第16話 決戦
藤枝はPCの画面を食い入るように見つめていた。
入り口側、廊下として利用するため透明なプラスチックのパーテーションが並んでいる以外にフロアを仕切る壁は無い。奥行き二十m、入り口から右に四十m程もある横長の無人のフロアは、街灯りと誘導灯の光で、ある程度見通しが利くがやはり薄暗い。PC画面の青白い光がフロア中央に立つ藤枝をぼんやりと浮かび上がらせている。
空物件なのに、ビジネスデスクやチェアーがきちんと設置されているところを見ると、基本設備ごと貸すタイプの居抜き物件らしい。おかげで目立つことなく機を待てた。
藤枝はふと瞼を閉じる。
四日前、その名を見た時は全身に震えが走った。
木村の執務室でチップを入手したあと、襲ってきた刺客を路地裏まで引っ張り込んできっちり殺し、その足で駆けこんだのは馴染の解析屋だった。
個人使用目的だったらしいそのチップには大したガードもかかってなかった代わりに大した情報も入って無かった。
依頼して五分後には見せて貰えたから解析屋の「単価高ぇなオイ!」とのお言葉は厭味ではなくお礼だったのだろう。
チップの中身は『I計画』の情報も無ければ構成員の情報も無く、ただ、木村が覗いた人間についての大量の報告書と、その合間に木村が管轄する範囲での直近の予定等がチラホラ記されているだけの代物だった。
ガセを掴まされたのか、若しくは元々情報共有しないタイプの組織なのか。後者だとしたら厄介だと思った。掴む尻尾が無い。
藤枝にとって、現在誰が何をやっているかなどはどうでもいい。ただ八年前、自分をハメた連中が誰なのかが知りたいのだ。
だから、解析屋に払った無駄金分をどうやって回収しようか考え始めた時、とあるファイルの中、藤枝はその名前を見つけた。
――アカツキ
それは藤枝の全てを奪った男の名だった。
地獄まで追いかけてでも殺すべき男の名であった。
その殺すべき男の名が出てくるファイルの内容は、木村が、とある調査会社に依頼した調査結果をアカツキが直接取りに行くというもの。
藤枝は狂喜した。
神出鬼没の化け物が、特定の場所に特定の時間帯に現れる。その情報は藤枝にとって決定的なものだった。
遠距離から、気付かれない場所から能力による必殺の狙撃、銃器による狙撃の訓練を受けていない藤枝にとって、方法はこれしかない。
もう今更死などは恐れない。しかし、あの化け物に正面から突っ込むというのはただの自殺だ。八年前殺されなかったのだって、普通の警察が乗り込んできたからに過ぎない。
自殺するために生き延びたわけではないのだ。まだまだ復讐は続く。
藤枝はゆっくりと瞼を開けた。
やっと……
とうとうこの日がやってきた。
目の前のPCにはアカツキの姿が映されていた。
八年前から、あまりに変わっていないアカツキに、藤枝は少し驚く。
そしてアカツキは、やはりあの時と全く変わらず寒々しい笑みを貼り付けた顔で、初老の男に何やら話かけていた。
ざわり、と藤枝の内奥が疼く。どす黒い炎が背骨をチラチラ舐めるのがわかる。
殺せ! 殺せ! と渦巻く激情に今にも呑み込まれそうだ。
落ち着け…… 落ち着け……
藤枝は、何とか暗い衝動に抗い、深く息を吐いた。
そうだ、焦ったら当たらない。最初の1発を外したらおそらく次は無い。逃げられるか殺されるかどちらかだ。
冷や汗がシャツに染みを作る。
高さは一六.二mで確定している。あとはフロアを貫く四本の柱を基準に座標を整えるだけだ。『断裂』が大きすぎると察知される。小さいと確実性が落ちる。だからギリギリの所を狙い澄まさなければならない。
藤枝は、何度となく繰り返してきたイメージトレーニングを再度行い、アカツキを切断するイメージが出来たところで、座標の特定を始める。
その時
アカツキが、何やら大仰なジェスチャーをしながらフロアを歩き、窓側の柱に背を預けた。
これなら横軸の推測もいらない、ただその柱の真上に断裂を走らせるだけで確実に仕止められる。
今しかない!
藤枝が狙いを引き絞り『断裂』を放つ、その瞬間
背中に殺気が突き刺さる。
「――っ!」
――ドン ドン ドン ドンッ
火薬の弾ける重低音がフロアに響き渡った。
クソッ! しくじった!
机の影に隠れながら藤枝は毒づく。
殺気を感じた瞬間、背後に『断裂』を展開させたおかげでなんとか負傷はしなかったが狙いが外れたッ! アカツキ当たっていない!
藤枝の心臓が、焦りで早鐘を打ち始める。。
背後からの銃撃、四発目のマズルフラッシュは何とか確認出来た。フロア入り口近くからパーテーション越しに撃たれた。そのあたりから「空間操作能力だと!?」という女の驚愕する声が聞こえる。
俺の能力を、知らない……?
敵勢力でも公安でもない、下請の連中か!?
とにかくそんなことよりも、ここを離れないとマズイ。アカツキはおそらく降りてくる。視認されたらもう逃げられない。
しかし、女の細腕で、おそらく大口径であろう銃を4発速射、しかも一五m程度の距離で全弾命中の精度。相当な手練れ、しかもまず間違いなく能力者だ。簡単に突破できない。
どうする……っ!
考えている暇は無かった。
藤枝は盾として『断裂』を展開すると同時に、机の影から飛び出す。
瞬間、容赦なく弾丸が飛来し『断裂』に吸い込まれた。銃が効かなくて向こうが戸惑っている今しかチャンスは無い。すぐさま藤枝は怒鳴った。
「悪魔が来る! 逃げろ! 殺されるぞ!」
一瞬の沈黙
薄明かりの下、入口側の柱の陰から、真直ぐこちらを向いた銃口が鈍く光っている。
若い女と、その陰に隠れておずおずとこちらを覗う少年、二人とも防弾スーツにプロテクターのようなジャケットを装備していた。
やはり私軍の連中だ
「お前らは『敵』じゃない! 危害は加えない、だから早く退避しろ!」
女は答えない。藤枝が続ける。
「俺の能力はわかるだろう! 新人さんを連れて首突っ込む事――――」
「ファイア」
「――ッ!」
背中にいきなり氷をぶち込まれた様な感覚、恐怖で肌がアワ立つ。
間に合えッ!
――ピシッ
伏せながら反射的に『断裂』を右後頭部に展開。と同時に初弾が飛来し運良く防御に成功する。下げる頭に合わせて次弾が飛来、『断裂』効果範囲ギリギリに飛び込んだ。
藤枝は即座に頭部の移動射線上へ二枚目の『断裂』を展開。直後「ターン」という二発目の発砲音に引き連れられて三発目の弾丸が襲来、飛翔音と共に効果範囲外の頭上をかすめて、「ゴスッ」と机上に捻じりこむ様な穴を穿った。
衝撃波が左の鼓膜を直撃し軽く脳を揺さぶる。そしてすぐに右耳が三発目の発砲音を捉えた。
藤枝が手を床に着けた時には全てが終わっていた。
そしてようやく窓ガラスの細かい破片がパラパラと降ってくる。
狙撃だ
近い! そして速い!
発砲音、着弾音の誤差が〇.五秒も無い。
おそらく三〇〇m離れていない。もしかしたら二〇〇mもないかも知れない。
広範囲に『断裂』を展開する余裕も無かった。それに二発目の発砲音と三発目の着弾がほぼ同時ということは……
一秒強で三発だと! ふざけるなっ! 自動小銃じゃねえんだぞ!
くそっ! 今のは危なかった。一発目から頭を狙ってこなければやられていた。
無意識にまず頭をガードしたが、狙撃の初弾についてセオリー通りにガードすべきはハートブレイクだ。ヘッドショットは二発目以降……といってもまともに二枚貼る余裕すらなった。助かったのは単なる運だ。
冷や汗が噴き出た。
相手の腕と自信に助けられたな……
しかし状況は最悪だった。
背後からは狙撃手、正面には私軍の兵士。上からは最強クラスの化け物。
最悪過ぎて笑ってしまいそうだ。
攻撃するしかないか……
柱の陰にはもう少年しかいない。藤枝は狙撃を意識しながら、背を丸めて机の陰を走り女の位置を確認。即座に『断裂』を叩きこむ。
切り裂かれた机や椅子が音を立てて崩れた。
しかし、今度は藤枝が驚く番だった。
よけられた、だと……?
藤枝は更に数発の『断裂』を奔らせるが、事前にそこに攻撃が来ることを知っていたかのような動きで女は全てを回避する。少年を気遣う様子さえ見て取れる。
目視不能の座標指定攻撃をかわすだと……!
間違いない。あの女は攻撃が来る前に避け始めている。攻撃が来ることを知っている。
藤枝は舌打ちする。
クソッ! このタイミングで遇うのか! 未来予知の能力者に……!
迫撃戦において、訓練された未来予知能力者の力は強烈だ。
特に全方位攻撃手段を持たず、座標を指定して攻撃するタイプの能力者にとっては悪夢でしかない。
自分などはまだマシだ。直接的な防御法を持たない能力者だと、あっという間に接敵されて殲滅される。
といっても、このままではジリ貧だった。弾数に制限がある向こう側より、消耗戦は有利なはずだが、どう考えても時間切れの方が早く来る。
選択肢は二つ、床を切り裂いて逃走するか、全方位に『断裂』を展開維持しながら、出口まで駆けるか。
床を切るのは得策ではない。切断したところで床が抜けるとは限らない、摩擦力を上回る重量の計算など出来ない。なにより、奴に追いかけて下さいとお願いするようなものだ。だとしたら……
『断裂』を全方位展開し、座標を自分の逃走経路・速度に合わせ移動させながら逃走する。
集中力が持つか……
しかし時間がない。やるしかない。藤枝は決断し、即座に『断裂』を展開、立ち上がる。
瞬間、花火のようにマズルフラッシュが明滅し、冗談みたいに窓ガラスにピシピシと穴が空く。大丈夫だ、ガードは出来てる。藤枝は自身に言い聞かせた。
そして出口に走りだそうとしたその時
背筋に強烈な悪寒が走り立ちすくむ。
藤枝の背後、窓際からその声は聞こえた。
「コンバンワ、今夜はにぎやかデスネ」
冷や汗が一筋頬を伝う。いつの間にか銃声は止んでいた。
八年前から少しも上達した様子の無い日本語が藤枝の恐怖を煽る。
オイルの切れた機械のように、ぎこちなく振りかえった先にその男はいた。
あの時と変わらず胡散臭い薄い笑みを顔面に張り付け、相手に不安を与える笑顔でその男は立っていた。
「かわそうデスが時間切れデス」
戦場に魔人が降臨する。
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