第92話 第6章2 真意は虚飾を纏う



「旅の者ですが、こちらに領主様がご滞在なされていると聞きまして、ご挨拶に伺わせていただきました。お会いする事はできますでしょうか?」

 訪問者は中肉中背のエルフの若者・・・・・・。キチンとした礼節ある言動に、応対に出たイフスは警戒心による緊張をほどく。


「お取次ぎ致します故、このまま少々お待ちください」

 いささか事務的なれど至極正しい対応。そしてドンとドワーフ傭兵二人が何事かと見に来ていたのを見つけると、彼女は目配りで " 警戒はしておいてください " と合図を送り、ドンも了解と頷き返した。



 イフスがミミのところへと行っている間、代わりに話しかけたりこそしないものの、訪問者が妙な事をしないかを玄関から少し奥のところでそれとなく観察する。表向きはドーヴァとゴビウに他愛もない雑談を持ち掛けて会話を装いながら。




「(ほう、あのゴブリンはなかなかデキる。見どころある者は地上世界にもいるものだな)」

 戦闘力の話ではない。配下の者としてあるべき練度や忠節心、そして己の役割をしかとわきまえているところなどを訪問者エルフは評価していた。


 彼は・・サスティの町での情報収集を終えた後、念のためにエルフの姿に成り代わってシュクリア入りしていた。そして少しばかり住民達から話を聞いた後、このミミの借り家へとやってきたのだ。




「(なんだ? あのエルフ、おかしいな。見た目にも所作にも妙なところは見られない。……だってのに何か違和感を感じる)」

 何をどう見ても怪しくはない。だがドンは、この訪問者にただならぬものを感じて止まなかった。


 …などといぶかしく思っている内に、イフスが戻って来る。


「お待たせいたしました、お客様。主人あるじがお会いなるとの事です。ご案内いたしますので、どうぞこちらへ」

「ありがとうございます。では失礼いたします」

 イフスに促され、彼女の後を付いていく客。ドン達の横を通る際、その視線が一瞬だけ彼ら3人に向けられた。

 だがドンがその事に気付いて客を見返そうとすると、エルフは既にイフスの背に向けてその視線を戻していて、双方の視線が交差することはなかった。


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「(!? あの娘は、確か……)」

 イフスに案内されて廊下を進む途上、窓の外に遊んでいる獣人の子供ルゥリィの姿を見た瞬間、彼は思わず片眉をひそめた。


「(間違いない、花売りの獣人の子供…なぜここにいる?)」

 身綺麗になり服装も変わってはいるが、かつてゴルオン領より去らんとした時に遭遇し、花1つに銅貨を数枚をくれてやった少女に間違いなかった。(※「第一編 閑話 境界線の向こう側」参照)

 彼女がこの地に――――領主の住まいにいるという事に動揺する。


「? お客様、いかがなさいましたか?」

「ああ、いえ。立派なお屋敷なのでついあちこち見入ってしまいまして」

 物珍しそうにする田舎者を装って誤魔化すも、頭の中ではかなり焦燥感が立ち込めていた。常に冷静沈着な彼に、それは大変に珍しい事。


「(ゴルオン領にいた少女がこの地にいる…つまり移動したということ。貧困に喘いでいたからとて幼い少女が一人で越境し、この地の領主に保護されたとは考えにくい。確実に大人の手引きが……そして、その大人の口よりこの地の領主にゴルオン領について幾ばくかの情報が語られているだろう、問題はそこだ)」

 彼が苦心し、長い時間をかけて仕組んだ・・・・ゴルオン領での仕掛け。それが意味をなさなくなる展開だけは避けたい。自分の仕事の結果が出ないのが癪だからだ。しかし…


「(どこまでのこと知っている? 何を掴んでいる? …いや、ゴルオン領のそこらの民衆風情から得られる情報などさほどのものではないはず。せいぜいかの地の困窮ぶりくらいのものか。……落ち着け、仮姿カバーに徹するのを忘れる事だけはならん)」

 何の地位も権力も持たない旅のエルフの若造、それが今の彼である。その人物像にそぐわない言動は出来ないし、してはならない。正体がバレずとも変身している事がバレたり、あるいは疑われる事さえもあってはならない。今後、この仮姿カバーでの行動が取りづらくなってしまうからだ。


「(…気がかりが一気に増えたが、ここは堪えるしかあるまい)」

 この辺りが彼とベギィとの差である。同じ一族でもそのデキの良さたるはピンキリだ。

 もしこれが精神的に青く危ういベギィであったなら、ここで尻尾を見せてしまっていただろう。


 だが彼にとっての不運は、ゴルオン領について領主ミミに語ったのはかの地の領民ではなく、最初からかの地を調査するために潜入した彼女の部下達であったという事を知らないこと。


 アレクスとモーグル―――――彼らがルゥリィと共に持ち帰った情報の深度は、この男の懸念の域に届いている。だがその事を彼が知ることはなかった。






――――――ミミの借り家、応接室。

「失礼致します、お客様をお連れしました」

『どうぞ、お入りになってください』

 中からの応答を待って、イフスが扉をうやうやしく開く。徐々に部屋の中の様子が見えてくると、奥側のソファーの横に立って来訪者を迎えるウサミミの女性の姿が確認できた。


「(この地の領主はワラビット族の娘……情報に間違いはない)」

 たとえ事前に得ていた情報であろうとも、現地におもむけば幾度でも確認を行う。それは情報の正誤=彼らが持つ情報網や伝達者に問題がないかを確かめるという意味合いも含んでいた。


「(ふむ、ワラビット族らしい美貌だ。特異さはないが…少し若いか?)」

 怪しまれないよう細心の注意を払いながら、その容貌などを確認していく。魔界と比べて地上での彼ら・・の組織網構築の状況はまだかなりつたない。

 慎重に慎重を重ね、着実に手を広げるため、現地活動に従事する者はどんなに些細な事だろうとも同時に多くを成す事が求められる。


 だがその匙加減が難しい。僅かな判断や行動のミスは一族全体に影響する大事となりうるからだ。


「(その事を分かっているのだろうな、ベギィよ?)」

 いずこかで動いているであろう、ここにはいない同胞の行動を心配せずにはいられない。

 領主とメイドに促され、ソファーに座するまでの間も、彼はその懸念が頭から離れなかった。


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「左様ですか。先の大戦で…」

「…はい。ですが、家も家族も失ったとはいえ、口うるさい大人の小言をもう聞かずに済むのだと前向きに考えようと…。そして、世界を見て回ろうと思い立ち、旅に出たのです」

 もちろん仮装カバーに似合いそうなでっちあげの設定に基づいた嘘だ。しかし3割程度は本心を混ぜた。


「(あの老害ども、大人しく隠居していれば良いものを……)」

 そう思わない日はない。

 優秀である事を自負する一族であるだけに、年老いた長老衆の存在は非常に厄介極まりなかった。


 老いて能力も低下している事は明らかにも関わらず、秀でし者たる尊厳を強く持ち続けんとするがゆえに、年寄りどもは一線より身を引こうとも、なお一族の事に口出しし、命令を下す体制を堅持している。

 悪権力もいいところだ。彼らさえいなければ、一族は今頃もっと勢力を強めていたに違いないと常々嘆きたい気持ちに駆られる。



「様々な地を転々といたしまして……。ナガン領にて越境せんとした際、モンスター出没の話は聞き及んでいたのですが、幸運にも道すがら行商人の一同に随行させていただけまして…それで今回、こちらまで足をのばす事が出来ました」

 それとなく、領主にとっては懸念しているであろう話題へと寄せてゆく。決して問いかけたり、質問したりしない。あくまでも自身の事として話す。

 その際には、道中恐ろしかったと少し怯え気味に雰囲気をかもして、演技に織り交ぜる事も忘れない。


 なぜなら領主の目線からすればモンスター発生中の、問題である現地を越えてきた旅人の話というのは、対処せねばならない為政者には聞く価値が十分にあるものだ。


 さらにはその問題に対して旅人が負の感情を抱いてると知ったならば――――


「それは…ご無事で何よりでした。ご同行の方々にも怪我はございませんでしたか?」

「(―――――食い付いた。いや、食い付かぬわけにはいかない話題だ、これが当然の反応。…もっとも無能な為政者ならば食い付かぬ事も多いが、皮肉なものだ)」

 優秀かつ真っ当な領主であればあるほど治世に真面目でひたむきだ。自治領の問題に触れる話題に関心を抱くは当然の事。

 しかし無能な領主は、自分自身に関する事しか関心を持たない。なので自分の領地に住まう民たちがどれだけ重大な情報を寄せてこようと、理解はおろか聞こうとすらしないケースも多々ある。


 そして彼ら・・にとっては優秀な為政者ほどその思考と行動が読みやすいため、アプローチがしやすかった。


「(ドルワーゼに比べ、なんと話しやすい事よ。領主として確かな力量を持ち得ている者のようだ……しかし)」

 彼は、この領主ミミにたいして何かを仕掛ける事は考えていない。それは完全に自分の任務範囲外の活動になるからだ。

 例え利益を得る手があったとしても、彼ら・・が最優先すべきは何よりも自分達の存在の秘匿であると事を重々理解している。軽率な判断とそれによる行動は絶対にあってはならない。




「(………まさかあの方・・・がこうも近くまで来ているという事は、ベギィのバックアップ体制は万全だという事なのか?)」

 だとするならば、自分が心配せずとも良いし、あくまで任を忠実にこなせばよいだけなので、幾分か気が楽だと彼は思う。

 だが最低限、ベギィの位置を把握する必要はあった。万が一の時には自分も動く事を考慮しておかなければならない。



 一通りの会話を終えたところで、彼は初めて自分から領主ミミに訊ねる。


「それで領主様。少しお教え願いたいのですが……実は私、この先の地理には明るくなく――――地図もこの通り、このシュクリアという都市までのものしか持ち合わせていないのです」

 言いながらふところより、手持ちの地図を取り出して少し高めに持って下へと落とすように広げてみせる。何ら怪しいものはないという所作を踏まえつつ、自分の持つ情報源を提示して見せた。


「そのため、この先どのような道を辿るといずこへと通じているのか。また先のナガン領との境のような危険があるのではないかと、少し不安に思っておりまして」

 旅人が安心して旅ができないというのは領主ミミにとって耳の痛い話。彼の不安を払拭し、行先明るくしてやらねばならない気持ちが沸き立つはずだ。



 そしてそんな彼の思惑通り、ミミは現在の領内街道と、他領への通じ、安全性などについて最低限の情報で語り聞かせてくれた。



「(なるほど、ベギィの奴は北……おそらくは森か)」

 名言こそ避けたものの、彼女の語り口より北の街道沿いが現在、少し賊徒などの危険があると迂遠ながらも教えてくれた。少ない情報量ではあるが彼は十分に、そこからベギィの居所を察する。


「本当にありがとうございました。不躾に訪ねた私のような者にもご丁寧に接していただき、感謝いたします」

「旅のご無事をお祈りします。どうぞご無理なさらず、安全な旅路をお心がけください。では……」

 軽く会釈の後、先に退室する領主ミミを見送る。その姿が完全に見えなくなってからイフスが彼に近づいた。


「では玄関までお見送り致します」

「何からなにまでご丁寧に、ありがとうございます」


 ……家の主人が先に退室した後に、家人が来客をお見送りする理由は2つある。

 1つはおもてなし。来客を気持ち良く帰路につかせるため。

 だがそれはどちらかといえば建前に近い。もう1つの理由こそ本命だと言える。


「’(思いのほかなっている・・・・・・。地上の片田舎といっても侮れんな…)」

 来客者が必ずしも善人であるとは限らない。ゆえに用が済み次第、主人と客を遠ざけ、家より出てその姿見えなくなるまで “ 監視 ” する。

 全てはあるじあるじの住まいの安全のため。たとえどんなに無害であると証明されていたとしても、初めて出会う者への対応の仕方はそれが当然である。


「(粗忽な若輩者であれば、自分が特別に警戒されていると勘違いし、ミスをしてしまうかもしれん。…まだまだ若い者に地上での任をおいそれと与えぬ方が良いな)」

 無論、脇が激甘な貴族も多い。実際、彼にしてもミミとその配下の者達に軽く上から目線で " 未開な地上の田舎領主 " という偏見を抱いていた事は否定できない。


 だが実際にこうして現地に赴いてみれば、それは誤った認識だったと分かり、己の見識をあらためた。


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「(ベギィの奴は分かっているのか? この地の領主は油断ならぬモノをしかと有していると。不安だが………まずは――――)――――お話を少しばかり、伺わせていただいてもよろしいでしょうか」

 メイドの見送りを背に領主の住まい見えなくなる位置まで歩みを進めたところで、彼は話しかけた・・・・・


 沿道の中央に並ぶ樹木、自分の反対側に影の如くピタリと並んで、同じ方向に歩いている者に。



『……長くは不可だ。私がこの地に滞在するは任の一環である』

 二人は足を止めない。完全に同じ速度で歩きながら、何気ない通行者を演じる。

 お互いに掛け合う言葉は互いの方向にのみ発せられ、二人にしか聞こえない声量で会話が成立―――――魔法も特別な能力も使うことなく、周囲を行き交う人々にまったく聞かれないで交わす、凄まじい密談の技術。


「その仮装カバーで…ですか。ベギィの事は?」

『任外。だがある程度は聞き及んでいる、関与はしない。が…』

仮装カバーの関係上、流れ次第では関わる可能性もあると」

『自然な形で、最低限度のみ』


「把握しました。こちらも別任にて来訪、そちらとは不関与…ですがベギィの件は、場合によっては関わる可能性はございます。了承のほどを」

『良。なれば互いに不干渉を基本とせよ』

「…心得ております」

 並行して歩いていた影が、風に溶けるようにスーッと後ろへ流れていく。

 気配が完全に消え去ると同時に、いつも冷静な彼はドッと汗をふきだして深く長い息を吐いた。


「無し者と思え、と――――まったく、難しいことをおっしゃられる。………、……そうは思わないか、ジャックよ?」

「おや、気が付いていましたか」

 今度は逆側。影が去ったと同時に現れた、自分を包み隠そうともしない気配が声を発した。


「我らで気配も消さずに近づいてくる者に気づかぬ愚か者はいない」

「いやいや、鈍っているという可能性もあるでしょう? それとも試されるのはお嫌いでしたか?」

 彼は、フンッと鼻息一つついて嫌悪感を露わにした。


「相変わらずのようだな、貴様も」

「別に、貴方達に好かれたいわけではありませんのでね。それで? 一体全体どういう事でしょうか、コレは」

 ジャックが聞きたい事。それは同じ場所・・・・にこうも彼ら・・が集結している理由だ。


「安心しろ、貴様の邪魔をしに来たわけではない」

「で、問いには応えてはいただけない、と」


 ピリッ……


 会話は交わしている、が、彼はジャックに何かを喋る気はない。そしてジャックも彼から自分が標的・・であるか否かなどを聞きたいわけではない。


 双方の意がぶつかり合い、そして、交わらない。見た目に何も変わらずとも、歩む二人の間の空間が歪むかのよう。明らかに雰囲気が一変する。


は何しにこの地へ?」

「貴様こそ、何をしているこのような片田舎で?」

 質問の応酬。そして同時に二人の足は示し合わせたかのように、都市シュクリアの外へと向かって歩いていく。


 ・

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 ・


「この地の領主を、貴様のつまらぬ商売とやらのカモにでもしたか?」

「貴方は何をしに参ったのです? 観光旅行というわけでもありますまい」

 二人が発する一言一言がまるでカウントダウンのよう。

 都市を出て、遠くに微かに外壁が見える場所で、二人の間に極小さな火花スパークが生じた。そこから1秒遅れて―――――――


 チィッ!!!!!


 刹那の一瞬のみの甲高い、金属同士が超速度で触れ合ったような音が誰もいない街道外れの草原に響き渡った。







―――――――ミミの借り家。


 訪問客が帰った後、念のためにドンが外周ぐるりを見回り、屋内はイフスがメルロを伴いながら見回る。


「これといって異常は見受けられずとも、必要な事ですから手順は間違えずに覚えておいてください」

「はい、…がんばり、ます…。もし、異常…が、あったら…、どう、すれば…?」

「その時はドンさん達か私に知らせるか、その場で大声をあげてください。昼夜問わず、常に誰かが警備に当たっていますので、必ず助けが駆け付けます」

「わかり、ました…」

 色々仕事をこなしてはいるものの、まだ仕えて1年と経ってはいないメルロ。彼女にしても、日々の仕事はまだ分からない事の方が多い。


 イフスとしては、それはそれでなんら文句はない。時間をかけて少しずつ覚え、成長してくれれば良いだけで、自分も一つ一つ丁寧に教えていくつもりでいるからだ。


 しかし人手不足という現実が突きつけられている今は、少し焦りを覚えていた。


「(雑用、給仕のみですから、やはり手が足りません…。メルロさんに問題があるわけではないのですが、せめてもう1人いれば……)」

 3人1組というシステムは古くより存在し、今日まで通用する実によく出来た仕組みだ。

 1人が専従する形でローテーションを組み、多忙時にはもう1人に専従してもらい、それでもなお緊急時にはもう1人出動の余力がある。

 状況の変化に応じて柔軟に対応する事も容易たやすい。


「(現状では家人としての人手は私を1人分と数えましても…1.5人分というところですね。カンタルさんに力仕事などはお任せしていますが、それ以外のお仕事は流石に振れませんし、メルロさんも今以上に多くをお任せできませんし…)」 

 弱音を吐きたくなるが、そのたびに魔王様にお仕えしていたという誇りを思い返して気持ちを奮い立たせる。そうこう葛藤している間にも時間は経ち…


「! もうこんな時間ですか。メルロさん、とりあえずそこからそこ、そして応接間までの廊下を1度掃き清めておいてください、私は夕飯の食材の買い出しに行ってまいります」

「わかりました、…がんばり、ます…」

 返事を待って、イフスは忙しなく動き出す。


「よろしくお願いします、あっと、ついでといっては何ですが、それとなくルゥリィ御嬢様の様子も見てあげてください。日が傾いてまいりましたら頃合いを見て、中へ入るよう促す事も忘れずにお願いします」

 言いながら足を止めずに玄関へと向かうイフス。


 メルロへの指示を終えると、この後の仕事の予定を頭の中で思い返し、何度も反芻する。今ある手でいかに完遂するのが効率良いか、ブツブツと呟きながら予定立てしつつ、着々と取り掛かっていった。




――――――そんな彼女の忙しそうな様子を、10mほど離れた位置から眺める者がいた。


「ふーむ…」

 ドワーフ傭兵のドーヴァは、食客として滞在し、世話になっている自分達の現状を省みていた。

 もちろん彼らが滞在し続けているのは、領主ミミからの希望ともてなしによるところが大きく、なんら負い目を感じる必要はないのだが、それでも義理人情に響くものがある。


「(やはりモンスター討伐の件、請けても良いやもしれん)」

 だが仕事である以上、傭兵として相応の報酬を要求せねばならない。しかし世話になったこの数日間、出される食事や領主周りの人材等を客観的に観察し、財政に余力がない事は透けて見えていた。


 ドンの要請に前向きになれないのは、現実的に考えて領主が自分達に相場相応の報酬を支払う資金的な余裕が明らかにないからだ。とりわけ相棒のゴビゥは、割とその辺りシビアなタイプで、情で仕事をすればその後も安く見られると言って譲らないし、おそらくは今回も話を持ち掛けてみてもそう返してくるだろう。


「(金以外の何か……とりあえず、ゴビゥの奴を納得させられるだけの理由か物があれば良いのじゃが)」

 一方で、ドーヴァは逆に義理人情に厚い。困っている者を見過ごす事が出来ず、割り切って考えられないために、未熟な頃は戦場で危うい場面が多々あった。


 今でこそ積み上げた経験から、やたらめったら目に移ったピンチを助けにいく事は、結果として自分のみならず友軍全体にも悪影響を及ぼす事になると理解できている。いつの間にか結構な名声と報酬を獲得できる実力者の域にまで達するその道のりは、ドーヴァの心に苦しみと冷徹さを強いた道でもあった。


 ここまで来れたのも全てゴビゥのおかげだと恩と絆を感じてはいる。しかし、やはりドーヴァは、己の性分を抑えきれず、何か良い考えは浮かばないものかと思考を巡られる。


「(金以外。ゴビゥの奴も、守銭奴というわけではないのじゃが…。ワシらが戦わねばならぬ理由……それも、他人ではなくワシら自身の理由……)」

 報酬は金銭ではなく物品でも構わないのだが、物品報酬は何段階か価値が下がる。それは、根無し草の傭兵であるがゆえだ。

 一処ひとどころに留まる事が稀な身では、荷物になる物は極力避ける。ただでさえ商売道具である重い武具を常時携行し、それでいて咄嗟に素早く動ける必要があるため、余計な荷物は遠慮したい。


 しかも物品の場合だと金に換える手間もある。そんな理由で彼らが仕事の対価に求めるものは金銭が基本だった。


「…ううむ、何も思いつかんわい。とんとないもんじゃのう」

 傭兵稼業とは、かくも金が全てだっただろうか? そこまでではなかったと記憶しているドーヴァ。それでもあらためて考えてみると、他がまるで出てこない。


 軽く気が滅入りそうになっていると…


「これはドーヴァさん、どうかなされましたか?」

 普通ならば “ 様 ” 付けで呼んでもおかしくない歳の差だろうが、いかに高名でも位の上では一般人であるドーヴァに、貴族であり領主であり、この屋敷の主であるミミが、同上位扱いの敬称を付ける必要はない。


 だが若い娘に さん付けで呼ばれる事は極めて珍しく、聞き慣れないせいか、このドワーフ傭兵は妙な気恥ずかしさを覚えていた。




「やあ領主殿。…いや、少しばかり考え事をしておっただけですわい。領主殿こそまだお仕事かのう?」

「いいえ、本日はもうこれといっては。ですが少しだけ時間を余らせてしまいましたので、ダルゴート氏に今後のご予定についてのお話をと思いまして」

 ミミが漏らした一言に、ドーヴァはピクリと耳を揺らした。自分達同様、食客としてこの屋敷に滞在中の知己のドワーフの名。


 ダルゴート本人との会話の中で、今後は領主ミミの紹介の下、魔界本土にて彼女のツテを頼りに、自身の地位復権を目指すという話はドーヴァも聞いていた。


「(旦那ダルゴートの魔界へ行く日取りについて…じゃろうか?)」

 しかし、ミミはいささか浮かない顔だ。知己の話も絡んでいるとあって、ドーヴァは何事かあったのだろうかと心配になる。


「何か問題でもあるんじゃろか?」

「そうですね…やはりくだんのモンスターが少々…。魔界へは、サンダーバードトランスポートを経由して行くのが一般的ですが、ナガン領を経てなお東方…、道中にてダルゴート氏の身に何かあってはいけませんので、送り出す日を決める事ができずにおりまして」

 再びドーヴァの耳がピクリと動いたのを確認すると、更にミミは続ける。


「ここだけの話ですが、魔界へと向かうための方法がもうひとつ…ただ、それがガドラ山の中腹、ちょうどモンスターが住処にしている場所にありまして。どちらの方法にしましても、モンスターをどうにかできなければ…結局、ダルゴート氏を魔界へと送り出す事が難しく、どうしたものかと思っておりまして」

 通常、領主がそんな事を食客であるドーヴァに語る理由も意味もない。むしろ内情を軽々しく語るなど憚るべき事だ。

 しかしミミは、わざと雑談として軽めを意識しながら話題に出した――――もちろん、ドーヴァの心を揺さぶるためだ。


 もとよりミミにしても、モンスター対策として強者の助力はかねてより喉から手が出るほど欲しいモノ。

 ここでドーヴァにアプローチし、実力者たる傭兵二人を安く動かせるのであれば願ってもない。ダルゴートの話にしても本当の事だし、その知己たる二人はその手腕を振るうにあたり、友人のためというのは報酬以外の理由になりえる。


 もっとも、本当にそれで助力してくれる運びとなるかはまだ確率の低い賭けの域だった。

 だが、ミミは今以上のタイミングはないと確信してドーヴァに声をかけた。


「(彼らが動いてくれれば一気に解決の兆しが開けるかもしれないんだけど。さて、どうかな?)」


「………。領主殿、少しワシから話があるのじゃが、時間はあるじゃろうか?」

 考えていたドーヴァが真面目な表情と口調を浮かべ、問いかけてくる。

 賭けは成功した―――――ミミはほくそ笑みそうになるのを我慢しながら、素知らぬ風を装う。


「ええ、少しでしたら問題ございませんが…どのようなお話でしょうか?」

 気楽におしゃべりをしていたら、何やら真面目な話を持ち掛けられてビックリした、と言わんばかりの態度を取る。

 ……ミミは、自分の真意を隠して相手を動かそうとする事に罪悪感を感じつつも、同時に思い通りに事が運んだ時の、なんとも言い難い喜びも感じていた。


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