第19話 決戦5

 ――コツッ コツッ コツッ


 おろしたての皮靴の小気味良い音が石の森に静かに響く。アカツキは寝静まった商業区を優雅に歩いていた。

 途中何台もの警察車両とすれ違った。おそらく先ほどまで居た現場に向かっているのだろう。

 相変わらず胡散臭い笑みを顔に張り付けたままアカツキは歩く。

 アカツキは夜の街を歩くのが好きだった。磨いた靴でアスファルトを軽快に踏みならし大手を振って闊歩する感覚が好きだった。急ぎで無い限りテレポートなんてもったいない。

『そもそもテレポートは固有の能力じゃないデスし、面倒くさいデス。』これがいつもの彼の弁だ。


 それはそうだ、まず遠視術式で転移予定先が固形物質かどうか確認して、転移予定先の周囲の状態を確認する。それから転移術式で座標を固定して、転移先座標の空間と自身を入れ替えるのか、それとも座標点から大気を押しのけるのかを選択して、集中してから転移する。

 どれか一つでも横着したら大事だ。コンクリートで圧死なんてしたくないし、体内に羽虫が埋まるなんて滑稽過ぎて泣けてくる。視認外の地点への転移なんて面倒極まりないのだ。


 それにしても……

 今日は疲れた。

 闇の姫まで相手にするなんて、報酬に見合わないにも程がある。

 女王とはいえ殺すのは簡単だった。背後に転移してナイフで刺してもいいし、隙を見計らって、そこらに転がってる破片の一つを脳に転送するだけで事足りる。

 しかしインターフェイス候補はむやみに殺せない。殺せない限り攻撃は来る、そしてそれが一撃必殺な上に回避不能ときたらもう逃げるしかない。

 確かに4人のうち、戦闘と呼べるものになりそうなのは藤枝1人だけだった。

 しかし、闇の姫含む3人を殺さず、巻き込まず、無力化させ、復活しないよう気を配りつつ藤枝を殺す。

 出来るかも知れないが難しいには違いなかった。


 やっぱり逃げたのは正解でしたネ。アノ様子だと皆サンさっさと解散スルでしょうし

 というか、そもそもそれが目的ではない。最近うるさい連中の調査報告を、ただ受け取りに行っただけなのだ。

 しかも正直言うと、般若と化した女王を見て、不覚にも少しチビってしまった。

 パ、パンツは消耗品デス! と、何とか自分を鼓舞してみる。


「フーンフーンフフフーン」


 誤魔化す様に鼻歌を歌いながらアカツキは歩く。


 しかしこのセカイの人間もエグイこと考えますネ

 

〝科学技術で力の発現が無理ならば、発現出来る者を端末として利用すればいい〟


 子供でも出来る単純な発想だが、あながち的は外れてない。演算処理を機械で補完すれば十分兵器たり得る。

 どっちの世界も偉い人の考える事はあまり変わらないらしい。アカツキは失笑する。

 結局どちらにしても自分には関係ないし、共通の利益があるなら協力するだけだ。

 そしてその意味では、収穫はあった。


 アノ少年もしかしたら……

 予知能力者の手足の二,三本はヘシ折っておこうと追撃させた机を撃ち落としたあの力。

 彼は、自分がずっと探し続けていた能力者かも知れない。おそらく9割方はいつも通りハズレだろう。でももしかしたら……。

 彼の周囲は彼をサイキックと評するだろう。本人すらそう認識するに違いない。


 しかし、アレは……

 薄い笑みに抑えきれない狂気が浮かんだ。仮面の口角が醜く歪む。


「さ~て、オモシロくなって参りました!」


 今夜は熱燗デス!

 アカツキが歩を速めた。






 陽光煌めき、暖かく爽やかな風そよぐ麗らかな午後。

 どこまでも広がる草原の上、三人は歩いていた。


―――言わなきゃ……!


 アキラが足を止めた。


「アキラ、どうした?」

「……アキラ君、どうしました?」


 静流と御門も足を止め聞いてくる。

 こんな陽気なのに静流は相変わらずの男物のスーツでキメていた。

 御門は清潔感のある白いワンピースに麦わら帽子。明るい春の日差しが透ける様な肌を眩く照らす。


「僕は…… わかったんです」

 

 二人が微笑みながら優しく相槌を打つ。暖かい風がアキラの頬を撫でた。


「二人を見て、あの子を見てそのお母さんを見て、僕は守りたいと思ったんです」


 アキラは俯き、揺れる草花を目で追いながら言葉を繋ぐ。


「家族を悲しませるくらいなら、こんな力欲しくなかったけど……、何で僕なんだって思ったけど、考えてみれば強盗事件の時にもう答えが目の前にあったんだと思うんです。力を持ったからこそ出来ることがあるんじゃないかって、こんな僕でも……理不尽に傷つけられる人を助られるんじゃないかって」


 今、アキラが日常に戻ったところで、理不尽な暴力は無辜の人々を襲い続ける。次の犠牲者は自分の家族かもしれない。目の前の人を傷つけるかもしれない。

 アキラは、それを見て見ぬふりすることが出来なかった。真直ぐ過ぎるアキラの心が、横目で見ながら通り過ぎる事を許さなかった。

 出来ないのは悪ではないのだ。しかし出来るのにやらないのは悪だ。

 だったら一人でも多くの人を守りたい。捻りも何もない単純な答えをアキラは選択する。


「だから……!」


 アキラが、ガバッと顔を上げた。

 しかしアキラは困惑する。先ほどまで目の前にいた二人の姿がそこに無かったのだ。


―――えっ、どこに……?


視線を巡らせ二人を見つけた時、静流と御門はもうずっと遠くを歩いていた。


「待っ……!」


アキラが追いかける。必死に走る。


「待って!」


走りながら必死に叫ぶ。


「静流さん! 御門さん!」


 いくら叫んでも振り向かない、いくら走っても追い付けない。

 アキラは、突如得体も知れない恐怖に襲われ歯を打ち鳴らす。止めども無くあふれた涙が風圧で後方へと流れてゆく。


―――そんな…… そんなッ……!

 

 決めたんだ! 

 正義とか悪とかはわからないけど、自分の信じたことをやろうって。

 全部なんて無理だけど、せめて目の前の人を守るって。そう決めたんだ!

 だから待って

 置いて行かないで

 お願い、だから……


「行がないでェッ―――!」






「――っ!」


 アキラは跳ね起きた。

 直後、アキラの全身に痛みが走る。


「痛っ!」


 視界が極端に狭まっている。少しでも体を動かすと体のどこかに鈍痛が走る。所々が熱を持ち腫れあがっているのがわかる。しかし骨は折れていないようだ。


 夢、だった……? ここは……?

 アキラは痛みをこらえて首を動かし視線を巡らせる。

 白い壁、白い天井。見たことのない部屋、自分以外に誰もいない。

 右腕には点滴の針が刺さり、消毒液の臭いが鼻についた。

 どうやら病院のようだ。


 どうなった……

 記憶が少し混乱していた。

 アキラはここまでの出来事を反芻するように思い浮かべる。次の瞬間


「あ……あ……」


 何の前触れもなく喉から声が漏れた。

 それは、アキラが曖昧な記憶を探り当てたのと、どちらが早かったのか分からない。

 蘇った記憶がそうさせたのか、体が覚えていた真実がそうさせたのか分からない。


「あ……あ…………あぁ、ああああぁぁああァアアアアア―――っ!」


 アキラは絶叫した。

 病室のドアが勢いよく開けられ「どうしました!?」と看護士が駆け寄ってくる。

 アキラは狂ったように叫び続けた。


―――負け、た……


 押さえつけてくる看護士を突き飛ばす。

 点滴の針を毟り取る。

 看護士が他のスタッフを呼びつけた。


―――僕が……二人を……殺したッ……!


 駆けつけた三人の看護士が力ずくでアキラを抑えつけようとする。


「ああああああああ―――ッ!」


 アキラは半狂乱で暴れ続けた。

 看護士を振り払い、振りまわした腕が点滴の台に当たり倒れる。

 看護士が何かを指示し、一人が部屋を駈け出していく。


――僕が殺した僕が殺した僕が殺した僕が殺した僕が殺した僕が殺した僕が殺した僕が殺した僕が殺した僕が殺した僕が殺した僕が殺した僕が殺した僕が殺した僕が殺した僕が殺した僕が殺した僕が殺した僕が殺した僕が――ッ!


「殺……した……」


 アキラは全身の力が抜けていくのを感じた。涙が滝のように溢れ出る。

 医師が注射器のようなものを持って現れた時、既にアキラは微動だにせず、ただ虚ろな目をあらぬ方向へ向けていた。


「殺して、下さい……」


 自然と喉からこぼれ出た。死なせてくれと懇願した。

 医師、看護士が顔を見合わせ、なにか気まずそうに目を伏せる。

 そんな時だった。


「アキラ、どうした!?」


 騒ぎを聞き付けたのだろうか、イチゴ柄のパジャマ姿でその人は現れた。

 肩に届くぐらいの髪、強気に跳ね上がった眉、獣のようにギラつく吊目の美人。

 アキラは知っている。きっと、この人は普段こんなパジャマを着ないはずだ。

 だからアキラは必死に願う。


「しずっ、うっ……うぅぅ……」


 夢なら覚めないでくれ!

 もう僕を置いて行かないと、嘘ではないと誰か言ってくれ!

 もう、大丈夫だと……誰か……ッ!

 その時、アキラの願いは確かに届く。


「もう大丈夫だ、よくやったな。」


 その人は優しく微笑んでそう言った。

 限界だ、そう思った。

 もう耐えられない。僕は無敵のヒーローでもなんでもない。だから……


「う……うぁあぁああああああああああ~~!」


 静流は愛しい我が子にそうするように、アキラの頭を優しく抱いた




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