終末世界のブリューナク

変態マン

第1話 終末世界のブリューナク

 それは、終わりの福音。始まりの悪夢。

 始原の闇であり、終末の光。

 出口無き闇然たる虚無の狭間。無限に続く冥道の果て。


 絶望の大地の袂、明日すら見えぬ暗闇の中、人は――――――

 







「敵、雪崩れ込んで来ますっ!!」

「AVDS展開! だ、駄目です! 削られていますっ!」

「シールドが浸食されてるだと……っ! 何のために資材を突っ込んだと思ってる! こういう時のためにだぞ! 光子砲ブラスターはどうした!? 一時的にコロニーへの電力供給を止めてでもヤツを止めろっ!!」

「やっていますっ!! ですが……  障壁に弾かれていますっ!!」

「ふざけるなっ! 光子砲ブラスターだぞっ! 人類が編み出した最強の迫撃砲だぞっ! 貴様っ! 虚偽ならば私にも考えがあるぞっ!!」

「事実ですっ! あれが神の障壁、【神威】っ!」

「もういい! ならばPISだ! ありったけの銃弾をばら撒いて――」

「もうやってますっ!」


 巨大外壁のすぐそば、急遽設置された即席の指令室には怒号が飛び交っている。

 本来ならば街の外になど一歩も出てこない治安軍。さらに司令部ともなればコロニー下層の安全地帯から動かないものだが、メンツと権益のためだけに彼らは前線にいる。


「く、くそ……っ ならば人民兵を展開させろっ! インドラでも原始火器でもいい! とにかくあの魔獣ヴォイドの群れを何とかするんだ! くそ、たかだか現住生物一匹に……っ!」

「あーあー やめとけやめとけ。ありゃれっきとした神の一柱だ」



 司令室にふらりとやってきたのは、無精髭を生やし、ぐにゃぐにゃに曲がったタバコを咥える小汚い大男。フケだらけの頭をボリボリ掻き毟りながらその中年が言う。



「やめとけー あんたら一般人は前線出ても死ぬだけだから。つーか邪魔」

「な、何だキサマはっ! あんなモノが神だと!? 原住民族の言に惑わされおって!」

「いやいや、ヤツがいる限り魔導機械とかオモチャだから。戦争ごっこは庭でやれって言っといてちょ、って俺言ったじゃんアンジェラ、頼むって」

「そんな事言ってる場合ですか! コロニーが落ちたら【大絶滅】ですよ!! それにこのコロニーが落とされたら…… このコロニーは、ユグドラシルは―――っ!」


 少女が金切声で叫び、無精髭の中年男が肩を竦めた。

 見渡す限りの荒野の丘に蜃気楼の如く揺らめく街。

 無かった事にするには巨大すぎる街が徐々に姿を晒しつつあるのは、大結界の浸食が深刻であることを示している。

 これまで数多の強力な個体を欺いてきたこの街―――ユグドラシルの防衛システムは、たった一体の化け物によってその機能を失いつつあった。

 


「【魔神】めっ!」


 

 怒号、絶叫、剣戟。爆発音。破砕音。そして――― 断末魔。

 ユグドラシルから見下ろす丘の裾はすでに魔獣で真っ黒に埋め尽くされ、それ自体が一匹の生き物のように、西の地平線まで黒く濁っている。

 まるで餌に群がる蟲と見まごうほど夥しい数の魔獣ヴォイドが津波のように押し寄せてきているのだ。



「【都市喰い】まで…… 200mはあります…… あんな巨大な個体まで出てくるなんて……」 

「いやー すんげえな。人類が負けるワケだわ」

「なんでそんな他人事なんですかっ! ああ、せっ 接触します!」


 大障壁の切れ目から夥しい数の魔獣ヴォイドの突撃。

 第一陣は、一体一体がダンプカーほどもある化け物の群れ。一見『サイ』に見えなくもないが、帯電するツノや黒い鱗を纏った体、そして草食動物では有り得ない鋭すぎる無数の歯が、獲物を捕らえんと不気味に光っている。何より、普通のサイならば、あんな邪悪な笑みを浮かべたりはしない。

 無精髭の中年男がヤレヤレとタバコに火をつける。


「ふ~っ いきなり高位のヤツ来ちゃったわコレ。初めてアイツ見た時、俺ちびっちゃったもん」

「い、いい加減に―――ーっ!!」



――――ズドンッ ドンッ ドンッ  



 轟。轟。轟。

 衝撃を伴う大号砲。

 耳元に雷が落ちたかのような音の暴力。と同時に、サイのような魔獣ヴォイドが一斉に宙を舞った。

 土砂が天高く舞い上がり、茶色い霧となって視界を奪う。悍ましい叫び声と共に化け物が地面に叩きつけられ地に赤い花を咲かせた。


「おーおー 気合入ってんねーあの女。そろそろ俺たちも行くか」

「な、何がっ 一体何が起こって――」

「あれだよ」


 無精ヒゲの中年が面倒臭そうにタバコで差すのは後方。少女がその先を振り返り、街をぐるりと取り囲む大城壁に目を向ける。

 高さ30mは下らない大城壁の上に無数の人がいる。その中心に悠然と佇むのは燃えるような赤い髪の女。



撃てファイア 撃てファイア 撃てファイア! 出し惜しみは無しだ! 撃ち尽くせ! 死ぬまでだ! 死んでも撃てっ!」



 真っ赤な髪を振り乱しながらの怒声と共に、女の上空に巨大な砲塔が顕現する。

 その数、実に128。

 膨大な魔力を圧縮し装填するプロセスで、すすり泣きのような不協和音が響き渡った。魔力悲鳴ドライブだ。



「この戦いに全てがかかっている!! 人類反攻の芽が! 未来が―――ッ!」




 それを皮切りに彼女の周りの魔導士たちが一斉に詠唱を開始。爆音と爆風を撒き散らしながら、次々と魔獣の波に魔弾をばらまいていく。

 多重起動マルチタスクの人海戦術によって馬鹿げた数の魔弾が空を埋め尽くさんばかりに軌跡を描いた。


【戦艦】インビシブルばかりにやらせるか!」

「物量で敵わないなら大物を狙え!」


 

 十分な高度に達した無数の魔弾が、無慈悲なカーブを描いて地上落下へと舵を切る。まるで流星群だ。

 着弾。爆音。絶叫。

 魔獣たちが引き千切れ、砕けた骨片と沸いた脳漿が盛大に噴火する。

 それでもまだ足りぬと言わんばかりに、魔獣の頭上に容赦なく魔弾が降り注ぐ。まさしく弾幕だ。

 


「命を捨てろっ! 私たちは替えが利く! 一かけらの肉も残さず、血の一滴に至るまで全てを絞り出せ! 人類の意地を見せつけてやれ!!」



 さらに赤髪の女の背後から、眩い光と共に現れた千を超える重火器が彼女を包み込むように展開する。両手にぶら下げられた2mを下らないガトリングが魔獣の波に向けられ、同時に千の銃口がガシャリと前面を向く。更には彼女の背中から羽のように広がるソレはミサイルポッド。まるでハリネズミだ。



ってぇ~~~っっ!!」



 128もの巨大砲塔が一斉に火を噴き、千の火器が明滅。ミサイルが天高く打ち出されガトリングがゆっくりと回転を始め、それら全てが低い弾道で魔獣の群れに吸い込まれるように落ちてゆく。

 大気に残る数千数万もの光の軌跡が粒子となって宙に舞った。幻想的なエフェクトの向こう側、殺戮の天使が不敵に笑う。



――――――ドガッ ドガッ ドガッ



 あふれ出る魔力が排熱と装填を繰り返し、途切れることなく爆音がうなり続ける。

 たった一人の人間により引き起こされた絨毯爆撃、破滅的な飽和攻撃。

 他の術者も負けじとぶっぱなし攻性魔法で空が埋め尽くされる。



「削れっ! 削れっ! 命を削れっ! 敵を削れっ!」



 圧倒的な殲滅力で敵を蹂躙していく魔導砲撃隊。しかし彼らの顔に余裕は無い。

 この戦はまだ序盤、幾千の魔獣を駆逐しようとも次から次へと津波のように押し寄せる。土砂と血煙舞い散る眼下の丘、数多の躯を超え、悍ましい嬌声と共に容赦ない進撃が繰り広げられている。

 魔力の温存を考えない全力斉射で、すでに魔力が枯渇する者が現れ始めていた。しかし彼女は嗤う。自身を鼓舞するように。

 女が雄たけびを上げた。



「魔力が無くなったら命を削れっ! アイツを…… あの男を……っ! あの男の道を切り開けっ!! 何としても【魔神】の下にっ!」



 一人、また一人と砲撃隊員が倒れていく。

 女の鼻からツーっと血が流れ落ちた。

 それでも砲撃の手は休めない。更に勢いを増した砲撃が空を乱舞し、迫りくる魔獣に殺到する。

 大巨人の胸に大穴が空き、臓物と肉片を撒き散らしながら轟音と共に大地に沈んだ



撃てファイア)ッ! 撃てファイアッ! 撃てファイア~~~ッ!」 



 文字通り、命を削って道を切り開くのだ。あの男に……

 たった一つの。

 唯一の希望に全てを賭けて。そのために生きている。そのために生まれてきた。



「ゴプッッ  ハッ ハァッ…… 露払いは任せろっ 後は頼む……っ  前線よ、持ちこたえてくれ……っ あの男を……守ってくれぇぇ~~~っ!」





 赤い女が目を向ける先。絶叫が届いたその先には……



「おっおう! 【戦艦】あの女は相変わらずぶっ飛んでやがる!」



 そこには鬨の声を上げる屈強な男たち、その数およそ100人。そしてその周りにも同様、街を背に扇形状に100規模の益荒男たちが無数に展開している。

 全員が魔獣由来の厳つい鎧を装備し、盾を鳴らして気勢を上げる重戦士たちだ。

 そして重戦士の隙間を埋めるように、装備も性別もまばらに、思い思いの恰好をした者たちが展開。総勢にして数千には優に届く。

 重戦士の一団の中でもひと際目立つ巨漢が叫んだ。



「はっはあ! オイ! 俺たちの神様はバカンス中だってのに、あっちの神様はセコセコ働いてるらしいぜ? 俺が上司だったら言ってやるね! 『定時で上がれ』ってな!」


 どっ と野太い笑い声が上がり、煽るように口笛が鳴る。

 雨あられと前方に降り注ぐ魔弾の行方を確認もせずに、男は高々と両手を広げた。


「挙句にこんなところまで単身赴任、まるで日本人だ! 俺は思うね! ヤツはきっと金髪幼女が大好きだ!」


 男たちは、圧倒的絶望を前にしてなおゲラゲラ笑い転げる。

 すぐ目の前に魔獣の群れが迫ってきているというのに、下を向く者など誰もいない。

 しかし、反対に男たちの双眸に宿るのは、楽観には程遠い決死の炎。

 全員が全員、ここが自分の最後の場所であることに気づいている。誰一人として助からないことを知っている。その上で、男たちは嗤うのだ。

 胸に大穴を開けた大巨人がやけにゆっくりと地面に沈んでいく。火砕流みたいに立ち上る土砂が、男たちの頬に張り付き、汗がいくつもの筋を象る。もう死線はすぐそこにある。

 


「おいテメェら! 好きなだけ掘っていいぞ。あいつらはケツだ。動くケツだ。カアちゃんにバレないよう気をつけろよ!」



 足を踏み鳴らし武器を打ち付け盾を打ち鳴らす。魔獣が鳴らす地響きに掻き消されようとも構う者もいない。

 武骨な巌共は、それぞれが下卑た冗談と唾を飛ばし、威嚇し、鼓舞し、己が獣性を滾らせる。

 冗談みたいに瞬く閃光が更なる昂揚を引き連れてきた。


「さあ行くぞ! 俺たちは盾だ! なあに簡単さ。あのヒョロっちい東洋人が【魔神】の股を開かせてくれる。それまで耐えろ! そして言ってやれ、「その御ガバマンに御丸太でも御突っ込みあそばされますかこのクソアマ!」ってな! さあ来たぜぇ! テメェら構えやがれっ!」


「「「「おおおおおおおおぉぉぉ~~~っっ!!!」」」

 


 轟音、怒号。

 そして、接触。

 男たちがその身を盾に、命を捨てて魔獣の進撃を食い止める。

 長くは持たないだろう。そんなことは誰もが知っている。


「オラァっ! ケツががら空きだ! 誘ってやがんのか! あぁっ!?


 しかし背後を振り返る者は誰一人として存在しなかった。

 ある者は剣を、ある者は斧を、ある者は盾を。

 自身の身など顧みることもなく、狂ったように魔獣の波に飛び込み、そして散っていく。

 まばらになってきた砲撃は好都合。ここから先は彼らの戦場。敵味方入り混じった悪夢の乱戦だ。



「まだだ! まだ死ぬんじゃねえぇぞっ! アイツの…… 俺たちの『槍』の道を切り開いてから死ねっ!」


 

 はたして魔獣たちの進撃が鈍る。面では抑えきれるはずのない戦力差だというのに、それをやってのける胆力は如何ほどのものか。重戦士たちが命を賭して壁となり、隙間を抜けてきた敵を軽戦士達が狩ってゆく。

 そうして生み出された一瞬の膠着状態こそが彼らの使命。それが全てと言わんばかりに、咆哮が雄々しく大地に響き渡った。


「叩き潰してやんぜクソ共がぁぁ~~っ!!」

「汚ねえケツからブチ撒けやがれっ!!」

「喰え! 喰え! 喰い尽せぇ~~!!」


 命を対価に齎された砂上の均衡。

 そのためだけに彼らは戦う。そしてそのためだけに彼らは死ぬ。

 だというのに、彼らの表情は「誇り」と「歓喜」で埋め尽くされていた。今この戦場が死に場所なのだと決めた者特有の狂気だ。


 そしてまた一つ、激しく燃える灯火が消えようとしていた。

 その男は腹から零れ出る臓物を片手で押さえながら獰猛に嗤う。


「グブゥ 俺は、ここ……までか……」


 ゆっくりと上げた視界いっぱいに広がるのは、どこまでも澄んだ青い空と、一抱えほどもある棍棒を振り上げる虐殺鬼スローター。今にも振り下ろされようとしているソレを他人事のように眺めながら、男は腹の底から叫んだ。 


「後は…… 後は頼んだっ! 俺たちの【槍】をっ 【魔神】ヤツのもとへェェェ―――っ!!」 


 虐殺鬼スローターが無慈悲に棍棒を振り下ろす。

 男の断末魔が、その女に届いたのは男が肉塊になったとほぼ同時だった。


 

「承りましたわ。安心してお逝きくださいませ」



 修道服に身を包んだその女は、天に向かって十字を切った。

 神など何の意味も為さなくなったこの世界で、頑なに信仰を捧げ続ける事は並大抵の事ではない。

 彼女が布陣しているのは、戦士たちが命を賭した肉壁のすぐ内側。

 敵と接触こそしていないものの、次の瞬間には波に飲み込まれてもおかしくない位置、最前線も最前線である。

 互いの血臭と臓物の悪臭だけが漂う最前線で、まるで聖母のような慈愛に満ちた笑みを湛えた女は、さらに深く、愛に溢れる笑みとと共に、神に祈るように手を組んだ。


「さあ、まいりましょう。神の御許へと旅立つ覚悟はできましたか?」


 ゆっくりと部下たちを見回し、殉教の覚悟を問う。

 同じ修道服に身を包んだ部下たちが、一かけらの恐怖すら感じさせない笑顔で答えた。


「はいシスター。もとより覚悟は出来ております」

「この戦に、人類の未来に、血の一滴に至るまで全てを捧げます」

「神の御加護を」

「「「エイメン」」」


 そうして彼女たちは、突撃陣を組んだ部隊の下へと歩き出す。その一団は、重戦士たちに守られるように、今この瞬間、血しぶき舞う戦線より手前で楔形に隊列を組む。

 彼らの様相は異様の一言。

 馬に乗ってる者もいれば、民家ほどもある騎獣に跨っている者もいる。挙句の果てには、今の時代にはめったにお目にかかれない化石燃料で動くバイクに跨る者もいる。

 それぞれがそれぞれの獲物を片手に、今か今かと突撃の合図を待っていた。


 すると、部隊から10数頭もの異形の馬が進み出てくる。

 見事な体躯、美しい馬体。毛色は透き通るような白。1頭1頭全て、幻想的とすら評せるほどの惚れ惚れする馬である。ならばどこが異形なのか。


『美しき処女たちよ。我らの背に乗るが良い。盟約に従い、かの悪神の下へと共に征こう』


 そう言って腰を落とす馬たちの額からは一本。螺旋紋様の長く鋭い角が生えていた。

 ユニコーンである。

 

『あの甲斐性無しに全てを託すのも一興。うむ。悪くない』

「あら、甲斐性無しなんてとんでもない。彼は神に仕える私を情熱的に抱きしめてくださったもの」


 すぐ目と鼻の先で殺し合いが繰り広げられているなど露ほども感じさせない楚々としたやり取り。

 カラカラと嗤うユニコーン達の背に、女たちが乗った丁度その時、もはや護衛兵もいなくなった司令室から土煙を上げながらバイクが走ってくる。

 瞬く間に一団の下へと到着したバイクから降りたのは2人の男。

 一人は、闇よりも深く黒い棒を持った東洋人。

 そしてもう一人はフケだらけの頭をボリボリと掻き毟り、曲がりくねったタバコを咥えた大男。突撃陣を組んだ部隊の隊長にして、今回の大戦の総指揮官だ。

 大男はタバコを指ではじいて捨てると、どこか面倒臭そうに言った。



「さあ、行こうか」



 突撃部隊が鬨の声を上げる。

 馬が嘶き、騎獣が吠え、バイクが唸りを上げた。

 士気は最高、まっすぐに前方だけを見据え、血濡れ倒れゆく同朋に想いを馳せる。



「準備はいいですかおめーら」

「「「ウェイッッ」」」


「おめーらが道をこじ開けろ」

「「「ウェイッッ」」」


「嬢ちゃんたちが結界を張る」

「「「ハイッ」」」


「俺とコイツが突っ込む。それだけの簡単なお仕事です」

「「「ハハハハっ!」」」

 

 悲壮な雰囲気は無い。諦めや絶望も無い。

 揺ぎ無き戦意だけがそこにはあった。


 殺し殺される非日常が日常となってしまった時代だ。

 生きたければ足掻け。死にたくなければ抗え。

 あまりに変容してしまったこの世界の現実と、ほんの数年前までは確かに在った優しい常識とを擦り合わせる暇も無く、最前線で戦い続ける事を余儀無くされてきた彼らにとって、生きる事とは戦うことだ。


 生きるために戦い、そして生きるために死ぬ。

 それがこの世界、この時代に生きる人々の物語。 



「さあおめーら仕事ですよ。ちょっと死んで来いっ!!」

「「「ウェェ~~~~イァっ!!」」」

 


 そして突撃が開始された。

 迷いも躊躇いもない。魔獣が織り成す肉の壁に向かって、楔形の肉が襲い掛かる。

 絶叫、絶叫、絶叫。

 血が噴き肉が弾け骨が砕ける。

 

 それが人のものか敵のものかなど今更わかるはずもない。

 ただ確かなことは、肉の壁に穴が開き、その穴がまるで獣が獲物の腹を食い破るように広がっていくことだけだ。



「イエァァっ! 食い破れっ!! よう魔獣ども! 会いたかったぜぇ―――ーッ!!」

 


 そうして出来た穴を固定するように、一人、また一人と足を止めたユニコーンとシスター達が結界を張っていく。



「神よっ! 今しばらくお待ちをっ! お役目を終えたのちに、あなたの御許へ―――っ!!」



 まるでモーゼのようだ。

 圧倒的数の暴力を体現する魔獣の海が割れていく。人数人が歩ける程度の血濡れた小道が今まさに口を開けている。


「フェスティバルだ! ロックンロールだぜっ! ヤ、ヤ、アーレールーヤァァァ~~~~っ!!」


「たとえこの命尽きようとも、この道だけは死守するっ! 神よっ! 私に力をォォ~~!」


「オイオイ股開いて待ってろよォ~~! 魔神サマよう! 今突っ込んでやるからなァ!!」



 

 彼らの命と引き換えに、軍勢の中ほどに浮かぶ【魔神】の下へと、文字通り血路が開かれていく。

 【魔神】は異形の目でもってそれを確認するが動く様子は無い。圧倒的強者である魔神がそんなことは些事だとばかりに気にする素振りすら見られない。

 そしてその時、ひと際高く、エンジンが唸る音が天に響いた。


「迷うのは終わりだ。行くぞ」


 大男がバイクの後部座席で俯く東洋人に言った。


「俺も替わってやりたいが、【魔神】ヤツに届く能力アーツを持ってんのは俺じゃない。お前だ」

「だけどっ! 俺の未来視ヴィジョンが! きっと俺は届かない……っ!」

「はっ! お前乙女か! 視えたくらいなんだってンだ! 未来なんざ無限に広がってる!」

「でも俺が失敗したらみんな死―――」


 大男がタバコに火をつける。

 そして深々と吸い込んだ後、心からうまそうに煙を吐き出した。


「悪りィが、お前に命を賭けさせてもらうぜ。能力アーツは人を選べない。人もまた能力アーツを選べない。諦めろ。そして認めろ。それがお前の―――ー」


 


―――運命だ




 右のスロットルを限界まで捩じり込む。

 浮いた前輪を強引に抑え込んで一瞬でトップスピードへ。

 前傾姿勢のまま、さながら魔獣アーチと化した道を轟音と共に駆け抜ける。

 


「行けっ! 行っけぇぇぇ~~~~っっ!」

「頼むっ! ユグドラシルをっ! 未来を!」

「神よっ! ご加護を! 彼に一滴の力をっ!」


 それは希望だった。それは未来だった。

 常闇に覆われたこの大地を刺し貫く一筋の光だった。

 全ての犠牲がこの瞬間のために。彼を魔神の下へと届ける、ただそれだけのために。


 瞬く間に後方へと流れゆく叫び。

 安心したのか、力を使い果たし倒れるシスターが見える。崩れた結界から彼女に群がる魔獣たちも。

 希望が駆け抜けた後から、限界を迎えた道が崩壊していく。

 退路は無い。

 そして彼は、流れる涙を拭って、ただ一点だけを見据えた。

 トンネルの出口が見える。そこで力尽きた男たちの満足げな笑顔が脳にこびり付く。

 バイクが正面の魔獣に直撃し、二人は慣性に従い前方に放り出された。

 立ちふさがる魔獣で衝撃を殺して立ち上がり、そして全力で駆ける。


 行け! 行け!


 声がする。今この瞬間喉笛を喰い千切られながら叫ぶ仲間の声が。


 届け! 届け!


 祈りが聞こえる。崩れた結界から押し寄せる魔獣に飲まれる寸前の使徒の祈りが。


 後ろはもう振り向かない。

 砕けんばかりに噛みしめた歯の隙間からは獣染みた唸り声。

 尊敬する大男が最後の血路を切り開く。切り落とされた左腕を蹴飛ばし、残った右腕だけで大剣を振り回し、一瞬だけ後ろを振り返って。

 咥えタバコの煙を吐き出しながら、いつものようにニヒルな笑みを浮かべた。




「行け」




 それは、終末世界の物語。




「お前のその力で」



 始まりの悪夢。終わりの福音。

 始原の闇であり、終末の光。

 



「ヤツを、斃せ…… 行け……」




 出口無き闇然たる虚無の狭間。無限に続く冥道の果て。

 絶望の大地の袂、明日すら見えぬ暗闇の中、人は―――





「行けぇぇぇぇぇぇ~~~~ッッ!!! 【神貫く槍】ブリューナクぅぅぅ~~~っっ!!!!」 





――――人は、その存在を勝ち取るため、戦っていた。




「おおおおおぉォォォ~~っっっ!!!」

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