第80話 閑話・VD特別編 ショコラの恵み


 ※バレンタイン期投稿の特別エピソードです。

 ※本編とは繋がりのない、別の世界線の出来事としてお楽しみください。





――――――アトワルト領、サスティの町。


 今、この町の人々は、果して喜んで良いのかどうか…困惑に満ちた表情で巨大な山を見上げていた。


「ねーねー、これなーにー? たべものー?」

「…さぁ、なんだろうね? 何かの実のようだけど…??」


「すごい量。ナガン領から?」

「そうみたい。食糧支援……なのかしら??」


 人々は、それが何かを知らない。


 町の中央広場にて見上げるほどの山を成している茶色の実。独特の良い芳香を放ってはいるが、彼らは正体不明のそれをただ見上げるだけ。

 近づこうとも手に取ってみようとする者も、誰一人いなかった。


 ・

 ・

 ・


「なんと、カカオの実を知らないと?!」

「え、ええ…まぁ。えーと、食料品…なのでしょうか??」

 町長のゲトールは、ナガン領から大量の “ カカオ ” なる果実を運び込んできた行商人を応接室にて歓待していた。


 謎の品 “ カカオ ” がどういうモノなのかまったくわからない。歓待というよりは、詳しい話を聞きたいというのが町長の本音だった。


「いや、まさか。いくら地上世界とはいえ、カカオをご存知ない地域があるとは。いやはや驚きましたよ」





 そもそも彼が持ち込んだ “ カカオ ” は、この地上で発見されたものだ。


 太古の植物の一つ、その実の栽培方法と利用方法は地上の遺跡での発掘調査にて判明し、魔界本土へと持ち込まれ、研究の末に量産されるに至っている。


 逆に故郷であったはずの地上では、カカオの生産はあまり進んでいなかった。


 まだ地上世界の支配状勢が、現代よりもずっと混沌としていた時代…領地分けなどされていなかった頃に発見された事が大きく影響している。

 発見当時の地上世界は、その全てが完全なる未開地。支配権をめぐる争いは、神魔の境のみならず、それぞれの陣営の各種族間においても起った。

 戦争につぐ戦争のせいで大半が荒地ばかりとなり、定住などもってのほかという有様で、田畑を造成して何らかの作物を生産するなど夢のまた夢。


 そんな時代、冒険者や探検家と呼ばれる行動をとる者が現れ始めたばかりの頃に、カカオは発見された。

 乾ききって化石に等しい状態となっていたソレは、生産の記録と思しきものも一緒に見つかった事で、ともども魔界本土へと運ばれて分析と、そして再生に向けた研究がなされる。


 結果。遥かな時間を経た現在の魔界では普遍的な品となったカカオ。



 だが生まれ故郷であるこの地上ではまだ、生活の上でより実利的な作物の生産が優先されやすい事もあって、滅多にお目にかかる事のない希少な品となっている。


「それで、この “ かかお ” とやらは一体何なのでしょう? 食する事の出来る品であれば、こちらとしても可能な限り買い取らせて頂きたいのですが…」

「もちろん食べられますとも。香りを楽しむ嗜好品の材料になる事もありますが、基本は食用品です。ただ…」


「ただ?」


「あなた方には扱えないやもしれません。このカカオはそのまま食する事が難しいモノで加工調理する事が前提なのですが、カカオそのものを知らないとなれば当然、その仕方などご存知ないでしょう?」

「…なるほど、フルーツと同じようには食せないモノなのですか…これは」


 アトワルト領内は折からの食糧難で、どこの町や村も食料品を渇望して止まない。では食べられればなんでもいいのかというと、そうはいかない。



 ―― 保管し、継続的に食する事の出来る長期保存性。

 ―― 生きていくために必要な栄養の含有量や成分。

 ―― そして取扱いに特別な知識や技術を必要としない取扱いやすさ。



 これらを備えているモノが特に望ましい。だが取扱いやすさという点においてカカオは、その存在すら知らない者がほとんどのアトワルト領の人々の口に届ける品としては、及第点に遥か及ばない。


 そして、この・・カカオには、普通とは違う大きな問題があった。



「っ!! …こ、これは…」

 頭のないゲトール町長が、どうやってしょくしているのかは不明だが、とにかく彼はそれをんで、苦しそうな声をあげた。


「これが手を施さないカカオの味です。苦くて食べられたものじゃあないでしょう?」

 それでも食べられるのであればと、ゲトール町長は未知のカカオなるモノを買い取ろうと考えた。それほど食糧事情はひっ迫している。

 だが、渋い顔をする行商人が実を割って取り出した中身を試食した事で、町長はこれは無理だと身をもって痛感させられる。


「記録によれば太古の昔はまだ、取り出したカカオの中身をそのまま食べる地域もあったとか。しかし魔界本土で復活したこのカカオは、残念ながら太古のカカオのそれとは異なり、生食では苦みが尋常ではないほどに強くなっており……」


「うぅ。……ゆ、茹でたり焼いたりしても食べられないのですか?」

 いまだに口の中の耐えがたい苦味に苦しんでいるゲトールは、それでも追いすがるように問う。だが行商人は首を横に振った。


「単純な熱通し程度では、この苦みは取れません。魔界本土で再生できたは良いのですが、元のカカオとは比べ物にならないほど独自品種化してしまっていますからね。相応の調理・加工をもって、はじめて食する事が出来るのです。ですので魔界では専門の店での取り扱いが一般的でして……」

「で、ではなぜ…こ、この “ かかお ” をこの町に…?」

「それが、お隣のナガン候に大量のご注文をいただき、はるばる魔界より運んでまいったのですが―――――――」






―――――2週間ほど前。


『いいわねー、これでショコレーヌ・・・・・・が作れるわね!』

 メリュジーネは、隊商の荷馬車に詰まれたカカオの山から実を一つ無造作に掴み上げ、満足そうに眺める。


『この度は、メリュジーネ候ほどの御方にこれほど大量のご注文をいただき、わたくしどもも感謝感激でございますれば』

 行商人は、ほっこりとした笑顔浮かべ、止まらない揉み手と共にメリュジーネに礼を尽くす。隊商引く部下たちも、大口の顧客に深々とこうべを垂れた。


 が。


『? …ああ、ウチで買わせてもらうのはそっちの一台分だけ。残りは “ 隣 ” に運んで、ウチの半値で売り渡してあげてちょうだいな』

『へ??』

 隊商が引き連れてきた大型の荷馬車は全部で1000台にも及ぶ。サンダーバードトランスポートで、数回に分けて運送手続きをしなければならなかったほどの量だ。


 ナガン領は広い。てっきりメリュジーネが自分の領内で流通させるため、行った大量注文だと思っていた行商人は、思わず間の抜けた声をあげてしまう。



『……申し訳ございませぬ。主が言葉足らずでございました故、私めよりメリュジーネ様の意のほど仔細、お伝えさせていただきます』

『は、はぁ…』

 もはや行商人の事など忘れてるかのようにカカオを持ってはしゃいでいるメリュジーネを尻目に、執事のロディがどういう事なのか詳しく教えてくれた。


 メリュジーネは当初、ショコレーヌ・・・・・・というお菓子を作ろうと考え、それを原材料のカカオの段階から本格的に作るつもりで、魔界本土に注文しようとした。

 が、手作りショコレーヌを送る相手をリストアップしている際に、同性であるミミに行き当たり、彼女にもカカオが必要なのではないか? と思ったのが全ての始まりだった。



 バレンタイン。


 太古の地上において発見された記録の中、それなりの頻度で登場する古代の人間種が行っていたとされるイベントの一つ。

 大元は、厳しい状勢下で権力者に逆らい、男女の仲を取り持ったという勇気ある聖職者の名とその命日にちなんでいるともされるが、それを裏付けるような詳細な記録は見つかっていない。

 なので現在の魔界では愛うんぬん関係なくそういうイベントがあったのだという事を理由付けにして、男女理由問わず贈り物をすればいいんじゃない、といったアバウトな形で根付いている。要は面白そう、というだけの日々の活力のネタだ。


 一方でメリュジーネのような貴族達の間では、日頃のコネクションを再確認してしかと保ち維持するために特別な贈り物をする日、という形で利用されていた。



 そしてミミも貴族である。だがメリュジーネほどの権力や地位がない。当然コネクションもさほどのものは持ってはいないはずである。

 そう思い至ったメリュジーネ彼女の考えは、至極短絡的であった。ならばこの機会にたくさん贈り物をさせてあげれば良い。そのために、大量のカカオが必要になるはずだ―――――








「―――――――というわけでしてナガン候より、“ 残りは隣のアトワルト領へ ” と言われて運んでまいった次第でして…」

「………????」

 ゲトール町長は、話を聞いて困惑の極みへと陥った。


 当然だが、行商人にしてもメリュジーネの考えまで聞かされたわけではない。執事から受けた説明では “ 魔界から大量の注文を取り付けるのが難しいであろうアトワルト候に成り代わり、メリュジーネが領主仲間として気を利かせた ” という理解にて収まっている。


 なので、残りのカカオは全てアトワルト領へ持っていく事がメリュジーネの注文に含まれているのだと判断する事にし、行商人は隊商を引き連れてはるばる、このアトワルト領までやってきたのだった。



「幸い、ナガン候(正確には執事のロディ)より御代金の一部を頂いておりますれば、通常より大幅に安く卸させていただけますが…いかがしましょう? お買い上げになりますか??」

「ん、むむ…ぅう~ん??」

 ゲトールは悩んだ。食べられない事はないがこの苦みでは一口でもう無理。いくら飢えていても、さすがに腹を満たすまで食えたモノではない。


 収穫が壊滅状態にある今年は税金も上がらないだろう。いかにお安かろうとも手に負えないモノを無理に買い取るほど、町には経済的な余裕もない。


「せめて加工・調理方法を知っていて、実際に作る事の出来る者がいれば…」

 だがそんな者、このサスティの町にはいない。


 もしいたならばすぐにわかるはずだ。あの大量のカカオの山を見て、それが何なのか知らない町の人々に自然と伝え、広まるだろうから。



 ぬか喜び。


 食糧問題が少しは和らぐという淡い期待は、泡沫となってはじける。

 だが同時におや? と情報のひらめきもあった。


「……確か、領主様は魔界の御出身だったはず……。! 申し訳ありませんが、この “ かかお ” とやらをこの先の都市、シュクリアまで運んでいってくれませんでしょうか? 今このアトワルト領の領主、ミミ=オプス=アトワルト候はシュクリアにて執務を行っております。彼女は魔界の御出なれば、“ かかお ” の事もご存知やもしれません」



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「と、いうことで……ものすごーく大量の “ カカオ ” を獲得できたわけだけれども」

 言いながらミミは、改めて茶色の山を見上げた。


 もちろん彼女はコレを知っているし、どう加工してどう調理するものかも全て理解している。

 実際、魔界本土の学園に通っている頃にコネクション作りの一環になると思って、他の学生に配るための菓子を手作りした事があった。


 だが、それは功を奏しなかった。というのも、ミミが女性としての人気が高かったがために争奪騒動へと発展してしまい、学園側から不特定多数への菓子の配布を禁じられてしまったのだ。

 しかも一人で作れる量には限界があって、数量自体がそう多くはなかったというのに、全てける前に配布を禁止されてしまったものだから、目ぼしいコネクションなどほとんど作れなかったのだ。



 そんな因縁ある菓子の材料と、再びこうして相まみえる事になろうとは……



 しかし渡りに舟。領内の食糧難を改善する一手になる事は確かだった。

「(メリュジーネ様が全額出さなかったのは、気を遣ってくれたんだろうなぁ…)」

 厳密には手配したのは執事のロディであるが、もしカカオの代金を全額拠出してしまうとこのカカオは丸々、メリュジーネ大貴族からの譲渡…もしくは贈り物という事になってしまう。


 いかに原材料の状態といえど、これほど大量ともなれば贈り物の域に留まらない。なので、あくまでも最終的にはミミが代金を支払い、購入したカタチを取れるように計らったのだろう。

 こうすれば対外的には、メリュジーネが発注し過ぎたモノをミミに紹介し、彼女自身が購入を決めた事になるため、“貴族同士の取引” という大袈裟な事にはならない。


 さらにラッキーな事に、商人が処理に困っていた宝石類の中から、需要あるものを見つけ出してくれた事でそれを代金として支払えたため、現金支出ゼロでこの大量のカカオを獲得できたのだ。

 持て余していた宝石も少しながらさばけたし、いいことづくめであった。


「ですがミミ様。このカカオの山はどうなされるのでしょうか?」

「ん、もちろんショコラン・・・・・にするよ。砂糖やミルクも必要ないから他の材料を買い揃えなくてもいいしね」



 カカオを原材料に作るお菓子――――名は様々だが、全て同じ菓子を意味する。



 そうなってしまったのは、カカオに関する記録が不十分であり、散見される用語がどれがどれを指しているのかよくわからなかったり、文字の正確な発音がわからなかったりしたためだ。


 そのせいで菓子の名は、チョコレート、チョコラッタ、チョコラージュ、チョクレイテ、ショクラァタ、ショコルト、ショコラン、ショカラーダ、ショコレーヌ、ショコラト、カカオラ、カカワル、カカマルト、カカオラター……etc、と定まらない。 各地、各種族、あるいは各家ごとですら、呼び方が異なっていたりする現状が出来上がってしまった。言葉のニュアンスが似ているため、なんとなく通じてしまっているので、統一もされていない。


「かしこまりました、ではチョコラージュ・・・・・・・にするための調理器具等を確保してまいります」

「うん、おねがい。作り方は私が教えるから、メルロさんとフルナさんも連れてきて。さすがにこの量じゃ、私一人だと絶対無理だから…あ、シャルールさんもね」


 ・


 ・


 ・


 こうして、アトワルト女性陣による壮絶なチョコ作りが始まったのである。


 魔界が復活させたカカオは、一部が乳液化した脂肪部と豊富な糖分を内包している。しかし、生の状態ではそれらが苦味のある物質のままなので、手を加えて化学変化を起こさせたり、変化しない苦味は排出させたりと、色々工程を踏まなくてはとても食べられる状態にはならない。


「真っ二つに割って、中の実を取り出すの。そしたらそれをまず水に浸けて―――」

 ミミのレクチャーのもと、エプロン頭巾姿の女性たちが頷きながら同じように作業してゆく。


「――――で、ふやけたら取り出して、今度は軽くグリグリっと…あ、フルナさん、潰してしまわないように気を付けて」

 完全に押しつぶすのではなく、マッサージをするようにまな板上に整列したカカオの実の表面をめん棒で押す。


 すると、染み込んだ水と共に不要な成分が実の表面から溶けだしてきた。


「押しつぶしちゃうと表皮が破れて必要な成分まで流れ出ちゃうから気を付けて。つい潰しちゃうなら、時間がかかっちゃうけど1個1個手に持って指でこう揉み揉みすればいいから。それで次は――――」


 本来のカカオとはまったく異なる扱い方。


 長い年月をかけてコレを究明しなければならなくなったのも、魔界でカカオが復活した時、記録通りに加工して上手くいかなかったからだ。


 似てはいても、もはや品種として大きく変化してしまっている。

 ほぼ新たな植物として “ 魔界カカオ” とでも呼んで差支えないほど、元のカカオとは異なる特徴を有している。


 それでも作り上げる事のできる菓子は、記録にあるモノと極めて近しい。


「――――で、こういう状態になったら、外皮部分を茹でておいたそっちの釜に入れて一緒に茹でるの」

「あ、この皮の色…うん、これ見た事あるかもしれないなー私」

 釜を覗き込みながら、シャルールが懐かしむように語る。


 淫魔族なら普段からチョコ菓子を大量に作っていてもおかしくない。一部の薬品を材料として練り込んで特別な媚薬系の菓子として仕上げた、彼女らが経営する遊郭で客に出すもてなし用の菓子があると、ミミは聞いた事があった気がすると記憶の底を思い返しながら、煮られている外皮を観察する。



 釜の中では、中身を取り出されたカカオの外皮がさらに割き分けられ、煮立つ湯の中で踊っていた。


 魔界カカオの外皮は、収穫時点で紫を帯びた深みあるシックな赤色。だが茹でられているソレは、すっかり色が抜け落ちて乳白色に変わっている。

 ところが茹で汁にその色がついていることもなく、変わらずの透明な湯。赤はいったいどこへと溶け落ちてしまったのかと、皆は不思議そうに眺めていた。


「はい、じゃあイフー。そっちを持って。実を釜に入れるよ」

「かしこまりました、ミミ様」

 二人で円形の大きな網ザルを傾けていく。水切りされたまま上に乗っていた実は、全て釜の中へと落ちていった―――――途端。


「あ!? 実が赤くなったよっ!?」

 フルナが指をさしてホラホラッと言いながら興奮気味にはしゃぐ。


 釜の中に入った実はどこに潜んでいたのか、皮の元の色と同じ色へと染まっていく。否、より正確には、実が元々持っていたやや色悪い茶褐色に程よく混ざり、綺麗で深みと艶のある赤茶色へと変化したのだ。


「色だけじゃないよ。これをしないと実が持ってる一部の苦味が、甘味に変わらないんだ」

「……で、は…この、かかお…の、皮と実を……一緒に、茹でれば……良いのでしょう、か…?」

 メルロの問いに、ミミは首を横に振る。


「ただ一緒に茹でるだけじゃダメなんだよ。その変化を阻害する成分が実の中に含まれててね、さっき水に入れてふやかした後に出してたのはソレってわけ」

 この工程を発見するのに、数百年を費やしたと古代遺物発見に関する歴史書には書かれていた。


 当時研究していた人々は、まさか実そのものに味を変える成分と、それを阻害する成分が一緒に含まれているとは思ってもいなかったのだろう。

 先人の苦労をしのびながら、ミミは心の中でありがたやと敬意と謝意を示した。


「それでこのまましばらく茹でるんだけれど……その間に、他の実を同じように片っ端から処理していこっか」




 ここからは地味な作業だ、何せカカオの量が量である。



 手分けして作業を行っても、全てのカカオが茹でられる前まで持っていくのに半日を要し、朝から開始したチョコ菓子作りは、いつの間にか昼下がりの、陽光傾く頃合いへと差し掛かっていた。


「ふー、これでよし。後は順番に茹でていくんだけれど…うん、皆見て」

 ミミの呼びかけに、全員釜の周りへと集合した。


「実によって色が微妙に違うのがわかるかな?」

「そういえば……、あちらは少し茶色味が強いでしょうか?」

「あそこのはすっごく赤いよ!」

「…あの、実は…、……赤くなっ、て…ませ、ん……」

「そこの実はちょうどいいくらい…? これって何か意味があるんだ?」

 同じタイミングで投入されたはずの実は、それぞれ色付き具合が異なっていた。


「色の赤味が強い実ほど、糖分が多く含まれてるの。逆に茶色味が強いほど糖分が少なくて甘さ控えめな感じになってるんだよ」

 ミミの説明に、一同は感嘆の声を上げた。


「さて、お湯から上げて色で区分けしなくちゃね」





 一同は、そこからさらに数々の工程を辿った。


 色分けした実を、よく水を切って乾燥させる。

 自然乾燥は時間がかかるために、ミミが風の魔法を使って急速乾燥させていく。


 乾燥した実を今度こそ潰して砕き、粉々にしてゆく。

 厚手のシートで挟んで、その上でフルナが飛び跳ね、踏みつぶしていった。


 潰された実を大きなシートが敷かれた上で、イフスが金属糸で編まれた袋に入れる。一緒に金属の球体ボールを加えると、思いっきりぶん回し始めた。

 すると袋の隙間から粒子の細かい砂のような粉が噴き出す。金属球体ボールと、金属糸の袋の内側の凹凸とで実をさらにすり潰すのだ。

 袋を振っているイフスが何を考えていたのかは不明だが、その表情は憎たらしいアンチクショウを思い浮かべているソレであったと、後にフルナが語っている。


 完全に粉と化した実を集め、今度は大きなフライパンで炒る。粉が持つ水分を完全に蒸発させるためだ。しかも熱が通った事でたちまち良い香りが辺りに広がる。




 それと同時並行で、乳液ミルクを精製する。


 実の中には脂肪のみで形成された部分があり、それを集めてすり鉢とすりこぎで潰してゆく。脂肪同士が結合して、やがて練りにくいカタめのバターの塊のような状態になる。

 メルロがそのカタさに苦労しているとミミが、外皮の煮汁を持ってきてそこに加えた。

 すると、途端に柔らかくなる。混ぜるようにすりこぎを押し回していると、やがて滑らかさを帯び始め、僅かに水っぽい生クリームのような状態へと変わっていった。


 それを、大きな器の中に入れた小さな器の中へとゆっくりと注ぐ。数度に分け、あえて小さな器からこぼれるように注ぐと、成分の比重の違いからなる分離が成された。

 大きな器には水っぽい半透明な白い液体が、小さな器には濃くしっかりとした乳白色の液体が、それぞれの器の中で出番を待つ状態となった。



「じゃ、シャルールさん。その外皮を取り出して、メルロさんのミルクに浸けてみて」

「…なんか “ メルロさんのミルク ” って響き的にちょっとエッチくない? なーんてね、ほいほい任されてー……へぇ~? 皮こんなに萎んじゃうんだ?」

 釜から上げられた外皮は、元の大きさの5分の1程度まで萎んで小さくなっていた。

 シャルールはそれを、メルロの造ったミルクの入った器に浸ける。すると――――


「…! ……澄ん、で…いき、ます……」

 大きな器のミルクが、どんどんと透明度を増してゆく。


「へぇ、こっちのは逆に濃くなってるね?」

 小さな器のミルクは、重厚感を感じるほど質感が上がった。


「茹で上げた外皮は成分が抜け出た分、目に見えない隙間だらけになってるの。その隙間がそれぞれから不必要な成分だけを吸い取って、質を上げてくれるんだ」




 そして、ついに作業工程は終わりに近づいてきた。


 まずは、カカオの粉と透明度の高い方のミルクを混ぜ合わせる。

「これがベース生地になる液体。このまま固めても食べられるけれど、ここにもう一つの方のミルクを混ぜるよ」


 ベースの液体に濃い方のミルクを慎重に混ぜていく。分量は勿論、一気に加えずに複数回に分けて都度、混ぜながら様子を伺いつつ慎重に慎重に……


「こちらは混ぜる量が難しいのでしょうか?」

「うん、入れすぎると食感がね……かといって少なすぎると口の中での溶け方がイマイチになっちゃうから、一番慎重にしないといけない部分かな」


 既に夕方。ほぼ一日がかりの作業も、もう少しで終わる。


 出来上がった液体を様々な型に流し込み、冷気系の魔法で冷やした薄手の金属箱に入れる。


「これでゆっくりと固まるまで保管ね、だいたい1日くらいで完成。残りも同じように全部やっちゃおうか」



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 ・


 1日がかりどころか、徹夜で丸3日。最後の金属箱の中身が固まるまでさらに1日を置いての4日後に、ソレは完成した。


「ん、完璧。もっとも基本形で何の工夫もないけれど量が量だから仕方なし。ともあれショコラン・・・・・完成ー。皆ありがとう、そしてお疲れ様」


 完成したのは超大量のチョコレートだった。


 しかし完成品を前に、ミミ以外の面々はさすがにグッタリとして動けない。

「(お、お菓子作りって大変だー……。淫魔族ウチの皆はいつもコレを作ってるのかー……うへぇ…)」

「(い、いい匂い~…だけどボク、も、もう動けない~……)」

「………つ……、………か、れ……、まし……た………、………」

「み、ミミ様…元気ですね……?」

 唯一ピンピンしている兎耳の領主様は、一人いい笑顔を浮かべていた。


ショコラン・・・・・を作るのは久しぶりだったから、ちょっと楽しくって。それにこれで、少しは皆が餓えるのを防げると思ったら、ね♪」





 その後、領主様お手製のチョコ菓子は領民すべてにしかと届けられた。


 食糧難なアトワルト領内において、バレンタインのチョコなどラブロマンスの対象にはならない。

 切実なる事情から、ありがたき恵みとして領民たちは感涙と共に、その甘味に舌鼓を打つ。


 かくしてここアトワルト領では、バレンタインにチョコを贈る行為は、食べ物へのありがたみを感じて感謝する日として、新たな形で定着したりしなかったりしたそうな。






 

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