第39話 人であるために⑲

スーパーマンに憧れていた。漫画のヒーローに憧れていた。

 おとぎ話の英雄に、歴史上の偉人に。物語の主人公に。

 どうしようもなく憧れていた。


 核が落ち、母の遺体を探しに行くことすら出来なくなった時、その想いは制御の限界を超えて膨らみ続ける。

 いびつに歪み、ひしゃげ、やがてこの無力な肉体に嫌悪感すら覚えるようになった。

 力への憧れ。いや、憧れなんて生易しい感情ではない。渇望だ。

 胸を掻き毟りたくなるような喪失感だった。喉を掻き切りたくなるような飢餓感だった。

 力をよこせ。圧倒的な力を。そしたらその力で世界を平和にして見せる。 


 どうしようもない無力感に苛まれながら日々は過ぎていく。

 体を鍛えるごとに、知識を学ぶごとに、個人という存在の限界を知り、自分という存在の無意味さを思い知り、そうして巨大な妄想がヒトの器に押し込められていく。


 魔法使いなんていない。ヒーローも英雄もスーパーマンもこの世界には存在しない。

 この手が触れる自他の境界線。これが自分の限界だ。

 それは他の人間にとっても同じ事。悲しいくらいに平等だった。

 人はそういう風に出来ている。自分はその他大勢の一人でしかない。


 ならばせめて組織として力を振るおう。

 個人では無力だとしても、組織という巨大な力を操れるようになればそれは自分の力だ。

 そのために全てを犠牲にして突っ走り、組織人として順風満帆な日々を過ごしていたあの日。

 アスファルトから陽炎立ち上るうだるような夏の日、突然その女は現れる。



―――なんであたし達があんたらみたいな下等生物に支配されなきゃなんないのよォォっ!!


 

 駆け付けた先のショッピングモールは地獄だった。

 まるで屋内に竜巻が発生したかのような惨状。更に出入り口という出入り口は滅茶苦茶に破壊され、専門店の内装や商品が引き千切られ、ばら撒かれている。

 そして夥しい数の人が倒れ、床は文字通り血の海となっていた。  


 何もできないまま部下が次々と斃れていく。ある物は吹き飛ばされ、ある者は飛翔物に貫かれ、または粉砕され。

 悲鳴が上がる。その女が手を振ると、轟音と共に悲鳴が途切れた。

 指示も無いのに恐怖に駆られて隊員が掃射を開始。柱の陰に隠れて出てこれない女を見て勝利を確信した隊員の上に天井が落ちてくる。

 破滅的な破砕音と共に消えた無数の命。

 


―――みんな死ねばいい! こんな国、滅びればいいんだ!



 再び荒れ狂う吹き抜けのフロア。人が、物が、空を飛び、壁に激突し、床に叩きつけられた。

 偶然のタイミングで飛び込んだ通路の陰に隠れて震えた。恐怖ではない。絶望でもない。歓喜にだ。

 これほどの殺戮の現場で、市民を殺され部下を殺され。それなのに、自身の裡、こんこん湧いて出る衝動は義憤でも無念でも無かった。それは羨望。そして……嫉妬。

 身を切るような痛みと共に、必死に押しとどめ、封印してきた幼き頃からの情動が爆発した。

 


―――教えてくれ! いや、教えてください! どうやったらその力を僕も使えるようになるかを!?

 


 彼女は、まるで虫けらを見る目で吐き捨てた。



―――この力は神に選ばれた証! 神に選ばれてもいない人間には使えない!



 選ばれていない……だと……

 この僕が、選ばれていないだとっ!? ふざけるなっ!!


 そんな筈はない。そんな事があるはずが無い。

 小さい頃からずっと願ってきた。欲し焦がれて来た。

 母が死んだ時も、惨めに泣き崩れた父親の背中を見た時も。その力が自分に必要だった。世界に必要だったんだ。

 それなのになぜお前はその力を持っている? なぜ独り占めにしている?

 

―――許せない


 自分だけ人の限界を超えるなんて。

 自分だけこの痛みを伴う無力感から解放されるなんて。

 

 許せない

 

 その力は使い方によっては神にも悪魔にもなれるのだ。

 力を正しく行使出来るのは自分だけだ。

 自分にこそその力は相応しい。自分こそが神に選ばれるべき存在だ。


 許せない。


 許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない


 

 その力は僕のものだ。お前は正しくない。お前は存在してはいけない。


 そう、お前は、お前たちは……っ



「悪魔だ……っ」





―――――――――――――――――――――ー





 

「……狂ってる」

「何を言っているんだい? 僕はいたって正常さ。君たちに、特に君のような子供が持つには過分な力だよ。だからそんな目で人をみるものじゃない」


 アキラは自分でもどんな顔をしているかわからなかった。あまりにも理解が及ばない人物を目の前にした時、人は困惑し、そして恐怖する。

 まさしく今、アキラはそういう種類の表情で景山を見上げていた。


「本当に…… 本当にそんなもののために人を殺したんですか!? 景山さんっ!」 

「『そんなもの』なのかどうかは僕が自分で決めるよ。君はその力の意味をまるで理解していない」


 まるで出来の悪い生徒に優しく言い聞かせる先生のように語る景山。その異常性にアキラはゾワリと身を震わせた。

 手足を縛られた状態で出来ることは多くない。それも目の前に銃口を突き付けられては尚更だ。能力があろうと、引き金一つ引けば終わってしまう武器を前に、アキラはただ為すがままだ。

 アキラは目だけであたりの様子を伺う。



 広大な空間だ。

 20mくらいありそうな天井、ほこりまみれの通路、旧式の巨大な移動棚。そして移動棚に詰められているのはパレットに乗った無数の段ボール箱だ。

 棚のおかげで奥行きなんかは全くわからないが、もしかしたら野外運動場と同じくらい大きな倉庫だ。

 今は深夜という事もあるが、人の気配は全く無く、車が通る音も無い。普通、これほどの施設になれば警備員がいそうだが、埃の積もり具合を見る限りおそらくは廃業して相当な時間が経っていると思われた。 

 そして、アキラには忘れようにも忘れられないものがすぐそばにある。

 昏い輝きを放つ炭が詰まった一斗缶と、そして赤みを帯びた鉄の棒。

 冷たい汗が滝のように背中を流れ落ちた。


「ああ、ここかい? ここはまだ磐城が地方都市であったころからあった施設だよ。立地上どうしても開発が遅れて手つかずになっている。大声で叫んでも無駄さ。この辺は立ち退きがあってから誰も住んでいないからね」


 どうりで静かすぎると思っていた。

 磐城が首都になって20年が経つが、開発の手はまだまだ追いついていない。都市と郊外の隙間や、山岳地においては、自然が手つかずのまま残っているところも多い。おそらくはここもそんな場所の一つなのだろう。

 項垂れるアキラを見て、景山が勝ち誇ったような笑みを浮かべ両手を広げる。



「君がその気になれば完全犯罪なんて簡単に出来る。重要な施設でピンポイントにしようすれば、この国を脅かすことだって可能だ。そんな力を僕以外に持たせるわけにはいかない。そう思わないか?」

「こんな力、僕だってほしくは無かった……っ」

「欲しくなかった……だって……?」


 先ほどまで自身の言葉に酔っている風でもあった景山が突然俯く。

 そして、低い声と共にゆっくりと上げた顔には修羅の形相が浮かんでいた。 


「君は一体何を言っているんだ? その力さえあれば人は英雄になれるんだ! 滅多なことを言うもんじゃない!!」

「英雄なんてなれなくてもいい! それにこんな力が無ければ成れない英雄なんて本当の英雄じゃないっ!!」

「黙れぇぇっ!」


―――ガッ


 銃を握った手で思い切り頬を張られる。

 途端に口の中に鉄の味が滲みだした。

 景山が肩で息をしながら凄まじい形相でアキラを睨みつける。だがアキラはそれを真っ向から見返した。


「君は、何もわかっていない……」

「わかってなかったら何なんですかっ!」

「もういい、子供だからといって躊躇するんじゃなかった。君もやはり……」


 すっと景山が背を向け歩き出す。その先にあるのはパチパチと音を立てて弾ける炭。

 景山は特殊な手袋をポケットから出して右手にはめると、ズルリと鉄の棒を引き抜き振り返る。

 そしてメガネを押し上げながら能面のような表情で、言った。


「悪魔だ……っ!」


 譲れない。そう思った。

 この異能のせいで誰に何と言われようとも、これだけは譲るつもりは無かった。

 たとえ薄闇の中、ぼんやり赤く輝く鉄の棒を目の前に突きつけられていても。絶対に譲れないモノがあった。

 

「違う……っ!」


 優しい家庭で生まれ育ち、大事に、なによりも大事にしてきたものがある。

 自分が悪魔ならば、父さんはどうなる? いつだって笑っていた優しい母さんは? どうしようもないブラコンだけど真っすぐで可愛い妹は? 

 だから絶対に認めない。何があっても。能力がなんだ。権利制限がなんだ。

 何も変わりはしない。今までも、これからも。そう―――


「僕は…… 僕は人間だっ!! 化け物と言われても、僕は人間なんだ!!」 






―――――――――







「アリス、お手柄だ! 良くやったぞ!」


 ビッグアイは首都近郊に設置された官・民全ての防犯カメラやセキュリティシステムを統括して保存するビッグデータだ。

 だが累々と積み上がっていくデータの99.99%に必要性は無い。求める情報は、ただ砂漠で一粒の砂金を探すが如く、膨大な情報の中から必要なデータをピンポイントで選り分けてなければならない。

 この時代、データソース側は十分な情報量が確保されている半面、自動検索をするための素材情報はまだまだ貧弱だ。顔認証機能など技術的には一定程度のものが開発されているが、メルクマールとなるべき個人の情報が不十分であり、最終的には人力で検索をしなければならないのは大戦前と変わりは無い。

 

 だが【電脳妖精】アリスは違う。理解を超えた力で電子の海にダイブした彼女は、縦横無尽に泳ぎ回り、まるで自身の手足を動かすと同じ感覚で情報を収集し、分析していく。コンパイラの力を借りた人間が必死で組み上げた防壁など、彼女の前では子供の積み木と変わらなく、何がセキュリティなのかダイブする本人が理解していないというのだから恐ろしい。


 アキラが拉致される場面の直接的映像は残っていなかった。

 他国の人間なら引くほどビッグアイの監視網は細かく出来ているが、それでも網は網だ。首都で起こった全ての事象を記録できるほどのものではない。そしていくらアリスの能力が凄まじかろうが、電子データに残っていなければお手上げだ。


 だが運は静流に味方した。投げ捨てられたアキラの端末の存在である。

 端末の信号が消失した時間、端末が発見されたポイント周辺で網をかけ、引っかかった車両一台一台を洗っていった結果、その中に登録の無い車両を発見する。

 これを周囲のデータにより分析、追跡することで走行地点と時間を推測し捕捉に成功。後は超々高度から衛星様の出番である。


「アリス、終わったらご褒美に好きな円盤を買ってやる」 

『おにいちゃんを……』

「わかってる。心配するな」


 アキラの事が心配でたまらないのだろう。一度寝たら朝まで起きる事の無い彼女は、普段ならとっくに寝ている時間だ。

 アキラが来るたびに遊んでもらっている8歳児はアキラの事を本当の兄のように慕っていて、通話口から流れてくる涙声には胸が詰まる。

 普段ほとんど意味のある言葉を発しない彼女の言う『おにいちゃん』の部分に想いの強さが滲み出ているように感じた。

 

「小野地区の廃倉庫ですか…… 開発放棄地帯ゴーストスポットには似たような施設がゴロゴロしていると聞きます。静流さんは行ったことがありますか?」

「何度かな。発展と開発の裏側だ。立ち退きと買収と住民運動に訴訟。散々札束が乱れ飛んだ挙句に放置されて死に絶えた商業地区のなれの果て。地下施設まで手が付けられていたから性質が悪い。人手不足のおかげでゴロつき共や地下組織の遊び場になっているよ。当時の投資過熱がそれほど凄まじかったという事だ」

「でもなんで放置しているんですか? お金もかけて使わないなんて逆に損しそうですけど……」

「単純な話だ。将来的にはどうか知らんが、維持管理コストを考えた時に需要がまだ追いつかない。開発すべき平野はまだまだあるからな。山間部で交通の便が悪いのが決定的だった」


 首都近郊エリアから離れ、学園都市からも近くは無いという中途半端な山間部に目的の地域はある。

 衛星での追跡の結果、景山は開発放棄地帯ゴーストスポットの中でも物流拠点を想定して建築された廃倉庫に入ったことがわかっていた。


「でもそんな場所ならば逆に潜伏には不向きでは……?」

「その通りだ。デカい動きがあれば不自然過ぎて誰もが不審に思う。だがな、個人レベルで何かをするだけならばこれほどおあつらえ向きの場所も無い。実際、不良の集会やら肝試しやら、可愛い催しには事欠かないよ」


 主要幹線からも遠く、人のいない地域の廃倉庫で何をやっていようと気にする人はいない。

 警察もたまに巡回などはするらしいが、衛星を使ってまでも監視するほどの場所ではないと思っているのだろう。何より、そこら一帯を取り締まるには人手も予算も足りないに違いなかった。

 アクセルは先ほどから限界まで踏み抜かれ、景色が後ろに流れていくスピードが尋常ではない。助手席の楓も慣れているのか、平然としているが、右手がドアの上の取っ手を掴んでいることから、無意識に恐怖を感じてしまっているのだろう。

 目的地に近づくにつれ、静流は目の奥がヒリつくような感覚に襲われた。しかもその違和感は段々と大きくなっていく。

 嫌な予感がする。長年、鉄火場を潜り抜け続けてきた静流の経験が警告を発していた。


「楓、ヤタガラスRK-2鉄カラスは持ってきているか? どうにも嫌な予感がするんだ」

「拠点制圧用の『装備:丙』なので速射重視のアサルトライフルを装備し―――」

「――そんな建前は聞いていない。今日、お前が、持ってきているのか持ってきていないのか」


 静流の問いかけに、巫女装束の麗人が、獰猛に頬を釣り上げる。


「持ってきていますが……?」

「流石だな。準備しておけ」


 獣の笑みに獣の笑みで返した静流が、迷いなく言い切る。

 すると楓が更に口角を歪めて声を高ぶらせた。興奮しているのだ。


「いいんですか? 申請装備と違ったら後で問題になるのでは……? それに相手は生身の人間ですよ?」


 ヤタガラスRK-2は大口径AS徹甲弾仕様の対物狙撃銃アンチマテリアルライフルだ。

 その銃弾がたかが人間に当たろうものならば、腕ならば腕が引き千切れるし、ハートブレイクなど胸に向こうの景色が見渡せるくらいの大穴が開き、ヘッドショットに至っては頭部が花火になる。そういう種類のバケモノ銃だ。

 だが静流は躊躇しなかった。

 

「私の『勘』が言っているんだ。そのデカブツを持っていけとな」


 静流の『勘』はただの勘ではない。経験と能力に裏打ちされた、未来予測に近しいモノだ。

 静流が必要になるというのならば、それはきっと必要になる。

 目的地に着いたのか、静流はギアをニュートラルにして、慣性だけで車を走らせ音も無く停車させた。大規模商業倉庫の門の外だ。

 そして、ここに来るまでに装着していたヘッドセットのスイッチをONにして車を降りる。

 静流の手に握られている大型ハンドガンはライジング二二式。

 丸菱重工製11.43㎜ゼクス弾を使用する貫通力が弱く殺傷力の高い大口径銃だ。

 

「支部長、目視で対象の車両を確認した。突入を開始する」

『気を付けてくれたまえ。衛星画像を解析する限り景山は4番倉庫にいる。見えるかね?』


 門の陰から施設内部の様子を伺う。

 いくつもの倉庫が立ち並ぶ大規模な倉庫施設。全ての倉庫には正面上部にナンバーが付されており、その中に『4』の数字もある。

 振興開発地区なので、箱物だけは新しいと思いきや、見た感じ相当年季が入っている。おそらくは大戦前から倉庫自体はあったのだろう。外壁上部の天窓もほとんどが割れ、そのまま放置されていた。


「ああ、見える。周辺では一番規模が大きい。そして思ったより古そうだ。まあ天窓が割れているのは都合がいい。中の見取り図は見つかったか?」

『アリスが見つけてくれたものを今送る。しかしあまり見取り図に捉われない方がいい。中のほとんどは移動棚と放置された荷だ。どんな配置になっているかは全く分からない。熱源探知機サーモは?』

「サーモスコープは楓が持ってきているが、生憎だがここで使える様なものは持ってきていない。ぶっつけ本番だ」

『わかった。検討を祈るよ』


 通話が途切れ、静流が無言でハンドガンのスライドを引く。

 カシャンと、次弾を装填する鉄の音が、廃墟となった街にやけに響いた。

 楓を見ると、後部座席から大き目のケースと、手提げの旅行鞄を引きずり出していた。


「楓、鉄カラスならば外壁は抜けるな? 天窓から中が見れればいいが配置は任せる。無理ならばサーモスコープで外壁ごと叩け。準備は見たところどれくらいかかりそうだ?」

「10分いただければ配置につきます」

「上出来だ。行くぞ……っ」


 夜とも朝ともつかない微妙な時間帯。

 申し訳程度に点灯する防犯街灯だけの薄闇の中、二匹の獣が音も無く動き出した。





――――――――――――――――――――――――ー






「残念ながら君たちは人間じゃない。悪魔だ」


 冷徹な瞳で、冷徹な声で、アキラの抱える全ての想いを否定する景山。

 赤く、そして昏く輝く鋼鉄の棒が、非常灯だけの倉庫にボウっと浮かぶ。

 そして、その熱にうかされた様に景山が狂気に歪んだ。 


「さあ儀式を始めよう。その『力』を僕に渡すんだ」

「そんな事して『力』を使えるようになるわけないじゃないですか!」

「そんなことは無い! 『あの御方』がそう仰ったんだっ! 苦痛が…… そう! 今までの連中には苦痛が足りなかったんだっ! もっと苦痛と絶望を与えられれば次こそきっと……っ!!」

「く、狂ってる……」


 その目にはもう理知的な光は灯っていなかった。正常な判断を求めるなど無理だ。

 濁り、歪み、熱と凶器だけが蜷局を巻く、悍ましい悪意だけがそこに在る。

 ふと眼先に熱を感じる。見上げるとすぐ目の前に焼けた鉄があった。


「悲鳴を、上げるんだ…… 絶望の悲鳴を――っ!」 


 アキラの目に力が籠る。手足が縛られても能力が使えないわけではない。

 効果範囲に使えそうなものは無かった。重くて干渉出来なそうなものばかりだ。

 ならば景山に直接力をぶつけるしかない。所詮レベル2の物理干渉サイキックなので、直接ダメージは与えるような衝撃は与えられないだろう。

 しかし、鉄棒振り回してどうにかなる相手ではないということはわかるはずだ。銃を向けられたら為す術は無いが、拷問されるよりはマシだ。

 座標は景山の側頭部。出来るだけ絞って脳震盪を狙――――

 

 

「侵入者ダ」



 突如、第三者の影が景山の背後に現れる。

 アキラは軽い混乱に陥った。制御を失った『力』が情けなくそよ風を起こす。

 今の今まで二人しかいなかった空間に、何の前触れも無く男が現れたのだ。どう考えても普通じゃない。

 目を見開いてその男を見る。

 

「あ、あ、ああ……」


 ゾゾゾと背中の毛が逆立った。

 なんだ、これは…… この男は、何だ……

 

「【影】か。侵入者だって? ははっ 信じられないよ。何から何まで『あの御方』の仰る通りだ」

「迎撃ヲ推奨スル」


 その男は影のようだった。いや、言うなればそれは影そのもの。ただひたすら黒いモノがそこに在る。

 輪郭はある。表情もあるはずだ。男だという事もわかる。それなのに見えない。決して光の関係などではなかった。自分の目には見えているはずなのに、それが見えないのだ。

 そしてVPNヴォイス・プリント・キャンセラーを通した声が、さらにその存在を不明瞭にしている。

 認識を阻害されているような不自然さと不気味さ、そしてその男から立ち上る圧倒的に不吉な気配。



「お相手はやっぱりメビウスかい?」

「肯定スル」



 侵入者だと言った。メビウス静流たちが助けに来てくれたのだ。

 それなのにアキラの心に浮かぶのは喜びや希望などではなく、恐怖と絶望だった。

 能力者だからこそわかる。わかってしまう。

 


――――あれは、ヤバい……



 静流たちには、今すぐ自分を見捨てて逃げてほしいと思った。

 それほどの存在が目の前にいる。二人がどういう関係かなどわかるはずもないが、それよりもなぜ景山が平然としていられるのかが理解できなかった。アレこそ人じゃない。災いとか呪いとか、そういったものだ。


「わかったよ。『あの御方』の用意してくれたものを使うよ」


 そう言って景山が、アキラの背後にあるコンテナに目を向けた。

 何だ? 今度は何だ……っ?

 心がザワつく。嫌な予感が神経を逆撫でる。これ以上、一体何があるというのか。

 恐る恐る背後を振り返り、そして―――



「そ、そんな…… うそだ、こんなもの、こんなものが……っ!」

「ははは。『こんなものがここにあるはずが無い』かな? 僕が単独犯だと思っていたのかい? 君はあのサイトへアクセスする事が個人で出来るとでも思っているのかな?」


 その瞬間、アキラの中で全てが繋がった。

 そうだ。熊田もそうだが、景山はあのサイトで『佐藤』としてアクセスしていた。

 そして殺された3人と会っていたのはおそらく景山の方だ。熊田は犯人として祭り上げられたスケープゴート。最初から殺される予定だったのだ。それも警察官である景山の手によって。

 そのためだけにカレン親子は殺された。熊田が一連の犯人である事を証する明確な物証を残すためだけに。

 ならばなぜわざわざ自分は拉致された? なぜわざわざバレるような事をこのタイミングで仕出かした?

 

「わかったみたいだね? そうだよ。きっと君が想像している通りさ。君たち第三支部はね、特殊過ぎるんだ。『あの御方』に厄介だと判断されたのさ」


 自分たちは行きついた。あのサイトと、そして被害者達が言っていた『アレ』に。

 そう、僕たちメビウスは……


「分断策さ。皆殺しだよ。君たちはね」

「うあああああぁぁぁぁぁ~~~っ!!」


 力を発動―――した瞬間。

 凄まじい衝撃を横から受け、壁に叩きつけられる。

 受け身も取れず崩れ落ちる、朦朧としたアキラの視界の端には、感情の籠らない目で自分を見下ろす【影】と、そして、決して無人の廃倉庫にあってはならないものがぼんやりと映っていた。



「静流さん……逃げて……」

 


 鈍色に光る流線形の人型外骨格

 拠点制圧兵器。FSフルメタルスキンが。

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