第2話 疑心暗鬼


 

 後頭部がズキズキ痛む。まだ記憶も戻らない。ハッキリしているのは誰も信じられないという思いだけ。私は身も心も暗闇に包まれ、その闇はどんどん深まっていく。

 最初中年が、「話し合おう」と言った時、私もそれに賛成だった。話し合えば、良い結論が出ても出なくても、互いに情が湧き殺し合いに発展するのを防げるかもしれないと思ったからだ。しかしそんな私の考え方は根本的に間違っていた。相手に対して疑心暗鬼になっている者同士がいくら話し合っても、疑念は深まり、相手の怒りを買うだけだ。そう、目前の青年と娘の間のように。私はできれば青年が話すのを一時中断させたかった。彼が発言すればするほど、場の空気がよどみ、雰囲気は悪くなっていく気がしたからだ。しかしそれは無理な話だ。娘や中年はもちろん、老婆までもが彼の話に興味津々といった顔をしている。それに青年が「この5人の中に犯人がいる」と言った直後だ。今、彼の言葉を下手にさえぎれば、他の人たちの反感を買うばかりか、私が犯人で、これ以上青年が話すのを嫌がっていると思われるかもしれない。

「僕がそう思う理由は簡単さ。鍵は内側から掛かっている。もし犯人が外にいるなら、鍵は外側にあるはずだ。だからこの5人の中に内側から鍵を掛けた人間がいるはずなんだ」

 青年の論理は至極もっともだ。どうして私はこんな簡単なことに気が付かなかったのだろう。

「いや、そうとも限らんぞ。犯人は内側から鍵を掛けた後、隠し扉か何かを使って外に出たのかもしれない」

 中年が異論を唱えた。私にもそう考える気持ちは分かる。とてもこの5人の中に冷徹で非道な犯人がいるとは思えなかったからだ。 

「隠し扉? そっか、出口は扉だけとは限らないのよね。ちょっと探してみない?」

 若い女性が再び目を輝かす。

「うーん、それはどうかな。仮にそんなものがあったとして、犯人がそこから外に出たのなら、きっとその隠し扉にも鍵を掛けるんじゃないかな」

 青年は即座に否定した。若い女性は「チッ」と舌打ちをする。

「それに、犯人は一度内側から鍵を掛け、外に出てまた鍵を掛けるなんて手間暇をなぜ掛けなければならないんだろう。最初から、外から鍵を掛ければ済むのに」

青年はそう言うと考え込んでしまった。しかし、しばらくすると青年は何かひらめいたようだ。

「分かったぞ。1人死ねば、鍵を開けられるナンバーが1つ手に入り、3人死ねば南京錠は全て解錠される仕組みなんだ。そして最後の鍵が現れて、その最後の鍵は4人目が死んだ時に開けられるんだ。僕は不思議に思っていたんだ。どうやって犯人はこの暗い箱の中で1人だけ生き残ったことを確認するのかって。でもこの方法なら…」

 青年は自分の思いつきに珍しく興奮しているようだった。

「甘ちゃんだね。やっぱりお前はまだ子供なんだよ。何だよ、そのテレビゲームのシナリオみたいな筋書きは。人が死んだらナンバーが分かる? それはどうやって分かる仕組みなんだ? まさか1人に1つずつナンバーが渡されているって訳じゃないだろう。もしそうなら何も殺し合いなんかしなくても、そのナンバーを出し合えばみんな揃って生還できるさ。ちなみに俺はナンバーなんて持ってないぞ」

 今まで黙り込んでいた中年が、鋭く青年の論理のほころびを指摘した。しかし青年も負けずに反論する。

「壁越しに人間の体温を感知できるシステムがあるそうだ。それを使って箱の中の状況を把握して、1人死んだら若干開いている扉の隙間からナンバーが書かれた紙を差し込んでくるのかも」

 青年は自分の考えは正しいと必死に主張した。しかしあまりにも無理があり過ぎる。

「まぁ、今の科学だったらそれぐらいできるだろうし、犯人がそういうシステムを持ってないとは言い切れない。しかしもし犯人がそういうシステムを持っているとして、どうして内側から鍵を掛けたんだ? 外から箱の中の状況が分かるのなら、4人死んだところで外の鍵を開ければ済むじゃないか。いちいちナンバーを書いた紙を差し込む必要なんかないだろう。そうさ、お前が言う犯人っていうヤツは最初お前が指摘した通りこの中にいるのさ。最新テクノロジーなんて必要ない。だって肉眼で、肌で死んだのを確認できるんだからな」

 中年は勝ち誇ったように言う。青年はついつい飛躍してしまった自分の推論を恥じたのか、黙り込んでしまった。

「いいか確認のためにもう一度言う。お前が最初に言ったように犯人はこの5人の中にいるんだ。自ら殺し合いに参加しようとしているんだ」

 中年男性の言葉に誰も異論を発しなかった。

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