第32話 第5章4 不可思議な敵ーシュクリアー



――――都市シュクリア郊外。


 外壁を睨んで展開するならず者の数はアレクス革命軍の中でも随一だ。最大兵力を有するのは当然で、何せ目標はアトワルト領内最大の都市である。



「ふーん、あれがシュクリアかぁー。こんな田舎にしちゃそこそこマシっぽいカンジ?」

「ハッ! リジーン様。この地では一番の都だそうで……」

 すぐ傍の部下にリジーンと呼ばれた彼女は、どちらかといえばまだ小娘と侮られる年頃の娘だった。

 しかし頭には角を生やし、臀部でんぶ付近から黒光りしそうなツヤのある細い尻尾が伸びている。

 そして本来ならば瞳の、白であるはずの部分が黒一色に染まり、瞳孔は逆に白く輝いて正円ではなく二重の輪が収縮している。

 肌色も青紫という独特の雰囲気を感じさせる特徴を多分に有している少女……。



――――――悪魔族。

 邪悪を成す者という意味ではなく、生まれつき " 悪しき " 程に " 魔力 " を有しているからとか、遥か太古において多くの種族に対する断罪を担った故に、その他大勢より悪視されたからなど、その種族名の由来は今日こんにちにおいては解明不可能となほど、古い種族である。


 しかもその容貌は必ずしも一定の特徴に収まらず多種多様で、亜人的な者から魔獣めいた姿の者まで様々ときている。

 魔界では珍しくない種族だが、古い血統の……それも純粋に近しい特徴を有している者は現在では少なく、ましてやこうして地上にいる悪魔族など非常に珍しいレアな存在だった。



 種族の格の高さでは確かに地上に存在するあらゆる種族の、上から数えて5本指に入るレベル。

 そんな偉大な種族の出であるリジーン個人はどうかというと、どう見ても他者の上に立つタイプではなかった。

 キャピキャピとした見た目相応の、悪い意味でワガママそうな女の子だ。


 その容姿は多くの異性が可愛いと言うであろう程度の美貌は有している。

 見た目相応かあるいはやや発育良さげな胸元から茶色や赤、黒など複数の色が織り交ざった独特の色彩の、足首までをピッチリ覆うボディスーツのようなワンピースを纏っており、長いファーを首にかけているという、これから戦闘に臨む者としてはあきらかに相応しくないファッションに身を包んでいる。


 4人の部下達に担がせている御輿の上で大きなクッションにもたれかかって寝そべる姿は、女王様気取りな傲慢さこそ感じない。

 だが世の中を舐めてる不良娘ギャルがダルいダルいと連呼しながら寝そべって、己が怠惰さを兵士達に振りまいては蔓延させる病原菌でも見ている気分になる。



 これが一軍の指揮官かと思うと、随行しているバランクは睥睨へいげいせずにはいられなかった。

「そんな睨まなくたっていーじゃん。やる事はちゃんとやるって、バランクちゃん」

「ば、バランクちゃん……? ハァ、なんでもかまいませんけどね……頼みますよ、まったく。貴女はこの部隊のトップなのですからそこのところを自覚してもらわねば困るんですよ?」

 此度のアレクス革命軍の計画における最大の手柄は領主を捕える事に他ならないだろう。バランクとしてはその一番の功労を掠め取る事が彼個人の計画の肝であった。


 しかし当初、領主の館を攻めるバヴォック隊に随行するつもりでいたにも関わらず、アレクスにこのシュクリア攻めを押し付けられた事で、彼の考える計画は狂いはじめていた。


「(町ひとつ程度とっとと攻め落とす。それから理由をつけて領主の館へと早々に向かえばまだ間に合うはず……しかし)」

 この指揮官である。兵数こそは全部隊中最も多い編成ではあるもののバランクの不安は尽きない。

 眼前のシュクリアは簡単に陥ちてほしいが、せめて自分がそちらに行くまで館の領主側には敵ながら粘って欲しいものだと、彼は身勝手に願った。






――――1時間後、シュクリア外壁上。


「撃てー撃てー! 矢は惜しむな、どんどん撃ちまくれー!! 無法者どもに我らが気概、見せ付けてやるのだーぁ!!!」


 オォオオオォーーーッ!!!


 もういい歳ながらダミ声を懸命に張り上げ、シュクリア町長は自警団の面々を懸命に鼓舞する。

 自警団たる兵士達がそれに応える声もすさまじい。これほどまでにシュクリア側の士気が高いのには理由があった。


 1つめは領主であるミミが以前、この都市でおこった事件の検分に赴いた際、シュクリア町長ならびに自警団の面々に直接声をかけ、こうした事態に備えるようあらかじめ指示を出していた事。しかもその際には資金難で彼らの強化に捻出できるものがない事などを己が身をもって謝罪をたてた事で、彼らの信頼と好感をしかと掴んだのだ。


 その当時、彼女にはドンが随行していたが、ミミはドンを待機させた上で彼らへの一連のアプローチを行った。


 部下であるはずのドンの目を遠ざけるという事はミミ自身しか知らぬ独断であり、町長や自警団の面々を信頼しての秘事だと彼らは捉えていた。

 でなければ領主ともあろう者が傍付きなしで他者と対峙する事などありえない、と。それが町長や自警団のミミへの忠誠が一気に跳ね上げる結果につながっていた。



 2つめの理由は、アレクス達ならず者組織による度重なる都市内で起こした事件の数々によって、彼らが抱いたアレクス達への嫌悪が想像以上に大きかった事だ。

 事件を起こした連中の身元は犯人を捕まえ、吐かせなければわからない。

 捕まえたとて簡単に口にするはずもなし、事実シュクリアでの一連の事件による犯人からは彼ら個々の名前くらいの事しか引きだせず、シュクリア自警団としては町の日常を脅かす個々人ここじんの犯罪者という認識しか持ってなかった。


 ところがバランクが己らの存在を隠し、その犯行の全てをアレクスの組織のせいにするべく、噂としてシュクリア内にて事件とその犯行組織の事を吹聴させて回らせた。それがここ一連の事件の背後に、アレクス革命軍という組織の存在がある事をシュクリアの人々に強く知らしめるところとなっていた。


 そこまではバランクの思惑通りだったわけだが、何の因果かシュクリア自警団の士気やる気という名の戦闘力向上に一役買い、裏目となって今、バランクの障害となって立ちはだかる結果へとつながっていた。




「~~~~~ッ!!」

 バランクは親指の爪を嚙みながら、遅々として進まない戦況を睨み続ける。


 戦闘開始から1時間半。

 リジーンはまるっきり指揮らしい指揮など取らずに相変わらずくつろいでいるだけ。兵たるならず者達は各自好き勝手に暴れているのみで、軍としての連携なり戦略なりといったものは皆無だ。

 高い外壁を登る者もいなければ城門を突破せんとする様子も見えない。緩慢な戦いぶりの兵士達に矢の雨が降り注ぎ、簡単には死なないとはいえ負傷者は増加していくばかりだ。

 これでは都市制圧どころか何日もかけて攻め続けた挙句、ジリ貧で敗退する結果になるのは明白。


「リジーン! いい加減にしませんか、キチンと采配をとりなさい!」

 こうも声を荒げて他人につっかかるのはいつ以来だろうか?

 商人が本業のバランクにとって対人における会話とは感情的になってしまった方が負けであり、一方的に劣勢に立たされるものと理解している。

 そうとわかっていながら冷静さを欠くほど、彼の焦りは強まっていた。


「えー…マジメにがんばるとかさ、メンドくない? いーじゃん適当で。相手は一般人っしょ? だいじょぶだって、よゆーよゆー♪」

 そう言うと、リジーンは戦場を伺うこともなく大あくびを一つ吐いて、そのまま輿の上で再び寝そべったかと思えば呑気にまどろみはじめてしまった。


 まだ大敗に導くような愚将の采配を振るわないだけマシかと言い聞かせてきたが、さすがに我慢の限界―――バランクは歯をかみ締めていた口から力を抜き、アゴの弛緩につとめる事でまず落ち着きを取り戻してからようやく言葉を紡ぎだした。


「……わかりました、では貴女はそうしているとよいでしょう。ただ指揮の全権を私めに委ねて欲しいのですが」

「えー、それってバランクちゃんが私に代わって指揮官になるってことー? やだやだ、そしたら町落とした手柄、バランクちゃんのモノになっちゃうじゃーんっ」

 リジーンは以前、女だてらに他領にて100人規模の山賊団の頭として祭り上げられていた輩だ。多くのならず者を擁したなかなかの規模を誇る一団は、かしらであるリジーンが指示を出さずとも勝手に仕事をこなし、リターンを持ち帰ってきた。

 その分け前は、まったく働かないリジーンが頭としてもっとも多くをせしめたという。普通なら彼女の部下達はすぐに不満を覚え、離反してゆくだろう状態だった。


 ところが悪魔族という高位種族の出身という肩書きは、想像以上に多くの見えない財産をリジーンに持たせてくれた。


 しくじって捕まった部下がいても自分達の頭が悪魔族である事を口にすれば、相手はそれでおそれをなし、釈放される事もあれば、山賊仕事のために必要な武具も悪魔族のツテや名声により並みの山賊団ではまず手に入れられないような高級品が部下全員への支給を実現させている。

 前のアジトの豪勢な設備や充実した備品の数々なども同様で、彼女の傘下たるならず者達は、犯罪組織たる山賊団としては考えられないような破格極まりない環境で生活を送る事ができていた。

 そうしたメリットがあったので部下達は彼女をチヤホヤしたし、仕事の分け前も自ら進んで多くを納めた。


 それが常態化していたリジーンにとっては、労少なくして大きな手柄が自分のモノにならない事は、玩具を買ってもらえない子供が癇癪を起こすに近い気分と不満を覚える事であった。



「~~~っ! ええい、町の陥落および制圧の手柄はすべて貴女のものとしなさい! それでよろしいでしょう?!」

「え、マジで? ホントにいいの? うわー、バランクちゃんてば太っ腹ぁ♪」

 バランクは、リジーンが高位種族にありながら地上のこんな田舎で山賊などに身を落としていた理由がなんとなくわかった気がすると得心し、疲労感をにじませながら一息ついて自身の気持ちを鎮めた。


 声量を戻し、落ち着いたいつものスタンスで会話せんと襟を正す。

「……では、そういう事でよろしいですね?」

「オッケーオッケー♪ じゃ、バランクちゃんにぜーんぶ任せちゃうから。がんばってね~」

 言質はとった。もはやリジーンは用済みだ。バランクは背向けたままシュクリアの方へと移動をはじめる。

 本陣の置かれた丘からステップによる低空跳躍を踏むこと3回ほどで一気に下りきり、シュクリア外壁の前でたむろしているならず者達との距離を1分もかけぬ間に詰めていった。



「(都市を包囲している数は全部で4000。後方で予備として待機しているのが800……いえ、既に被害が出ていると考え、戦力試算は包囲中の兵力を3800程度まで減っていると見ておくべきですか)」

 さすがに領内一の都市とあってその外壁の守りは堅く侮れない。

 ならず者な兵士達のケツを叩き、本腰入れさせたとしても簡単には抜けそうにない。おそらくはこちら側から死角になっている都市の西側や南側から攻めてる友軍も似たような戦況だろう。


「壁の向こうへと侵攻せねば話になりそうにありませんし、無駄に兵を減らすのは制圧に際して面倒な事になりかねないか。リジーンが制圧に失敗するのはかまいませんが、その責を私にまで問われるような事になるのは御免ですし、ここは手に入れたばかりの “ コレクション ” を出してとっととケリをつけますか」

 バランクは自分の手の平にギリギリ乗るような大きめの玉を取り出す。鈍い茶色をした、粘土を球体に固めて綺麗に整えたようなソレが魔力の輝きをまとい出す。


「さぁ、ゲフェよ。破壊の限りを尽くしなさい!」





――――シュクリア外壁、見張り台。


「?! な、なんだアレは!!? ちょ、町長、町長~ッ!!」

 自警団の一人が驚愕に満ちた声で自分を呼んでいる。あまりよくない事態が発生した事を想像し、そして覚悟しながら外壁の上を駆け、町長は見張り台の真下までやってきた。


「どうした、何があったー!?」

「あ、あれを、あそこを見てくれ! ……地面が、せ、競りあがって…波? いや、そんなわけねぇよな、ハハ……」

 信じられないものを見ていると、乾いた笑い声を踏まえながら見張りが指差す方向を見た全員が、ソレに対して茶色の大波という印象を最初に抱く。だがそれはすぐに間違いである事を理解する。


「泥、泥だ! 大量の泥が……いや、ただの泥じゃない?」

「あ、あそこ…目だ! 口も、それに……手もあるぞ! せ、生物なのかアレは!?」

 シュクリアの外壁に向かって近づいてくるソレはまさに巨大な泥の塊。波が打ち寄せるように進んで徐々にその大きさがわかってくる。


「ま、まずいぞ町長!! アレがなんなのかは知らないがあの泥のヤツ、結構なデカさだ! 背は届かないがあの腕伸ばせば外壁上へ簡単にのしかかられちまう!!」

「そ、それって俺達あのヘンな泥に叩き潰されちまうってことじゃねーかよ!!?」

 事実、泥の化け物は外壁に近づくにつれ、やはり泥の両腕をゆっくりとあげていった。まるで怨嗟の泣き声でもあげているかのような化け物の表情は、シュクリアの外壁にすがりつこうとする、溺れる者のような悲哀に満ちていた。


 ゲフェ―――それはドウドゥル湿地帯の奥深い場所で生息していた泥によって形成された、何かの種族というよりはモンスターと呼ぶに相応しい生物である。

 本来は3mほどの大きさだが、最大で10数mまで肥大化でき、ある程度はその身を自在に変形させられる。


 全てが泥によって形成されているそのカラダは、斬っても突いても叩いてもダメージを受け辛く、敵として遭遇したならば非常に厄介な生物である。

 しかしその性格は基本、温厚で臆病なため、ドウドゥル湿地帯のような広大な場所であっても奥深くで暮らし、人目につくような場所には現れない。


 知能は低くて言葉は話さないが、簡単な言語ならばその意味や意図するところを理解するくらいはできる。古い学者が残した調査の記録を掘り返すと、胎児か幼年の子供程度の理解力はあるという。



 ……その泥の魔物ゲフェはバランクによって縛られ、強引に使役されていた。


 今まさに、全身でのしかかるようにしてシュクリアの外壁の一部を崩す。

 泥のカラダは接触の衝撃によって大きく広がり、跳ね飛び散って壁の石材や自警団、さらには外壁の近くにいた味方であるはずのリジーン軍の一部までも飲み込んでいった。







――――――領主館周辺。


「……なんだと? もういっぺん言ってみろ」

 バヴォックは至極不満げなイントネーションで答えた。

 それはもっとも聞きたくない報告だった。


「は、はい。あ、アレクス率いる部隊が予定位置に到着。戦況を報告せよ、……との事で―――うわっ!? ちょ、バヴォック隊ちょ……おわぁあっ!!」

 伝令は片手で掴み上げられると同時に遠くへと放り投げられてしまった。バヴォックは苦々しい表情を浮かべて自身の後方、やや東方向を睨む。


 手はずでは館の正面にバヴォック隊およそ1000が展開し、第一陣として館を攻撃し、その守りを抜く。

 そして第二陣としてアレクスが率いるおよそ150が制圧補充要員として到着する事になっていた。


 だがバヴォックは制圧および、領主を捕えるまでの全てを自分の隊のみで完遂するつもりでいた。アレクスに何一つ手柄をあげさせてなるものかという彼の並々ならぬアレクスへの競争心がそうさせたのだが……現状、その目論見は完全に潰れてしまっていた。

 つい10分ほど前に部下の半数が館を守る謎の黒いモノに殺された事を聞かされたばかりなのだ。


 それで上げた戦果はというと、ジニー隊が偶然抜いた東側の窓の1角のみ。

 しかも突入したジニー隊は館内で新手に遭遇しての壊滅状態。突入路たる窓の周囲こそ死守してはいるものの、ジニー副隊長のみが館内から放り出されてきてかろうじて生還した、というのもほんの数分前に聞かされたばかりだった。



「ぐぬぬぬぬ……このままではっ!」

「戦況は不利ですよバヴォックさん! アレクス隊が到着したなら、ここは一度体制を立て直して……ふぐっ!?」

 近場にいた部下の提言にバヴォックは暴力で応える。

 事実上、戦果を上げずに自身が率いる戦力の半数を失ったこの状況をアレクスの耳に入れるなど彼にとって屈辱以外の何者でもなかった。


「おおおぉおおお!! アレクスなんぞにこれ以上っ、デカイ顔されてたまるかぁぁ!!」

「ひっ!? ちょ、ば、バヴォック隊長!!? う、うあああああっ!!」


 ブンッ!!


 バヴォックは部下のアゴを掴みあげ、館の玄関に向かって力の限り投げつけた。そして自らも猛烈な勢いで走りだす。


「おおおおおぉおお!! どけぇえいっ!!!」


 ドパァンッ! ドバァッン!!


 投げつけた部下こそ玄関の扉に衝突する前に黒いモノ達によって掴まれ、縛り上げられてしまったが、その隙をついてバヴォックの巨体から放たれた豪腕が、玄関付近にいた2体の黒いモノを弾き飛ばす。


 勢いそのままに扉へと肩から突進したもののさすがに領主の館というだけあって、巨人族の体躯によるタックルでも玄関扉は簡単には砕けなかった。

 しかしバヴォックは衝突の反動でワンステップ後方に着地すると同時に両腕を後ろへと伸ばし、そして再度扉に向かって走りながらより勢いのあるパンチを繰り出す。


 ガッ…、バッキャァアッ!!!


「おお! バヴォック隊長がやったぞ!!」

「正面が抜けた!? よーし、隊長に続くんだっ」

 欲深いならず者達は誰もが隙あらば一番の功を立てたいと思っている。

 もしくは館の中にあるであろう、宝物なり高価な品なりをかっぱらう目論みを抱いている。

 ゆえに館を取り囲んでいたバヴォック軍は一気に玄関口の方へとわれ先にと移動を開始してしまった。



 ブシュウッ! ドカッ!! グシュルッ!!


「ぐはっ!? い、いつの間に?!」

「ま、回り込んできやがったこいつらッ!!」

 黒いモノ達は魔法の結果である。メルロの操作次第ではあるが一瞬で配置を変えるなど造作もないこと。

 それを知らない彼らは、黒いモノは単純に個々に持ち場を持って迎撃してくると勝手に思い込んでいた。

 一箇所に敵が集中すれば黒いモノも彼らを攻撃しやすくなる……これまで以上のスピードで、バヴォック軍の兵士達は黒いモノに屠られていった。



「ぜぇ、ぜぇ…チッ、まだ喜ぶのは早いか…」

 外で殺されていっている連中の事など考えない。

 いや、せめて目の前に立ち塞がった新たな敵を倒すまで、せいぜい時間稼ぎになれば役立たずどもの命も多少は価値があるだろうか?

 自分の部下をその程度にしか見ない考え方は、ならず者の集団にあって決して少数派ではないだろう。

 何より雑魚どもの心配などするだけ無駄であり、バヴォック自身が脅威に対峙している以上、他者を気遣うなど意味のない事だ。


 なにせ玄関口を突破し、強引に館への侵入を果たしたバヴォックの前には騎士のような格好をした黒いモノが立ちはだかっていたのだから。

 これまでのモノと違い、ハッキリとした騎士を象っているソレは、巨人族であるバヴォックすら上から見下ろしてくるほどの大きさだった。


「こっちには時間がないんだ、通らせろっ」


 ヒュボッ! ガィンッ!!


 怯むことなく攻撃を仕掛けたバヴォックだが、突き出した左拳は黒い騎士の持つ盾によって弾かれた。しかも厄介なことにその動きはただ受け止めるのではなく、上手く拳にかかっている力を流す見事なもの。

 これまでの黒いモノと比べてあきらかに洗練された動きだ。


「(領主の切り札か?―――)―――なら、これを突破しさえすればぁッ」


 ビシュウンッ! ズバッ!!


 バヴォックは振り下ろされた騎士の剣に我が身を切り裂かれても、それを無視して黒い騎士の顔面をぶちのめす。

 左肩の付け根から胸付近までの切り傷。血が噴くが、まるで痛みを感じていないかのように間髪いれず左右の拳を交互に突き出し続ける。


「ぬおおお!!! どけぇえいっ!!!」


 ガウンッ! ガキッ! ゴウンッ!!


 バヴォックにとって必ずしも目の前の脅威を倒す必要はない。思いっきりぶちのめして館の奥へと侵入し、領主を見つけて捕まえさえすれば勝ちなのだ。

 それゆえパワーのある連撃を放ちはしているものの、それは黒い騎士を倒す事前提の攻撃ではなくこの場から除ける事を戦闘の目的としていた。

 体勢を崩させ、左右のどちらかへと思いっきりぶっ飛ばせば突破口は開ける。




―――2F階段踊り場。


 メルロは、黒いモノを操作する魔法陣から移動して1F玄関ロビーへと通じる階段の、1Fと2Fの間まで降りてきていた。


「はぁ…、はぁ…、けほっ、こほっ……、はぁ…、はぁ…、ん…っ…、っ…」

 館防衛最後の切り札は、1体で他の黒いモノ全てを合わせただけの性能がある。

 ミミが長い歳月をかけて少しずつ魔力を込めて別に準備していたもので、今をもって完全ではない状態にあるという。


 そのため操作する者がなるべく近くにいないと上手く動いてくれない可能性が高く、ミミからも館内部への侵攻を許した際の最終手段として承っていた。


「……だい、じょうぶ…、わたしは…はぁ、はぁ…ま、…まだ…」

 メルロとて魔法の才に恵まれているわけではない。すでに館外部の防衛で心身の疲労は限界近い。

 だが館の中には病床に伏せっているイフスがいる。何よりミミやドンが帰って来る場所としてこの場を守らなければならない。

 例えメルロにとって “ 最悪の状況 ” になる事をミミが想定していたといっても、可能ならばそうならぬよう、今ここで努力する事を放り出してはいけないと彼女は気力だけで自分を支える。


「はぁ……はぁ、はぁ……」

 1歩1歩、階段を降りるが、もはや手すりに両手ですがりついていないと満足に動けないほどの疲労感。まるで生まれたばかりの子鹿のようなおぼつかない足取りで1F玄関ロビーへと近づいてゆく。

 人差し指にはめた指輪が強い輝きを放ち、これまでは手放しで動かしていた馬の手綱をしっかりと握ったような感覚がメルロに沸き起こった。




「!! あれはっ?!」

 バヴォックは黒い騎士の後方、2Fへと上がる階段の先に現れた人影を見過ごさなかった。

 フラついてはいるものの、そのシルエットには頭部から2つの特徴的な影が伸びている―――ワラビット族の耳。


「貴様が領主かぁ!? ハッハァッ!! そちらから来るなど、探す手間が省けたわっ!!」

 目の前の黒い騎士が一気にとるに足らない敵に思えてくる。

 目標が見えた時の士気の高ぶりは、決して弱体化などしていない強敵をも簡単に倒せそうな錯覚を覚えさせてしまう。


 バヴォックはますます力を込め、黒い騎士の全身に連打を打ち込んだ。


 鎧の部分だろうと盾の部分だろうと剣の部分だろうとどこでも構わない。ぶちのめし、眼前の敵を抜いて階段をかけあがり、巨人族たる大きな我が手に彼奴きゃつを掴めば……

 これからはアレクスにデカい顔をさせるものか。ドミニク殿が信頼を置く最も優れた部下はこのオレだ――――所詮はバヴォックも浅はかなゴロツキの域を出ず、手柄を前にしてつい明るい未来を妄想し、緩んでしまった。


 ドヒュッ!!! ボンッ!!!


 自身を操りし主を御側にせし時、黒い騎士の動きはより精度を増していた。

 その脅威を理解する間もなく浮かれたバヴォックの右腕は一瞬にして切り離された。

「!?! ぐ、…がぁああっあぁぁぁああ!!」


 激痛と片腕の感覚の変化に上がる叫び声。

 それを聞いていたのはメルロと、大量の同志の犠牲の上にようやく彼の後に続いて館内へと飛び込んできたバヴォック隊の部下10名ほどだった。


「ば、バヴォック隊長ーッ!!」

 部下達は隊長の危機を目の当たりにして驚愕の硬直から早くも抜け出し、援護行動へと移っていく。

 だがそれでも、彼の危機を救うという観点においては到底間に合わない時間が過ぎ去っていた。

 彼らが手にしていた槍が投じられた時にはもう黒い騎士が、バヴォックの頭部を盾で上から叩き潰してその腹の中心を剣で完全に貫いていた後の事であった。



「はぁ、はぁ…はぁ、はぁ……っん、っぁ…、はぁ、はぁ…はぁ、はぁ」

 魔法越しとはいえ誰かを殺してしまったという実感がメルロを襲う。

 バヴォックの無残な死骸を前にして、いかに敵といえどいくばくかの罪悪感がこみ上げる。

 普通の者ならそれは、簡単に抑えてすぐに気持ちを切り替えられるものだが、メルロの精神状態では少しばかり重く、そして立ち直るまでに時間を要してしまった。



「おのれっ、貴様が悪名高い領主かっ!? バヴォック隊長の仇ぃっ!!」

 バヴォック隊の数名が飛び出す。黒い騎士は動かない。

 操作しているメルロが敵の死に様にそのココロを引っ張られている間に、彼らは階段の数段駆け上がったところまで寄せていた。

「っ!! はぁっ、あっ…んんっ!!」

 身に迫った危機が、罪悪感を押さえ込んでくれる。


 ブシュブゥッ!! フォォオオオンッ…ドゥ、ドッドドッ、バァンッ!!!


 魔力を搾って指輪に込めるとメルロからの命を待ってましたとばかりに黒い騎士は再始動し、主の下へと駆け上がらんとしていた侵入者をバヴォックの骸から引き抜いてそのままに剣を振るい、階段から払い落とした。


「はぁ、はぁ…はぁ…はぁ、っ! …ごめ、ん…な、さ、ぃ…ッ」

 メルロはこれ以上殺し合い戦闘を直視するのに耐えられないという気持ち半分、身の安全を図る半分に階段を駆け上がり、2Fへと姿を消す。


「ま、待てっ…ぐく…、はぁ、はぁ…くそっ、もう少しだ、バヴォック隊長の死を無駄に…は…ガハッ!!!」

 だが転がっていた4、5人に黒い騎士は容赦なくその剣を突き立て、生命の灯火を消してゆく。


 その一連の様子を見ていた残りの兵に突撃する勇気はなく、黒い騎士から離れるように玄関の外へ向かってジリジリと後ずさりした。




 ドンッ…


「!? …あっ、あ、アレクス総大将!!」

 アレクス隊が来ている事は知っていた。だが館の玄関口付近にはあの黒いモノが集中していて、容易に突入できなかったはずだ。

 しかし後ずさりした彼らがぶつかったのは獣人らしくたくましい体躯だ。それは、この革命軍の総大将たるアレクス本人であった。


「バヴォックめ、功に焦りおって……どいていろ。ふぅ~……。……ぬんッ!!」


 ゴォフッ!! ドパパパァンッ!!!


 アレクスがその場で拳を、蹴りを乱発する。

 当然全てが空を切るばかりで敵である黒い騎士とは数メートル以上離れたままだ。一瞬、兵達は何をしているんだコイツはと呆れそうになるが、すぐに驚かされる事となった。



 ―――数舜後、黒い騎士が穴だらけになっていたのだ。


「今だ、全員館外へ退避しろ、一度立て直すぞ。アレは魔法によるモノだ、物理的な攻撃では一時凌ぎにしかならん、急げ!!」

 部下のならず者達が大慌てで玄関から出て行くのを待ってアレクスも一度外へ出んと、悠然とした足取りで穴の開いた玄関扉をくぐる。


 彼は確信していた。これであの黒い騎士はもう使えないはずだ、と。






――――領主館、2F。


「はぁ…はぁ、はぁ…はぁ…、ダ…メ…がんばらなくちゃ…、もぅ…、少し…―――ッ!?」


パリンッ


 指輪の宝石部分が砕ける。同時に1Fに佇んでいた黒い騎士は霧散して消えた。使用の限界? ……否、指輪は一方向に何かが当てられたような割れ方をしていた。

 アレクスが黒い騎士に放った攻撃の一つは、新手を確認せんと階段を上がりきらずに覗いていたメルロの指の輝きを見逃していなかった。


 その事実はメルロに強い危機感を募らせる。


 先ほどまでの相手とは違い、新手は魔法の知識か、もしくは魔法を使用できる者である可能性が出てくる。そうなると残った黒いモノを操作する2Fの魔法陣の事も嗅ぎ付けられるまで時間の問題だろう。



……追い詰められるという感覚を強く感じながらも自分に残された手段は他にないと、メルロは改めて<世に隠れる暗黒面シャドウ・ストーカーズ>の魔法陣に手をかざした。




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