〇閑話1 御乳胸騒曲


 ―――ある晴れた日のアトワルト領、領主の館。



 イフスは新人メイドであるメルロに、館での仕事を丁寧に指導していた。


「いいですかメルロさん、あなたに多くは求めません。少しずつで構いませんので一つ一つ、丁寧にこなしていきましょう」

 メルロはいつも通りコクリと静かに頷いて了解の意を示す。

 イフスは気持ちゆっくりめに、かつしっかりとした発音を心がけていた。現在の彼女の精神状態がいかなものであるかを聞き及んでいるためだ。


「(言葉を失ったわけでも、音が聞こえなくなったわけでもないとのこと。であれば、気をつけるべきはお心に負担がかかりすぎるような仕事をさせない事……)」

 なので今は、あえて彼女の仕事を “ 窓拭き ” に限定する。

 結果として出来に差は生まれても、致命的な失敗はまず起こりえない仕事だ。ましてや彼女は家事の類が一通り可能であるとのことで、問題が起こりようはずもない。


 それに小さい館とはいっても100人は収容できるくらいの規模。


 廊下も2Fの南側は一面窓が並んでいるし、簡単な仕事とはいえその量は馬鹿にならない。

 その内のいくらかでもこなしてくれるようになれば、イフスにとっても仕事量が軽減されるため、大いに助かる。



「ではメルロさん。時間をかけてもかまいませんので、この廊下の窓を拭いてまいりましょう」

「はぃ……」

 小さく可愛らしい、消え去りそうな返事。声にはまだ生気が足りていない。

 彼女の経緯いきさつには同情はするが仕事は仕事だ、やるべき事はやらねばならない。

 イフスも窓拭き用の布を手に取り、バケツの水で湿らせ、よく絞ってからメルロの隣に立って共に取り掛かった。






 ――――――そして最中、不意にメルロの様子を伺ったイフスは、強いショックを受ける事になる。


「!!! ……っ、~~~っっ」

「?」

 視線を感じたのか、メルロは頭だけ向けて首をかしげる。高い位置の窓に布を持った手を伸ばし、上体を体前の窓に押し付けるような格好。


   ムニュウウ~~~………


 彼女のバストは当然、窓に押し付けられてひしゃげていた。


「(お、落ち着くのよイフス! べ、別に羨ましいとかそういうことでは……)」

 ミミがメルロに貸したワラビット族のサイズの小さなメイド服。彼女メルロにしかと合わせ直すため先日、身体測定した時の衝撃を思い出さずにはいられない。


 身長は166cm、トップは90、ウエストが52、アンダーバストが62のHカップ。くわえてヒップが85と基本細身ながら出るとこ出ていてかつ程よい身長という、同性としては羨ましすぎるボディバランスの持ち主。


 もしこれでほがらかで魅力的な笑みの一つも浮かべようものなら、数多の異性が殺到する事間違いなしだろう。



「(……ぅう。い、いえ! 私はまだ376歳です! こ、これから、まだこれからですからっ)」

 メルロの身体を測った後、こっそり自分も測ってみたイフスだが、逆にメルロとの格差を思い知らされ、打ちひしがれる結果しか得られなかった。

 身長は159cmでまずまずだし、ウエストも53でメルロとどっこいどっこい。少しがんばってダイエットすれば彼女より細くなる事も可能。

 だが、アンダーが64でトップが80のなんとかC止まり。決して無いわけではないのだが、メルロを測った後だけにその差はより顕著に思え、気持ちは沈んでしまった。




「???」

 窓を拭く手を止め、メルロが心配そうにイフスを覗き込む。ドンならば判別がつくのだろうが、イフスには彼女の表情は自分が何か間違っていたのか、それとも元気のないイフスを心配してのものなのか、さすがにまだ区別ができない。

 とりあえず彼女はメルロに心配ないと微笑み返す。


「大丈夫ですよ、その調子で……」

 視界の隅で彼女の成果を捉え、イフスは絶句してしまった。バストコンプレックスに悩んでいたせいで気づかなかったのが恥ずかしい。

 いつの間にか廊下1面の窓が拭き終わっているのだ。それも非常に綺麗な透明度と輝きを宿して。


「………メルロさん、すごいではないですか」

 懐中時計で時間を確認すると、いつものイフスと比べても半分の時間でノルマは終わっていた。

 しかしメルロの手つきが特別に早かったというわけではない。無駄なく一つの窓を2拭き3拭きで拭き終えていたのだ。


「(ま、まさか…そのオッパイですか、そのオッパイの力なのですか!?)」

 しかしイフスは先ほどの高い位置を拭く際に、彼女が自分の胸を前の窓にひしゃげさせた光景を思い出し、あらぬ方向へと思考をズラしてゆく。


 表向きはいつもと変わらぬイフスだが、自分の胸元に視線を合わせられて妙な雰囲気を感じたメルロは困ったようにまばたきした。







「これがそっちの棚で、こっちは本棚の下に入れてね。それとこっちは3つにわけて置いといて、分け方は題名を見てくれればわかると思うから」

「わかりやした。んで、こっちの山は処分すりゃいいんですね?」

 ドンが館に来てからというもの、ミミは本当に助かっていた。日々の仕事は領主であるミミにしか出来ないものばかり。


 書類や資料の分類分けから運搬などはこれまでイフスが手伝ってくれていたものの、彼女は政治に関してはあまり詳しい事まではわからない。

 しかしドンは書面を見て書かれている内容を把握できるため、イフスよりも1歩踏み込んでの手伝いが可能だった。


「ん…一応隣の部屋に運んでおいてくれる? すぐに処分しちゃうと万が一必要なものが混ざってたりしたら取り返しがつかないから」

「了解しやした。んじゃ持って行ってきやす」

 手伝えるとはいっても所詮は雑務が精一杯。とはいえ、もともと学園地上支部をトップクラスの成績で卒業したドンである。

 領主の元で働く中、これまで腐らせてきた力を僅かなりとも役立てられるのが嬉しいのだろう。彼はどんな些細な仕事であろうと嬉々として取り組んでいた。



「は~…ふぅ。これでとりあえず一息つけるかな」

 書類の山が運び出されて空いた机の上。まず胸を乗せ、その上に頭を乗せる形で座り直すミミ。自分の乳房を枕にするかのような態勢で、もへーと意味のない奇声を発してみたりしながら、疲労を追い出さんとリラックス。



「失礼します。ミミ様、お茶をお持ち――――」


   ポヨン…ポヨォン……


「あ、イフー。いいタイミング、ちょうど今休憩にしようと思って……どうしたの??」

 自分の胸枕の谷間に、左頬を埋めるような形で預けていた頭を上げ、イフスを伺うミミ。また、はしたないとたしなめられるのかと思いきや、いつもと様子が違う。


「い、いえなんでもありません。す、すぐにお茶をお淹れ致しますね」

「???」

 赴任してから年月は経ち、イフスともそれなりに付き合いは長い。だが何かに戸惑っているような困惑しているような、こんな様子の彼女を目にする事はなかなかない。


「どうかしたのイフー? なんだかいつもと様子が違―――」

「いえ、いつも通りですミミ様。はい、私は大丈夫ですよ、ええ…大丈夫です、平常です、冷静です、問題はなにもございません」

 やたら饒舌にまくられて、ミミはそれ以上言葉を続けられなかった。ちょっと驚きではあるが、イフスにもいろいろあるのだろうとそれ以上踏み込まないでおく。というかその方が賢明な気がしていた。







「(はぁ~…。そういえばミミ様も大きいんでした…ううう)」

 お茶の器を下げ、執務室から出たところでイフスは再び自分の胸に手を当てた。

ある。確かに膨らみはある、が……なんだか惨めな気持ちになってしまう。


「ミミ様は確かEの大きめでしたはず。あ、でもこの間、ドレスを新調したいとおっしゃっていましたからもしかして……」

 領主と従者という関係ゆえ忘れがちだが、ミミはイフスより年下だ。ワラビット族で287歳、まだ成人しているとは言えない若さなのだから、いまだに成長途上であっても不思議ではない。


「うう、わ、私は何歳まで成長するのでしょうか? はぁ……」

 ハーフエレメンタリオ混血精霊族という、この世にたった一人しかいない彼女は、新生の種族ゆえにその生態は本人ですらわからない事が多い。父は魔族で母は精霊族だが、どのような経緯で自分が生まれたのかも知らない。


 物心ついた頃には父しかおらず、非常に娘に甘い親ではあったが、母の事に関しては決して具体的な事を教えてくれなかった。

 その事に触れると父は少し寂しそうな笑顔を浮かべるので、彼女も執拗に聞きだそうとはしなかったのだが。



「あ、イフー。ちょうどよかった。頼まれてほしいんだけれど、いいかな?」

「はい? お使いでしょうか、どちらに参りましょう?」

 まだ茶器を片付けていないのが仕える者としては恥ずかしかったが、これから申し渡される仕事をがんばる事で返上しようとメイドは意気込む。


「ドンさんと一緒に、この手紙をシャルさんに届けて欲しいの。少し重要なものだから出来れば普通の配達を通したくなくって」

 シャルールの酒場があるマグル村は、普通に歩けば丸々2日はかかる。だがイフスなら行きに限れば・・・・・・そんな時間は不要となる。


「かしこまりました。では私が留守の間は、メルロさんにミミ様のお側についてもらうように申しておきます」

「ん、了解~。帰りは急がなくてもいいから…あ、帰りに以前シュクリアで起こった強奪騒ぎの収束具合を見てきてくれるかな。被害にあったところがどれだけ立ち直ってるか、あまり詳細な報告があがってこなくって」


「かしこまりました。では準備いたします。明日の早朝に出発いたしたいと思います」






――――――翌日、街道の上空300m付近。


「は~、すげぇですね。まさかイフスの姐さんにこんな能力が……」

『…… あまり、あちこち さわらないで くださいね。 いちおうは わたしの からだ ですので ……』


「あ、こ、こりゃすいやせん!」

 あぐらをかいて座り、珍しくてあちこち触っていたドンは慌ててかしこまり、正座して座りなおした。


 飛行能力としては決して優れてるとは言えないが、少なくとも馬やグランドモス二足走行の魔獣よりは早い。


 ドンが乗っているもの―――それは、霧状に・・・変化しているイフスその人だ。

 雲のように微細な水分が高密度に集まったかのような彼女は、ドンを乗せても悠々と飛び続けている。


もやがゆっくりと流れるように動くため、イフスの変化したカラダを見ていると遅く感じる。

 しかしドンの顔を撫でる風が、結構なスピードが出ていることを教えてくれる。なんとも不思議な気分で……同時に何か申し訳ない気持ちを抱いてしまい、彼はなかなか落ち着けないでいた。


『…… みえて きましたね。 マグル むら です ……』

「すげぇ、ものの5時間程度で着くなんて!」

 徐々に下に下りていくイフスの背(?)で、ドンは地上の様子を注視し、驚嘆した。確かにかつてメルロと共に立ち寄った、見覚えある村がもう目と鼻の先にある。


『…… このまま さかば まで ちょっこう いたしますね。 あまり ひとに みられるのは さけたいので ……』

「わかりやした。手紙もなんか重要そうですし、はやいとこ渡しちまったほうがいいでしょう」

 まだ朝食を過ぎて人々が仕事に出かけ終わった後であろう時刻。今なら酒場には客はいないだろうし、届け先の人物シャルールにもスムーズに会えるだろう。



「(そういやオレも礼を言わなきゃ。あの酒場娘さんのおかげで領主様の下でこうして働けるように―――――)」

 その時、ドンの思考が完全に停止する。

 イフスも―――今の状態でどうやって見えているのかはわからないが―――その場面を見て思考が止まってしまったのだろう、完全に空中で停止した。


 そんな二人の目の前には、酒場の2Fの1室の窓があり、中の様子が覗かなくとも丸見えであった。

 部屋には、巨大なリザードマン蜥蜴人とシャルールがいた。


   タプンッダプンッ! ブルルンッ!


 激しい動きに合わせて揺れる豊かなバスト、飛び散る汗…

 不意にリザードマンが窓の方を向いたことでドンと目があった。

「あ」「お?」







――――――マグル村の酒場、1階のカウンター。


「ガッハッハッハ!! いやぁ、恥ずかしいトコ見られちまったなぁ。久しぶりだな、ドンさんよ」

「ビックリしたぜ。まさかザードとこんなところで…しかもあんな風に再開するなんざ思ってもいなかったんで、時間が止まっちまったよ」

 大小二人の亜人な男達はカウンターに並んで座り、同時に水をかっくらう。

 マスターは空になったコップを引きあげ、新しい水を汲んでまた二人の手元に出した。


「おう、サンキュー。……んで、そっちはどうだい。べっぴんの嫁さんは元気にしてんのか?」

「だから違うって……まぁいいか。おかげで―――そうだ、シュクリアの件はホントに助かったぜ。いつか礼を言いたいと思ってたんだ、ありがとうな」


「やめろよ、くすぐってぇからよ。ただ一言忠告しただけなんだ、てぇした事じゃあねぇさ。おうマスター、なんか適当にツマミ出してやってくんねぇか。こんな朝早くに来るようじゃあメシもまだなんだろ? 奢るぜ」

 悪いとは思うがドンはあえて断らなかった。

 実際お腹が空いているのは事実だし、さっきのシャルールとザードの現場・・を見て盛り上がりかけた劣情を食欲に昇華し誤魔化してしまいたいと思ったからだ。



「しかし驚いた。ザードはあの娘さんと懇意だったんだな」

 ところが彼は、首を横に振って少し残念そうに小さく笑う。


「仲がいいか悪いかでいったら、まー悪かぁねぇがな。ハハハ」

「……彼女は 夜の客 を取っている。客は選ばれる・・・・し、安くない故、毎晩というわけではない」

「かー、そうバッサリ切捨てないでくれよマスター。オレぁ結構本気で彼女に惚れこんじまいそうなくらいキてるんだぜ、こうドッキンドッキンとよぉ」

 ザードのかわりにマスターが説明し、ドンはなるほどと納得する。こういった店は性質上、綺麗どころにセクハラかますのは日常茶飯事だ。

 中には陰湿な輩や、権力や金にモノいわせて厄介な事態を引き起こす馬鹿な客もいたりする。


 だがカラダを報酬として酒場娘が男性客と接点を持てばどうか、それも不特定多数に?


 おそらくは相当に選抜された信頼おける客であり、かつ彼女と一夜を共にする上での厳しいルールを厳守できる者達に限られるだろうが。

 ザードを見てもそうだ。彼はあきらかに強い。もしこういった男達が多数酒場娘シャルールと懇意にしていて、そんな彼女に愚かにも無謀をなそうとする輩があらわれたなら彼らは彼女を守るために動き、その輩をボコボコに打ちのめすだろう、頼まれずとも無償で。


「(セクシャル・コネクション……。少なくとも有象無象の男を相手どって肌を重ねても平然としていられるような強い精神力がなけりゃ、とてもできねぇ芸当だ)」

 この小さな酒場を守る見えない防衛網―――それを金をかけずに、むしろ金を稼ぎながら形成するという業は、さすがはあの若さで酒場のオーナーをしているだけの事はあるとドンは強く感心し、シャルールに敬意を抱いた。





――――――酒場2階の一室

「大丈夫? ここまであの状態・・・・で来るのは、無理があったんじゃないの?」

「平気です。昔、魔王様にも恐れず能力を使うよう言われましたから。“ 汚れを知らない者は、汚物を見ただけで気絶する ” ……んだそうです」

 何それと笑うシャルにつられて、ベッドに横になっているイフスも苦笑した。

 霧状から人型に戻ったはいいものの、疲労が蓄積してしまってほとんど動けなくなるのが彼女の能力の欠点だ。


 しばしの休養を要する上にもう一つ、この能力には欠点がある。それは……


「服はなんでもいいんだっけ?」

「はい、捨ててもいいようなものでかまいませんので、いただけませんでしょうか?」

 霧状になれるのは彼女の身体のみであり、能力を使えば全裸にならざるを得ないのだ。


「オッケー。用意しとくから、もう少しゆっくりしてて、私は一度下にいってくるから」

 そう言って立ち上がる。今でこそ服を着用してはいるものの、先ほどのシャルールの胸が揺れる光景がイフスの頭から離れない。


「……確か、90のF、ですよね…」

「何、オッパイの話? そーだよー、ウチの種族サッキュバスを考えると、小さい方なんだけどね。まぁ大きすぎても面倒そうだし、ちょうどいいかなって思ってる…なーに? まーたお胸コンプレックスこじらせてるの、このメイドちゃんは?」


「そ、そういうわけでは。……いえ、そう…かもしれません」

 疲労から少し気弱になってしまっている。シャルールは両手を腰に当ててフンすと鼻息を吹いたかと思うと、いきなりイフスの上にダイブした。


「うーりうりうり! どれどれ、ちょっとお姉さんに見せてみなさいっ! あははは、大丈夫大丈夫ちゃーんとあるから。そんなに落ち込まなくたってへーきへーき。私ら淫魔にだって、ツルツルのペッタペタなヒト結構いるしね。個性個性♪」

「シャ、シャルールさん…、クス…まったくもう」

 言いながら、シャルールは自分の母を思い出していた。


「(……うーん、ママの場合はどっちかっていうと、胸がないっていうよりは幼……)」

 突如、全身が寒気に襲われる。ザードにご馳走になった大量のモノを吸収中の、膨らんだ下腹部の温かさがなければ凍えていたかもしれないと思えるほどの寒気。


 それは決して気のせいではないと彼女は断言できた。



「(あのヒトなら魔界から一瞬でここまで来たって不思議じゃないし…怖~)」

 自分の両肩を抱いてブルルと震えると、抱いた恐怖を忘れようと笑顔をつくって立ち上がった。


「後で適当な服もってくるから、一眠りすれば? 手紙はちゃんと目通しとくから心配しないで、じゃねー」







「ジロちゃん、倉庫に古着しまってあったと思うけど、今すぐでなくていいから後で出しといてくれるー?」

 トントンと小気味よい木板を踏む音を立てて階段を降りてきながら、シャルールはジロウマルに話しかける。しかし野郎達はなにやら難しい顔で話し込んでいた。


「……3人ともどったの、一体?」

「おおー、シャルールちゃん! ちとコイツを見てもらえねぇか?」

 ザードが彼女に気があるのは本当らしい。明らかに嬉しそうなイントネーションでシャルールの名を呼ぶ。が、当の本人はというと肌を重ねた相手にも関わらず、既にその事を忘れたかのように普段と変わらない様子だ。


 ザードのさりげないアプローチを華麗にスルーし、ドンとジロウマルが覗き込んでいるものを確認する。


「………あ、ははは…は…。はぁ、やっぱり……」

 それは1枚の紙だった。書かれている文面はたったの1行。



  << だれが幼いじゃと? >>



「何か心辺りがあるんで?」

「あー、うん、まぁね。そんな心配しなくていいよドンさん。コレ、ウチの族長のイタズラみたいなものだから」

 おそらくこの紙は突如として彼らの前にあらわれたに違いない。だからこそ彼らは何か危険がないかを危惧して、怪文の謎を解こうと考え込んでいたのだろう。


 <陰口は成り立たぬファミリー・ボンズ


 せっかくの魔法を無益な事に費やすのは常々どうかと思いながらも、魔界にいる母親を、少し懐かしく思う。

 シャルールは、これも離れて暮らす家族の大事な繋がりならではなのだと思う事にした。










――――――ナガン領、メリュジーネの館より西へ130kmの道沿い。


「ほんっと絶えないねー。賊なんかやってたって、いつかはこうして命落とすのが関の山なのにさー」

 仕える御方がメリュジーネの館を後にして7日目、イムルンは先行して道程に潜んでいるであろうならず者な連中を刈り取りに来ていた。


 5、6人からなる山賊の一団は会敵からものの1分で残り1名を残し、全滅。最後の一人も地面に叩きつけられ、イムルンに馬乗りで拘束されたまま、彼女の手に持ったナイフがその身に突き立てられるのを待つだけの身となっていた。


「た…助けてくれ……ヒッ!?」

「ダーメ。死にたくないならさ、最初から真面目に生きてなよ? 散々悪いことしてきていまさら命乞いとかさ、情けないと思わない?」

 賊の耳にパクリと切り傷が開いて血を噴きだす。突き立てられたナイフは既に地面から離れており、攻撃の直後の硬直もなく、彼女から逃げ出す隙を見出す事ができない。


「(だ、ダメだ……も、ものが違いすぎる……オレは死んだ、ここで殺されるんだ)」



  ブルルブルンッ、タップン。



 瞬間、賊の目に一筋の希望が見えた気がした。豊満に揺れる相手のバストはどう見ても下着の類を一切つけていない。袖のない簡素な上着を軽く羽織っているだけで隠す気もないらしく、ピンクのぽっちが惜しげもなく見え隠れしている。


「あ、あの! お、オレは商人崩れなんですがっ」

「んー、それがなに?」

 賊はゴクリとツバを飲む。相手の気を引けなければナイフが即心臓めがけて落ちてくる。まさに一か八かの賭けだった。


「み、見たところ下着を着けてない様で! よろしかったらオレの荷に、売り物の残りがありますんでっ、そ、それを差し上げますから!!」

 これは天がくれた最後のチャンスだと賊は思った。

 何の因果か、彼は下着の行商人だった。しかし下着の製造元からの依頼を受けて変態視されながらの営業の日々に嫌気がさし逃亡、喰うに困った結果として賊に身を落としていた。


「……ふーん? それで助けてもらおうってワケ? ……じゃ、物色させてもらおっかなー。いいのがあったら考えたげてもいーよ」

「(やたっ!! く、首の皮一枚つないだぞ!!)」

 一気に光が差した気がした。殺された賊仲間は仕方なく組んでいただけで、仲間としての絆があったわけでもない。むしろいつも分け前のほとんどを持っていくいけ好かない連中だった。


 彼女は馬乗りになったまま賊のバッグを物色し、取り出したブラを次々と自分の胸に当ててゆく。


「……ど、どうでしょう?? そ、そのピンクのなんかは、か、彼氏さんとかも喜ぶんじゃないでしょうかね? あ、黒もよくお似合いですよ!」

 木陰の中とはいえ、街道沿いの草むらでいったい何をしているのか。第三者が見たら珍妙な男女だと思うだろう。

 だが賊にとっては自分の命がかかっている。情けない体勢ではあるが、彼女の機嫌を取る事に必死だ。


「んー、そお? そっかなー。へへへ~、ウチそんなに似合うと思う~?」

「そ、それはもう! ブラのサイズはF+までありますから! 貴女のように大きなものをお持ちの方でも―――――」


 ブシュウウウウウ!!!


 賊の首から大量の鮮血が飛ぶ。喉を掻っ切られ、一瞬何が起こったのかわからず、しかし理解と同時に死の恐怖に怯える顔が、笑顔のままのイムルンを見上げた。


「F+じゃあ小さいよねぇ? ウチ、上から93、58、87でG-だから、全部入らないし。それにさー…勘違いしないでよ?」


 ドンッ!! ボトッ……コロコロコロコロ……


 喉を切り裂いたナイフを返す形で、今度は頭と胴を完全に切り離す。賊の頭部は草むらに落ちて転がり、木の根元に当たって止まった。


「こんなもので見逃してもらおうなんて…そんな甘い女に見えた、変態さん?」

 屍と化した賊の股間は大いに盛り上がっていた。絶体絶命の危機を前にして種の保存の本能が働いたのか、それとも助かる目があると思った矢先、イムルンのそそる肢体に興奮したのか。


 馬乗りになってる彼女の股をズボン越しに突き上げるソレは、彼女が賊の股間から立ち上がると同時に……


 シュッ! ……トンッ、コロロロ……


 切り取られ、先に転がった頭部の隣まで転がっていった。



「やーれやれ。ホント、たいした奴はいないなー。ま、露払いがウチの仕事だから楽できるのは結構なんだけどー」

 そう言うと、イムルンは一切の気配を残すことなくその場から消える。



 涼やかな風が吹いた。今日はいい天気だ。


 暑い日ざしを避けるには絶好の木陰に残された変死体は、街道を行く者に発見されるまでその醜態をこの世にさらし続ける事となった。







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