第43話 ヒトであるために

粉塵舞う倉庫の中、アキラが思い出したように腕の痛みに顔を顰めて周りを見回す。

 惨状である。

 そこら中で崩れ落ちた荷物、引き千切れた棚の足。FSという破壊兵器の凄まじさを思い知らされる。

 こんな化け物と戦うなど正気の沙汰ではない。生身の人間が勝てるはずが無いというのに、彼女はたった一人で戦いに挑んだ。

 アキラの視線が床に倒れた静流を捉える。


「静流さんッ!! なんで……っ」


 なぜこんなバカげた事をしたのか、なぜこんな無謀な事をしたのか。

 わかっている。わかっているのだ。こんな郊外の廃倉庫に彼女たちがやってきた理由なんて一つしかない。

 アキラを助けるためだ。そのために静流はここに乗り込み、そして命を賭けた。

 わけのわからない感情にもみくちゃにされ、ワケがわからないままブワリと涙が溢れ出る。

 フラフラとおぼつかない足取りで静流に近づき、だらりと伸ばされた彼女の手を取った。


「静流さん、またこんなになって…… この前だって……っ」


 藤枝の事件の時もアカツキの攻撃から静流は身を挺してアキラを守った。

 能力者同士の殺し合いでアキラをかばう事に合理性など無い。生き延びるために足手まといを切り捨てなければならない場面で、彼女はアキラを助けるという非合理的な行動に出た。その結果、深刻なダメージを受けて今と同じように地面に沈んだことをアキラは今でも忘れてはいない。あの時の絶望感をアキラは忘れない。

 

「ごめんなさい…… 僕のせいで……」


 喉から漏れ出る嗚咽を噛み殺して静流を抱き起こす。今は感情に流されている時ではない。早く静流を手当てしなければ。

 その拍子に、微かに声が聞こえたような気がして出所を探ってみると静流が装備しているインカムだった。おそらくは楓もどこかにいるのだろうと思い、現状を報告するためにインカムを被る。


「楓さんですか? すみません、迷惑かけちゃっ――――」

『今すぐそこを離れなさいもやし! 静流さんを連れて外にっ!』

「え、わかってますけど、無理に動かしたら良くないかも知れ―――」

『いいから早くッ!! 制圧モデルはそのくらいでは死なない! 敵が意識を取り戻したら―――』


――――ゴガンッ


 背筋に氷をぶち込まれた様な悪寒。

 その金属がひしゃげる音に茫然と後ろを振り返ったアキラの目に飛び込んできたのは、小山になった荷物が盛り上がり、倒れ込んでいた鉄脚が更なる力で歪んでいく悪夢の様な光景だった。

 

「あ、あ、あ……」

『もやし! 誘導をッ!』 


 瞬きを忘れる。喉が詰まり、呼吸が、いや、鼓動すら止まる。

 そんな永遠とも思える時間も実際は僅か数秒。

 そして轟音。


『ハハハハハハッ!!!』


 道具、武器、生物すらも。

 機能性を極限まで突き詰めると、そのフォルムは結果として美に行きつくのだという。

 現代技術の粋を極めたFSはその一つの形である。

 フルメタル・スキン。

 その名の由来となる鋼鉄の肌はあらゆる衝撃を受け流せるように流線形をとり、アクチュエータに依存しない関節駆動部ですら負荷を逃がすための機構としてベアリング方式が採用され、武骨なデザインとは一線を画すものになっている。

 男の子ならば一目見れば心震え、ため息を漏らす事必至な美しき巨人。それがFSだ。


「うそ…… うそだ……」

『もやしッ!!』


 だというのに、今こうして間近で見る無傷のFSは、アキラには醜悪な化け物にしか見えなかった。

 銀色の悪魔が両手を広げる。


『凄い、凄いじゃないか夏目アキラ君!!』


 冗談みたいに膝が笑い、立ち上がるつもりが逆に膝を着いてしまう。その圧倒的な武力の前で、たかだか人には使えぬ異能が使える事が何になろう。

 ゆっくりと近づいて来たFSは、オープンチャンネルで狂気を孕んだ声を拡散させた。


『そんな力を! そんな素晴らしい力を隠していたなんてッ! かははッ』


 その時、足首を強い力で握られる。

 突然の出来事に振り向くと、そこには僅かに上体を起こした静流。すると静流はアキラが被っていたインカムを毟り取った。

 こんな時に一体何をと静流を見ると、真っすぐ、ただひたすら真っすぐにアキラを見据える強いまなざし。アキラの足首を握る力が更に増す。

 

 諦めるな。

 

 そう、言っていた。

 こんな絶体絶命の状況に陥ってもなお、手跡が残りそうなほど足首を強く握る手が、ギラギラと輝く双眸が、まだ諦めていないのだと語っていた。 

 ならばすべきことは決まっている。決まっているのだ。 

 


『僕だったらその力をもっと正しく、もっと上手く使う事が出来る! 悪を屠り正義を為すために使う事が出来るんだッ!』


 1歩、また1歩と近づいてくる景山を睨みつけながらアキラは思う。


 守れない。自分は弱い。

 守りたいと飛び込んだ戦場で、今回もまたアキラは敗北した。

 だがそれは後で良い。自身の無力を嘆く事も、非力を責める事も。 

 今は信じるんだ。静流を。楓を。メビウスのみんなを。

 


『さあ儀式を始めようッ! その力を僕に渡せ! 生身でFSにすら対抗して見せるその力をッ 君たち悪魔の力を――ッ!』



 だからアキラは、背中を駆けあがる激情のまま叫んだのだ。



「僕たちは人間だッ! 悪魔なんかじゃないッ!」



 白銀の巨人。彼我の距離は1m。

 巨人がそのかいなを振り上げ、そしてアキラは膝立ちで両手を広げた。

 決してここは通さないのだと言わんばかりに。背後の仲間には指一本触れさせないと言わんばかりに。

 絶対に折れない信念を抱いて決して譲れないモノを高く掲げる。

 それは『誇り』ではない。決して綺麗なお題目や着飾った建前などでは無い。

 だただ愚直で泥臭い、一人の少年の青臭い想い。それは―――


 ―――ヒトであるために。


「僕は負けても、僕たちは負けないッッ!!!」 

「よく言った、アキラ」


 すぐ後ろで、静流が言う。

 ここからは見えるはずの無い彼女の不敵な笑みを、アキラは見たような気がした。



『スーパーマンにッ! 正義のヒーローになるんだッ!!』



 そして鋼鉄の拳が振り下ろされ――――

 


 

「――――撃てファイア




――――カンッ



 FSの動きが止まる。

 窪みだ。

 美しき鋼鉄の肌に、突如、すり鉢状の窪みが現れる。そして―――ー



――――カンッ カッ カンッ


 

 穴だ。

 窪みの中心、捩じり込むようにぽっかりと穿たれた穴が、次々と刻まれていく。

 空気を切り裂く飛翔音、薄明りの倉庫に瞬く火花、そして巨人を喰らう鉄鴉。

 装甲を抜く軽音とは対照的に、倉庫の外からドンッと腹に来るのは重低音。


『な、なんだ……っ? 一体何がッ!?』


 アキラも景山も、何が起こっているかわからないまま、メトロノームの様に一定のリズムで刻まれるその音はまるで花火のよう。

 その衝撃に押されるようにFSが1歩、また1歩と後退していく。


「殺すなよ……? わかってるな楓」


 インカムのマイクを握り込むようにして静流が呟く。

 狙撃だ。対物狙撃銃アンチマテリアルライフルによる重撃だ。

 胸部、腕部、関節部を貫き、後背部ウエポンベイに火花が奔ると同時に引火、大音響を撒き散らして爆発し、ついにFSが崩れ落ちる。


『ふざッ ふざけるな! 僕は、僕は――――ッ』

「とどめだ。食い散らせ楓!」



――――ドンッ



 静流のセリフに呼応するかのように飛来した破滅の弾丸が、ひと際激しい火花を散らしてFSの頭部を粉砕した。




――――――――――――――――――ー





『静流君、無事かね』


 赤色灯を焚かない公安車両の群れをぼんやりと眺めながら、端末越しに聞こえてくる月並みなセリフに思わず静流は苦笑する。

 現在、公安管轄として封鎖された現場は物々しい雰囲気に包まれている。先ほど担当者への引継ぎを済ませて景山の身柄を引き渡したところだ。


 彼ら。公安0課第10係は、能力者事件における状況の封鎖、証拠の保全や関係各所への報告・調整を業務とする、いわば尻拭い担当の後始末部隊である。

 今日来ている何人かは静流とも面識があり、顔を合わせるなり『またお前か』と言わんばかりのため息にも慣れたものだ。

 彼らは破壊されつくした倉庫を見てまず絶句し、それを行った存在がFSであることに頭を抱え、そしてそのFSが撃破されているのを見て呻き声を上げた。おそらくこの後に待ち受けている膨大な作業を想像して死にたくなったのだろう。

 

 

「ああ、無事、かどうか分からないがFS相手に命があるんだから無事なんだろう。これからの10係のみなさんの睡眠時間を考えると脱臼で済んだだけマシだ。そっちは?」


 忙しなく動き回る課員に内心で合掌しながら静流は問いかける。

 第三支部自体への襲撃を仄めかす発言を景山はしていたし、安斎との戦闘中の通信からも事務所が交戦状態に入った事がわかっていたからだ。

 といっても正直、静流は何一つ心配などしていなかった。


『こちらの状況は終了したよ。みんな無事だ。心配無用だ』

「ルルさんがいるんだ。心配なんかしないさ」

『まあ……そうなんだがね……』


 事務所には天田ルルがいる。ただそれだけで襲撃が失敗に終わることは確信していた。たかだか非正規の小規模部隊程度が彼女を墜とすことなど出来るはずが無い。

 いつもは支部長である安斎に甲斐甲斐しく尽くすメイド。天田ルルの戦闘能力は異常である。しかもあれで能力者ではない上に、安斎個人の単なる家政婦だというのだから恐ろしい。

 

 能力者の能力を鼻歌交じりに超えてくる徒手空拳の達人。彼女は糸目をさらに細めて「メイドの嗜みです」なんて言っているが、それがもし本当だとすればこの世界はとっくの昔にメイドに牛耳られているはずだ。それほどまでに天田ルルが誇る『暴』の力は凄まじい。

 しかも支部長が生まれた時から安斎家に仕えているというのだから、見た目を考慮すると文字通りの化け物である。まあ口に出したら殺されるが。



『戦闘のどさくさに紛れてルルが私の端末チェックしてね。今、私は正座をさせられているところだ』

「知らんわ」


 彼女にとって安斎はおしめすら変えた事もある愛しい愛しい『坊ちゃま』である。彼女の教育方針は時に厳しく、安斎が18禁方向に興味を示す事を決して許さない。

 もうすぐ40を迎える坊ちゃまの非行を防ぐことが、安斎家に仕えるメイドである彼女にとって最大にして最高の使命なのだ。 


『明日は私が最近ハマっているアキ子ちゃんの誕生日でね、何とかルルの外出禁止令を掻い潜りたいところなのだが、協力してくれないかね?』


 静流は無言で端末を切って深くため息をついた。安斎が優秀で信頼できる上司なのは間違いないが、いかんせんキャバクラ通いが酷すぎる。


「静流さん、本当に大丈夫なのですか……?」

「ああ、大丈夫だ。絶対に折れたと思ったんだがな」


 シュンと項垂れているのは今回の戦闘の一番の功労者、東雲楓である。

 正直、狙撃の現場にまで巫女服で来るのはどうかと思うし、自身の身長よりも長い鉄鴉を抱きしめながらオロオロするのもどうかと思う。10係の人はもう慣れたものだがパッと見、不審者以外の何者でもない。

 しかし、同時にそれでいいとも思う。給料の全額をコスプレにブッ込むこの残念な少女こそが自分の相棒、東雲楓なのだから。


「それより良くやった楓。助かったぞ」

「すみませんでした。もっと早く射撃範囲キルレンジに捉えることが出来たならば…… ポジション取りを間違えました……」

「何を言っている。あんなジャングル並みの視界不良エリアでFSの装甲を抜いたんだ。お前にしか出来ないさ」

「でも良かった…… 静流さんもそうですが、もやしも……」

「ああ、そうだな」


 

 普段、アキラには冷たく当たっている楓だが、別にアキラを嫌いなわけではない。

 あまり人付き合いの得意ではない彼女が距離感を図りかねているだけで、彼女は本当は情に熱く仲間想いの女の子だ。

 楓が心配そうに目を向ける先に視線をやって静流は軽く噴き出す。

 そこではもっとアキラを心配する女の子が戦っていた。


「巫女様、そこをお退き下さい」

「私をその名で呼ばないでください。アキラ君が怖がっているでしょう?」


 バンの荷台に腰かけて両手首の火傷の治療を受けているアキラに、事件の事情を確認するため近づいて来た能力開発機構アマデウス精神感応テレパスの女性。

 そしてその間に立ちふさがったのが、我らが第三支部が誇るレベル5、磔ノ谷 御門である。

 アキラが景山に拉致されたと知った瞬間、全ての任務をほっ放り出して現場に駆け付けた彼女に、景山を殺さない様に宥めるのは一苦労だった。周囲を巻き込んで暴走しかねないほど興奮した御門はもう爆弾そのもので、もしアキラが死んでいたらと思うとゾッとする。


「ありゃアキラが怖がってるのは御門だな」

「ですね」


 テレパスという能力の特殊性から、同じテレパスからは巫女と呼ばれ崇拝される御門が、半ば能力が漏れ出すような形で威嚇をしていた。

 みると御門の白目が黒く変色し、ねっとりとした瘴気が立ち上り始めている。そのプレッシャーは生半可なものではなく、静流ですら気を強く持たねば飲み込まれそうになる。

 そして同種能力の頂に立つ彼女の能力開放に、アマデウスの女性も涙目である。 


「で、ですが巫女様…… 私にも仕事が……」

「アキラ君に触れないで下さい。彼の何を視るつもりですか?」

「い、いえ…… 彼からもこの事件の事情を確認しませんと……」

「それは私がします。彼のお、おおお友達であるこの私が、そう、『お友達』の私が責任をもって……っ」


 その状況を見かねた静流がため息をつきながら立ち上がる。御門の気持ちもわからないでもないが、アマデウスの彼女には彼女の仕事がある。これが「彼」だったらこんな事になっていないのだろうと思うと何と言うか…… 青春だなあとは思う。

 すると、同じく困っていたのかアキラが恐る恐る口を開いた。


「あ、あの、御門さん…… 僕は別に……」

「そ、そうだよねアキラ君!?」


 振り向いた御門がわたわたする。

 立ち上っていたはずの瘴気も一瞬で綺麗さっぱり無くなっている。


「知らない人に頭の中を覗かれるなんてイヤだよね!? 大丈夫だよ、私は無理矢理そんなことしないよ!? だ、だって私はアキラ君が頑張った事知ってるもの! おおおおお友達だからッ」


 彼女は本当に我らが敬愛する巫女様でしょうか旨の困惑の視線をこちらに向けてくる女性。静流はすんませんとばかりに頷いた。

 以前の御門を知っている者ならば当然の反応なので彼女の気持ちはよくわかる。


「御門さん、気持ちは嬉しいんですけど僕は大丈夫です。僕も能力者なんでこの辺はしょうがないですよ。職員さんも困ってますし」

「え、だって…… ほ、他の女の人に…… アキラ君の……」


 タイミングよく治療を終えたアキラは、若干、挙動不審に陥った御門を通り過ぎると、アマデウスの女性のサイコダイブに素直に応じた。

 御門が幾分悲しそうにブツブツ呟いているのを見て、静流は再度苦笑する。こんなヘンテコで一生懸命な子たちが仲間である事を嬉しく、そして頼もしく思った。

 長かった1日もようやく終わり、後は10係に任せればいい。この件に関してメビウスが出来る事はもう無いのだ。


「時間も時間だ。治療も終わったし現場は任せて私たちはそろそろお開きにしよう。帰ってカレーをつまみにビールが飲みたい」

 


 何となしに倉庫の方に目を向けると、どうやら動きがあったようだ。

 おそらくはFSの操縦者パイロットプラグから引きずり出された景山が意識を取り戻したのだろう。無線で連絡を受けたスタッフが護送用のバンのドアを開けたと同時に、倉庫から両サイドを課員に固められた景山が姿を現す。殆ど灯りの無い廃施設にギラギラと狂気が灯った瞳が光っていた。


「まあ、いつまで元気でいられるかな」


 景山にはこれからFSの出所を含めた苛烈な取り調べが待っている。

 表には出せない能力者犯罪事件の被疑者である。最終的には、能力者に行きつく証拠は入念に隠蔽され、彼の頭の中は丹念にいじくり倒された挙句、一連の事件の犯人としてスケープゴートになる未来が待っていることだろう。

 可哀相だとは思うが同情はしない。サイトで知り合った能力者4人の殺害は少なくとも景山が関与している可能性が高いのだ。自分のケツは自分で拭いてもらう他に道は無いだろう。


「離せッ! 僕に触るなッ! あいつらは悪魔だ! 悪魔から力を奪おうとして何が悪いんだこの腐った体制の腐った手先共がッ!!」


 散々に喚きながら強引に連行される景山には、出会った当初の好青年といった雰囲気は欠片ほども残っていない。そこにいたのは正義の味方に憧れ、己の正義を信じて疑わない壊れた殺人鬼。倫理と価値観のタガが外れ、人の道に背いてしまった男が如何なる大義を叫ぼうとも、それは空虚な妄念でしかない。


「腐った体制……か。あれで共産主義的思想とか超自由主義的思想から来る発言じゃないってところが逆に凄いな」

「彼は一体どこで狂ってしまったんでしょう」

「さあ、知らんさ。その辺は能力開発機構アマデウスのテレパス部隊の仕事だ。興味も無ければ知りたくも無い。アキラ、帰るぞ」


 連行される景山を悲しそうに見ていたアキラに声をかける。

 この純粋な少年にこの先のわかりきった顛末を見せる必要は無い。未だ喚き散らし、暴れては牛歩の如く前進する景山に背を向け、半ば無理矢理アキラを引っ張り、車に向かった。

 

「静流さん、僕は……」

「話は帰ってからだアキラ。色々思うところはあるんだろうが、今は帰ってカレーを食べて寝る事が重要だ」


 そうして静流が車のドアに手をかけた時




―――――バチュッ




 まるで果物か何かが弾けるような音。

 そして数瞬後





――――ターンッ




「おい、クソッ! 被疑者が撃たれたッ!!!」

「どこだッ! とにかく車に乗せろッ!」



 騒然となる現場。

 課員が景山を引きずり、後部座席に荷物の様に放り込みドアを閉める。

 静流はアキラを地面に押し倒して覆いかぶさった。


「し、静流さん、何が―――」

「狙撃だッ! 景山が撃たれた! 楓! 距離と方向は読めるか!?」

「西です! 着弾と銃声の差が秒単位……ッ 最低でも1キロは超えています! スコープで―――」

「いい、出るな楓! 御門! 西方向に1キロ、感応幕カーテンは飛ばせるか!?」

「無理です、視認も方向も曖昧で対象を捉えられません」

「クソッ この闇の中で1キロ以上の狙撃だと!? 衛星にリンクしたところで無理だ……っ ならばまさか……っ」


 静流はギリっと歯ぎしりをする。

 相手は目視不能の1キロを超えてくる化け物スナイパー。そんな事ただの人間に出来るはずが無い。間違いない。楓と同じか、それ以上の腕を持つ感覚変異がスコープ越しにこちらを見ている。


「御門! 突っ立ってないで伏せて車の陰に隠れろ! 敵は能力者だ! 次に狙われるのはお前だぞ!」


 いつ誰が追撃されてもおかしくない悪夢の数十秒が過ぎる。

 静流の『勘』がようやく危険が去った事を告げ、すぐさま立ち上がると景山が放り込まれた護送車に向かって走る。そして後部座席を確認し、天を仰いだ。


「クソッたれがッ!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る