第93話 第6章3 マグル村の会談



―――――――ロズ丘陵の大森林、マグル村付近。



 多くの荷物を運搬する者達が、森の外に向けて列を成して移動している。


「このまま直行を?」

 一行の先頭付近を歩く一団の中、偽村長がベギィに確認のお伺いを立てる。彼ら、森の部族は今まさにマグル村と接触せんとしてここまで来ていた。


 長らく外部との交流を自ら限定してきた側としては、マグル村あちらが歓迎してくれるかは不安であり、元からの部族の者達は特に深く懸念を抱いている。


「先に何人かでおもむき話をつける。いきなり多人数で押しかければ警戒される」

 ベギィはそんな事も分らないのかといった風に極端的にしか答えず、すぐ進行方向へと視線を戻す。その態度には、手下どもへの期待のなさがありありと表れていた。



 鬱蒼とした森の中、ギリギリ分かる程度に形成されている獣道をチマチマと歩いて行くは非常にうっとおしかったが、今回は村の者やシャルールを連れている。

 彼らともども高速飛行でマグル村までひとっ飛びしても良いのだが、それでは目立ちすぎるし、ベギィとしてもあまり自分の力を多くの者に見せるはよろしくないと自制した。


 その結果が、遅々とした徒歩によるこの移動であった。



「(森の中を選ぶというのは失敗か。何かと不便や面倒が多すぎる…くそっ)」

 隠れること、隠せること、秘密裏に事が運びやすいこと。


 そういった観点では、このロズ丘陵の大森林は “ 彼ら ” には大変都合が良かったが、利便性と居住環境が(ベギィにとって)あまりに致命的。しばらく森の部族の村に滞在したベギィは、身をもってそう痛感していた。

 特に食事の貧相さと、雑多な虫や汚れなど大自然の現実には我慢ならない。


「(仮にこのまま拠点整備を行うならば開拓と開発は必須。…短期で成果を上げられるはずの段取りがなぜこうも狂うのだっ)」

 そもそも森の部族の村を懐柔したのも、そのまま拠点として転用でき、さほどの時間を置かずして当初の予定を果たせると踏んだがゆえだ。


 しかし魔界での活動しか行ってこなかったベギィは、地上世界が魔界とはまるで勝手が違うという事にあまりにも考え至っていなかった。


 ――見所ある者は少なく、己に従って動く忠実な人材コマの不足。

 ――魔界では当たり前の便利な技術や道具の数々はまったくもってして不在。

 ――みすぼらしい掘っ立て小屋を居住としても不満を抱かぬ現地人の未開性。


 地上世界の現実は、悪い意味でベギィの想像を超えていた。





「(このままで大丈夫なのか?)」

「(うん、へーきへーき。たぶん上手く行くと思うから)」

 ワー・ドゥローン雄蜂獣人のスティンは不安そうにシャルールを見る。護衛役として指名された事で久しぶりに接触が可能になったのは良いが、相変わらず二人に出来る事は少なかった。


 だが、この機会をフイにするわけにはいかない。


 スティンとしては出来る限り状況を好転させる方向へと持っていきたいところだが、マグル村接触に秘められたベギィの企みの全容がいまだハッキリとせず、せいぜいこうしてシャルールと密かに言葉を交わすのが精一杯。


 彼女は彼女で、何やら我に秘策ありといった様子だが、この状況では長々と話し込むと怪しまれるのでじっくりと聞き出すわけにもいかない。


「(どのような状況に転じようとも、しかと動けるようにしておかなければ…)」

 考えられるだけ考える。

 様々な事態の想定。その中には、自身が死ぬケースすら何通りも含め、彼は自分の複眼の如く、より多くのパターンをストイックに頭の中でシミュレーションを繰り返す。


 ―――――可能性はいくらでもある。


 最悪から最高まで、そのパターンは無限大だ。スティンに出来る事は現実に僅かでもより良いパターンを実現する事、あるいはその成功を支えること。


 森の部族でも特に優れた戦士。

 だがそんな誇りが通じる相手ではない。スティンは自分の非力を嘆くように槍を持つ手に力を込めた。



「(まずは最初が肝心かな…村のみんなが危ない事にならなきゃいいんだけど)」

 シャルールとしても、事は穏便に済むに越したことはないとは思っている。

 …が、このベギィという男の考え次第では、そう小さくない確率でドンパチが起こりかねないため、どうしても緊張してしまう。


 そもそも今回、ベギィがマグル村に乗り出す事にしたのは、ハッキリと明言こそしなかったもののあの配下のバードマンが帰ってこなかったのがキッカケだろう。


 マグル村で何があったのか?

 あるいは命に従わずに、もうやってられないと逃げた可能性もある。


 いずれにせよ、ベギィの命であの男がマグル村に向かった事そのものは間違いないと、シャルールとスティンは確信していた。


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 森全体がいささか明るくなる。かなり浅いところ…森林の外が近い証拠だ。そこで一行はその歩みを止めた。


「よし、まずは……そうだな、村長と御付きの貴様。私に彼女と…そこのお前。まずはこの5人で村へと向かう。他の者は待機していろ。ただし、いつでも動けるようにはしておけ」

 最近のベギィは、粗暴で上からな言葉遣いと態度が目立つ。あるいはそれが彼の素なのかもしれないが、言われる側としてはあまり気のいいものではない。

 元からの森の部族の者は当然ながら、手下であるはずの偽村長たちですら、かすかに眉間にシワを寄せる反応ことが多くなった。


「(よし、同行できるのは大きい。……そっちも慎重にな)」

 振り返り、知己の者にだけ視線で意を交わし、頷いてみせるスティン。


 ワー・ドゥローン雄蜂獣人の複眼は、視線がどこを向いているのか分かりづらいため、昔からの仲間にのみ密かにアイコンタクトを取れる。こういう時は非常に便利だ。

 実際、彼が振り返った視界内には新参の村人ベギィの配下も混ざっていたが、彼らはスティンが振り返った意図にまるで気付いていなかった。




「では行くぞ、村長と御付きの者が先頭に立て。その後ろから我らが付いてゆく…貴様は最後尾の守りだ」

「…はっ」

 偽村長と偽従者、そしてベギィとシャルール、最後尾にスティン。


 隊列は偽村長の歩く速度に合わせ、ゆっくりと森を出ていく。そこはかつてザードが暴れた場所だ。木々がなぎ倒されて大きく開いており、見通しがよく、まだ森の中ながら遠目にマグル村が確認できた。



「あれがマグル村とやらだな。やれやれ、やっと到着か」

 ベギィのぼやきに誰も言葉を返さない。スティンは気取られないよう後ろから観察しながら隙あらば…とも思いかけ、しかし腕の力を抜いた。


「(好機と思いたいが……この距離と位置関係にも関わらず、一撃で仕留められる気がしない…)」

 隙だらけ、のように見えて隙がない。

 僅かに抱きかけた殺意は、周囲を警戒する素振りで誤魔化し、やはり慎重を期するべきだと己に言い聞かせ、抑える。


 スティンにそんな迷いが生じている間にも、彼らはマグル村の入り口へと到着した。









「なるほど…本格的に交流を再開したい、と」

 マグル村に到着した一行を出迎えたのは、少し痩せ細った風体の獣人系の村人だった。

 村は兼ねてよりの食糧難を乗り切るため、皆で食糧を切り詰めながらなんとか凌いでいる。痩せ細っているのはそれゆえだろう。

 ベギィにとってそんな男の風貌は、付け込むための隙があると確信させる判断材料だった。


「えぇ、そちらもお困り事は多々ございましょう。ゆえに今こそ助け合うべきではと思い、我々もこうして参った次第で…」

 森の部族側は、偽村長が代表として主な会話を担っている。

 皆が真剣に両者の話に聞き入っている中で、シャルールとマグル村側の応対者のみがしたり顔を内に押し殺しながらこらえ、意図して真面目な表情を作る努力を、人知れず行っていた。


 森の部族側は、それっぽくは対応しているものの会話を交わす目の前の者がこのマグル村の代表者でもなんでもない、ただのイチ村民でしかないという事実を、誰も知らない。

 ベギィでさえもそれに気づけはしないだろう。


 そしてマグル村の住人であるシャルールだからこそ、アイコンタクトのみで疎通し、互いに合わせる・・・・ことができた。彼ら・・をたばかる状況が整えられていく。


「ですが森の部族とは長らく交流が細り、こちらとしてもあなた方の事を良くは存じておりません。急に交流を…と申されましても、このような状況ですので不安に思う者も多くおりますれば…」

 難色を示してくるであろう事はベギィも想定していた。だからこそ彼は、シャルールを伴ってきた…彼女に仲介役を期待しての事だ。


 そのためには一つだけ問題がある。森の部族の村で彼女が受けた非礼と暴行の数々についてどう伝えるかだ。

 シャルールに口止めは不可能だし、事実として行われてしまったことを誤魔化せば、後々の不審はより強まってしまって具合が悪い。


 しかも元をただせば彼女は、マグル村の使者として訪ねてきたのが最初だ。それに対して酷い仕打ちをした以上、普通なら完全に断交もの…もしくは衝突、そして争いに発展しても不思議ではない。



「それに…ウチからはこのシャルールがまずそちらへと、森での食料採取の御願いのために参ったはず。そのお話がどうなったのか…今まで一切の連絡なく、彼女の身を皆が案じてました。まずその辺りの事を聞かせいただきたいと思うのですが?」

 問われた偽村長がギクリと軽く身を震わせたのを、スティンもシャルールも見逃さない。


「えー、その…ことに関しては…」

「それについてこちらより重大なお話があります。ですが、そのためにこの村へと、先だって使いを出したのですがその者、いまだ帰ってはこず…。まずそのような者が来なかったか、こちらよりお尋ねしても…?」

 歯切れの悪い偽村長を差し置いてベギィが問う。やや強めの口調で有無を言わさないような態度は、普通に考えれば下手に出るべきこの状況では大きなミスだろう。


 だが彼自身はその事に気付いていない。兼ねてより募っているイライラが、抑えのきかないところにまで達し、繕う事がままならなくなりつつあった。




「それっぽいのは確かに来たぜ。多分アイツ・・・の事だろーなぁ」

 床が僅かに揺れる。

 部屋の中に現れたのは、大柄でいかついリザードマン――――ザードだった。


「ほう…それはそれは。それで、その者は今いずこに?」

 突然の乱入者、しかも立ったまましている自分を見下ろして話しかけるというその無礼に顔をしかめるベギィ。

 しかし欲しい情報を握っていそうだからか、いかにもな笑顔を作ってからザードに向き直っていた。


「…村で悪さを働いたんでね、とっちめて然るべきところ・・・・・・・に引き渡し済みだ。もう村にはいねーが…あんな奴が使者、ねぇ?」

 ザードの視線が来客に対するものから、咎め、怪しむものへと変わる。ベギィは気づかれぬよう舌打つが、ザードは微かな頬の動きでそれも見抜いていた。

 そして確信する。


「(へっ、なるほどねぇ、コイツがメインか。…さて、どうでるよ?)」

 ザードとしては、シャルールが無事に帰ってきた事にすぐさま飛び上がって喜びたい気分だが、黒幕みずからお出ましとあればそうもいかない。

 まるで戦場に立つつもりで慎重に、そして意識を研ぎ澄ましながらベギィの言葉を待った。


「…その者、どのような風体をしていましたか?」

「バードマンだな。酒好きらしくてよ、こんなご時世だってのに村の酒を盗みに入ってるところを見つけてな、とっちめてやったってぇワケだが……そうそう、アンタと同じようなローブ・・・・・・・・を身につけてたっけかなぁ、そういえば」

 ザードは言葉を紡ぎ出していきながら、警戒の色を目に見えて濃くしていき、場の空気に重みをもたせてゆく。

 両腕を組んで戸口に背中を預け、リラックスした姿勢を取ってはいるが、ベギィの返す言葉次第では拳なり足蹴りなりを容赦なくぶっ放す腹づもりでいた。


「(腕と太ももの筋肉が素人目には分からないほど微かに収縮している。トカゲ風情が……この場での戦闘も辞さんつもりか)」

 森の部族の村よりはマシとはいえ、この家もそう広く頑丈なものではない。おっぱじめれば、確実に家は崩壊する。

 たとえこの場にいる全員を巻き込もうと構わないかのような気構え―――――それはそのまま、それだけベギィのことを怪しい、あるいは危険だと判断していると言い換えられる。


「(クッ、あの馬鹿鳥め…これだから嫌になる。役立たずどころか我が足を引っ張りおって!)」

 ハッキリ言ってしまえば、目の前の巨躯のリザードマンなど敵ではない。

 だからと言ってここでもめ事を起こせば、仮にこのマグル村や関係した者全てを抹消したとしても、確実に領主に怪しまれ、追われる事になるのは必至。


 それはベギィの任を考えた時、非常にマズイ。秘密裏に地上に拠点を立てなくてはいけないというのに己の行動を今よりもっと大幅に制限し、見つからない事を優先せねばならなくなり、計画の進行はさらに遅延してしまう。


 なのでここでベギィが取るべき選択肢は衝突を避けるただ一択だった。


「…バードマンでしたらそれはこちらが送った使者ではないですね。それにこのローブは一つのみですので、同じものはないはずですが…使者に立てた者も着用してはいなかったはずですよ」

 そう言い結ぶと、ベギィは偽村長の方を見た。


「ええ、そうですとも。しかしそうしますと、こちらの使者は今どこでどうしているのか…はて」

 無言で同調を求められ、合わせるように言葉を紡ぐ。ベギィとしては上出来だと心の奥底でほくそ笑むが、彼らは知らない。

 バードマンが酔わされて既に口を割り、知りうる限りを喋ってしまい、マグル村の住人達の誰もが知るところとなっている事を。



「(素知らぬ別人とすっトボけて誤魔化そうってか? まぁ少なくともここでやり合う気はねぇと…)」

 隠している情報を掴んでいる以上、この場での優位性はザード達にある。


 加えて先ほど、領主ミミの部下であるワーウルフエイセンがこのマグル村に到着し、ザードはそれを迎えに出ていたところから戻ったばかりだ。領主の命で別地ホルヘテ村おもむいているフルナの後任だが、到着のタイミングが実に素晴らしかった。


「(連中はまだ知らねぇ。場合によっちゃすぐにでも領主の嬢ちゃんに伝え走ってもらえるからな。俄然、こっちのが有利…なんだがよ)」

 先ほどから臨戦態勢を解く事が出来ない。


 ザードの直感が、このローブの男はヤバいと告げているのだ。


 この家の外ではジロウマルが待機している。念のため、戦えそうな村人達にも周囲に配置し、何気ない風を装ってもらいながらもそれとなく囲ませている。

 普通なら……そう普通ならば完璧な布陣。決して逃がさないし、被害が出ようとも取っちめて抑えられる状況。


 なのにこれっぽっちも上手くいく気がしない。


 それは、ローブの男が桁違いの力を隠している事を、ザードの本能が感じ取っているからに他ならなかった。


「ともあれ…、こちらからの使者が訪ねていない・・・・・・というのであれば、事前に何ら話もなかったわけですから、皆さんが不安に思うのも無理からぬこと。いかかでしょう? 本日のところは互いの交流を深めるべく、食事会でも催すというのは? 諸々もろもろの難しいお話は後にした方がはかどるのでは?」

「悪くはありませんが、現在この村にそのような催しに割く余分な食糧はあいにくと…」

 村人は言い淀むように答える。

 だがベギィは、ローブの下でニッコリと笑みを作った。


「ご安心を。食材であれば粗末なものですが、森の恵みを運んできております。いきなり大勢で押しかけるのも悪いかと思い、森の入り口付近にて待機させておりますので、ご許可さえいただければすぐにでも村の中まで運ばせましょう。いかがですか?」

 もはや偽村長を差し置いてどんどん話を進めるベギィ。表面上は余裕ありげながら、内心では己が立てた計画の遅れや失敗の数々に対する憤りが焦りへと変わり始めていた。


 ザード達にとって一番幸運だったのは、完全に冷静な状態の “ 彼ら ” との接触でなかった事だ。未熟なベギィが相手でなかったらこうはなっていなかっただろう。


「……ふーむ、そいつぁ有難いね。村から食い物を出さなくていいってんなら、その申し出、受けさせてもらうのも悪かぁねぇと思うが、どうよ?」

 ザードに促され、村人やシャルールも頷く。

 その瞬間、ベギィの口の端がニコニコ笑顔にあるまじき吊り上がりを見せたのを、ザードは視界の端に捉えて見逃さなかった。


「(毒入り…ってぇチンケな企みじゃあなさそうだな。とにかくコイツが本命なのは違いねぇ。――――ま、とりあえずは…情報だな)」

 話がまとまる方向へと進んでいく中、ザードは同席者の中にある知己に向けて片目だけ視線を向ける。

 複眼の相手もまた、ザードに向けてその多数の目の中の一つから視線を発し、彼の意図を組んで交錯こうさくさせた。



 ・

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 食事会は、村の広場にテーブルを設置し、森の部族が運んで来た食材のみで調理されたものが並べられた。


「渡りに舟、結果的には良し…っていいたいんだけどなぁ」

「ああ、アイツらだろう? ザードの言っていた…」

 村人達はほどほどに食事を取りつつ、ベギィ達とはそれとなく距離を置いていた。

 何人かが情報収集も兼ねて常に話しかけてはいるものの、食料を供与してくれた客人たちに対しての群がりようとしては人気が乏しい。


「(いい、奥様? 子供達から目を離してはダメよ?)」

「(分かってますとも奥様。お互いに気をつけていましょう)」

 女性達も素直にがっついている子供らの近くで見守りながら警戒を強めている。


 交流会とは名ばかり。

 村人達の警戒心はベギィの想定よりも強かった。



「(食い物で心を掴むは容易ではないか。他の村ではこれで上手くいったものだが…)」

 慢心し、地上世界の民草を下に見ていたが故のつまずきだと、己を省みることをしないベギィ。


 上手く事が運ばないためにいら立ちばかりが募ってしまう。だが彼としてはまだ計画の半分も成せていない以上、ここで慎重さを欠いてしまうわけにもいかず、内に募る感情をぐっと抑えながら、下賤な村人たちとの談笑をこなしていた。





「お前が同行していてくれて助かったぜスティン。おかげで色々と分かったのはデカい」

「ズドゥ・スァ・ドゥーンこそ、この村に居てくれて助かった。今回はかなり不安が大きかったのでな、心強い」

 話の内容に関係なく、ザードは時折機嫌よく笑って見せ、スティンも他愛のない事を話している風を装う。もちろんベギィ達 “ 余所者 ” 連中に気取られることなく情報を交換し、共有するためだ。


「よしてくれよ、ザードでいいっつってんだろ。それにそう呼んでくれねーと前々から知ってた相手だっつーのがバレちまうぜ」

「そうか、ならばそう呼ぶことにしよう。今はじめて名を聞いた…というワケだ」

「そうそう、そういう・・・・こった。…しっかし、まさか森の中でンな事になってたとはな。シャルールさんが無事に戻ってきてくれたのは良かったが…」

 そう言って、ザードはチラりとシャルールの方を見る。


 一番人だかりが出来ているのは彼女の周囲だ。無事に帰ってきた彼女を心配していた人間は多い。

 村人たちがその身を案じていた以上、さすがのベギィも彼女の口から色々語られぬように人との接触を制限する事は出来なかった。


 もっとも彼女もあれこれ喋る気配はなく、今のところはベギィ達の彼女に対する警戒は見られない。



「シャルールさんは言わねぇンだろうな。…暴行されてたなんてことはよ」

 ミシ…と、筋肉同士がひしめき合って互いに押し合う音が鳴る。


 平穏な表情を浮かべているも、スティンより全てを聞き及んだザードの、そのゴツい四肢は、怒りで密かに筋肉膨張パンプアップしていた。



「落ち着け。こちらも怒りを堪えている、今は耐えろ」

「ああ、わかってる…わかってるさ…」

 自分に言い聞かせ、腹の底から息を抜く。同時にザードの四肢は、ゆっくりと元に戻っていった。



「野郎ども、タダじゃあおかねぇ…が、今はどーにも出来ねぇな」

「もどかしいがな」

 話を聞く限りではあのヨボヨボした偽村長ですら、その正体はザードでも手に負えるかどうかわからない悪魔族だと言うのだから厄介極まりない。真正面からのぶつかり合いでは問題が解決できない事を、ザードも理解している。


「それでザードよ、聞きたい事がある。魔界なりにこの事を連絡し、戦力を引き出す事はできないものか?」

「ああん? 戦力だぁ?? ……ああ、連中のような輩をとっ掴まえる部署を動かせないかってことね。正直そいつぁ難しいな。あの程度・・・・じゃあ本土のそういう所は動いちゃくれねぇ。それによ」

「それに?」

「基本、その地のもめ事は治める領主に一任されているもんなんだ。そーゆーところを動かそうとするってーだけで、領主は無能っつー事にされちまう…いや、そういう方向に持っていきたがる連中もいるっていう厄介な話だ」

 ザードの言葉を聞いて、一番望みがあると思っていた方法は不可能だと解するスティン。その面持ちは一気に暗く沈む。


「むう…それはつまり、この問題は我らのみで解決しなければならないと?」

「そうってーわけでもない。領主の嬢ちゃんに話通せば何かしら手ぇ打ってくれる…つーか、既に動いてくれてはいるんだがな。…実際使いのモンが村に来てるしよ」

 巨躯のリザードマンが身を少しかがめ、最後だけ声を潜める。

 即座にその意味を理解したスティンは、大笑いするような仕草を取った。周囲には他愛もない冗談を言われた風に見せるための演技だ。


「…その者と、話はかなうのか?」

「直は無理だろ。アイツらがまだ知らないたぁいえ、後々そうだと分かったらスティン、お前さんが危険にさらされるぜ」

 領主の使い。スティンとしてはぜひとも直訴とも言える話を付けたい相手だが、今はまだ、連中にはそこらの村人との区別もついていなければ、そういう人物が訪れている事も知らない。


 しかし、そんな人物と接触していたと後からでも知られてしまうえば、スティンに対する視線は一気に厳しくなる。


「さっき聞かせてもらった話でおおよそは分かった。俺から伝えとく…つーか、俺も実は領主の嬢ちゃんとは面識あるからよ。何だったら直で伝える事もできるが、できる限り伝える情報は多くて詳しいに越したことはねぇ」

「ふむ…先に聞かせたものではまだ足りぬ、と?」

「いや、こっちで手に入れた情報モンと合わせりゃ十分だろ。ただなぁ…」

 言い淀む。

 ザードのような豪快なタイプには珍しい態度だ。


「何か問題があるのか?」

「ああ…、イザって時の戦力の問題だ。連中がそれなりに強ぇってのは分かったけどよ…領主の嬢ちゃんは今、別件でも戦力が必要な問題を抱えててな。そっちにゃおそらくオレも戦力として頼みにされる事になると思う。ただそれでもまだ足りないくらいでよ、かなり苦心してるって状況だ。よーするに、対処するための戦力がどっちにも足りねぇってな具合でよ」

 現状では少なくとも、力づくでベギィ達を排する方法は取れない。

 森の部族の戦士としては、もっとも望む最短の解決法を閉ざされたに等しく、スティンは意気消沈して、今度は目に見えて両肩を落とした。


「そうションボリすんなって、伝えること伝えちまってからだろ。こっちの問題だってほっぽっちゃおけねぇはずだ、領主の嬢ちゃんが何もしねぇって事はねぇよ……って、そういやスティンは見た事もねぇんだよな?」

「ああ…森から出るのも生まれて初めてだ。かつて接触したのは今は亡き本物の長のみだからな、生き延びた者の中に今の領主の事を見聞きしている者はいない」

 自分達の力だけで生きてきた分、余計に助けを求めるバツの悪さもある。いまさらどのツラさげて領主に頼るのか? 厚かましいと思われるのも承知ながらに、森の部族かれらも恥をしのばねばならぬほど危機に瀕している。


 冷静沈着なスティンが、その性格に似合わない必死さをにじませている事からも彼らの気持ちがよく分かると、ザードは鼻息一つつきながら、軽く空を仰いだ。



「……そういえばザードよ、彼女・・が何か考えがあるようなのだが、知っているか?」

「ん? シャルールさんが? …いや、初耳だぜ。思い当たるような事もねぇな」

 思わず二人して、いまだ村人達に囲まれながら笑ってるシャルールを見た。

 帰ってきていつもの酒場娘ルックに着替え、ポニーテールをなびかせている明るく朗らかな性格の淫魔族の娘さん。


 その笑顔の下でどんな考えを持っているというのか? スティンとザードは互いに知り得る彼女の情報からその企みを看破してみようと、シャルールの姿を眺めつつ思案を巡らせてみた。





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