第11話 決意

――二〇年前までこの辺は全部田んぼだったんだよ


 昔から住んでいる人達は、よくそう言った。

 そんなこと言われても戦争を知らない世代の人間としてはよくわからないんだよなあ。

 アキラは、後方へ流れゆくビル群を窓越しに眺めながらそう思った。


 人口約九五〇万人 新都磐城

 日本人なら誰でも知っている日本の首都だ。

 二〇年前、東京に核が落ちた年、当初は暫定的な首都移転の予定だったらしい。

 その頃は、半島も大陸もいつどうなるか分からないほどキナ臭く、また核を落とされてはたまらん、と移転候補に手を上げる地方自治体はほとんど無かった。

 

 そんな中、海沿いで、平野部の開発が容易ないわき市が名乗りを上げ、一も二も無く決まってしまった。外資を招いての開発の勢いは凄まじく、その経済効果もとんでもなかったらしい。戦後、大きな技術革新もなく、緩やかに技術が進歩していった時代に、日本が核を落とされてもなお大きな経済的成長を遂げられたのは、新都の存在が非常に大きい。

 当初の予定では五年後にもう一回考えましょうか、ということだったのだが、五年後、米国に無血統治されたため、うやむやになってしまった。今ではもう移転云々を言いだす人もいない。これは中学二年の近代史でも習うくらいの常識的な知識だ。


 アキラはそんな新都の景色を眺めながら嘆息する。静流に会ってから五日がたっていた。



 廃校での出来事の後、僕は家まで送ってもらうだけの予定だったが、急遽、静流が僕の両親と面談することになった。

 普通は、能力について肉親にも秘密にしなければならないらしいのだが、TIで夏目家の身分情報を照会した静流が僕の両親にも告知することを決めたのだ。静流は少し悲しそうな顔をしていた。

 家に帰った僕を待っていたのは、「おかえり」や「心配したのよ?」という暖かい言葉ではなく、玄関で仁王立ちした妹の「誰その女?」という敵意に満ち満ちた台詞だった。


 静流は両親と二言三言挨拶を交わした後、無言でデータパネルを提示した。

 父は項垂れ、母は嗚咽を漏らした。静流が気まずそうに目を伏せて、妹が乱暴にお茶を出した。

 どうやら、両親は能力者の存在を知る側の人間だったらしい。

 静流が帰ると、母親が肩を震わせながら「ごめんなさい……」と言った。

 僕は理由も無く謝ってくる両親にいたたまれなくなり、「迷惑をかけないように頑張るから」とだけ言って自分の部屋に戻った。

 そして部屋のベッドに腰かけて待っていた妹が、開口一番「そこに正座しなさい」と床を指した。「ここ僕の部屋なんですけど……」と言ったら「今は有事です」と言われた。


 妹の中では、何があったとかそういうのは興味が無いらしく、「あの女は誰?」ただ一点について僕は二時間余りに渡って説明させられた。正座で。

そして妹は最終的に「あの女は殺す」という結論に達したらしい。すぐさまTIでどこかに指示を飛ばしていた。この子の交友関係は一体どうなっているのだろうか。

 最後に妹は「誠意を見せなさい」と言った。全く納得いかないので「じゃあパンツあげるよ」と適当に言ったら、妹は本当にパンツを持って自分の部屋へ帰って行った。なんという変態さんだ。なんかもうコイツ頭おかしい。


 とにかく、打ちひしがれた両親を見て、落ち着くまで能力者について追求するのはやめようと思い今日まで普通に過ごした。

 そして今日、一週間に一度という面談をしに、男物のスーツを纏った静流がやってきて「我々の仕事を知って欲しい」と僕を強引に連れ出した。

 その仕事の現場に行くため、現在僕たちは煙草の匂いが染みついた車で都心部にある「セントラルホテル磐城」に向かっている。



 助手席に座るアキラが再度嘆息した。


「不機嫌そうな顔をしているな」

「不機嫌では無いですよ、多少落ち込んではいますけど…… 何よりちょっと気まずいというか……」


 これは本心だ。この前は、非の無い彼女を酷い言葉で罵ってしまったのだ。

 静流がアキラの心情を察したのか優しく微笑んだ。


「君は優しいな」

「……」


 車が赤信号で停車する。

 アキラも顔を赤くしながら疑問に思っていたことを口に出した。


「今日はなぜ僕を連れていくんですか?」


 静流は「ごまかしてもしょうがないか……」と呟き、助手席に座るアキラを真直ぐ見て言った。


「単刀直入に言おう、君をスカウトしに来た」

「えぇっ!」

「取り繕ってもしょうがない、だから今日は一番汚いところを君に見せに来たんだ」

「そんな……」

「君は、憲法で保障される職業選択の自由が制限されている。しかしこれは職種の強要ではなく、就けない職種があるという権利の消極的制限だ。だからこの話に関しては拒否することが出来る。君の自由だ。しかし、だからこそ真面目に考慮して欲しい」


 信号が青になり、車はスムーズに加速を始める。

 アキラは驚きに言葉も出ない。あれだけ辛辣に批判した仕事について、まさかスカウトに来るとは思わなかったのだ。だからそれを素直に口にした。


「だって、僕あれだけ崇岬さんの仕事を批判して……今だって正直その気持ちに変わりないですよ、どうして僕なんですか?」


 アキラの当然ともいえる返答に、静流は少し顔を曇らせる。そして「『静流』でいい、煙草吸っていいかな?」と無造作に煙草を取り出し、首肯するアキラに静かに語り出す。


「この前、君の言ったことは間違いなく正しい、君が露わにした怒りが正常なんだ、わかるかな……?」

「よく、わからないです……」

「つまり、人それぞれだし事情や何かもあるから、全てという訳にはいかないが……    私から仕事の話を聞いて、喜んで手伝いたいなんて言う奴と一緒に仕事はしたくないんだ。私に向かって唾を吐きそうなほど嫌悪を見せる人間くらいが丁度いい」


 アキラは、静流の静かな語り口調とその内容に、彼女が自らを責め続けているのだと気付く。そしてそんな彼女を醜く責め立てた自分に再度腹が立った。

 静流が紫煙をくゆらせ語り続ける。


「君が、こんな仕事を手伝いたくないと思っているのはわかっているし、その気持ちはむしろ無くして欲しくないと思う訳だが、それでも正面から一度考えてみて欲しいと思ってね」


 静流は寂しげな視線をアキラに向けた。

 目的地まではもうすぐだ。


「でも、逆に喜んで手伝いたいなんて人いるんですか? 僕には考えられないですケド……」

「手伝いたいとか、かなり興味を示す能力者の方が圧倒的に多い。これは本当だ」

「えっ!? そうなんですか?」


 アキラは一般的な高校生として至極真っ当な疑問を投げたつもりが、予想に反する静流の返答に戸惑いを隠せない。

 静流は目を細め遠くを見るようにして話し続ける。


「大抵の人間は、大きな力、他の人が持っていない力を手に入れると、それを使いたがる。使う場所を求める。選民思想に目覚める者まで出てくる始末だ。社会っていうのは普通の人間を基準にして作られている、だから異常な力で何かしようと思うと、大抵は最終的に犯罪に行きつく。悲しいが能力者の犯罪は君が思っているよりずっと多いんだ……」


 目的のホテルが見えてきた。

 静流が話を打ち切るかのようにフッと笑い、「他に質問は?」と聞いた。

 アキラは、ここで「ありません」と答えるのがカッコイイんだろうなぁと苦笑しつつ、素直に質問した。


「でも僕、普通校の高校生ですよ? 戦術科でもないから戦闘訓練とかも受けてないし、それに僕の能力って大したことないんじゃ……?」

「まあ詳しいことは、追々教えるとして、実は能力の大小はあんまり関係ないんだ。そもそもが隠密行動だから、大きい力は使えない場面の方が多いし小さい力の使い方が重要だったりするんだよ」


 静流は、ホテルの駐車場に向けハンドルを切りながら、「例えば……」と続ける。


「私なんかは、レベル1くらいの未来予知の能力者だ。異常に勘が鋭いという程度の力しかない。でもこれが意外に戦闘との相性がよくてね。攻撃力は武器で補える。ちなみに私は狙撃をかわせるぞ?」


 ニヤっと犬歯を剥きだしにして静流が笑った。

 静流は車を止め、ボーイに身分証を提示し車の鍵を渡すと、歩きながらアキラを見て口を開く。


「それに隠密前提の戦闘において、サイキックの真骨頂は武器を併用した迫撃だよ。遠距離攻撃なんてオマケみたいなもんだ。そう考えたら、むしろレベルなんて君が丁度いいぐらいだ。あとは訓練次第だな……。じゃあ行くか、ロビーで御門と合流だ」


 早足でホテルのロビーに行くと、既に御門が待っていた。

 明るいところで見ると、そのひどく完璧な美貌は、完全な無表情と相まって威圧感すら放っている。遠巻きに声をかけたそうにチラチラと視線を送る男性陣が結構目についた。

 尻込みするアキラを横目に、静流は気にする様子も無く御門に声をかけると、予約してあったらしい談話室に二人を案内した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る