第3話 暗中模索

「でも、女は犯人じゃないわよね」

 数分してから、娘がこう言った。

「だって女の力じゃ、私たちが乗っていたワンボックスカーから男の人たちをここまで運ぶのなんて無理だもの」

 特にあなたは重そうだから…。目で訴えるように娘は中年を見ている。

「そうでもないさ。世の中には台車っていう便利なものがあってね、それを使えば女でも、もちろんお年寄りにだって、俺たちを運べるはずだ。そうだ、思い出した。俺たちが乗っていたワンボックスカーは、最新式で乗り降りがしやすいようにドアは広く開けられるし、地面との段差もあまりないタイプだった。シートから台車の上に落として、それからこの暗い箱の中に人を運ぶのはそんなに力が要る作業じゃないはずだ。あの時、犯人以外の4人は、強力な睡眠薬を多めに飲んでいたから多少のことでは起きなかったはずだし…」

 意地の悪そうな娘の視線に対する意趣返しのつもりか、中年は勝ち誇った雰囲気でこう言い放つ。

私は不思議に思った。なぜ、ワンボックスカーに乗っていた犯人を除く4人は、そんなに強力な睡眠薬を飲んだのだろう? 質問をするなら今しかない。私はそう考えた。

「あの、いつか分からないんですけど私は強く頭を打っていて記憶を完全に失っているんです。だからどうしてこんなことになったのか、さっぱり事情が飲み込めなくて困っているところです。こんな状況でお時間をとらせるのは心苦しいのですが、こうなった経緯を教えてもらえませんか?」

 自分はとんだ間抜けだなと思いつつも、一気にこう、まくし立てた。

「ほうらやっぱりね。この人が頭を打ったのは、クルマから台車に落とされた時だったかもしれない。もし犯人が力の強い男だったら、そんなことはなかったかも…」

 中年はそこまでしゃべって、慌てて口をつぐんだ。娘はもちろん、あの温和そうな老婆までもが、敵意丸出しで中年男性をにらみ付けているのに気が付いたのだろう。暗い箱の中の空気はどんどん、どんどん冷たく、心まで凍えるほどに冷えていく。

 さすがに中年男性もこのままでは不味いと思ったのだろう、話題を替える作戦に出たようだ。

「そうか、キミは記憶を失くしているのか。じゃあ説明しよう。私たちは全員、自殺サイトで募集していた集団自殺に応募したんだ。もちろんキミも応募しているはずだよ。それである日、私の所に差出人不明の郵便が届いて、中にはクルマのキーと、集団自殺の決行日、そして××線の□□駅の出口近くに止めてあるグリーンのワンボックスカーを探して、そのクルマを運転。残り4人をピックアップしてから、指定されたポイントで窓に目張りをする。最後にクルマに積んである練炭を燃やし、一酸化炭素中毒で自殺するようにという、指示書が入っていたんだ。そうそう、メンバーの誰かが途中で怖じ気づいて、窓の目張りを取って逃げ出したりしたら折角の計画が水の泡だから、全ての準備が整ったら、全員で一斉に睡眠薬を飲むようにということも書いてあったな」

 そうか私は自殺しようとしていたのか。中年男性の説明で、だいたいのことは分かった。それにこれ以上のことを尋ねても、私がどんな生活をしていて、なぜ自殺しようと思ったかということはここに居るメンバーは誰も知らないんだろうなとも思った。

「そうか、やっぱり僕たち、あの自殺サイトの主宰者に閉じ込められたんだ。だってそうだろう、主宰者は自殺するポイントまで指定していた。おそらくそのポイントの近くにこの箱を用意していたはずだ。それができるのは主宰者しか…いやアンタもできるか…」

 青年はそう言うと、中年をキッとにらみ付けた。

「だって決行日の数日前には、自殺するポイントをアンタは知っていたんだからな。この箱を準備することもできたわけだ」

確かに青年の言う通りだ。自殺サイトの主宰者かもしれないという点では、ここに居る全員に可能性はある。しかし、仮に主宰者ではなくともこの箱を準備できるとしたら、中年しかいないはずだ。

「バカヤロー、俺はそんなことしてないよ。第一、仮に俺がこの箱を準備していたとして、自殺ポイントでみんなと同じように睡眠薬を飲んでいるんだ。お前らをここまで運べるはずがないじゃないか」

中年はかなりうろたえながらも、反論した。

「どうかな。本当にアンタは睡眠薬を飲んだのかな。飲んだ振りをしただけ、もしくは飲んだ後に、誰にも悟られないようにして吐き出したということも考えられる」

 青年の言葉に、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる中年。男性2人の間にはまさしく一触即発といった雰囲気が漂う。

「このヤロー、是が非でも俺を犯人に仕立てあげたいみたいだな」

 中年が怒鳴った。青年は「フ、フン」と鼻で笑って返す。さっき中年にやり込められた仕返しが出来て満足だ。さらには「オマエなんかに負けるものか」といった自信も含んでいるのか。はた目にはそんな感じに見て取れた。

 少し沈黙が続いた後、中年男性が口を開いた。

「分かったよ、確かに俺には出来たかもしれない。でもな、動機がないよ、俺には。なんだって犯人は、そのまま放って置いても死ぬはずの人間をわざわざこんな所に運んで、殺し合いなんかさせるんだ。俺には何を考えているのか、さっぱり理解できないんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る