第41話 人であるために㉑

「気ガ付イタカ」


 【影】が目の前にいた。




 アキラは突然の事に混乱した。

 周囲を見回した時にはいなかったのに突然目の前に現れたのだ。

 まさか転移能力者か! と一瞬体が強張る。転移能力者は最強だ。数ある能力の中で唯一、現代兵器を容易に超えてくる化け物、それが転移能力者だった。


「あなたは……っ」

「私ハ観測者ダ。何モシナイ。助ケルツモリモナイ」


 しかし、アキラはそうではない事を直感的に悟る。この男は違う、もっと異質なナニカだ。

 【影】の顔が見えないのも輪郭がおぼろげなのも乏しい光源のせいではない。何らかの認識阻害をかけられ、見えているのに見えていない事にされている。

 脳に直接作用しているのか、それとも事象を捻じ曲げているのか。どちらにしてもアキラの手に負えない事だけは確実だ。

 恐ろしい、悍ましい、そんな原始的恐怖がアキラの肌をゾワリと舐める。あの男、以前出会った殺戮の魔人『アカツキ』と同じ匂いがする。

 

 先ほど視界を掠めた鋼の巨人。多少の能力に目覚めようとあの鋼鉄の兵器の前ではただの人だ。作戦可能距離レンジの関係で軍事兵器としてはまだ成り立っていないものの、対テロ拠点制圧兵器としては現代最強の兵装である。

 しかしアキラは確信する。

 本当に恐ろしいのはFSではない。この男だ。


「今回ノ案件、私ハ関与シナイ」


 どこから声が発せられているのかもわからないが、VPNヴォイス・プリント・キャンセラーが音を拾っている事から喋っているのは間違いない。

 

「逃ゲタクバ逃ゲレバイイ」

「景山さんの仲間じゃないんですか……?」

「フム、広義デハソウダ。FSヲ用意シタノモ我々ダ。シカシ狭義デハ否、ト答エヨウ」

「じゃあ何で……」

「私ハトアル能力者ヲ探シテイル。君トイウ存在ヲ観察シタカッタ。残念ナガラハズレダッタガ、ソレトハ別ニ目的ハ達セラレタ。コノ先ノ出来事ニ興味ハ無イ」


 そう言って【影】が立ち上がる。

 アキラは再度絶句した。うっすらと【影】の存在が薄れ始めていたからだ。

 まるで蜃気楼のように、おぼろげだった輪郭が空気に溶け段々と色を失っていく。そして影の向こう側が透けて見えると思ったら、いつの間にか【影】の存在自体がこの場から消えて無くなろうとしていた。

 ゴトリと床に物が落ちる音がする。VPNヴォイス・プリント・キャンセラーだ。

 視線を上に上げると、やけに白く細い口元がはっきりと見えた。女性だ。


「能力者は引かれ合う。また会おう。【破壊の申し子】アバドンよ」


 その言葉だけを残して、【影】は消滅した。

 空間転移とは違う。空間転移ならば一瞬で消え、一瞬で飛ぶ。こんなにゆっくりと存在そのものが空気に溶けるように消えたりはしない。【影】は転移したのではない。『消えた』のだ。

 汗ばむほど熱い空気の中、背中を流れる汗が酷く冷たい。


「何だったんだ……。『目的は達せられた』というのはどういう意味だ、『アバドン』ってどういう意味……?」


 目的とは何だ。景山が目的を達成する事か? いや、違う。

 影はこの先の出来事に興味は無いと言った。アキラに逃げてもいいと言った。

 ならば影にとって景山がどうなろうと関係など無いのだ。むしろ、再開を示唆するセリフからは、生き延びる事を望んで―――いや、確信していたようにも思える。



  突然現れ、突然消えた謎の脅威。

 特に意味も無くアキラを気絶させ、短い会話をしただけであっさりと去っていく行動指針。

 さっぱりわからなかった。

 FSは工事用ならば民間でも用意できるが、戦闘用ともなれば事情が変わる。以前、テロリストがFSでテロを起こしたことがあったが、それは彼らが『東京租界』で大枚を叩いて調達したものだった。

 一般では流通し得ないFSを用意し、それを興味が無いの一言で放置していなくなるなど、何が目的なのか考えるほどワケがわからない。

 思考の渦に半ば飲まれかけた時、突然、雷が落ちたような音が鳴り響いた。


「うそでしょッ!?」


 発砲音だ。ハンドガンの乾いた音ではない。ライフルの着弾音とも違う。もっと破壊的な重低音だ。

 だとすれば答えは一つしかない。

  

「撃ったッ!? 屋内でッ FSがッ!?」


 生身では到底自走不可能な大口径アサルトライフルをFSは撃つことが出来る。

 灼熱の薬莢が固いコンクリート床で跳ねる音が聞こえた。化け物銃に相応しく、その音は信じられないほど重い。


「静流さんっ!!!」


 両手足を拘束され、芋虫のように床を這いまわって叫ぶ。

 

―――ガガガッ


 再度の破砕音が鼓膜を直撃し、サァッ と血の気が引いていく。

 間違いなく戦闘に突入している。それも人間同士の打ち合いではない。鋼鉄の巨人による一方的な狩りだ。

 アキラががむしゃらに暴れるが、当然の如く拘束が解けるハズも無い。

 

「静流さんっ! 静流さんっ!」


 行かなければ!

 助けに行かなければ!


 それだけが頭の中を埋め尽くす。無力な自分が行って状況が良くなるはずが無いと、頭のどこかではわかっている。おとぎ話の白馬の騎士様ですら一瞬で挽肉にされるような化け物を前に、颯爽と静流を救うイメージはどうしたって浮かんでこない。

 それでも行かなければとアキラは思った。大事な仲間が殺されるかもしれないというのに、地虫の如く地面を張っているだけならばどうして彼らと笑い合う事が出来ようか。

 アキラの頭を過るのは、無残にも殺されたカレンの笑顔だ。

 

「あんな思い…… 二度としてたまるか……っ!!」


 邪魔だ。手足を縛るこのロープが邪魔だ。

 何かないか。状況を打破する何かが。

 アキラが部屋を見渡す。

 牢獄のような部屋だ。赤黒いシミと、微かに漂う腐臭がろくでもない想像を掻き立てるだけの、何もない部屋だ。

 窓も無い。家具も無い。ロープを切れるような道具も。ゴミすらも落ちていない。

 何も無かった。いや―――

 あった。一つだけ。

 たった一つだけ、この部屋には置いてある物があったのではないか?


「はははっ あるじゃん! ロープを切る道具がっ!」


 口元に浮かぶのは歓喜、若しくはそれに限りなく近い狂気。

 その漆黒に瞳に反射するのは、ただひたすら昏く燃える赤。

 アキラはゆっくりと、その視線をソレに向けた。


 それは儀式の道具。

 皮を焦がし、肉を焼き、血を沸かせ、贄の絶叫と引き換えに力を得られると信じてやまない狂人の依代。 

 怨念漂うこの牢獄に煌々と焚かれる炭と、真っ赤に燃える鉄の棒がそこには在った。





―――――――――――――――――――――――――







 その男たちは黒いワゴンの中で突入の合図を待っていた。

 手には大ぶりのナイフ。刀身から刃筋に至るまで真っ黒なそれは、カーボンナノファイバ複合の超々硬度合金製なのは間違いない。なまじ市場では手に入りにくい軍用ナイフを所持しているというのに男たちの恰好は区々だ。ラフな格好で座る者もいれば、七三に頭を撫でつけた中年もいる。

 ただ共通するのはそれぞれの目に浮かぶ虚ろな熱。そこに意思の光は無かった。何らかの強制力、あるいは危険な薬か。

 夢遊病者、意識混濁状態、素人目に見ても正気でないことが伺える。

 その中でも正気を保っているワゴンの運転手が助手席の男に話しかけた。


「本当にこのオンボロビルがそうなのか……?」

「ああ。余計な心配はしなくていい。俺たちの仕事はこいつらを降ろしたら終わりだ。そうしたら全てが上手くいく」

「そうだな。例の網膜スキャンは大丈夫なのか?」

「あいつらを良く思っていない連中は権力側にもわんさかいるって事だ。恨みか、それとも体制、ありふれた筋だと政治ってところだろう。とっくにスパムが走ってる。コソ泥だってもう少し苦労するって状態だな」

「失敗したら、あの御方は……?」

「失敗してもかまわんよ。どうせこれもエサだ。『東京租界』に奴らの目が行ってくれればそれで万々歳だ」


運転手が安心したように胸をなでおろして息を吐いた。



「だけど、数ある支部の中から何でこの第三支部なんだ? 第一支部とかの方がインパクトが……」

「第一は現実的に難しいが最初から第三狙いってわけでもない。奴らが一番早かったってだけだ。まあお喋りは終わりだ。そろそろ始めよう」


 運転手が緊張したように頷いて後部ドアの開閉スイッチを押す。

 後部座席に座っていた男たちが、まるでゾンビのようにのっそりとワゴンから降り、目標のビルに向かっていく。

 眠らない都市『磐城』の中でも、住宅街とされるここら周辺は既に眠りはじめていた。

 あんなにも自己主張の激しかった赤ちょうちん達は軒並み火を落としており、この時間になっても灯りが落ちないのはコンビニかカラオケ屋か、アフター狙いの洒落たバー位なものだ。

 誰も目撃者はいない。そしてビッグ・アイとて完ぺきではない。

 

「さあこれで終わりだ。俺たちは帰るぞ。お前は初めての任務だったな、ごくろうさん」


 微かなエンジン音と共に、するすると発射した黒いワゴンが闇に溶けていった。





――――――――――――――






「ちょこまかと、いい加減諦めたらどう?」


 苛立ちを隠せない景山の声が倉庫に響く。

 静流はそれに答える事無くチャンスとばかりに荷物の陰で呼吸を整える。ほんの数秒だけだ。それ以上止まっていたら嬲り殺しになるのが目に見えていた。相手はFS、遮蔽物に隠れていても向こうからは丸見えなのだ。

 しかし僅か数秒の休憩とはいえ、疲弊した肉体にはこの上ない休息となる。初夏の熱気が籠る倉庫内で走り回ったせいか肌着も下着も汗でぐちゃぐちゃだった。


「クソッ…… このままでは……」


 戦闘開始より5分も経たないうちに倉庫内は滅茶苦茶になっていた。棚は崩れ、荷物は散乱し、移動のスペースは刻一刻と削り取られてきている。最初から分かり切っていたが消耗戦など不可能だ。


「諦めてくださいよ。何を狙っているのか知らないが生身でFSに勝てるわけがないでしょ」


 言うまでも無く景山が圧倒的優位に立っている。

 しかし、ただ黙って撃てばいいだけなのに喋り出すというのは苛立ちの現れだ。すぐに済むと思っていた戦闘が思いの外長引いている事に、さぞかし困惑していることだろう。

 静流にとっては好都合だ。戦闘中に敵に語り掛けるなど自分が戦闘の素人ですと相手に教えているようなもの。


「君を片付けたらすぐに少年も後を追わせてやる。お前の仲間も今頃仲良く旅立ってる頃だ! さあ死ぬがいい! そうしたら今度こそ僕はスーパーマンになれる! ヒーローになれるんだっ!」


 獲物を狩る立場にいる事に酔っているのだろうが、それが許されるのは映画の中だけだとわかっていない。

 今の一言でアキラがまだ生きている事を知れたし、事務所に何らかの襲撃計画があるらしいという事がわかった。しかもこれまでの残忍な殺害手法から犯人は猟奇的な性癖を持っていると思っていたが、どうやらそれは間違いらしい。

 景山にとってアレは儀式だ。本気でヒーローになれる思っている奴は何らかの妄念に取りつかれ正常な判断が出来ない状態に陥っていた。マインドコントロール下における心神耗弱状態。それはこの事件の黒幕であると思われていた景山すら本丸でなかったという事を証明する。誰かが他にいる。この事件の絵を描いた者が。

 

「支部長、警戒してくれ。どうやらそっちにも敵が行っているらしい」

『こっちも始まってる。今、ルルが敵に――――」

「何をコソコソやっているんだっ!!」

「――――っ!」


 ドガンという鉄の咆哮と共に荷物が吹き飛ぶ。しかし既に移動を開始していた静流はそこにいなかった。

 景山のおかげで多少は体力を回復したが形勢が逆転したわけでもなく、このままだと捻り潰されるのは目に見えている。何としても景山を東側の壁に誘導しなければ勝ちは無い。

 体力の限界も近い、状況も散々に煮詰まっている。リスクを取らなければならない状況だ。

 

『静流さん、限界になったら言ってください、壁を抜いて退路にします……っ」

「その前にお前がハチの巣になって死ぬさ。もう少し待て…… なんとか奴を―――」

「こそこそ何をやってるって言ってんだっ!!」


 オープンチャンネルとなった怒声と共に、静流の周囲が粉みじんに吹き飛ぶ。

 そこで初めて静流は敵に姿を晒した。

 そしてそのまま愛用の大口径銃、ライジング二十二式を発砲。1発、2発。

 撃った本人の腹に来る衝撃も、FS装甲にとっては投石と何ら変わりは無い。うっとおしそうに手を振るFSに向かって14発全てを撃ち尽すと、走りながらリロードを開始。

 コッキングと同時に再びマズルフラッシュが瞬く。


――――ダンッ ダンッ ダンッ


 運よくセンサーなんかには当たってくれない。全てが装甲にぶつかり、ひしゃげた鉛玉が地面にポロポロと落ちる。

 だがそれが狙いだ。そうすることで牽制、挑発、誘導、全ての要素が実現し得る。先ほどのやり取りでわかったことがあった。景山は戦闘の素人だ。

 いくら無敵の鎧に身を包んでいたとしても、体に伝わる擦過音と飛翔音はとてつもないストレスを景山に齎す。唸る銃弾、弾ける火花。

 問題など無いとわかっていても、ソレを直接体感して平然としていられる者などいない。安全地帯にいてもなお焦りと焦燥で身を焦がされているに違いない。銃口を向けられるというのはそういう事だ

 今だ。



―――ドガッ



 今しか無い。賭けに出る最初で最後のチャンスだ


「おおぉぉぉッッ!!」

『静流さん無茶ですッ!」


 闇雲に放たれた25口径を紙一重で躱しながら突進。

 振り回された丸太ほどもある鋼鉄の上腕をかいくぐって敵に肉薄。

 ブオンっという風圧を鼻先で感じながら下肢部にタックル。すべらかなメタルスキンの足を抱え込むように背後に回り込む。

 そして流れのまま下肢部を踏み台にして跳躍。背後から首を抱えて抱き着く。


「―――ッ!! ――ッ―――――ッ!!」

「離すかッ!!」


 暴れ馬のように滅茶苦茶に動く巨人の首に腕の力だけでしがみ付く。遠心力で吹っ飛ばされそうだ。

 そしてFSが体勢を整える一瞬の隙。



―――――ガンッ ガンッ



 0距離射撃を敢行。跳弾が頬を抉り冷たい汗が噴き出す。

 戦闘用FSは可動部に隙間も無ければセンサーも神経ケーブルラインも剥き出されていない。唯一破壊できそうなのは後背部アタッチメントのウエポンベイ接続ケーブルくらいだ。

 静流は躊躇なくケーブルに向かって3発発砲。ケーブルの切断に成功した。

 これ以上は装甲を貫く純粋な火力が無ければ物理的ダメージは与えられない。嫌がらせにもなりはしない。といっても精神的にはどうか。

 安全だと頭ではわかっていても、背後にしがみ付かれ0距離で銃弾を叩き込まれるという恐怖は相当なものだろう。


「離れッ 離れろこのッ!!」


 戦闘経験の乏しい景山は、半ば錯乱状態に陥っていた。静流を地面や棚に叩きつけるでもなく、ただ我武者羅に状態を振る。

 嫌がらせとしては十分だ。落ち着きを取り戻されたら離れるにも離れられなくなる。

 振り落とされた風を装って離脱。と同時に残弾全てをばら撒いて即座に駆け出す。


「~~ッ 殺してやる――ッ!!!」


 静流は首だけで背後を振り返り、ニヤリと嗤った。


「そうだ、追いかけてこい……っ」


 ウエポンベイは破壊したも同然。ヤツはもうリロード出来ない。

 それこそが静流の狙い。

 あと数発もやり過ごせば敵はNo ammo弾切れだ。頭に血が上っている景山は間違いなく迫撃を選択するはず。

 それで東の外壁にヤツをおびき出せれば……

 

「私の勝ちだ……ッ」


 背後の駆動音が急に激しくなった。躊躇なく棚の向こう側へ飛び込む。

 瞬間、轟音と共に背後の棚がひしゃげた。体当たりを仕掛けて来たのだ。

 落ちつけ。慌てるな。狙いを悟られたら終わりだ。


 先ほどと同じようにジグザグに駆ける。そう、同じだと思わせる事が必要だ。

 背後からは荷物を跳ね飛ばし、棚を張り倒す轟音が迫る。

 ヒュッ と息を吐く。慎重に、迂回しながら東側へ。


「そうだ…… 来い……っ」


 スピードは圧倒的に向こうが上だが、棚の間をショートカットできる生身の方が機動力で上だ。

 狙い通り、景山は追いかけてきている。

 ついに東の外壁へ到達、疲労を装って速度を鈍らせる。


「楓、外壁に到達した。どこだ、どこなら狙える……ッ?」

『北に向かって二本目の通路、そこなら……っ!!」


 目だけで狙撃ポイントを確認。そこに向かって移動を開始。

 あとはヤツをそこにおびき出すだけだ。

 と、そこで景山が追ってこない事に気付く。

 微かな違和感。一体なぜ―――


『静流さん! 危ないッ!!!』


 ヴィジョンが視えた。

 棚の荷物が冗談みたいに全方位から飛んでくるイメージ。全身を悪寒が駆け巡る。

 飛べ! 死ぬぞ!

 ただただ反射的に飛んだ。しかし……

 


 マズい! 躱せな―――



―――ドンッ



 棚の荷物が吹き飛ぶ。ヴィジョン通りの全方位攻撃。

 背中に荷物が直撃し、前方へと跳ね飛ばされた。

 地面に投げ出され視界に火花が散る。

 クソッ しくじった! 

 何が起きたかを確認する余裕は無い。動かなければ死ぬだけだ。

 すぐに半身を起こして背後を確認。




 目の前に脚があった。




「ガ―――ーッ!!」

 


 車両に跳ね飛ばされたような衝撃。蹴られたのだと気付く前に右上腕からゴリュっと音が鳴った。

 上下も左右もわからない。空中を飛んでいるいる事だけはわかる。

 馬鹿みたいにぐるぐる回転する視界に、スロットのリールの様にFSの姿が映り込む。 

 受け身も取れずに墜落したのは、奇しくも楓の指定ポイント

 つつっ と生温いものがこめかみを伝った。痛みは無い。ただひたすら体が熱い。


 霞がかかった視界の中、のそりとFSが近づいてくる。

 半ば無意識的に銃を構えようとして、右腕の関節が増えている事に気付いた。痛みが無いのが逆に恐ろしい。

 いいんだ。最高の演出だ。本当に瀕死なのだから演技もクソも無いだろう。

 自分は動けない獲物だ。

 来い。近づいて来い。そこがお前の最期の――――

 

「何か、狙っているよね……?」


 軽いパニックに襲われる。

 なぜ。どうして。気付かれる要素なんて無かったはずだ。



「驚いているね。そんな気がしただけさ。終わりにしようか」


 

 もうほとんど何も見えないのに、銃口の暗さだけがやけに目につく。

 立ち上がろうとして踠いて、べちゃりと崩れ落ちた。体にはもう力が入らない。 

 終わりだ。負けたのだ。


『静流さんッ! 撃ちますッ! 逃げてッ!』


  

 インカムの先、楓の絶叫が遠く聞こえる。

 今撃てば決定的な打撃を与えられないまま、楓の潜伏先が特定される。自分は逃げれない。楓は殺される。悪手中の悪手だ。

 無理だ。そう呟いた。

 楓が息を飲む気配がした。

 敵の銃口は真っすぐこちらを向いている。装甲車をも貫く25mmのバケモノ携行銃だ。不幸中の幸いは一撃で終わること。

 静流が全てを諦めるように目を瞑る。


 そしてゆっくりと。まるで勝者の武威を誇示するかのように、ゆっくりと景山が引き金を引いた。

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