第42話 人であるために 終幕

「ええ、ハイ。そうデスネ。それナリに働いてくれマシタ。キット近いうちにヤツラに食い付いてくれるデショウ。アソコはインターフェイス候補2人と、オモシロイ少年がイマスからネ」


 その男は端末を片手に、ビジネスマンの行き交う都心を歩いていた。

 初夏の日差しは思いの外強く、首元をハンカチで仰ぎながら恨めし気に四角い空の見上げるサラリーマン達。しかしそんな彼らの様子に反し、ジャケットだけではなくベストまで着こなしているその男の額に汗は無い。

 6:4できっちりと分けられた長くも短くもない金髪。作り物のような薄い笑みを張り付けた顔。

 為りは海外のエリート証券マンとも見えるのに、その軽薄な雰囲気から詐欺師のような印象も受ける。何とも表現に困る風貌の男だ。

 

「アノ薬のルートもサイトも放置でイイんデスか? ヤツラも東京租界も敵性組織では? ……ああ、ソウいう狙いデスカ。コノ国のコトバで何て言うんデシタっけ……?」


 タクシーや営業車の排気音が充満するビジネス街、磨かれた革靴がアスファルトを蹴る音が高く響く。

 男は楽し気に頬を釣り上げながら端末ごしに相手の返答を聞いて指を鳴らした。


「そうそれデス! ギョフのリ! スバラしい言葉デスね。由来はわかりまセンが合理主義的思想がとてもイイ! 労せずシテ一番オイシイところを頂こうトイウ実に人間ラシイ発想がイイ! ああ、そういえばワタシは似たヨウナ言葉をネットから学びまシタ。『メシウマ』デス! …………エッ……? チガウ?」


 自信満々に告げた知ったかぶりを否定され悲し気に額を抑えるも、張り付けられた笑みが消えることは無い。どこまでも軽薄な印象のその男は、小気味良い靴音を響かせながら歩き続ける。

 

「ええ、ワカりマシタ。タダ気を付けてクダサイね? 先方にはワタシの同類がいマス。……ん? 藤枝デハありませんヨ? ええ、『向こう側』デモ滅多ニいないレベルの使い手デス。はい。ああワカりまシタ。それではマタ」


 男は薄い笑みを浮かべたまま、無造作にグレーのジャケットへと端末を押し込んだ。

 鼻歌交じりの軽い足取りで、ランチタイムが終わって暖簾を片付けに出た定食屋の主人に笑顔で会釈。

 返ってきた営業スマイルに「ドウモー」と返してから、コンクリートジャングルに差し込む眩い日差しに手を翳した。


「暑く、なりそうデスネ……」


 それは初夏の太陽を疎んでの発言か、もうすぐ夏がやってくる事の示唆か。それともこれから起きる出来事への暗喩なのか。

 誰にも届くことのなかった呟きが都心の喧騒に掻き消される。

 その男、アカツキは、薄い笑みを浮かべた口元を皮肉気に釣り上げ、

 溶け込むように人波へと消えていった。

 




-------------------






「結局、何もわからずじまいってわけか」


 右腕を包帯で吊った静流が、ドカリと体を投げ出すようにソファに座った。ダラリと足を投げ出し、背もたれに頭を乗せた体勢で天井を仰ぐ。

 もし彼女がスカートを履いていたならばパンツ丸見えの大開帳であるが、この場にそれを咎める者はいなかった。

 デスクからその様子を見守っていた安斎が、いつも通りデスクの上で手を組みながら苦笑する。


「まあそう言ってくれるな静流君。調べたところ、景山については他の課も全くのノーマークだったそうだ。一課、外事共に影すら踏ませなかった景山が優秀だったのか、それとも……」

「わかりきってるだろう。組織的事由、それもかなり高度に統率された大規模組織の関与があったと考えるのが妥当だ」

「例のウェブサイトだが、何の足跡も残さず影も形も無くなってしまったそうだ。技術班が言うには外部デバイスを経由したローカルネットワークを構築していたらしい。私には意味がさっぱりだがね。登録者のPCを接収して調べても何も出てこないとの事だ」

「そしてサイコダイブしても例の何かのおかげで詳細は不明……か」

「その通りだ」


 静流は大きく息を吐き出しながら事務所内を見渡してみる。

 ちゃぶ台の前には神妙な面持ちで銃の手入れの準備を始める楓。すぐ横のTVにはいつも通り昼のバラエティ番組が流れ、その前を円盤抱えたアリスがウロウロしている。最早、既視感を覚えるほどいつもの光景であった。


 あの事件から5日。

 静流たちが戦闘中に襲撃されたこの事務所は、襲撃など無かったかのように以前と何も変わらない。

 いや、実際のところは天田ルルがご丁寧に襲撃者を玄関でお出迎えして、全て撃滅してしまったというのだから何も変わらなくて当然といえば当然である。


 襲撃者6名は何も出来ないまま、玄関に足を踏み入れる事すら出来ずに昏倒。

 身柄引き渡しの際、事情を説明された警察官がルルに向かって最敬礼をして帰ったという話は、彼女にとってはおそらく笑い話なのだろうが、その他のメンバーは頬を引き攣らせるのがせいぜいだろう。

 最強メイドここにアリである。 


「要するに、サイトの手掛かり消失と同時に、サイコダイブ回避の何かへの糸も途切れ、身元が分かっている被害者4人は当然のごとく、犯人である熊田も殺されて景山は何者かに消された。一体何なんだこれは。何の茶番だ一体」

「加えて事務所襲撃犯6人は身元も性別も何もかもバラバラで何の接点も無い。記憶の混濁が見られ、全員が犯行を否認しているそうだ。それも『自分が犯罪なんてするわけがない。何かの陰謀だ』とまで言ってるらしい。おそらくサイコダイブしても何も出て来んよ」

「傀儡師まで敵さんは抱えているってことか。有り難すぎて涙が出そうだ。それで肝心のFSは?」


 すると、安斎が携帯型投影ディスプレイのスイッチを入れホログラフをスクロールさせる。

 あの倉庫に持ち込まれたFSの型式から製造ID、部品を納品した業者から整備技術者の履歴。どういったオーダーで制作され、そしてどの部品がどこで解体破棄されたか、どの産廃業者に分散して処分したか、肝心の機体は今どこで稼働しているかまでが事細かな情報として映し出されていった。

 そして静流は、流れていく膨大な資料を見て、予想通りの結論に至り盛大な舌打ちを打った。

 

「やはり偽装機体か」

「そのようだ。陸自に問い合わせたところ、該当機は問い合わせたその瞬間にも訓練機として稼働中だったらしい。我々以上に驚いていたよ」

「私は今すぐ技術連に乗り込んでオヤジ共のカツラで焚き火をしたい衝動に駆られている。殺されかけたんだ。それくらいしてもいいだろう?」

「勘弁してくれたまえ。そうなったら私がカツラを被ることを余儀なくされる」

「そうなったら私が最高級品をプレゼントしてやるよ」


 自衛軍から齎されたデータには嘘偽りは無いだろう。彼らは法の範囲で、適正手続きに則った情報共有には寛容だし、何よりメビウスとは良い関係を築けている。

 彼らにとっても寝耳に水の事態なはずだし、変な疑いは晴らしておくに限ると考えたからこその詳細なデータ提供であったはずだ。

 そうすると、あのFSは最初から最後まで文字通りの識別不明機アンノウンだったということになる。おそらくは廃棄部品や代替部品を寄せ集めたジャンク機。そして組み上げられた場所はどこかと考えた時、そんな事をやってのけるのは技術大国日本といえども一つしかなかった。


「君の想像通りだよ。日本の闇、大いなる空白、大戦の遺児」

 

 大戦時、『7つの槍』によって消滅した前首都東京の成れの果て。

 居住はもちろん、立ち入りも通行も禁じられた核汚染地区。

 日本の中心にぽっかりと空いた文字通りの無法地帯。

 地下テロ組織、反体制武装集団、思想犯、その他、社会で生きることが出来なくなったあらゆる無頼人が行き着くアンダーグラウンドの中のアンダーグラウンド。

 今や無法という名の秩序で以て自治区並みの存在となった日本の火薬庫。

 その名は…… 

 

「【東京租界】……か」


 日本でジャンクパーツを使って制圧用FSを組み上げようものなら、すぐさま警察が飛んできて国家反逆罪で即逮捕だ。もちろん悪意無しと分かれば罪が軽くなるとはいえ、冗談でしたで済まされる事ではない。

 一昔前、自己顕示欲爆裂中の理系学生がFSの腕部の構造を説明しながらの組み立てをネットで中継して、放送中に特警の突入を受けたのは有名な話である。 

 そもそもそんな技術と機材を有している者は限られている上に、それほどの危ない橋を渡るバカが表の世界にいるはずが無かった。東京租界以外には考えられない。

 しかし、そうなると一つだけ疑念が残るのだ。


「インジェクターとリアクターだけは東京租界といえども再現不可能なはずだ」

「積まれていたリアクターは工業用FSのジャンク品だったそうだ」

「……廃棄業者は?」

「東洋アイデアル」


 静流はお手上げだとばかりに、自由な左手を大げさに広げた。

 東洋アイデアルは丸菱重工の関係会社…… というのは体面で、与党に献金を流すための窓口会社だ。しかも営業実態が有る上に、連結決算を避けるために表向きの資本関係が無いというのだから余計にややこしい。

 どちらにせよ、社会的に生かされているだけの一能力者が感情に任せて首を突っ込んで良い世界ではない事だけは間違いなかった。 


「熊田はもちろん、景山ですら使い捨ての駒でしかない。誰か画を描いている奴がいる。くそったれが!」

「不可解なサイト、サイコダイブをやり過ごす何か、これらを拡散するルート。そしてアキラ君が景山から聞いた『あの御方』というキーワード。手掛かりは無いが素材は有る。落ち着き給え静流君、我々がやっているのは短期戦ではないよ」

「ああ、わかっているさ……」


 静流が何度目になるかわからないため息をつく。

 すると安斎がやけに深刻な顔で切り出した。


「ところで静流君、例の件はどうなったかね? 答えを聞きたくてね」

「例の件とは……?」


 安斎はキリっと顔を引き締めて言った。


「…………アキ子ちゃんの件だ」

「ルルさん、支部長がアキ子ちゃんの件で相談があるそうだ」


 第3支部最強の戦闘兵器、無能力メイド『天田ルル』がにこやかに頬に手を当てる。


「あらあら、そうなんですか坊ちゃま? このルルにおっぱいパブ「パイオーツ・オブ・カリクビン」所属のアキ子様の事でご相談が?」

「う、裏切ったな静流君ッ!! や、やめなさいルル、やめっ あ、あああぁぁ~~~ッ」


 ルルは安斎の襟首をむんずとつかみ、ズルズルと奥の部屋に引き摺っていった。

 バタンと扉が閉まり、くぐもった悲鳴が…… 聞こえたような気もするが知らん。

 

 不意にちゃぶ台から甲高い声が上がった。

 何だろうと目を向けてみると、楓が中距離レンジのアサルトライフルを抱えてワナワナと震えている。

 ちなみに今日の彼女はミニスカナース姿だった。


「キィィ~~~っ!! あ、ああああ、あああのもやしめッ! わたッ、私のMcromil-90になんて事をッ!!」


 よく見ると、彼女が抱える銃の砲身には腐りかけのモヤシがぎっしりと詰め込まれていた。 

 楓はひと際高い声で叫ぶと、夢中になってモヤシを取り除き始める。


「もやしめ! ちょっと心配してあげたらつけ上がってッ!! もやしの分際で! もやしがモヤシを……ッ ムッキィィ~~~ッ!!!」 


 とりあえずゴミ箱をのぞき込んでみると、そこには賞味期限が一昨日で過ぎた大量のモヤシの袋。

 先日、酔っぱらったノリで楓がアキラに買ってこさせたモヤシである。

 そもそもアキラがこの事件の中心に巻き込まれたのは、大人げない大人たちによるパシリ命令が端緒であった。

 そうまでして買ってきたモヤシが冷蔵庫の中で賞味期限を迎え、あの大人しい少年の逆鱗に触れたらしい。楓が涙目になりながらモヤシを掻き出そうとしているが、あまりにパンパンに詰まり過ぎて上手くいかないあたりにアキラの本気が窺える。

 ミニスカナースが実銃に詰まったモヤシを必死に取り出す光景はシュールを通り越して滑稽だった。

 すると丁度そのタイミングで玄関のドアがエアーを吹きながら開く。


「ただいま戻りました~」


 アキラである。

 事件後1日だけ入院した彼は、今日、事務所に顔を出した後、経過観察のため病院に行っていたのだ。


「遅かったなアキラ」

「もやしッ!!」

「――ッッ!!!」


 よっこらしょと立ち上がろうとした静流の横を駆け抜けていく黄色い風。

 アキラが来ることが嬉しくてしょうがない金髪幼女、アリスである。


「ちょっとアリス、走ったら危ないよ?」

「ふいふいふいふい――――ッ」


 まるでアマレスのタックルみたいにアキラの腰にしがみつくアリス。離さないと言わんばかりギュウギュウと抱き着いてアキラのお腹に頬をこすりつけている。

 ちょっと困った表情でリビングスペースまでやってきたアキラの前に仁王立ちするのはもちろん、愛銃をモヤシに蹂躙された楓である。

 

「も、もももやしッ! お前はどの面下げて帰ってきたのですかッ! か、看護してやろうと着替えてクラスチェンジきた私の梟にッ じゅじゅじゅ蹂躙をッ!! このコスでお小遣いの3分の1が飛んだのですよッ!! この用途不明の『ぶっとくてかた~い お注射せっと♡』も高かったのですっ!!」


 彼女のコスは気まぐれで変化するものとばかり思っていたが、どうやらケガしたアキラを看護するためにお小遣いをブッ込んでミニスカナースを新調したらしい。

 優しい子だと感心すると共に、方向性が違う気がして残念でならない。

 

「楓さん。僕言いましたよね? 残したら砲身に詰めますよって」

「そ、それは、い、言ってましたが…… でもッ―――」


 思いの外、強気なアキラに怯む楓。

 いつも謝ってばかりのアキラの普段は見せない男の顔に戸惑っているようにも見える。


「でももへったくれもありません。楓さんは食べ物を粗末に扱いました。これは罰です」

「なッ! もやしの癖に偉そうにッ! だいたいお前があんなに沢山もやしを――――」

「それはそうとナースのコス、似合ってますね」

「え、そ、そうですか……? え、ほめ、褒められたです? んふふふ……」


 真っ赤に染まった頬に両手を当てながら、うりんうりんと悶えるミニスカナース。

 楓が褒められると弱い事を知ってか知らずか。

 さすが御門を一発で落としただけの事はあった。ここぞというタイミングで女性のポイントを突くのが異様に上手い。御門がこの場にいなくて良かったと、静流は心の底から思った。


「アキラ、病院は大丈夫だったか?」

「はい、右手は痕が残るだろうけど、後遺症は残らないだろうって」  

「そうか、よかったよ」


 アキラの右腕に巻かれた包帯に目を落とす。

 倉庫で見たアキラの火傷は、痛々しいとかいう次元を遥かに超え、それはそれは酷いものだった。下手したら指先の神経などに違和感が残るのではないかと心配していたが、静流はホッと胸を撫で下ろす。

 それと同時に、この優しい少年にそんな酷い怪我をさせてしまった事に胸が痛んだ。

 

 彼は後ろ手に縛られ目視できない状態で、手首を縛るロープを熱された鉄棒に押し付けて焼き切ったのだ。戦闘訓練を受けた静流でさえ、同じ状況で同じことをするのには躊躇うだろう。

 真っ赤に変色するほど熱された鉄に一瞬でも触れようものならば、それだけで皮膚が持っていかれる。焼肉屋の七輪から立ち上る煙と同種の煙が上がり、弾けた脂が盛大に火を噴く。もちろんBGMは自身の肉が焼ける音だ。痛みに関しては語る必要すらないだろう。水膨れ程度の火傷すら人は我慢することが出来ない。

 普通の神経ならば耐えられるはずのないバカげた事を、この頼りない少年は迷うことなくやってのけた。静流を助ける、そのためだけに。

 だというのに、少年は静流の吊った右腕に目をやって、悔しそうに歯を食いしばるのだ。



「静流さん、ごめんなさい、僕のせいで…… 脱臼って痛いんでしょう?」

「何を言ってるんだ。お前のせいじゃない。それにお前のほうがよっぽど酷い怪我だ」

「僕はまた守れなかった。静流さんや楓さん。みんながいなかったら、死んでた……」


 だから静流は少年を抱きしめる。

 自由な左手を後頭部に回し、アキラの顔を自身の胸に強く押し付けた。

 彼は年頃の少年である。静流の胸に顔を埋めながら真っ赤になって固まっているが構った事ではない。 

 自分より少しだけ背の高い少年の頭を優しく撫でながら、静流は耳元で囁いた。


「何を言っているんだ。私を守ってくれたじゃないか。恰好よかったぞ」


 優しい少年が経験するには過酷すぎる1週間だった。

 知り合った親子が惨殺され、そして心通わせかけた警察官に命を狙われた。

 目を開いて受け入れろとケツを叩くには無理があるほど彼の心は傷ついている。それでもなお頼りない笑顔を浮かべて前を向こうとする彼を、一人くらい甘やかす人間がいたっていい。


「お前のせいじゃない。お前は悪くない」


 小刻みに震えだしたアキラの背中をあやすように撫で、静流はさらに強く彼の顔を胸に押し付けた。

 胸に直接伝わるくぐもった嗚咽を、他の連中に聞かせるわけにはいかないではないか。

 彼だって立派に男の子なのだ。見られたくない姿も、聞かれたくない声もある。


「ふふふ、帰ったら一緒に寝てやろうか? 御門と妹さんには内緒にしといてやる」

「……ふ、ふぐっ……遠慮、しときます……」


 アリスが不思議そうに二人を見上げ、楓はキョトンと首をかしげる。

 奥から出てきたルルがにこやかに頬を抑え、安斎が目を細めながら苦笑した。

 



 その時だ。TVでちょうど昼のバラエティが終わり、次いで始まったワイドショーで深刻そうな声音のリポーターが告げた。




『えー ただいまわたくしは先日お泊りデートが報じられた、アイドルグループ『萌えよ乙女キュンキュンガールズ』のメンバーである『ぷりん』さんが住むマンションに来ています。週刊誌などによりますとぷりんさんは今を時めく若手俳優、勝田敏郎さんと連日連夜に及ぶ――――』




 静流はぽかんと大口を開けて、アキラは軽く鼻を啜りながら目を向けたTVには、見覚えのあるマンションが映っており、さらに見覚えのある人物がマンションの住民Aさんとして、実に軽やかにペラペラと喋りまくっている。




『実はですね、ここだけの話なんですけども、噂の俳優さんだけじゃなく色んな男をとっかえひっかえ連れ込んでましてねハイ。昨日もね、グラグラっとマンションが揺れたもんで、いやぁ~ お盛んですねぇ~ とか言ってたら実は地震だったっていうね』


 『ここだけの話』とか言いながら、とんでもない下世話ジョークを全国放送でブッ込んできたのは、件のマンションのフィットネスクラブ店長である。顔にも音声にもモザイクが入っているが間違い無かった。あんなに嬉しそうに顧客情報を喋りまくる職業意識皆無のオッサンは早々いらっしゃらない。

 興が乗り興奮してきたのか、自身がフィットネスクラブで働いている事もサラっと言ってしまったので、とりあえず炎上することは避けられないだろう。



『あッ ぷりんさんが出てきましたッ! ぷりんさん! ぷりんさ~んッ!!!』



 ぷりんさんと思しき人物に突撃するリポーター。

 何となしに目が合ったアキラと静流は、どちらともなく口元を歪める。


「ぷっ あはははッ」

「ははははははっ」


 思わず噴き出した二人を、首を傾げながら見守るメンバーたち。

 アキラは泣き笑いの瞳を軽く擦って、腰にしがみつくアリスの髪を梳きながら撫でた。


「静流さん、僕、強くなりたいです」

「ああ。期待してるさ」


 今はそれでいい。強くなくても。守れなくても。アキラは思う

 頼もしい仲間がいる。今は彼女たちに甘えたっていい。

 勝てば守れる。負ければ失う。それがこの世の真実なのだとしても。

 ヒーローなんかになれなくたっていい。おとぎ話の英雄みたいにカッコ良くなくていい。

 無様でも、卑怯でも、いつか来るかもしれない絶対に負けてはいけない場面で、何があっても彼女たちを守れるよう。

 今はこの屈辱を胸に前を向くだけだ。自分はまだまだ強くなれる。まだまだ出来ることが沢山ある。

 

 アキラが眩し気に目を細める先、嫋やかにほほ笑む強き女神が、艶やかな黒髪を掻き上げて言った。



「全快、とは言わないが快気祝いだ。さあアキラ、今日は好きなカレーを食わせてやるぞ」



 だからアキラはその残念なセリフに苦笑しながら答えたのだ。




「カレー以外の選択肢は……?」







 ―――ここは



 新都磐城。

 21年前の核戦争と、16年前の無血統治を経て、更なる経済的成長を遂げた日本の首都。


 時は2029年。

 さして大きい技術革新も無く、緩やかに技術が進歩したもう一つの未来。

 

 歪んだ常識と意味を無くした良識。

 澄んだ悪意と淀んだ善意。

 あらゆる価値観が溶け合い、混ざり合った混沌の時代。


 権利も自由も奪われた、か弱き者共集うこの最果ての楽園エデンで――――

 




「カレー一択だ」


「ですよねー」

 





 最果ての物語は、幕を明けるのだ。




第2章 ヒトであるために   ―了―

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