒侵食
そうなのだ。犯人は何がしたいのだろう。もしかして自殺志願者たちが、一酸化中毒で何も苦痛を感じずに死ぬことが許せないのだろうか。この箱の中に置いてある凶器、例えば手術用のメスや金属バットは、人を殺すことは出来るだろうが相手を即死させるだけの殺傷能力はない物が多い。これらの凶器で襲われた人間はおそらく、あまりの痛みにのたうち回って死ぬことになるだろう。
でも、だからといって、どうなのだ。自殺しようとした罪の重さを、今まさに死んでいく人間に知らしめても、ほとんど意味がないではないか。
もしかしたら犯人は、リアルな人間どうしの殺し合いが見たいのかもしれない。
しかし、もし先ほどの推論通り犯人がこの5人の中にいるとしたら、安穏と殺し合い見物という訳にはいかないはずだ。いつ誰から襲われるか分からない状況なのだから。
考えられるのは、犯人は絶対的な武器を持っているといことだ。例えば私が柳刃包丁を握ったとしても、相手がピストルを持っていたとしたら、敵うはずがない。
ただし、本当にピストルを持っていたとしても絶対に安全とはいえない。なぜなら、1人の相手をしている間に、もし他に生きている者がいればだが、背後から襲われる可能性が高い。
それにこの箱は鉄製だ。弾丸が鉄を貫通できなければ、その弾が跳ねて自分に返ってくる可能性もある。ピストルが絶対的に優位な武器とはとても言えない。それではピストル以上の武器というのはあるのかと考えてみたが、私は何も思い浮かべることができなかった。
私はその時、ある閃きを感じた。それは1人だけこの中に、ピストルを隠し持っていれば、かなりの確率で助かる可能性がある人物がいると。3人死ぬまで、比較的身の安全を保ちやすい人間。3人死んで、最後、1対1の戦いに持ち込み、その時ピストルを使えば済む人間。
それは老婆だ。確かに弱々しい老婆が最初に殺される可能性はある。しかし逆に言えば弱々しいからこそ、最後まで残していても大丈夫だと考えられる可能性が高い。つまり老婆は今まさにそうであるように、箱の隅でじっとして、メソメソしているうちに他の人間が仲間割れを起こし、そしてそのうち殺し合いを始め、最後に残った1人をピストルで撃てば無事生還できるのだ。
跳弾の問題はある。だがこれだけ兵器が発達した世の中だ。跳弾防止機能付き弾丸などというものも、あるかもしれない。
実際にその思惑通りに事態は進んでいる。最初に老婆は泣き出すことにより身の安全を確保した。その後言い争いが始まり、今にも殺し合いを始めそうなのは、中年と娘。そして青年の3人だ。そして間違いなくその勝者は私に向かってくるだろう。
ある意味老婆は、もうすでに優勝決定戦に進出することが確定している。
私は決めた。私も押し黙ろうと。この3人の言い争いに下手に口を挟んで、揉め事を誰かと起こし、せっかく手に入れられそうな、準決勝進出のチケットを手放すことはない。
まさしく「沈黙は金」だ。
それでも未だに不思議に思うのは、仮に老婆が犯人だとして、老婆が何を企んでこんな事をしたのかということだ。いろいろ考えてみたけれど、どうしても老婆の意図が分からない。老婆の狙いはいったい何だろう。
「何も分からない」
「なにもわからない」
「ナニモワカラナイ」
「ナ…ニ…ワカ……」
暗闇が私の脳まで浸食してきたようだった。
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