第49話 第8章3 濾し集う白


――――――ミミが囚われてより9日目。


「はぁはぁ、クソ…クソクソがッ!! この吾輩がなぜ、なぜ敗走などっ!!」

 200近い兵が勝手に戦線離脱し、撤退しはじめたのが敗北のはじまりだった。ナガン正規軍に対し、数の不利は確かにあったが、それでも対峙できない差ではなく、ベッケスの考える“戦略”通りであれば、勝てないはずはなかった。

 もっともその戦略が、まるで合ってない事に当のベッケスは今をもってしても気づきもしていないのだが。

「(…ウオ村についたら、もう見限ろうぜ。さすがに無理だよ)」

「(くそー、俺らもノっとけばよかったなぁ、真っ先に離脱した連中が羨ましいぜ)」

 崩れたベッケス軍はナガン正規軍の追撃により手痛い打撃を受け、今では400余りの生き残りがベッケスに続いて退路をひた歩いていた。しかしそのほとんどは大なり小なり負傷しており、軍容は見る影もない。無謀な戦いのツケはあまりにも大きいかった。

「ぬぐぐぐぅ…、しかぁし! ウオ村に、そしてサスティにはまだ兵が残っておる! ひのふのみの…うむ、十分に戦える…ッ、吾輩はまだ負けてなどいなぁい!!」

 確かにウオ村とサスティにはそれぞれに200人ほどがいる。合わせれば800となり、逃亡した200を喪失したとてまだ戦えない頭数ではない。しかし…


「まだ戦えるつもりでいるのかよ」

「うぜぇ…」

「こんな状況で? ふざけてろよバカが…」


 兵たるならず者達からは、もはや口を憚ることなく文句が噴出している。幸いにもなぜかナガン正規軍が追いかけてくる速度は遅く、このまま逃げおおせる公算は高い。

 しかしウオ村に残っている連中もサスティに残っている連中も、どちらも怪我人を多数抱えている。合わせて800という数も、その実態はボロボロだ。頭数の多寡だけで戦争ができるなら戦史の先人達は誰も苦労しなかった事だろう。

 もはやならず者達の士気は地に落ちた。その事にいまだ考えが回らぬは隊長たるベッケスただ一人であった。



 一方のベッケス軍を追いかける形で街道を西進するナガン正規軍。

「こんなにゆっくりで大丈夫なのロディ、あいつら逃がしちゃわない??」

「問題ございませぬ、メリュジーネ様。むしろあまりにも早くカタをつけてしまいますと、我らの行軍がアトワルト候のご迷惑となってしまいましょう」

 その気になればいつでも追いつける速度で軍を動かす事も可能だ。しかしあえてロディは行軍速度を抑えさせていた。

「今現在、我らが軍の大儀は、ナガン領内へと “ 侵略された事 ” にございます。ですので、ベッケス軍あの者らを平らげてしまいますと、その時点で軍を引かねばならないのです」

「それじゃダメよ! ミミちゃんを助けにいくんだからっ」

 シャーッと特有の唸り声をあげながらいきり立ちそうになっているメリュジーネをなだめつつ、執事ロディは説明を続ける。

「ですので、彼らには今しばらく生きていてもらう必要がございます。彼らが後退した先にて、あれらのせいで・・・・・・困っているアトワルト領民の一人でも見つけられたならば、最良なのですが」

 それに対して首をかしげたのはメリュジーネだけではない。同行する部隊長各位も、主と同じように不思議そうな顔をしていた。

「この地の民に懇願された・・・・・とあれば、少なくともその民が住まう町なり村なりを救う大義が出来ます。それが最終的にアトワルト候を助けるに不足なき大儀へと繋げられれば、メリュジーネ様のお望み通り、アトワルト候の救出に大手を振って動く事が―――おや、何やら様子がおかしいですな?」

 説明の途中ながらロディは口を閉ざして彼方を見る。追いかけていた敵が、1、2kmほど遠目にあっても、浮足立っている様子がハッキリと伺えた。




「な、何事だぁ、これわぁあ!!?」

 ベッケスの叫び声に答える者は誰もいない。それほどに軍は混乱を極めていた。


 ザシュッ!! ザンッ!! グシャッ!!!


 血が飛ぶ。肉が飛ぶ。叫び声が飛ぶ。

 どこからともなく現れた敵に、ベッケス軍の敗残兵およそ400は、みるみるうちにその数を減らし、屍の山を築いていた。

「喰いやぶれ! 遠慮はいらん。姐様にあだ名す連中だっ、情けをかけるな!!」

 ワーウルフが先頭にたって音頭を取り、自らも幅広の片刃剣を振るってベッケス軍のならず者達を切り裂いてゆく。

 かつては同じくアレクス革命軍に属していた彼らに、昔の同胞を殺めるに一切の躊躇いはない。今や領主ミミに忠実を持って行動する改心者であるのだから。

「メルロさんは見ないほうがいいッス! 大丈夫、しっかりお守りするっスよ!!」

 シャドウデーモンが一団の最後尾にいるメルロの影から言葉を発する。メルロは小さくありがとうと礼を述べるが、その両の眼でしっかりと戦場を見つめていた。

 それは、夫が赴いた戦場の様相ではない。しかし生の残酷な戦いを通して、彼女は過去の想いと向き合おうとしていた。

 現実の非情さと愛する事の無力さ、そして無様にも生きている自分をこうも守ってくれる方々の存在の大きさ。

 不意に、味方の中から小柄な種族の兵士が前に出ていくのが見えた。種族も容姿も違うというのに、その背中に映し見えたのは他でもない、よく知る小さなゴブリンの後ろ姿。

 幻影は一瞬で霧散する。それはその小柄な兵士が敵の反撃にあって殺されたからではない。一撃を受け止め、傷を負いながらも反撃によって敵を打ちのめす姿が、懸命なる生を、そして非情に抗う様を、強く印象的に魅せてくれる。

「………」

 かつてすべてを諦めた自分。自分を諦めた自分。自身の命を諦めた自分、みずから命を放棄しようとしていた自分……

 あの日から、ゴブリンが――――ドンが、自分の面倒を見始めたあの日から、周囲のいろいろな人が、そんな自分を守ってくれた。全てを失ったはずのメルロに、どんどん新しい何かがあらわれて、入ってきて、そして――――

「……すぅっぅぅ……、……クァックアァックアァ~」

「!?」「ん、この鳴き声は?」「メルロさん??」

 近くにいた兵士たちが一斉に振り向く。

 メルロの鳴き声、それはトードマンの血を引く彼女の生まれ持った特殊能力。

以前は相手を気絶させる事に使用したが、鳴き方によって効果を変える事ができる。そして今、その鳴き声は聞く者の精神のざわつきを抑える効果を発揮していた。しかしそれは鎮静ではない。過ぎた高ぶりをなだめ、気力と戦意を高い水準で安定させてゆく。

「クァックァックアァァ~」


雨の日の歌は調和するケロッグ・ハーモニーソング

 ――― トードマン系種族が、その声帯から発する事のできる音域と魔力をあわせて発する特殊魔法。

 魔法というよりも技能に近い特徴を持っている。ケロッグ・ブレインバーストとは異なり、この発声方法では聞く者に対し、喧騒の中にあっても一定の落ち着きを保たせる事ができる ―――


 それは不思議な光景だった。鳴き声自体は、降雨を喜ぶカエルのソレを思わせるが、美女たる容貌を持つメルロが鳴けば、まるで品格のある歌姫であるかのように感じさせた。

 兵とはいっても、ガドラ山に退避していた単なる一般民がほとんどである。厳しい戦闘に対して恐怖がないわけがない。

 意を決して山から下り、ウオ村を急襲して村を取り戻す事に成功した直後の連戦では当然疲労もある。山上からナガン正規軍を確認できた時、連中に一泡ふかせられると高まった高揚感も、戦場の現実リアルを知れば、長続きはしない。

 奇襲がうまく決まったとはいえ、ベッケスの敗残兵は400ほど。対してガドラ山から攻め下った民兵は300いるかどうかである。

 せめて彼らを支えたい――――メルロは自分に出来る最大限の行動を自ら考え、実行に移したのだった。






――――――その頃、北方では…

「よぉし、第一隊は武器を構えて待機だ! 第ニから第五はさっさと柵を立てちまおうぜ!!」

 マグル村より出撃した総勢300余名は街道を進み、オレス村を望める位置まで進んできていた。しかし彼らはそこで進みを止める。まず先頭の隊が、運んできた土嚢を積み上げて簡素ながら素早く防御態勢を敷くと、他の隊がオレス村の方を警戒しつつ木柵や天幕テントを張っていった。

 目的は最初から、距離を詰めての陣地構築である。当初こそオレスまで攻め進もうという意見に勢いがあったものの、ドンのアドバイスを受けて敵を視認できる位置まで前進し、街道上でガッチリと防衛陣を固める方針で落ち着いていた。

「ふーん…まだだいぶ遠いが、これ以上詰めるのは…ヤバいな」

 巨体のザードをして軽く背伸びをし、ようやくオレス村の様子が見える距離だ。ここに強固な陣を敷いておけば、オレスより再びマグル村へと向かう軍が起こったとて察知も迎撃も容易く、かつマグル村の安全性が増す。


 しかし、現在もマグル村側にはまだこのまま攻めてしまおうという意見は根強く残っていた。その後押しとなっているのは、先の戦闘でジロウマルと魔獣が見せた活躍だ。加えてザードも剛の者として認知されているために、彼らがいれば多少の数の差なんて……というのが好戦的意見者達の根底にあった。

 だがザードはオレス村の様子を伺うにつれて、ドンの意見慎重論の方が正しかったと確信を深める。

「(……増えてやがる、な。あのグレムリンが嘘ついてたってわけじゃあないだろうが…7、8百…いや、1000はいるんじゃあねぇか、アレは?)」

 遠目でハッキリと見えるわけではないが、感じられてくる気配は500程度のものではない。確実にそれ以上の人数がオレス村にはいる。

 村の周囲、入り口付近には一か所につき7、8人が常駐しているらしく、その場から動く気配はない。村からやや離れたあたりを巡回してる10人ほどの小隊がいるが、こちらにまだ気づきそうな雰囲気はなく、面倒そうにのんびりと歩いている。

「ま、油断してくれてる分にゃ結構な事なんだがな。こっちから気張って攻めるにゃ、キツいな…」

 つい口に出してしまったその言葉に、近くにいた村人の一人が噛みつく。

「どうしてだ? 油断しているのならばますます攻めるべきではないのか!?」

「威勢のいいのは嫌いじゃないがな、人数が違い過ぎる。どこぞから増援貰ってるとなりゃ、こっちの今の頭数で攻めるのは無謀ってもんだ」

 村人は不思議そうな顔でオレス村を見る。いかに牛獣人ワーオックスといえども、一般人ではこの距離で村の気配を感じとる事はできないらしく、納得しかねる様子で視線を戻す。ザードはどう説明したもんかと軽く息を吐き、頭を掻いた。


「簡単な事だよ。あの村オレスを取り戻せたって、戦いはそこで終わりじゃあないんだ。……増えてるな、たぶんシュクリア辺りから増援が入った、って感じか」

 不意に歩み寄りながら説明してくれたドンに、助かったとばかりにザードは軽く口笛を吹いた。敵の数が増えている事を察知できる者が2人いる―――それだけで敵の脅威度が増している事実に説得力が増す。

「それこそオレスの次はシュクリアに陣取ってる連中を相手にしなきゃいけねぇかもしんねぇんだ。目の前だけで事が済むんなら、こっちの被害覚悟で攻めるのもありっちゃあありかもしれない。けど…あんた、その被害の一人になってくれる勇気と覚悟はあるかい…さすがにそこまでは無理だろう?」

 再びザードは口をとがらせる。が、今度は乾いていたのか、音はならなかった。ドンの説明でさすがに村人は作り笑いを浮かべ、すごすごと引き下がる。

 どんなに意気高揚していたところで、精神的な修練など一切行っていない一般人の寄せ集めだ。勝利のために進んで犠牲になれる者などいやしない。


「しかしドンさんよ。まだ動き回らないほうがいいぜ? …おっぱじまったら嫌でも動いてもらう事になるんだ、それまでカラダ休めときな」

 下手な心配の言葉はかけない。戦うな、とも言わない。むしろ戦いのために休めと言い回せば、まだその方がドンは聞き入れるだろう。ザードなりの気遣いにドンは軽く俯き、両肩の力を抜いた。

 全身に巻かれている包帯が痛々しいが、マグル村を出る前に比べればまだしっかりとした立ち姿、順調な回復ぶりといえるだろう。だがそれでもまだ無理している事を隠し通せるほどではない。ことズドゥ・スァ・ドゥーンザードたる強者の目は特に誤魔化せはしなかった。

 ドンは、軽く息を吸いながら背中を反らせるようにして頭を上げる。

「ああ、わかったよ…っと、うるさいのも迎えに来たみたいだしな」


「ここにいたー。ドンドン、まだ寝てなきゃダメなーのー!」

 淡いピンク色の、ミニスカートのナース服に身を包んだ女性が走ってくる。随分と可愛らしいが見た事がない女――――もし、その独特のしゃべり方まで変えていたら、ザードは強い警戒心を持って身構えてしまっていた事だろう。

「あー、スライムの嬢ちゃんだったか。一瞬誰かと思ったぜ」

 時間にして0.1秒にも満たないが、一瞬で高まった闘気は彼女―――ムームがすぐ近くまで走り寄って来た頃には完全に霧散して欠片も残していない。ドンはさすがだと思いつつ、もしもザードが本当の本気を見せたならば、目の前の1000人すら屠れてしまうのではないかと心中、苦笑する。

 しかしその隙を突かれて、ナース姿のムームの一部にその身を拘束され、背におぶられるカタチで医療用天幕の方へと強制連行されてゆく事となった。





―――――サスティの町、街道沿いおよそ800m南東


 メリュジーネ達ナガン正規軍は、ウオ村を経由して一気に街道を突き進み、今ここに陣を構えていた。

「お久しぶりねー、メイドちゃん。……随分大変だったみたいね」

 一番大きな天幕の中、メリュジーネの前で下げていた頭を上げると、用意された椅子につつがなく座る。立ち居振る舞いは完璧だ。とても片田舎の村出身とは思えないメルロの所作は、その容姿の良さもあってとても様になっていた。まだ捕らわれた時に乱暴された痕が随所に見え隠れするカラダ。

 彼女の苦労が推察され、メリュジーネも哀の色を浮かべつつ、かける言葉に苦難をねぎらう感情を込めていた。

「…ナガン候…に、ぉか…れ…まして、は…」

「あー、そういうのいいからいいから。別にちゃんとした場でもないんだしっ、面倒は抜き抜き! 私とメイドちゃんの仲でしょー?」

 メルロは目をパチクリさせる。確かに以前、訪問された時に挨拶を交わしてはいるものの、メリュジーネとはそれほど懇意に交流を交わしているわけではない。自分はあくまでもアトワルト候の側仕えという立場でしかなく、それはあの時と今もなんら変わらないものだ。

 所作にしても領主様ミミの側仕えにあって、メリュジーネのようなお偉い方と会合するような場に同席した際に備えて、少しづつ勉強と練習を重ねた結果である。

 しかしながらミミといい、このメリュジーネといい、高い位のお方でありながらこうも気さくに接っしてくれる事が、メルロにはなんとも可笑しくて不思議に感じることだった。

「アトワルト候付きの侍女、メルロ=サエモン殿。メリュジーネ様のおっしゃられる通り、この場に・・・・おきましては問題はありませぬ故、楽にして結構ですよ。連れの方々も礼を尽くす必要はございません故、力を抜いてください」

 ロディに促され、メルロの後ろに付き添って膝をついていた面々は、大きく息を吐く。どれほど緊張してんのよ、とケラケラ笑うメリュジーネの態度に、ご自身が凄まじい地位にある事を自覚していないんだろうか? などと呟きながら首をかしげる者も少なくなかった。

 メルロ同行者の顔ぶれはウオ村の村長にサスティの町の町長ゲトール、そしてミミの下で改心し、メルロをドウドゥル駐屯村より救い出した元ならず者達だ。

 何せメリュジーネ=エル=ナガン候の地位を知った後なれば、面会にメルロが呼ばれたとて一人で行かせるわけにはいかない。用件次第では今までの頑張りも苦労も、すべて吹き飛ぶかもしれないのだから。

 しかしフタを開けてみれば随分と気楽なムードに、彼らはまずは安堵した。


「では早速、用件を申し上げます。メルロ殿をお呼びいたしたのは他でもございません。我々の傘下に加わっていただきたいのです」

 しかしロディの言葉に、安堵のため息は再び彼らの口へと吸いこまれる。執事ロディの言葉の意味するところを測りかね、不安を感じたからだ。

 まず彼らが率直に考えたのはメルロの引き抜き・・・・である。それはアトワルト候からメルロという侍女を奪う行為ではないのか? と思ったからこそ、一様に緊張の度を高めていた。

「ロディ~、相手は普通の領民とかメイドさんなんだから、そんな言い回しじゃわかりづらいでしょ? 貴族社会みたく真意を汲むのに慣れてるわけないんだし、ちゃんと言わないと誤解されるわよ?」

「おお、これは失礼をば。正確に申しますれば、この軍に随行していただきたいのでございます。本来であるならば、安全なところへとエスコートすべきなのですが…」

 ロディがそこまで言ったところで、メリュジーネが会話を引き継ぐように口を開いた。

「結論から言うとね、メイドちゃんが一緒にいてくれれば、私たちは大手を振ってミミちゃんの救出に向かえるのよ。でないと目の前の連中をぶっ潰したところで帰らないといけなくなっちゃうのよね」

 天幕の外から、兵士の掛け声が聞こえる。雑多なものではない、きちんと統制された者達の鬨の声と号令がこだましていた。

「ああ、気にしなくっていいわよ。町攻めさせるのはあいつら・・・・に任せとけば万事オッケーだから」

 そういうと大あくびをひとつかいてみせるメリュジーネ。あいつらとは彼女の臣下達のことだろう。直接指揮を取らずとも十分とばかりに今しがた口前を覆った片手を軽くヒラヒラさせる。

 実際、ウオ村の東方でベッケス軍を暗黙のうちに挟撃した時から、その軍隊の統制と練度には目を見開かされてきたメルロ達である。自分達ならば悶々としてあーでもないこーでもないと悩み苦労する町攻めも、メリュジーネとその軍にかかればこの余裕ぶりも十分に納得できてしまう。

「もう少しご説明いたしますと、現在我らが進軍の大儀は、目の前のならず者どもが、我らがナガン領へと侵犯した事にございます。それゆえ彼らを討伐する事が、現在こちら・・・のアトワルト領内への進軍の目的となっているのです」

 ロディの説明で、メルロのお供達にようやく理解の色が灯りだす。そしてその中から一人、頭のないデュラハンが挙手し、発言の許可を求めた。

「どうぞ」

「お話の途中、割り込んで申し訳ございません。私、サスティの町長をしております、ゲトールと申します。まずはこの度の、我が町を蹂躙せし者達より奪還においての貴軍の助力に対し、深く御礼申し上げます」

 そして頭を下げる。非常によい礼儀の心の持ち主であるとロディは感心して軽く頷き、一方でメリュジーネは、もーそういうのはいいから、とうんざりした様子で発言の先を促していた。

「お話から推察いたしまするに、貴軍がメルロ殿を伴うことによってよりこのアトワルトの地にて軍を進めるための名分を得られるとのお考えであると思われますが…それで合ってますでしょうか?」

「ええ、その通りです。何か問題がございますかな?」

 ロディの問いに対し、ゲトールは首を横に振る。実際には頭がないゆえ、胴体を大きく左右に揺さぶる事で首を横に振ったのだと、ロディ達は理解する。

「いえ、貴軍の強さを考えますれば、メルロ殿の身に危害が及ぶ事もございますまい。なんら問題はないかと思います。ですが一つ、お願いしたいのです」

「お願い? 無茶な頼みはアレだけど、だいたいの事なら聞いてあげるわよ?」

 メリュジーネが即座に了承しても良いとの意向を示したことで、ロディもゲトールに肯定の頷きを返した。

「では、僭越ながら……我らも貴軍の進軍に際し、随行させていただきたいのです」

 それはゲトールのみならず、ウオ村の村長に改心組の面々も同じ気持ちだった。ならず者達に蹂躙された町を取り返し、囚われの領主様を救い出したい気持ちは強い。

 特に、いかにメルロを助けて守る使命を直接与えられたとはいえ、実質的にドウドゥル駐屯村に領主ミミを置き去りにしてきた改心組の戦意は強かった。


 だが、見ればロディは自身のヒゲを撫で、メリュジーネも置き場に困るかのように尻尾の先を中空で舞わせている。浮かべる表情は共に―――難色。

「うーん、その意気は買うけど…戦争よ? 死んじゃうかもしれないのよ?」

 メリュジーネの性格ならば、簡単にうんオッケー、と言いそうなものだが、意外にも渋る。その背景には貴族ならではの理由があった。

「まず、あなた達はあくまでも民間人・・・だってこと。いくら戦闘に長けてるからっていってもね~…、そういう職業の人ならまだいいけど? でも民間人はどんな理由でも戦闘に巻き込んじゃうと、後々面倒なのよね~…」

 当初は何人かの現地人に随行してもらう事で自分達の大儀名分を確保する手はずであったが、それも領主に仕えていたメルロが居たことによって事は足りるのだ。

 いかに自慢の軍であろうとも、戦争において絶対はない。流れ弾にでも当たって死なれたら、それだけでうっとおしい奴ら政敵が待ってましたとばかりに口撃してくる事だろう。そればかりか自分の領民も守れないのかと、ミミに矛先が向かう可能性も高まってしまう。

「(まぁ、こちらは現時点でも可能性は高いのですが…戦争へと伴って死亡されれば問題はより複雑化してしまいかねませんからね)」

 ロディの懸念もメリュジーネと同様だ。しかし彼ら地上の一般人に、魔界本土の貴族社会の面倒事など想像もつかない話だろう。真っ当に説得するのは難しかった。かといって彼らの意気は素直に称賛に値し、無碍に断るもなかなかどうしてである。

 二人がどうしたものかと悩まし気にしていたその時、メルロの後ろからアッ! と大きな声があがった。

「そうだ! アレだ!! ほら、姐様から託されていた―――」

 ワーウルフの言葉に、他の3人もアッ! と声を上げる。特にハーフハウンドは自分の担当だっただけに、ひと際大きな声をあげていた。

「な、なになに、どしたのよ急に?!」

 驚き話しかけてくるメリュジーネをよそに、4人は軽く話込む。

「だが…あれは10日を過ぎて、という事ではなかったか?」

「けどもう9日目ッス! アトワルト様をお救いするためにも、ここでナガン候と合流できたのはちょうどよかったと思うッス!!」

「だな…うん…やはりそうしよう。少々早くなってしまうが…――すみません、ナガン候。実は、貴女に渡したいものがあります」

「なになに? ラブレターかしらん♪ …ってホントにラブレター!?」

 冗談のつもりだったところへ、本当にハーフハウンドよりハートマークのシールつきの薄青い封筒を差し出され、メリュジーネは驚愕する。

「これは、お嬢…あー、この地の領主であるアトワルト候より、10日が過ぎても事態に改善が見られなかった場合に限り、ナガン候へとお届するように、と申しつかっていたものです」

 不慣れな、しかし懸命に敬意を込めた所作と共に差し出された封筒。その態度にはメリュジーネという高位者は無論のこと、託された誇りと託してくれた者への敬愛が感じられ、ロディは目を細めて口元を緩める。

「ミミちゃんから? …なぁんだ、ラブレターじゃないのかぁ~、Boo~」

「メリュジーネ様、お戯れはその辺で…。まず私が中を検めさせていただきます」

 そういうとロディはハーフハウンドより丁寧に封筒を受け取る。そして無言のままに手をかざすと、封筒が発していた魔法の輝きは消え失せ、封が解かれた。

「本当はまだ、指定の日より1日早かったんですが…」

 付け加えられた言葉を聞きつつ、手紙の内容に目を通したロディは、軽く笑っていた。

「(なんともはや…、メリュジーネ様にもかの御方ミミの爪垢を飲ませたいものですな、割と本気で)」



――これを持って訪れし者、アトワルトの地の民であり、我が直属の配下である。アトワルト領が領主の名と、届し者の名を持って、正式に助勢を求むる ―――



 その2行に始まり、領内進軍の認可や領内における行動容認事項の記述に、敵性存在に関する詳報などと、事細かに記されていた。

「ロディ? 結局なんの手紙なのよソレ??」

 手紙の内容を知らないメルロ達も、興味がつきないのか、静かに言葉を待っていた。

「アトワルト候、最後の一手でございましょう。多くをご自身でなんとかなさろうと努力されていたようですが、本当にどうにもならなかった場合のみ、メリュジーネ様を頼られるよう準備しておいたもののようです。かの御方にとって、どうやら我らは少しばかりフライングしてしまった切り札のようですな」

 そういって苦笑する執事から手紙を受け取ると、メリュジーネもその内容に目を通していく。そして頼りにされていた事がよほど嬉しかったのか、手紙から上がったその顔は、満面の笑みを浮かべていた。

「すごいじゃない、コレ。さっすが私の・・ミミちゃんだわねっ♪ ほとんど私たちの進軍の理由言い訳からこの先のやり方まで、完璧に書かれてるじゃないの」

「アトワルト候はメリュジーネ様のものではございませんが、それは置いときまして…さすが、と申し上げるに足りる御方である事は間違いございませぬな」

「ちょっとロディ―――」

「それで、この手紙によりますれば、皆さんの申し出に関しましても、どうやら叶えて差し上げられそうですよ」

 あえてメリュジーネの文句をスルーし、ロディはメルロ達に笑顔を向ける。その一連のやり取りに、とても上流階級のすごい貴族様とは思えず、メルロはともかくとして後ろの男達はどう反応すべきか困り、苦笑いを返すので精一杯だった。



 こうしてナガン正規軍はメルロ達を加え、完全な大義名分を得る事に成功する。しかも戦力が増大するというオマケ付きでだ。


 そして、夜が迫る夕暮れ時、サスティの町の奪還戦は激しくなっていった。

 メリュジーネが野宿は嫌、と一言発した事が理由で、ベッケス軍は夜が来る前になんとも悲しい理由によって殲滅されるという最後を迎えたのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る