第50話 第8章4 南北の強者
――――夕焼けが山の向こうに沈んだ直後。
その者はサスティを望む位置まで来ていた。
「はぁ、はぁ…はぁ、あそこがサスティの町か。けど…」
シュクリアにたどり着いた時、知ってはいたがまさかあれほど見回りが厳重とは思いもしていなかった彼は、あっさりと見つかってしまい、追われるハメになってしまった。
結局こっそりとシュクリアをスルーするはずが、ほぼ全速力で駆け続けるカタチで、今に至っている。
「ここも連中に制圧されてんだよな。はぁ~…一息つけるところはないものか」
ハロイドから移動し続け、満足な休息も取れないままに気付けば夜の帳が降りきる直前という時刻である。
まだ制圧されていない無事な町や村を探して、ハロイドより出立した意気盛んな若者は3名。それぞれ東、西、北へと手分けして向かった。彼は東方面の担当だ。
この3人は住民達の中でも熱烈な攻勢派だった。こちらから打って出て、領主様をお助けしようと息巻いている若者達の筆頭である。
ところがシュクリアにこのサスティと、行く先々で現実を見せられては今やその鼻息もすっかり穏やかになってしまっていた。
「やっぱり甘かったのかなぁ。くそ、こっちの道はドウドゥルへ向かってるからな…、領主様が気になるけれど、シュクリアですらアレだったんだ、俺一人じゃあ何もできないし…」
歯がゆい。領主様が囚われているとおぼしき連中の根城の位置がわかっていながら、何もできない自分の無力さを悔やみつつ、慎重にサスティの町を伺う。
「あの町をスルーしたって先にあるのはもうウオ村一つ…、…いっそナガン領まで行って助けを求めるか?? でもなぁ…ナガンの領主様って相当な地位の方だって話だし、俺なんかじゃ会えすらしないだろうなぁ」
これからの行き先で悩んでいると、サスティの町付近で動くものがった。遠目でハッキリとはしないが人影らしきものがこちらに向かって移動してきているように見えて、彼は慌てて手近な野原に伏せた。
時期的には厳しくなりつつあるがまだ青く長い草が多く茂り、しっかりと伏していれば遠目にはまず見つからないはずだ。
街道から外れた場所でこんな恰好…見つかってしまうと100%怪しまれる事だろう。
「(もう夜は間近だ。それにこんなに離れてりゃ…。大丈夫、このままじっとしてれば見つかりっこない!)」
確かに距離は姿を小さくし、闇夜は視界を妨げる。加えて夜が近いともなればよほどの事がなければ遠くまで歩き回るなんてことはしないだろう。
―――だがそれは、あくまでも彼の、一般人の感覚によるところであった。
「夜が近いとはいえ、ルートはきちんと回るぞ。サスティの奪還に成功した直後だ、残党に気を付けろ」
「ああ、言われるまでもない。些細な見落としもしないさ」
彼らはゴロツキではない。一流の貴族に仕える一流の兵士である。
警戒エリアとして設定された範囲内では、たとえアリ1匹分の異変たりとも見逃さないし、暗くなってきて哨戒が面倒だからと、サボろうという気持ちも抱きはしない。
「! さっそくだな…オイ! そこの草むらの。大人しく出てこい。逃げても構わんが、容赦なく後ろから貫く。命が惜しくないならば試してみるんだな」
本来ならば絶対に捕らえるべきだが、相手はならず者だ。逃げ遅れた残党が有益な情報を有している可能性は低いし、有していたとしても一向に構わない。
なぜなら殺してしまっても他のならず者に聞けばいいだけの話で、むしろ逃してこちらの情報を持ち替えられるよりはその命を絶った方が遥かに良い。
なので彼らはこういう時、相手を殺す事を大前提として対応に当たるように叩きこまれていた。
「ま、待ってくれ! お、おとなしく言う事を聞く! だから命だけは…ッ」
だが投降してきた者の姿を見て、彼らの殺気は急速に萎えていった。ならず者達とは違う、ごくごく一般の民の恰好をしていたのがその理由だ。しかしそれだけならば敵が一般人を装っている可能性も残る。だがその者、動き一つ見れば少なくともこと戦闘に関してはド素人である事がわかるほど、身動きも目の配り様もなっていない。
これが偽装したならず者であればそれ
「旅人か? それともどこかの村から逃げてきたか?」
殺気は込めずとも、油断はしない。槍の穂先を向け、いつでも間合いを詰めて貫ける足構えを取る彼らに、殺さないでと怯え震える相手。だが不意に、あっ! と声をあげたかと思えば、片方の兵士の顔をマジマジと覗き込んだ。
「…あ、あんた…いつか俺たちの町に…ハロイドに領主様と一緒に来てた兵士じゃあないか!?」
「む? …確かにハロイドには、この地の領主殿と共に出向いた事があるが…貴様、ハロイドの者か?」
「あ、ああ…そうだが…なんであんたが連中が制圧してる町にいるんだ?」
少し怪訝そうにしている彼に、兵士はあぁなるほど、と得心する。
「もしかして、まだあの町が占拠されていると思っているのか? 心配はいらん、今はもう解放されているぞ。つい1時間ほど前だ、我らナガン軍があの町の奪還作戦を終えたのはな」
すると彼は驚愕に目を見開いた。無理もない。隣領の軍隊がこんなところまで出張ってきているのだから、どういう状況なのか混乱してしまう事だろう。だが兵士の思惑とは裏腹に、直後彼が取った行動はおもいがけないものだった。
「た、頼む! な、ナガンの…あんた達の親玉に合わせてくれ! 俺は、いや俺たちハロイドの住民は皆、領主様を助けたいんだ!!」
すがりつく、などという行為をされたのは生まれて初めてだった。ナガン領は比較的治安が安定しているため、住民から文書で救援を請願される事すらあまりない。ゆえに戦える者としては
「ん、…コホン。何やら事情がありそうだな。…いいだろう、取り次いでやるが少し待て。まだ中は奪還したてでな、何かと慌ただしいのだ。――おい、こいつの面倒を見ておいてくれ。メリュジーネ様かロディ様を見つけてくる」
「わかった。ついでに周辺警戒もしておく、早く帰ってこいよ」
兵士仲間に後を任せ、彼はサスティの町中へと駆けてゆく。
何せゴロツキどもがのさばっていた町だ。中は酷い有様で、兵士たちを動員して片付けや緊急的に必要な補修などを行っている。
加えて連中が奪った町の財貨の返還に、伴ってきたサスティの住民達の安全確保、彼らの当面の生活支援のための物資搬入などなどなど、町の復興活動に大わらわである。
――――サスティの町、町長ゲトールの屋敷、応接間。
「ふーん、なるほどねぇ…いつだったか私が酔いつぶれてた時に、
ハロイドの住民だという彼と、兵士が顔見知りであった理由を聞いた直後のメリュジーネの言葉には明らかに棘があった。当然それらが向けられてる先にいるのは、あの時ミミと共にハロイドに同行した兵士たちである。
今更咎めるつもりはないが、自分という
「メリュジーネ様、その辺で…。お客人が完全に固まってしまっておりますれば、近衛をいびられるのもほどほどになさりませんと」
ロディの指摘を受けてハッとする。いつの間にか威圧感を放っていたらしく、目の前の民間人はその余波だけでまるで吹雪の中で凍えているかのように震えていた。
「あー、ごめんなさいねぇ。別にあなたに怒ったりしてるわけじゃないから、楽にしていいわよぉ~」
ニコニコしながら、しかし言葉に妙なしこりを残すあたり、根の深さは相当らしい。特にメリュジーネにとって
「はっ、はひっ…し、し、失礼しま、しま…しゅっ」
裏返った声と共に軽く一礼し、彼は促された場所に座る。町長の屋敷ゆえ応接間はほどほどの広さしかなく、テーブルもソファーもありきたりのものだ。
当然座って対面するともなると、メリュジーネとの距離はかなり近い。身分差を考えれば、本来まずありえない距離感での面会となるこの場の雰囲気に、彼はますます萎縮していった。
「は、ハハ…ハロイド…か、から…ほ、他にその、っ…や、奴らの手が及んでいない…ま、町や村がないか…で、ですね…探してその、えと、れ、連絡を取り合い、なんとか連中にた、対抗できないかとも、もも、模索を…」
「いくらなんでも緊張しすぎじゃないアナタ? もっと楽に楽~に…、ハイ! 深呼吸してー」
「彼らのようなイチ領民からしますれば、メリュジーネ様が思われる以上に貴女様の御身分は高貴にして天上の先のお人となります。この反応は無理からぬ事でしょう」
そう言うとロディは彼の後ろに回り、軽く両肩を掴んで一声と共に力を入れた。するとビクンと身体を大きく揺らした後、ようやく緊張から解放されたらしく彼は目をパチクリさせた。
「これで少しはマシにお話ができるでしょう。さ、どうぞお続きを」
「あ、えー…な、なんだかよくわからないけど、あ、ありがとうございます。えーと…ですね、とにかく俺たちハロイドの住民は、このアトワルト領内で暴れてる奴らをなんとかして、領主様を助けたいんです。けど俺たちの力じゃあ連中に真っ向から立ち向かうのは危険で…」
「それで助けを求めてこんなとこを彷徨ってた、ってわけね」
メリュジーネの解釈に、いえ別に彷徨ってたわけではと否定しかけたものの、彼の希望するところとしては、本質的に
何より天を流れる雲よりも遥か先におわすような地位の方を相手に、そのお言葉を否定する勇気などもとよりなかった。
「ご理解に些細ながら
少し嫌味なロディの言い方に軽く眉をひそめたものの、メリュジーネはとくに何かを言うことはなかった。口で勝てない事を理解しているし、現状を考えればあまり無駄な時間を使うのは適切ではないと思ったからだ。
「そうねぇ、とりあえずハロイド? ってとこの連中と協力するのは構わないわけだけど、具体的にはどうするつもりなのよ? 話を聞く限りじゃあ、今の位置から合流すんのは無理なんじゃないの?」
現在位置たるサスティの町からハロイドへ向かうためには、敵に支配されているシュクリアを通過しなければならない。
メリュジーネ達はれっきとした軍隊だ。隊列を成すはいずれもしかと武装した兵士ばかりで、遠巻きにスルーするには集団として目立ちすぎる。とはいえスルーしようと思えばいくらでも手立てはあるため、そこはさほど問題ではない。
メリュジーネが言葉に含める懸念はというと、そこまでしてハロイドの民間人と合流することに戦略および戦術的な意味はあるのかという点であった。
特に一刻も早くミミを救い出したい彼女である。戦力になるとは到底思えない民兵と合流するのに時間と労力を向けるくらいならば、このままドウドゥル駐屯村へ殴り込んだ方が有益だとさえ考えていた。
「ですが後々の事を考えますれば、やはり敵を逃がさぬためにもシュクリアは塞いでおいた方が良いでしょう、
そう、手紙に記されていたミミの計画には、まずシュクリアを奪還する事が第一とあった。理由は、敵の本拠地はドウドゥル駐屯村だが、そこを真っ先に攻めると敵の残党がシュクリアへと逃げ込んで厄介な事になる点にあった。
「シュクリアはアトワルト領内でも1番の都市……メリュジーネ様はご存知ないでしょうが、都市を取り囲む外壁もなかなかのものでした。あそこに敵の敗残兵が逃げ込み、戦力が膨れるような事にでもなりますと、攻め落とすは我々とて簡単ではなくなるかと…」
丁寧に意見を述べるは、かつてシュクリアに使いで買い物に
メリュジーネが個人的に頼んだこともあって、彼のアトワルト領内の地理に関する知識は信用に足る。故に反論の言葉は出てこず、彼女はむぅと軽くふくれっ面で不満をあらわにするくらいの事しかできなかった。
「防備をしかと固められでもすれば、ならず者どもといえど侮れませぬ。まだ脇が甘いうちにかの都市を奪還すべきでしょうな」
ロディの追い打ちもあって、方針は完全に決っする。
「Boo……それじゃあさ、日時を決めてハロイドの民兵と挟撃って感じになんのかしらね?」
「ですな。そこで彼にはハロイドの町へと戻り、その事を伝えてもらうとしまして…何人かの兵士も同行させましょう。道中の彼の身を護衛させつつ、あちらにて戦術の指導などを行わせれば、一般人とはいっても多少なりともマシな戦力にはなることでしょう」
そう言ってロディは、かつてハロイドに訪れた事のある兵士達に視線を向ける。その意味は
無言の命を受けた兵士達すぐさま退室し、運ぶべき物資の用意なり、ハロイドまでの移動ルートの選定なりに取り掛かっていく。内の1人は、ハロイドからきた彼の近くまで歩み寄ってきて、必要な確認事項を丁寧かつ明瞭簡潔に問うてきた。
ひとたび命を受けた兵士達のあまりの手際良い行動の様子に、メリュジーネとロディは満足気に微笑み、一般人の彼はただただ本物の兵隊というものの凄さに感嘆のため息をもらしながら、問いに対して要領の悪い答えをしては頭を下げるばかりだった。
――――――その頃…オレス村の北西、およそ1km地点。
「ちっ、考えが甘かったか。まさかこんな時間に攻めてくるたぁよ!」
ザードは吐き捨てながら手近にあった槍を手にとって大きく横に薙いだ。ならず者たちおよそ4、5人は、それで上下に真っ二つに分かれ、絶命する。
しかしザード達マグル村側が構築した陣の中には、およそ200人近い敵が入り込んでいた。
「回れ回れ! 手あたり次第にぶっ殺せ!!」
「はっはー!! 村人風情がイキがるからこうなるんだ、臓物ぶちまけなっ!!」
「火はつけんな! 闇に乗じろっ、かがり火は消しちまえ!!」
夕焼けが完全になりを潜めた夜の始まり。プライトラの軍勢はその時刻にあえて攻め寄せてきた。
200人規模の夜目が利く連中を投入した結果は、まさに大成功といえるだろう。マグル村側の300人弱は、有視界が利かないままに右往左往するばかりで、どんどん殺傷されてゆく。
「ちい! 調子に乗ってんじゃねぇ!!!」
ザードが吠える。敵の声を頼みに位置を察して槍を振るえば、確かな手ごたえをどんどん積み重ねてゆく。
…が、それが致命の一撃となってくれているかどうかまではわからない。社会のゴミたる彼らは存外しぶといのだ。手ごたえでは完璧だと思っても、息がある可能性は捨てきれない。しかし暗闇が、視覚での確認を妨げる。
そのためにザードはなかなか敵を駆逐して回れず、戦闘に入ってより既に10分近く経過しても未だ戦闘をはじめた位置から10mも移動できてはいなかった。
「(油断してねぇつもりだったが、クソ! マズイぞこりゃあ!)」
敵が夜戦を仕掛けてくる事は、悔しいが想定外だったと言わざるをえないだろう。だが確かにガッチリと防御を固めた陣地を構築する敵を乱すならば、夜闇に紛れてある程度の人数を潜入させ、中で思いっきり暴れさせるのは効果的な作戦だ。
特にマグル村側は、戦いに十分慣れている経験者はザードとドンしかいない。こういった奇襲作戦に対しては、自分達が考えていた以上に脆い事を今更ながら思い知らされた気がした。
ヒヒィイン!!! ブルルルッゥ!!!
「(あの
スレイプニルの鳴き声に、気合と闘志が篭っているのが感じ取れる―――つまり、魔獣がいる後方の部隊のもとにも敵が襲い掛かっている事の証だった。
だがザードは動けない。敵の新手が自分を取り逃がすまいと囲んでくる。
魔獣の鳴き方からして奮戦してくれているのがわかるが…いかに強力な魔獣だといっても、あれはまだ生まれたばかりだとも言っていた。送り主の手紙に欠かれていた内容から察しても、まだ十分戦闘に慣れているとは思えない。
「はぇぇとこ、駆け付けてシャルールさん達を守らねぇと…男が廃るってもんだぜ!!!」
軽く怒気を込めながらザードは全身に力を込め、槍を振るう。まるで雑草でも刈るかのようにならず者達は倒されていくが、手ごわいと理解した連中はザードに対して新手をどんどん寄越してくる。
魔獣の嘶きが悲鳴に変わらない事を祈りつつ、追いすがってくる敵を打ち倒しながら、ザードは後方に向かって少しずつ移動していった。
「……ハッ、頭数さえありゃあ、村人の寄せ集めなんざ簡単なもんだ」
オレス村から出てすぐのところで戦況を眺めているプライトラは、敵を嘲笑するように含み笑う。
本当ならばとっとと寝床につきたいが、村人どもを放置して調子づかれたら後々面倒になるのも、無駄に長引くのもつまらないからと、彼にしては珍しく策を練って兵を送り出していた。
「プライトラ隊長。あれならぶっ込んだ連中でカタがつくんじゃねぇですかね?」
「まったく、俺らの出番はないんじゃあ?」
部下達はまったくだと笑っているが、プライトラの考えているところは違った。確かにあの様子であればカタがつくのも時間の問題だろう。
しかし今回、プライトラは自分のノルマを達成するまでに、自分の部隊に大損害を被ってしまっている。加えて他部隊に増援を要求するという汚点がありながら、未だにノルマ達成には届いていないという、彼個人の立場的な問題を抱えていた。
「(クソ…他の奴に借りをつくる事になっちまうなんてな。リジーンの偉そうな態度がますます増長しちまうぜ)」
そんな彼女の態度を想像するだけでイラだちが募る。だからかもしれない、柄にもなくこんな時間に真面目に戦いを指揮しているのは。
「おい、お前ら。カタが付く前にいって来い。アレ片づけりゃ、北西の方は制圧楽になんだろうからよ、そうなるともう暴れられるところなんざないかもしんねぇぞ?」
言われた部下達はハッとする。抵抗してくれれば暴力で返す事もできるが、戦える者がいなくなった村は簡単に落ちるようになるだろう。そうすると少なくともプライトラの管轄内では荒事にありつけなくなってしまう可能性が大だ。
その事に気付いた連中は、命令に従って我先にと走ってゆく。その数およそ…400人前後。
「あわせて600ってとこか。まぁ400残ってりゃこっちは―――」
触手のような腕の先、指折り数えながら何気なく振り返ってオレス村の方をうかがった瞬間、プライトラは時が止まったような錯覚を受けた。
村内には一応は100ほどを残している。否―――残していたはずだ。
「……おい、あの二人は何モンだ? あんな奴ら仲間にゃいなかったろ、誰か知ってるか?」
プライトラに声をかけられ、手近で待機していた者達もようやく振り向く。村の出入り口からゆっくりと歩き出てくる大小2つの影は、まるで村内には誰もいませんでしたよ、とでも言いだしそうなほど悠然とした態度で歩き、自分達との距離を詰めてくる。
その様子だけで、プライトラの本能は警鐘を鳴らしていた。部下から返答が返ってくる前に察する―――こいつらは敵だ、それもとてつもなく強い!
「……ふぅー…。あーなんだ、いくつか聞いてもいいか?」
プライトラは話しかける。はたして応じてくれるかは不明だが、今後のためにも現れた二人組には、聞いておきたい事が多い。
「まず…どこから来た? いや、どの方角からやってきた?」
最初に敵か味方かを問わなかったのは、その返答が戦闘開始の合図になると感じたからだ。事実、二人組は足を止める。こちらとの距離は3、40mあるかないかの位置…一応は会話に応じてくれるらしいと、プライトラは判断する。
「北東、…オリス村、とやらからだ。もっとも村人ではないがな」
大きな影―――鎧の男が口を開く。フルフェイス型の兜ゆえに口を開いているのかはわからないが、少なくとも隣の小さな影―――やたら身の軽そうな恰好の女には似つかわしくない声色が、プライトラ達に届き聞こえた。
「だろうな…、んじゃ次の質問だ。村ん中にゃ手下どもが100人ばかしいたと思うんだが……そいつらはどうした?」
いくらゴロツキでも、見ず知らずの者が縄張りの中を横断されて、黙ってみているはずがない。聞いておいてなんだが、返ってくる答えは安易に予想がつく。
「無論、全員あの世だ。犯罪者なのだから、それくらいの覚悟は常々しているだろう?」
男の声にはなんら感情が宿っていない。友人と雑談を交わすがごとく、それが何か特別な事でも? といった口ぶりだ。
予想していたプライトラとは違い、部下達はざわめく。敵の強さを感じ取れるものでなくば信じられないことだろう―――100人をたった2人で、しかも一切戦闘の形跡をその身に付けることなく屠った事実などは。
「(それでか…確定だ、オリスに
緑色の植物頭の後ろを冷や汗が流れる。
これはピンチだ。命の危機がかかるほどの。
もう向こうの村人どもの戦闘などどうでもいい。今、一番重要なこと…それは、プライトラ自身が、どうやってこの眼前の二人から逃げきるか、その一点のみだった。
「(どうする? まずはこの場から逃げて…リジーンのいるシュクリアに逃げ込むか? いや、それじゃあ先延ばしになるだけで、こいつらは絶対にそこにも来やがるだろう。ドウドゥルまで行くか? …ありだな、金目のモン持ってさっさとおサラバしちまうのが最善か)」
打算が駆け巡る。何はともあれ命あっての物種だ。当面の食い扶持さえ確保できれば、とりあえずは良しという結論に達する。
しかしそんな彼の計算の中にあって、この場を逃げ切る算段については、あまりにも不足してしまっていた。
理由は目の前の二人がとてつもなく強い、とその強さを抽象的に感じ取ってしまっている事にある。具体的な強さがわからないために、逃げるだけならばなんとかなるだろうと、簡単に考えてしまっていたのが、プライトラの誤算である。しかし彼はその事に気付くことなく、立てた逃亡プランを実行に移そうとしていた。
「(おい、お前ら。合図したら一斉にかかれ。300もいるんだ、たった二人…安いもんだろ? 躊躇すんなよ)」
プライトラは小声で部下達をけしかける。伝言ゲームで即座に300人に伝わったのを確認すると、軽く息を吸い…そして、二人組に対して最後の質問を投げかけた。
「で、だ…。一応だ、一応聞いておくが…お前ら、…敵か、味方か?」
「フッ、仲間を殺し尽くす味方がいるとは思えんが?」
はじめて鎧の男に、緩やかながら感情らしきものが言葉に篭る。それは楽し気なものだった。余裕―――しかしそれは、僅かではあるが隙が出来たと捉える事も出来る。
プライトラは後ろに触手のような自らの片手を回し、そして一気に振り上げて最後の一声をあげた。
「同感だぜっ!!」
ならず者達が一斉に飛び出してくる。村の明かりを背にしている事で、戦場の有視界は良好だ。
「(もっとも、暗闇だろうと見えるから関係ないんだがな)」
イムルンから巨大な剣を受けとる。それは柄の部分だけが見えていて、刃の部分は黒いモヤがかかっていた。
柄を掴んで引くと、まるで鞘のようなモヤから具現化した刃が引き出された。完全に引き抜いた後、軽く持ち上げて前に振り下ろすと、刀身の中央でパカリと割れてまるでハサミのように開く。
「シザースブレードなんて、またエグイ武器をチョイスしましたねー、魔お…とと、タスアナ様」
「犯罪者に慈悲は無用だろう。罪状が明確なら尚更だ、冤罪の可能性とてもはやあるまい。…イムルン、お前はあっちを助けてこい」
あきらかに楽しむ気でいるタスアナは、兜のアゴでマグル村の者達が苦戦している闇の戦場を指し示す。するとさすがにイムルンも、これ以上は御方の楽しみを奪うまいと、わかってますよーと言わんばかりに両肩をすくめてから、迫る300のならず者達を一足飛びで軽々と飛び越していった。
「んじゃ、行ってきますんでー、くれぐれもこんな雑魚に遅れをとったりしないでくださいよー? 傷でもついたら私が後で皆に叱られんですからー!」
「いいからさっさと行け。村人の被害が深刻であったならば、私がお前を叱るぞ」
そんな理不尽なー、と叫びつつも、イムルンは素早く村人達の方へと向かってゆく。
目の前で、自分達の存在などまるでないかのような緊張感のないやり取りをされて、さすがのならず者達も憤りをあらわにタスアナを睨んだ。
「いい顔だ。実力が伴わぬのであれば、せめて意気だけは猛々しいものを持ってもらわんとつまらんからな」
シザースブレード。柄は普通の剣のソレだが刃が二つに分かれている。ハサミのように敵を挟んで斬る事ができるというエグイ武器だ。
だが柄に込める力加減で刃の開閉がなされるそれは、当然普通の剣としても扱える。しかるべき者が振るえば、多くの戦闘
その分扱いは難しくはなるが、1対多数の戦いにおいて、それがちょうどいいハンデとなるだろうと踏んでのチョイスであった。
「おぉぉお! 死ねぇ、この鎧野郎がっ!!」
「撃て撃て! 味方に当たったって構うものか、撃ちまくれ!!!」
「ぶっ殺せ!! んで鎧を剥いで、テメェの武器で首チョンぎってやれーーー!!」
下品な叫び声を轟かせながら、敵は向かってくる――――ウズウズする。そしてワクワクする。
できればこの中に、多少なりとも腕のたつ者が2、3人でも紛れ込んでいてくれたならば嬉々として戦うのだが。
思わずほくそ笑み、タスアナはいかんいかんと自分を
「雑魚とて油断は禁物、か。…フッ、はたしてそれほどの者がいるか、とくと確かめさせてもらうとしようか!!」
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