第5話 夏目アキラ 2028~2029年 ④
人質一団を挟んだ向こう側で、リーダーがのたうち回る青年の髪を掴み、こめかみに銃を当て、「殺してやる」と言っている。見張りの男は喚き散らしながら青年を蹴りつける。青年は涙と鼻水を撒き散らし必死に命乞いをしている。
「クソッ! マズイことになったな、動くしかないか……」
騒動から目を離さず女性が呟く。
騒動から目を逸らしてアキラが震える。
何を…… 何をやっているんだ!
こういう時に使うためにこの力はあるんじゃないのか!
困った人を助けられると! そういう冒険が待っていると! それで心躍らせたんじゃないのか!
アキラが屈辱に身を震わせ、涙を滲ませた時
再度、乾いた音と、少し遅れて絶叫がフロアに響き渡る。
その瞬間、アキラの中に何かが奔る。
魔法使いになったのに何も出来ず、ただ震えているだけの自分に対する嫌悪感と、半ば盲目的な正義感が激情となってアキラの体を駆け巡る。
譲れないことがあった。
常に暖かい愛情に包まれ育ってきたアキラは、目の前の人が理不尽に傷つくことに我慢が出来なかった。
何も出来ないからではない。何もしない自分が許せないのだ。
だからアキラは右手を突き出して叫んだ。
「来いっ!」
次の瞬間、リーダーが握っていた拳銃が、弾かれたように吹っ飛んでくる。右手に収まった銃の重さにアキラは一瞬恐怖した。
この後の事を考えてなかったので、若干パニックになりつつも飛び出そうとしたアキラの肩を、さっきの女性が掴み檄を飛ばす。
「よくやった! 君はカウンターを!」
女性は飛び出しながら懐から銃を取り出し、引き金を無造作に四回引いた。
リーダーと見張りの男の、それぞれ右手と左足から血が溢れ、男たちは悲鳴と共に身をよじる様にして床に倒れ込む。
アキラは完全に混乱していたが、女性に従い、カウンターのもう一人に銃を向け「動くな!」と言うところまで何とか出来た。手も足もガクガク震えて、内臓が冷えて行くのがわかる。しかしこの後どうしていいのかがわからない。
撃って当たるとも思えないし、ちゃんと弾が出るかどうかもわからない。そもそも自分には撃てない。だからカウンターで札束を詰めていた男が「ひいぃぃ、撃たないでぇ……!」と投降姿勢でうつ伏せになったのは、運が良かったとしか言いようがない。
未だうつ伏せになっている男に銃を向け、ガタガタ震えているアキラに近付いてきた女性が、アキラの銃を掴みながら優しい声で囁く。
「もう大丈夫だ、よくやったな」
周りを見ると強盗犯達は、何人もの行員と客に圧し掛かられ制圧されていた。
青年は両腿の付け根を縛られ、痛みと安堵を顔に浮かべている。
アキラは、合わない焦点を必死で女性に合わせ、涙で歪む視界にその顔を捉えた瞬間、助かったことを理解する。
アキラはその場で気絶した。
□□□□□□
フロアのベンチで目を覚ましたアキラに待っていたのは、客の賛辞や女性行員の黄色い声ではなく、事情聴取を求める捜査員の野太い声だった。気を失っていたのは少しの間だけだったらしく、大勢の捜査員が慌ただしく動いている。他の客も事情聴取を受けたりしていた。
「君は銃を扱えるのか? 何らかの訓練は?」
「い、いえ、初めて触りました。訓練とかは特にその……」
「ではどうやって銃を奪い取ったんだ?」
「いや、あの、夢中で……」
責めるような語調で続けられる質問にアキラは少し凹む。
魔法でと言ったところで笑ってもらえる雰囲気ではなかった。見せたところで犯人扱いされそうな勢いだ。
僕、頑張ったのに……
もうちょっと優しくしてくれてもいいじゃないかと項垂れていると、さっき助けてくれた女性が来て聴取中にも関わらず声をかけてきた。
「私の名前は崇岬静流。君の名前は? 君はどこに所属して――」
「誰だお前は、事情聴取中だ。邪魔するな!」
捜査員は声を荒げて静流を睨みつける。
静流は怯んだ様子も無く懐から身分証を取り出し捜査員に提示して
「これは我々の管轄だ、彼の身柄は我々が預かる」
TIにより私的な身分証明が出来る現代で、別の身分証を所持しているということは、公務員かそれに準ずる役務に就く者だ。公然と銃を所持していたあたり、公職につく人間だと想像はしていたが、やはりそうだったらしい。
でも「管轄」とはなんだろう……
身柄を預かられるようなことをした覚えもない。清く正しく生きてきたつもりだ。
納得いかないアキラであったが、それ以上に納得がいかないのは目の前の捜査員だったらしい。
「下請風情が出しゃばるんじゃないッ!」
突然の捜査員の怒号に、他の捜査員が一斉にこちらを向く。
それでも気にした様子の無い静流は、吊目を獣のようにギラつかせながら傲然と言い放つ。
「別に上に掛け合っても構わんが?」
その一言だけで勝負はついたようだった。公務員の力関係はよくわからないが、捜査員が悔しそうに顔を歪める。静流は再度アキラに向き直ると口を開いた。
「ここでは何だ、こっちに来てくれ」
釈然としないが、悪いことをしていないのに責めるような事情徴収もまっぴらだ。
アキラは素直に従うことにした。何より助けてもらったことについてちゃんとお礼も言いたい。男達の舌打ちの嵐の中を颯爽と歩いてゆく静流をアキラは無言で追いかける。
「私の名前はわかったな、君の名前は?」
トイレの近く、捜査員がいない所まで移動して静流は言った。
「夏目アキラです。あ、あのっ、さっきは本当にありがとうございましたッ!」
垂直になるまで腰を曲げてお礼を述べるアキラに、静流は面白そうに眼を細める。
「それはいいんだ、仕事でもある。それより君…… 夏目君はどこに所属している? まさか無認可の組織ではないだろうな?」
――所属? 無認可? 組織……?
「あの、いわき第8高校ですケド……」
「……」
「あ、あのっ、進学校ではないですが一応公立ですし、無認可ということは無いと思うんですケド……」
………………。
…………。
……。
「ふざけているのか?」
「えっ!?」
自分より背が低い女性の怒気にアキラは身を竦ませる。はたから見ても自分より小さい肉食獣に怯えている草食動物にしか見えないだろう。
アキラがどうしていいかわからず、しどろもどろしていると、静流はびっくりしたように言った。
「本当にわからないのか…… まさか未登録者か?」
「未登録……? いや、ちゃんと学校には行って――」
「それはもういい」
アキラを遮ってピシャリと言い放った静流は、何やら難しい顔をして、少し考えるような素振りを見せた後
「わかった、とりあえず今日はここまでだ。家まで送ろう」
と、言ってアキラの手首を掴んだ。とても友好的とは言い難いその力加減からは有無を言わせない雰囲気が漂ってくる。
逆らっても怖そうだし、疲れたから送ってもらおうかな……
押しに弱い自分の性格を嘆きながら、アキラは半ば引きずられる様に付いて行った。
静流は、振り返りもせず足早に歩きながら、器用に片手でTIを操作して電話をしている、誰かに指示を飛ばしているようだ。
外はすっかり曇って、冷たい雨が降り始めている。
その雨にも負けず、報道陣が餌を待つ雛のように騒いでいた。
静流はアキラを引っ張りながら、特に気にした様子も無く外に足を踏み出した。
虫のように群がってくる報道陣を蹴散らし、追いすがってくるリポーターを睨み落とし、近くの駐車場に止めてある黒いワゴンタイプの車の後部ドアを開けて、何やらキョロキョロすると
「おやすみなさい」と言った。
アキラは、えっ? と思う間もなく香水のようなものを顔に吹きつけられ、何か最近似たようなことがあったような……、と場違いなことを考えながら気絶した。
本日二度目の気絶であった。
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