第23話 2章 人であるために③

私軍法人『メビウス』第三支部支部長、安斎義人は、人懐っこい笑みを浮かべながら口を開いた。


「やあ、アキラ君、お疲れ様」


 ニコニコと人当たりの良い笑みを絶やす事の無い安斎義人は一般人である。

 この個性あふれたメビウスの面子の中でもとりわけ没個性的で、普通の大人だった。

 糊の利いたシャツに黒いジャケットを羽織り、ネクタイは寸分たがわず垂直に下に向けられている。セミの哭き始めるこの季節にあってもそのスタイルが揺るぐことは無く、剃り跡の無い綺麗な頬は今日も健在で、周りの大人に難儀しているアキラにとっては、頼りがいのある、目指すべき社会人である。


「お久しぶりです安斎さん。緊急招集って何かあったんですか……? 荒事だったら僕に出来る事なんて無いですよ」

「そんなに心配しなくていい。いや、注意喚起のようなものだよ。君は私の部下だからね。何事も無いに越したことはない」


 そう言って優しい微笑みを、ソファーで飛び跳ねるアリスや、分解された超長距離狙撃ライフルのまえではしゃぐ残念女子二人に向けるその姿は、正直、荒事専門部隊であるメビウス第3支部の長であるとは到底思えない。

 それこそ毎日満員電車に揺られ、冤罪を恐れて吊革を一生懸命掴む中年サラリーマンと言われた方がしっくりくるだろう。

 しかし、高校生のアキラにだって、目の前の男がただ人が良いだけの大人では無い事は何となく感じていた。


 能力者は人間ではない。いや、正確に言うと人権が保障されていない。

 日本国憲法が保証する様々な権利を剥奪され、自由を制限され、そして監視をされている能力者達。

 彼等は定期的にそれ専門の精神感応テレパスによって頭を覗かれるという屈辱が待っている。


 ともすれば社会に害を及ぼし得る危険な存在として、反社会的思想や言動をしていないかとプライバシーを暴かれ、それに従わなければ国家という巨大な獣の牙が、容赦なく人質である家族や友人に襲い掛かる。

 そこらのコンビニで売っているエロ本を手に取る事すら罪悪感に苛まれる、善良極まりないアキラも例外ではなかった。


 そんな恐怖と屈辱を隣り合わせに、ほの昏い歪な鬱屈を胸に抱えて必死に足掻く能力者達を束ね、指揮する人物がタダの中間管理職などである筈が無い。優しいだけで務まるような生易しい職務ではないのだ。


 あの自由人である静流ですら、普段はにこやかに微笑むだけの、この一般人に逆らわないのだ。

 唯一、この支部長を支部長として扱わないのは、今こうして彼の横に楚々と控えているメイドの天田ルルくらいである。

 

「まあ、落ち着いたらブリーフィングをしよう。皆にも概要は知っていてもらわないと困るからね。詳しい話はその時にしよう」 


 すると自動人形オートマタのように微動だにせず、安斎の斜め後ろに控えていた天田ルルがおもむろに口を開く。


「坊ちゃま。アキラ様が不安になっておいでです。社会の先達として曖昧な返答は差し控えるべきです」

「ぼ、坊ちゃまはやめなさいと言っているだろうルル! 若い子のまえで恥をかかせないでくれたまえ!」


 いつも泰然と構えている安斎がワタワタと焦る様子にアキラは軽く噴き出した。誰にだって頭の上がらない存在はいるものだが、安斎にとっては彼女がそうなのだろう。

 いつもの二人のやりとりに安心感を覚えながら、アキラは一人苦笑した。









――――――――――――――――――――――――――










 事務所の3階にあるブリーフィングルームは、自由人たちが自由に過ごす1階の雰囲気とはまるで異なる。

 照明は少なく、数台の解析モニターと投写式キーボート、そして、実用化してから間もない投写式3Dディスプレイが薄緑色にぼんやりと光っている。


 アキラはこのブリーフィングルームに来るたび、休日の父の楽しそうな顔を思い出す。

 第三次アニメ世代だというアキラの父の休日の楽しみは、リビングで昼間から酒を片手にアニメ鑑賞をすることだった。

 本人が特に気に入った作品を見る時などは、アキラも強制参加させられたりしたのだが、その時に見た近未来アニメの作戦会議室とこのブリーフィングルームのイメージが驚くほど近かった。

 そしてそれ以外にも、現代日本の風景は過去のSF作品と驚くほど似通ったパーツで溢れている。

 

 クリエイターの想像力とは凄いものだいうのは父の弁だが、世間では人間は過去の創造物に引っ張られる形で技術を具現化する、という分析もなされており、どちらが真実に近しいのかはアキラにはわからない。

 軽く見渡して見ただけで、素人であるアキラには用途がわからない機械が犇めいていた。

 

 そんなメカニック垂涎物の部屋の中、支部長、静流、楓、天田、アキラ、アリスの6人が、家庭用テーブル位の大きさの3Dディスプレイボードを囲んでいた。

 10歳にも満たない女の子であるアリスがシレッと参加しているのは、彼女がアキラの服の裾を掴んで離さなかったからだ。そしてそのまま神妙な面持ちで投影されるニュースを見ているのは、周りの大人の真似をしているだけだ。

 ここにいる全員がそれを知っているから咎める者もまたいない。アキラが手をつないでいる限り大人しくしてくれているので問題もなかった。


「ではブリーフィングを始める。まずはニュースを見てくれ」


 静流が開始を宣言すると、ディスプレイの上、数十cmくらいのところに立体映像が浮かび上がる。



『昨日未明、蛭田川河川敷で、散歩に訪れていた市内在住無職の男性から「人が倒れている」と110番があり。駆けつけた救急隊員が、川岸に倒れている男性を発見。男性は間もなく死亡が確認されました。男性の上半身には火傷のような傷が複数あり、警視庁は殺人事件の疑いがあるとみて捜査を開始しています』



 現場の映像と共にそんなナレーションが流れた後、スタジオのキャスターが眉間に皺を寄せて、日替わりのコメンテーターにコメントを求めていた。


―――犯罪はその時の社会の世相を反映すると言われておりまして

―――移民政策で市民に溜まった負の感情が


 そんな論拠も何もない実に曖昧であやふやな自説を、さも深刻そうに語っている。

 この手のコメンテーターは誰もが知っている簡単な事象を、難しい言葉と難解な表現で語るのが仕事だ。

 専門外のことを振られ、的外れな答えを返してしまったとしてもそれっぽく聞こえる一つの技術であることを考えれば致し方ない部分もあるのだろう。


 その日のコメンテーターも犯罪学とは何の関係も無い経済学者で、散々、経済学的視点と称した謎理論でその殺人事件を分析し、最終的に首都に張り巡らされたMTSNマルチタスクセキュリティーネットワーク、通称『ビッグアイ』に犯人は捕捉され逮捕されるだろうという、都民なら誰もが思う当たり前の結論を語った


「ニュース、ですよね……?」

「ニュースでしたね」

「ニュースでございますね坊ちゃま」

「坊ちゃまと言うのはやめたまえっ!」

「ふんがー!」


 各々が自由に喋る中、ニュース番組は次のコーナーへと進み、満面の笑みを浮かべた女性レポーターが、名取動物園にラッコの赤ちゃんが生まれたことを告げ、お母さんに抱っこされる子ラッコをアップにしたところで、唐突に映像が終わった。


「ラッコ、ですよね……?」

「ラッコでしたね」

「ラッコでございましたね坊ちゃま」

「ルル! 君は何度言ったらわか―――」

「らっこーっ!!!」


 ブリーフィングのはずが、普通にニュース番組を干渉するだけで終わってしまった。アキラが首を傾げながら言う。


「静流さん、今のは……はっ!  も、もしかして殺人事件がフェイントで、ラッコが本命ですかっ!?」


 静流が、お前は一体何を言っているんだ的な表情で冷たく告げる。


「殺人事件の方に決まってるだろう」

「じゃ、じゃあなんでラッコを……?」

「可愛いかったからだ。ちなみに名前は『ラッキー』で決まったそうだ」


 どうしようもないものを見る目で静流を見つめるアキラ。

 何故か得意げにドヤ顔の静流。

 嬉しそうに貝を割るラッコの真似をする金髪幼女。

 いつもの光景だった。

 すると、いいかげん話がそれる事にウンザリしたのか、ルルに軽くいなされていた安斎がため息をついてから全員に向き直る。


「話が進まないようだから私が話そう。ナントカ大学のナントカ先生が、ビッグアイで犯人が補足されると豪語した事件、このニュースは2週間前のものだ。犯人の足取りすらつかめていない。手がかりすら無いそうだ」

「えっ! 足取りがつかめないのはわかりますけど、ビッグアイが何の痕跡も拾えてないんですかっ!?」


 アキラの声も自然と大きくなる。荒事に慣れた楓ですら驚きを隠せない様子だ。

 当然である。

 ビッグアイは首都近郊、主要な幹線だけではなく、人が出入りする店、住居、信号機、その他社会インフラを構成する主要構造物に設置された監視カメラやマイク。それに加え各企業の防犯ツールや、消防の探知機、その他異常の端緒を捕える機器全てとデータを共有して、巨大な都市を監視する巨大なシステムだ。


 もちろん死角は多分に在る。現実的に全てを監視するなど不可能だ。

 一般家庭の風呂やトイレを監視するわけにもいかないし、山間部の枯れ木に機器を括りつけるわけにもいかない。そして予算の都合というものある。

 

 それでも、素人が町中を監視するシステムに引っかからずに殺人という重大犯罪を犯すのは非常に難しいと言わざるを得ない。人が社会で生きる上で、どうしても生きる痕跡というのは残ってしまうものだからだ。

 市民は『安全』という何にも替え難い重要なファクターを得るため。プライバシーや権利を犠牲にすることを選んだのだから生半可なものである筈が無かった。

 しかし、安斎は二人の動揺など気にも留めず、更に驚愕の事実を告げる。


「実は、これが初めてではなくてね。さっきの事件で2件目。そして昨日、同様の手口で殺された遺体が発見された。やはり手がかりは掴めていない」

「うそ…… そんな……」


 戦前に比べ、日本の治安は飛躍的に悪化した。

 半島南北朝鮮の武力衝突、中国の分裂と内戦。結果として急増する不法移民。

 戦前より懸念されていた、某国工作員の一斉蜂起と地下活動によって膨れ上がった非合法組織とテロ組織。

 

 年に一度はどこかでテロが起き、その度に強化外骨格FSフルメタルスキン擁する公安管轄の特殊武装治安維持警官隊、通称「特警」が乗り出し、人を殺すには過剰過ぎる量の鉛玉をばら撒く。

 そんな光景が当たり前になってしまった。 


 しかし、そんな危険な情勢とは裏腹に、一般市民による犯罪は圧倒的に減少しているのだ。

 理由は単純明快。割りに会わないからだ。

 刃物を振り回したり、せいぜいが小口径の銃を撃って見たりという、大した武力も無い一般犯罪者など、普段、自動小銃や爆破テロを想定して訓練している警察組織にとってはそこらの酔っ払いと大差がない。

 また、犯罪者にも権利を! などと殊勝な事を唱える人権意識は、犯罪者に同情してしまうほど低い。

 権利に傾きすぎた人々の意識が、東京に核を落とし、九州南部が占領されるという屈辱を招いた事を誰もが忘れてはいない。


 それがわかってるからこそ、犯罪などとハイリスク・ローリターンな愚行に及ぶものは多くない。突発的犯行や、頭が良いつもりの馬鹿がはしゃいでしまうくらいである。

 なのにこの事件の犯人は3件もの重大犯罪に手を染め、そしてまだ大手を振って街を闊歩しているのだという。

 

 一般市民なアキラが驚かない方が無理だ。

 だが、異常な事件と言えども、それだけで能力者集団であるメビウスに招集がかかるはずが無かった。通常犯罪は組織力、武力、共に警察機構の方が、比べるのも馬鹿らしくなるほど優れているからだ。

 そしてそれを理解した上で安斎は、この事件の確信を告げたのだ。


「被害者は全員、能力者でね」






ーーーーーーー






―――被害者は全員、能力者でね


 車の心地よい振動に身を任せながらも、先程の安斎の言葉がグルグル回って頭から離れない。

 一人目の被害者は29歳の女性だったのだという。

 最近登録されたばかりのレベル2の分類不能アンボーダーで、犯罪歴も無く、ごく普通に社会生活を営むその女性は、鉄棒のようなもので上半身を無残にも焼かれた半裸の姿で、郊外の雑木林で発見された。

 二人目はレベル1の精神感応テレパスで、心療内科に努めるベテラン事務員の男性だった。

 勤務態度は良好で、突然の無断欠勤に不審に思った上司が同居の家族に連絡、仕事に出て行ったきり戻らない事に不安を覚えた家族が捜索願を提出してから1週間後、遺体は川岸に流れ着いた。遺体の上半身には何か所もの火傷の後が見受けられたという。

 

 そして昨日発見された3人目。やはり無数の火傷の跡。これは偶然なのだろうか。 

 いや、有り得ない。

 アキラは無意識的に首を横に振る。

 能力者の数は想像しているよりずっと多いが、それでも現在登録されている能力者は800名に満たないのだ。


 それなのに磐城近郊で同様の手口の犯行が3件続き、それら全ての被害者が能力者でした、などという偶然を鵜呑みにするほどアキラの頭はお花畑ではない。そして、当然の如く安斎も静流も同様の見解を口にした。

 だが、そこでいくつかの疑念が浮かび上がる。



 なぜ犯人は能力者を知っているのか。

 そして、なぜ能力者ばかりを狙うのか。であった。

 


「アキラ」


 

 能力者の存在は秘匿されている。

 社会秩序を乱さないためだ。

 戦前の人権・友愛・譲歩。それらの優しい価値観が推し進めた背景無き平和主義が招いた、先の戦争での爪痕は深く、そして今も人々の心に残り続けている。

 結果、反省と呼ぶには極端すぎる程、逆に傾いてしまった天秤が齎したのは、脅威を排除することを肯定する過激な風潮だった。


 そんな中、得体の知れない能力を使う人間がいると知った人々の歪んだ恐怖は、容赦なく能力者達に牙を向くだろう。だからこそ能力者達の存在は非公開とされ、国家に守られる一方で、行き過ぎた監視の下、ひっそりと生きる事を強要されているのだ。


「アキラ、聞こえているか?」


 だから、そんな能力者達の存在を知る事が出来る人間は限られていた。

 もちろん職務上であったり、家族で会ったり、必然的に知り得た者もいる。しかしそれは本当にごく僅かな人間でしかない。

 何かの拍子に知ってしまった者は、能力開発機構アマデウス精神感応テレパスで組織された記憶操作の専門チームが事に当たる体制が敷かれているほどだ。

 全国で数百人しかいない能力者の存在を知り、殺害し、現代科学捜査網を潜り抜ける、そんな人物像に心当たりなどある筈も無い。アキラには想像も出来なかった。 


「アキラっ!」

「は、はいぃっ!」

「何をボーっとしている!」

「すみませんっ!」


 いつの間にか目的地に着いたようだった。

 アキラは静流と共に第三の被害者、武田裕太郎の身辺の聞き込みに都内の高層マンションに向かっていたのだ。

 慌てて車を降り、小走りで静流を追いかけるアキラ。

 目の前には目的の32階建て高層マンションが悠然と聳え立っている。なんの遠慮も無く敷地内にズカズカ踏み込んでいく静流の、剥き出しの肩に目を細めながらアキラが口を開く。

  

「静流さん、被害者の家にも行くんですか?」

「それは警察の仕事だ。だいたい家宅捜査の真っ最中に私達が行ったところで中に大人しく中に入れてもらえないだろう?」

「まあ、そうですよねえ……」


 どこか諦める様な口調にアキラが軽く肩を竦める。

 警察、特には捜査関係者たちはメビウスに良い感情を抱いていない。その理由は教えられたわけではないアキラにも想像がついた。

 私軍法人メビウスは戦後、世界最大規模のコングロマリットである丸菱と公安の肝入りで設立された新興の第3セクターで、その歴史は浅い。

 それなのに、一定の独立した警察権を有し、時には現場にも介入してくる新参者の存在が、遥か昔より市民の安全を守り続けてきた警察にとって面白いはずが無い。『お前らはすっこんでろ!』 これが彼等の偽らざる本音だし、理解出来ないでもないところが静流にとっても辛いところだ。

 しかし、メビウスも遊びで来ているわけではないのだ。

  

「情報が欲しい。直接的なモノじゃなくていい。雰囲気とか、生前の言動とか、そういう曖昧な『何か』でいい。いつも通り『上』は情報を下ろしてくれないだろうし、足を動かすしかない。私のの足しになってくれれば御の字だ」


 静流は数少ない能力者の中でも極めて珍しい、未来予知テイカーである。

 レベルは1と、非常に低いもので、本人曰く「異常に勘が鋭い程度」なのだが、迫撃における彼女のその『勘』は凶悪以外の言葉は無い。

 彼女は、攻撃される前・ ・ ・ ・ ・ ・に避ける。狙撃すら躱すと豪語する彼女は、以前、アキラがメビウスに入るきっかけとなった事件で、見事にそれを証明して見せた。

 味方である楓の狙撃範囲キルゾーンに足を踏み入れ、友軍の狙撃を躱しながら敵に迫撃を仕掛けるのだ。驚きを通り越して呆れすら覚える。


「『勘』、ですか。相変わらずアバウトだなあ……」

「そんなに褒められても、こ、困るな……」

「いや褒めてないです」 


 静流が『ひょっとこ』みたいに口を尖らせながら、マンション入り口、セキュリティーカーテンのコードリーダーに端末を当てる。ほどなく、ピッ という機械音と共に、リーダーが青く点滅した。物理防壁まで備わったマンションは都内でも珍しい。

 パッと見ただけでもガラス越しに豪奢なエントランスフロアが目に入った。最低でも数十万の家賃がかかる高級マンションだ。

 そんな事を考えながらカーテンを潜り、自動ドアをまたぐと、静流が幾分上目づかいでアキラを振り返る


「……褒めて、ないのか……?」

「しつこいです」

「ぶー」

 

 ときおり見せるこの『あざとさ』が無自覚だから性質が悪いのだ。

 あと、部屋の中をスポーツブラとパンツ一丁で歩き回るのもやめてほしい。


「ようやく僕が呼ばれた理由がわかりましたよ」

「まあ、ご察しのとおりだ。他の面子はまあ……アレだ」


 大所帯の関西にある第2支部、そして九州にある第4支部に比べて、首都磐城に居を構えるメビウス第3支部は小規模だ。これは磐城には他に2か所、事務所が置かれているのと、本社がある第1支部がメインで第3、第7支部がサブ的位置に置かれているという理由もある。


 アキラ達が所属する第3支部は、今日集まったメンバーの他に4人の面子がいる。

 1人はアキラと同じ学校に通い、精神感応テレパスレベル5災害級である御門。そしてもう一人は、何と言うか一言で言うとチャラい武士だ。

 後の二人をアキラは見たことが無い。聞くところによると、1人は常に出張で、もう1人は引き籠りらしい。もう訳が分からない。


 楓は戦闘以外だと、お腹痛くなったり神の声が聞こえたり組織の陰謀で右腕が疼いたりする。

 そもそも、ナースやら姫騎士やら猫耳やら、今日は巫女だったか。

 そんなガチンコレイヤー不審者が聞き込みなど出来るはずが無い。

 アリスは全く以てのお子様だし、それに今は丁度お昼寝の時間で寝ているだろうし、そもそも電子戦の覇者である【電脳妖精】を外に出しても得は無かった。


 必然的に、第3支部で聞き込みが出来る人材は静流とアキラだけになってしまうのだ。

 静流だけでも事足りるといえばそうなのだが、聞き込みの場合、実は二人のほうが相手に安心感を与えるという心理学的うんたらもあって、結局いつも二人である。


「聞き込みは、気持ちが沈むからな、お前がいると落ち着くんだ。そしてやっぱりお前の作ったカレーが食べたい」

「そんなこったろうと思いましたよ……」


 要するに静流のストレス解消要員なのだ。

 本当に情報だけを欲するならば、御門を連れてこれば一発だが、相手が目撃者で無い以上、強烈に心身を摩耗するサイコダイブを行わせるわけにもいかない。

 己の役割に思わず溜息を吐くアキラだが、時給1200円という高校生にしたら破格の高給である。お金をもらう以上は一生懸命、役割を全うするだけだ。


「さあ、まずは…… アレ、そうアレだな……っ」

「何にも考えてなかったでしょう……?」


 ジト目のアキラ。焦ったようにわたわたと手を振る静流。


「ち、ちがっ 違うっ! ちょっとカレーの事を考えていただけだ! 本当だっ!」


 それが本当でも大概だ。

 どうせ今日作ってもらったカレーで次の日はうどんを作ろうとか、そんな事を考えていたに違いない。


「ま、まあそうだな。このマンションは2階にフィットネスクラブが在るらしい。そこに行こう」

「まさか泳ぎたいとか、言い出さないですよね……?」

「アキラ! 私の事を何だと思っているんだ! こんな高級マンションで近所付き合いなどある筈がない! ならば館内の共通施設が一番、話を聞ける可能性が高い! だからフィットネスクラブで聞き込みだっ! 生意気ばっかり言ってると帰ったらメシ抜きだからなっ!」

「……ご飯つくるの僕ですんで」


 そうして、ションボリ項垂れる静流を引っ張って、アキラは2階のフィットネス倶楽部に行くためエレベーターに乗り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る