〇閑話2 かつての軍闘


――――それは先の神魔大戦、真っただ中のお話。


 

 アトワルト領内にドウドゥル湿地帯という広大な湿地が存在する。



 そのほとりに建てられているこのドウドゥル駐屯村は、平時にこそ領民が住んでいたが今は軍人が闊歩する兵站地と化していた。


「最前線は大いなる山脈グレートラインの上空だ。空軍への支援を最優先に、いつでも補給を出せるようにしておけ!」

 兵站を束ねる部隊長は声を張り上げる。ここアトワルトはまだ被害が少ないとはいえ、戦闘と無縁ではない。

 魔界側の地上領各地には、時々最前線を抜けてくる敵の空戦部隊が急襲してきて、直接戦闘が生じてはちょくちょく被害が発生しているのだ。



「隊長。ケガ人はどこに運びましょう?」

「空いている小屋に放り込んどけ。手当ては最低限でいい、次の物資の搬入が遅れているから、無駄な消耗は極力避けるよう医療班に伝えとけ」

「ハッ」

 つい先ほど敵1部隊の攻撃に対して防衛戦を行ったばかり。村外に広がる湿地帯には敵の骸が多数沈んでいる。地理的有利があったとはいえ、迎え撃った魔界側の駐屯部隊にも多数の死傷者が出た。


「うーむ、どうしたものか……」

 兵站を任されている彼の部隊は、医療班を含めても全部で500人程度の兵しかいない。先の戦闘では死者60名、ケガ人は130名にのぼった。

 いかに後方支援が役目の兵站といえど、まともに戦える兵士が300足らずでは防衛力に不安が残る。


「隊長。地上方面軍、第8師団より伝達です。食料の補充を要請したいと」

「隊長! 第12師団から、ケガ人50名ほど引き取って欲しいと連絡が!」

「隊長、空戦部隊第886小隊が壊滅し、生き残りが6名到着しました。手当てと本隊への連絡をお願いしたいとの事ですっ」

 兵站地は地上の各地に点在している。中には何もない野に陣屋を構えている兵站部隊も多く、それと比べればそこそこの施設があるこのドウドゥル駐屯村に、部隊を構えていられるのは楽であった。


 しかし反面、こうした位置が固定されている兵站地には、各部隊からの要請も寄せられやすく、必然的に多忙を強いられる。


「ふー、まったく忙しいな。……生き残りについてはすぐに医療班にまわせ。落ち着いたら委細聞き出して上に報告の手はずを。第12師団には他の兵站に30人ほど振り分けろと返せ、ここも受け入れにはあまり余裕がない。第8師団には3日分の糧食を送る手はずを付けろ。ただし輸送にも人手を割く余裕はない。兵30人で5回にわけて運ぶように編成!」

 見渡す限り、麻袋食料は山と積まれてはいる。しかしその山もせいぜい兵3000を10日食わす程度の量しかない。兵站の備蓄としてはかなり少ないほうだ。


 物資の類は魔界本土から地上の最後方に陣取っている物資集積基地に運ばれ、そこから各地の兵站へと適時分配されてゆく。

 しかし、その定期的にやってくるはずの搬入隊が既に10日も遅れている。隊長の表情には焦りの色が浮かんでいた。


「(……まさか寸断されている? いや、それならばすぐにわかるはずだ。搬路は空軍の小隊が常に巡回しているし、敵が最前線を突破してきたとしても、数はそう多くない。搬路を断たったとしても、一時的にしか無理なはず)」

 とはいえ戦争では不測の事態が起こって然るべきもの。そんなまさか……が、まかり通るのだと思っていなければならない。



 ドパァン!! ドォオオン!! バゴォゥッ!!!



「!! 直撃か!? 流れ弾か、攻め寄せてきたか、どっちだ!?」

 隊長はやぐらに向かって叫ぶ。


 だが見張りの鳥獣人バードマンは答えない。それだけで隊長は即座に把握した――――彼は死んでいる、つまりこれは……


「敵襲!!! 全員に戦闘配置につけ! 迎撃要員はすぐに出るぞ、湿地帯で押し留め、中への侵入は許すなっ!!」




 ・


 ・


 ・


 ドウドゥル駐屯村はある意味目立つ。


 木製とはいえ高くて厚い壁に囲われているために遠目にも特別感があり、敵からすれば重要な施設だと思って当然のたたずまいだ。


「魔界側の前線基地の一つか?」

「だろうな、落としておいて損はないだろう。いくぞ!」

 白亜の翼と鉤爪のある足。機動力を妨げないよう軽量化されたハーフプレートに身を包んでいる―――天界側の翼手族ハーピーの兵士達だ。羽ばたきながら魔法を唱え、次々と光弾を放つ。


「<力持つ言ノ葉パウ・ワード・ボール>」


 彼らの手前で発現し、飛ばされる光の弾は、大きさにして直径30cmほどしかない。

 しかしその弾速は速く、ドウドゥル駐屯村の壁に着弾すると同時に10m規模の炸裂を起こして効果的に壁を破壊していく。



「ッ! 避けろっ!!」

「え?」


 ヒュウンッ…ザスッ!!


「がふっ!!? …く、て、敵が出てきたのかっ?!」

 槍のように伸びた魔力の輝きが、彼らの手前で一気に5叉6叉に分かれて飛散していた。

 何人かは刺し傷を負いはしたものの、脱落者死亡者は一人もいない。


「ふん。油断さえしなければ子供騙しな攻撃よ! 総員、目標はあいつらだ、地上を這う蟻どもを蹴散らすぞ!」






「ちっ、やはり私の魔法ではこの程度が限界か。対空戦闘準備っ、魔法班はデカイのを準備たのむ。残りの者は可能な限り我々へと注意をひきつけるんだ、ゆくぞ!!」

 隊長が吠えると同時に湿地帯へと走りだす。兵士達も湿気の強い足場をもろともせず、彼の後に続いた。


「よし、もう一発! <指先が血肉を欲すセパレーション・ランサー>」

 先ほどと同じ魔法が今度はよりハーピー達の真下に近い位置より放たれる。

 だがさすがに一度見た攻撃に当たる者は少なく、与えたダメージは小さかった。


「お前達散開しろ! そこらに沈んでる屍を踏んで応戦するんだ!」

 隊長の狙いはあくまで敵の注意をひきつける事。

 先の戦闘で倒した敵の屍が半分浮いているものを踏みつければ、相手がどう思うかは容易に想像できた。



「ぬぅ?! 奴ら、我らが同胞の亡骸を足蹴にっ、許さん!!!」

「(そうだ、こっちに来い! その羽一枚残らず千切り落としてやるっ)」

 ハーピー達が高度を落として距離を詰め、光弾を放ってくる。それでも魔界側の兵士達の物理攻撃が届かない間合いを取るくらいには冷静だった。


「ぐはっ!!」

「うっ…た、いちょ…―――」

 何人かがなす術なく敵の光弾に倒れ、湿地帯に沈む。部下の死に歯を食いしばりながら隊長は吠えた。



「いまだ全員……てぇっ!!」


「<跳ぶ刃ホッパー・エッジ>」

「<跳ぶ刃ホッパー・エッジ>!!」

「<空気を殴るフィスト・スカイ>!」

「<跳ぶ刃ホッパー・エッジ>!」

「<冷たい旋風シュート・フリーゼ>!」

「<空気を殴るフィスト・スカイ>!」

「<輝かない輝きアン・シャイン>」

「<跳ぶ刃ホッパー・エッジ>!」

「<昇る塵ダスター・ボール>」

「<空気を殴るフィスト・スカイ>!」

「<跳ぶ刃ホッパー・エッジ>!」

「<冷たい旋風シュート・フリーゼ>!」

「<跳ぶ刃ホッパー・エッジ>!」

「<昇る塵ダスター・ボール>!!」

「<空気を殴るフィスト・スカイ>」


 弱い魔法ばかりとはいえ数で押す。1発1発は軽くとも、当たれば軽傷は免れない攻撃魔法の弾幕に、ハーピー達はたまらず空へと舞い上がった。


「……っ」

 隊長は一人、自分達の後方を伺う。魔法班の一人が、準備が出来た合図に手を振っているのが見えた。


「よし、お前らよく耐えた!! このまま攻撃を継続しつつ後退だ! そして合図とともにその場に伏せろ!」

 バシャバシャと湿地を踏みしめる足音が大きくなる。彼らは空を睨みつつも、1歩1歩後退しはじめた。



「? 奴ら、下がっていくぞ。魔力が底をつきはじめたか?」

「だろうな。リザードマンにオーガ、ドラゴマン竜姿亜人コボルト犬頭獣人など、血なまぐさい直接戦闘が得意そうな小粒の兵がほとんど。魔法に長けていない分、まず対して役に立たない魔法を数でぶつけて少しでもダメージを与えた後、あの基地に戻って篭城戦に持ち込む……といったところだろう」


「ふんっ、バカな奴らよ。逃げる暇も与えずほふってくれるわ!!」

 ハーピー達は再び急降下しはじめる。飛び交う魔法弾を綺麗にかわしながら魔法の詠唱をはじめた―――が




業火でもてなす者達フレア・オーバーホスピタリティ


 ゴァアアァァァア!!!!


 離れた場所で魔法班が準備していた大規模な儀式型の魔法が火を噴いた。渦を巻きながらハーピー達に向かう極太の炎は、一瞬にして敵を燃焼の渦中へと孕む。



「!?」「なっ」「うごぁぁあぁ!!!」

 悲鳴とともに一人、また一人とハーピー達が落ちていく。


 湿地帯の水気が彼らの纏った炎を消そうとも既に遅く、翼が焼け消えて両腕を失った黒コゲの死体だけが残り、動くことなく沈んでいった。



「やった、やりましたよ隊長!」

「ざまぁみろ! 空飛んでるからって油断してっからそういう目にあうんだぜ!」

 部下達が勝利の歓声を上げる中、隊長だけは炎が渦巻いたまま・・・・・・の空を鋭く睨んでいた。


 空中で炎がいつまでも消えない――――それはまだ、焼く対象がいるという事。


 ビッ! ドシュンッ


 刹那、隊長の左腕が吹き飛んだ。

 コルクでも抜いたかのような綺麗な円形の切り傷を左肩に残し、噴出した鮮血が湿地帯の濁った地面を赤く染める。



「ぐぁあぁあぁあーーーーーーッッッ!!!!!!」

「た、隊長!!?」「な、んだとぉ!? まだ敵は生きてるのかっ!??」

 ここにいる誰よりも警戒していたはずの自分が、撃ち抜かれたという事実。隊長は片膝をつきながら懸命に頭を上げ、攻撃者を確認しようと空を仰ぐ。


「やってくれたな、ドブ臭い雑兵どもぉッ!!!」

 空で渦巻いていた炎が一気に飛散する。中から姿を現したのはカラダのあちこちが焦げ、肩を上下させつつもかろうじて生をつないだボロボロの天使兵だった。


「く、ハーピーばかりではなかったのか。はぁはぁはぁ……ヤバイな」

 天使達はハーピーなんかよりも、一回りも二回りも強力な魔法を使う。

 対抗するには個人で実戦レベルの魔法が使えるか、機動力に富んだ飛行能力を有した戦士がいる。

 彼の部隊にはそのどちらもいない。


「く、くそ!! <跳ぶやいホッパー・エッ――――」

「<光を穿つライナー・オブ・ライト>」

 兵士の一人が魔法を放つよりも早く、細い光線に貫かれて絶命。

 魔力を貯める時間も、魔法の破壊力も比較にならない。差をまざまざと見せ付けられて、隊長は冷や汗を流した。


「(くそっ、なんとかしなければ!! まさか手負いの天使一人に全滅させられるわけにはいかん!!)」

 残った片手で腰の剣を抜くと、上空の天使に向かって投げつける。だが簡単にかわされてしまった。


「悪あがきだな、大人しく死んでおけ!!」




「<地を忘れし者、地の恵みを忘れずフォーリング・バインド>」


 シュルルルル、バシッバシンッ!! グイー……ドバシャァンッ!!!


 天使の手の平が魔法の輝きを宿したかと思った瞬間、翼を含めてその全身にツタが巻きつき、湿地帯へと叩きつけた。


 魔界側の兵士達は何が起こったのか理解できない。縛られた天使は全身が泥に汚れて動けなくなった自分を確認し、やはり己の身に何が起こったのかわからずに驚愕していた。


「!?! な、なんだ、これはぁぁぁ!!?」

「なんとか間に合いましたわね。時間はかかりましたが、これで貴方は動く事も、魔法を使用する事もかないません」

 言いながら歩みを進めてくる女性は軍人とは思えない格好。ドレスの裾が汚れることも厭わず、片腕をなくした隊長の側までやってくると、傷口に手をかざして治癒魔法を唱えだした。


「あ、貴女は一体??」

「ミミ=オプス=アトワルトと申します、この地の領主を務めさせていただいている者です。物資搬路の件で問題が生じましてそのお話にきたのですが、戦闘中でしたので加勢させていただきました……ご迷惑だったでしょうか?」

 ニコリと微笑み返すウサミミの美少女。


 ドロ臭い兵士風情の自分達とは明らかに住んでいる世界が違うであろう雰囲気に、兵士達は敵の事も忘れて彼女に釘付けになっていた。


 

 ・


 ・


 ・


「あの時は本当に死を覚悟した。だがウサギの女神様が現われて、我々を救ってくださったのだ」

 隻腕となってしまい、さすがに軍属を続けるのが困難になった彼は、大戦の終結後に退役した。

 兵站の監督経験を活かして魔界で食品商をはじめた彼は、おさない子供達に時折こうやって自分の戦場働きを語って聞かせるようになった。


「(昔の私ならばしなかったな……。すべてはあの方の御蔭おかげか)」

 後にこの話を元にした絵本が、彼の息子によって描かれる事となる。魔界全土で愛されるようになるソレが世に出るのはまだ遥か先のお話……。










――――神界側、前線基地作戦室。



「まったく、どいつもこいつも勝手をしおって!!」

 老齢のオーガが机を叩く。控えていた兵士達はビクリと体を振るわせた。


「司令官殿、落ち着いてください。確かにいくつかの部隊に暴走が見られますが、全体から見ればたいした数ではありません。戦況を左右するほどの問題では…」

「その暴走している部隊が一体いくつあると思っているっ! 報告ではこれで50件目ではないか!?」

 確かに全軍で万を越える部隊が動いている以上、50なら少ないといえるだろう。しかし彼が指揮するは第3師団は総数600の部隊である。その中にあって1割近くが勝手な行動を取るなど、司令官としての手腕を問われる問題だった。


「くそ、フゥルネス卿はどこで何をしてるやらもわからんし、部下はいう事を聞かん……これで戦況が互角というのだから、どうなっているんだ今大戦は!?」

 無能な上司ならば我が軍の方が優秀だから、などとのたまうのだろう。

 だが彼は齢10万歳を越える大オーガである。神魔大戦もこれで20度目、司令官として抜擢されるに当然の経験と立場を有していた。


「(今までの経験からして、こういうおかしな拮抗は危険だ。兵どもの意識は緩慢で厭戦気分が広がりつつある中、やる気が暴走して上のいう事を聞かずに機に恵まれただけで勘違いし、敵地に突入する者が増える……むう)」

 敵地に突入し、消息を絶ったハーピーで構成されていたという小隊はこの際なかっか事にしたほうがいい。

 無謀な仲間を助けるなど無駄以外のなにものでもないのだから。


「……ここ引き払う。司令機能を後方に移すぞ!」

「はっ!? ちょ、ちょっとお待ちを司令! なぜ今そのような!? そんな事をされては第3師団全体が戦線より大きく離れることになります!!」


「カンだ。こんな状況でこのまま同じ状態を維持し続けた場合、過去の大戦ではそういう部隊ヤツらほど早死にした。思いもよらぬ事態を受けてな」

 そう、そのまま一箇所に固定される基地のような場所は、戦争が長引くにつれて敵に場所を知られてしまう。

 当然、そこへ奇襲作戦などを敢行してくる事は考えられる。指揮系統を潰されて軍に乱れが生じれば、戦況は大きく不利に傾いてしまう。




 そしてその3日後。

 オーガの司令官が想像したとおり、前線基地は魔界側の潜入作戦部隊によって奇襲を受けていた。


「なるほど引き払っていたか。いい読みをする上官だな」

 あちこちから煙のあがる中、基地を維持していた敵の残留部隊の生き残りより事情を聞き、特務を受けて奇襲を慣行した部隊長は笑みを浮かべた。


 狼亜人ウルフマン狼獣人ウェアウルフ多頭狼ガルムに加えて悪魔狼デビルファングと、狼系の者ばかりで構成されている中にあってひと際体の大きな隊長は、勝利の確信とともに並のウェアウルフへとその姿を戻した。


「魔獣借装を使うまでもなかった。敵の司令官を殺れなかったのは残念だが戦果は上げた。全員帰還するぞ」

 そう言って踵を返す。

 敵の最前線基地を一つ破壊し、神界側の兵士を数名を捕虜として得た。これ以上を望むのは欲が過ぎるというもの。確実な帰還を考えれば深入りも留まるも危険だ。


 しかし既に遅かったかもしれない。





 ザザザッ! ガシャンッガシャガシャ…


「……ほー、簡単には帰してはくれないというワケだな?」

 魔界の地上領土まで戻るには、険しい山越えのルートを行かねばならない。地表1万6000m地点に乱暴にあけた抜け穴まで辿り着ければ一息つけるのだが、まず目の前に現われた敵、およそ2000を突破しなければならなかった。


「まさか本当に奇襲を受けるとは、司令官殿は確かな慧眼を持たれていたか。お前達っ、敵を一人として逃がしてはなりませんよっ!」

 天使兵の上げた声を合図に双方動き出す。早速戦闘が始まった。


「<赤き三連球ハットトリック・ヒート>ッ!!」


 先制して神界側のゴブリン兵が3人1組で魔法を放った。手にしている杖は彼らの魔法の才を補強しているのだろう。

 ゴブリンでは到底不可能な強さの魔力をほとばしらせながら、1匹のガルムに向かって光球が3発放たれた。


 ドンッ! ドッ!! ドンッ!


「ギャン!!! …グルルルゥ………」

 ガルムが回避した2発は地面に穴を開け、残り1発が命中して獣が空を一回転しながら地面に打ち付けられる。

 致命傷ではないだろうが、立ち上がろうとする前足が震えていた。ダメージは決して小さくない。




「(レベルの低いゴブリンの兵士に、これだけの火力を持たせている……厄介な)」

 考えながら隊長は振りかぶる。遠心力を利用して伸びた爪の先に魔力の輝きを灯し、そのまま足元の地面へと叩きつけるように腕を振り下ろした。


 ズババババババッ!! ズザンッ! ズドン! ザシュルッ!!!


「グハァ!!」

「ナ。ナニッ、コノキョリデ、キリサカレ…、ッ!?!」

 地面を掘り起こしながら吹き上がるような波動とともに飛来した刃が、次々と神界側の兵士を切り裂いてゆく。

 同じものが無数に、隊長の位置よりあらゆる方向へと放たれていた。


 結果、敵の30名ほどに重軽傷を負わせる事ができた。しかし確実に排除するまでには至っていない。



「<荒くれる大地の脈動ストーム・スライサー>でも足りんか。だが突破口をこじ開けるにはこれで十分っ」

 地面を蹴り、間髪いれずに敵軍の一点にめがけて切り込む。両腕を振るい、敵兵を切り裂いていく隊長に続いて、部下達も神界側の軍へと突入していった。


「いちいち殺す必要はない! 突っきってそのまま走り抜けろ、遅れた奴は置いていく、全員心してかかれ!!!」









――――グレートライン中腹、地表7000m地点。



「はぁ、はぁ、ぜぇぜぇ……ぐっ、大丈夫か、全員生きているな?」


「なんとか」

「隊長こそ平気ですかい? 今日だけで3回も魔獣借装してはかなり負担かかってるでしょう?」

 魔獣借装。それは魔獣と契約してその力を一時的に授かり、その身に宿す業である。

 本来よりも強力な身体能力に加え、技や魔法など数段強力なものを行使できるようになる。


 しかし肉体への負担は大きくデメリットも多い。その割りにはメリットが見合わないということで、この業を身につけている者はあまりいない。


「かまわんさ。アズアゼル卿の勢力がなにやら怪しい動きをしていると噂が流れている。魔界側我らも一枚岩ではないからな。エルベロ候の協力を得てこちら神界側に抜けられたが、空の連中を除けば我らは幸運な方だ。多少の無理も有益に繋がるならば苦ではない」

 彼らは魔界の大貴族の一人、ファルスター候が指揮する直属部隊。

 アズアゼルとは政治的に協力するところもあれば対立している部分もある複雑な関係だが、今回の大戦ではどちらかといえば手柄という意味で対立している。


「連中を蹴散らしたとはいえ、まだ油断はできん。全員気を引き締めろ」

「ハッ!」

 潜入作戦は行きよりも帰りが大変だ。追撃を受ける分、常に気を張っていなければならず、戦闘も避けられない事が多い。


「(とりあえず今回は切り抜けられそうだ。しかし深手を負った者も多い、抜け穴まではある程度の時間はかかるとみなければなるまい)」

 そこで隊長はふと思考と足を止めた。ゾクリとするものを感じ、はじけるように叫ぶ。


「伏せろ!!!」



 ビュボォッ!!! ヒュブゥウウ~……ザォォォオオッッ!!


 急激に大気が捻じ曲がり空に穴が開く。穴の中から突風が吹き出し、山肌を強烈に撫で上げた。


「ぐぅ!!! な、なんて風だ、山を削り取る気か!?」

「全員気を引き締めろ。来るぞっ!」

 穴から徐々に姿を見せたものが彼らの前へと降り立つ。


 5mほどの大きさだが、全身に金属の鎧のようなものを纏ったソレは、あきらかに神側の軍がよこしたであろう追撃者だった。



「魔導兵器だと!? ちっ……お前達、迂回して抜け穴へ向かえ! 私を待たずに行くんだ、いいな!!!」

 部下の返答を待たずに隊長は魔獣借装を発動させる。

 見る見る体躯が大きくなり、体毛が伸びてまさに魔獣の如き姿へと変貌した彼もまた、敵に比肩する巨体となって対峙した。


「ッ、隊長……。いくぞ! 隊長の覚悟を無駄にするなっ」




 ・


 ・


 ・


『ゴァァァァア!!! デクのボウがァァア!!』 

 巨大なウェアウルフが腹をへこませ、胸筋をパンプアップさせたかと思うとその口から強烈なブレス吐息が吐き出される。


界獣が吼える時フェンリル・オブ・カース


 目に見えない大気を振動させる咆哮を受け、金属の巨人はよろけて1歩後退する。しかしその本来の効果たる呪いを与える事はできなかった。


 それは敵が無生物であるからこそなのだが、生物が相手ならばいかなる種族を相手にしようともその戦意を喪失させ、茫然自失に追い込めるほど強力な技だ。



『ガァウウッ! シずメ、シズめ、しズメェエェエッ!!!!』 

 敵の隙を見逃さず、全身をひねって尻尾で顔面を打ち、そのまま胸部に連続して回し蹴りを叩き込む。

 だが敵もただやられているはずもなく、硬質な拳を振るって彼の蹴り足を殴りつけた。


『グゥウウッ!!!』

 殴られた部分から、全身へと駆け巡るかのような激痛。

 だが隙を作るわけにはいかない。両脚を大地につけると同時に、今度は冷気を吹く。


 金属製のカラダは見る見る凍結していくが、それでも強引に地面を蹴り、敵は全身で飛び掛ってきた。


ズゥウウン……


 鈍く重い、質量にモノをいわせた体当たり。巨狼のキバの隙間から血がにじむ。



『(マだダ……モット…チカラ、ヲ……ヨコせッ!!!!)』

 毛先がビシビシと硬質化していき、さらに長く伸びてゆく。古い毛がバラバラになって砕け散り、生え変わった新しい毛が前にも増して長くなり、彼の体躯を覆った。


『オォォオオオンッ!!!!』

 遠吠えとともに跳ぶ。

 敵を抱えたまま、山の麓に向けて飛び降りたのだ。微かに残る隊長の意識が、部下達の無事の脱出を願い、捨て身の行動へと駆り立てる。


 神界の魔導兵器はその自重ゆえに落下を止める事ができない。


 命の灯火が消える……


 過ぎた力の行使は、魔導兵器ガラクタの破壊と引き換えに遠慮なく彼の命を奪っていった。









―――5日後、魔界側エルベロ領南部。



「よし、このまま魔界本土まで一気に運搬する。魔獣だけでも帰ってきたのはまだ不幸中の幸い……いつまでも隊長の死を悔やんではいられん!」

 檻の中に入っている獣は、もうかの隊長ではなくなっていた。

 隊長だったものは何ひとつ面影を残していない。俗に魔獣と呼ばれるそれは、彼が契約をかわし、その身の内に宿っていたものだ。


 もし神界側に捕えられていたなら大きな損失となっていただろう。しかし普通の獣と違って魔獣には知能がある。

 隊長が死した後、自力で魔界側まで戻ってきたのだ。



『デハ、オヤジ ノ トコロニツイタラ オコシテクレ』

 檻に入れられているのは万が一にも神界側から何かしらの術を受け、魔界側に仇なすような行動を取る可能性を危惧してのもので魔獣自身も理解を示し、大人しくしている。


 彼は故郷に搬送される。契約した者が死んだ場合、そういう手はずになっているからだ。



「了解した。道中はなるべく揺られぬように気をつけよう。……ん、どうした?」

 移動のため、檻が魔法で浮かべられると同時に、魔獣が眠りかけた頭を起こした。そして一方向を見つめる。


「……イヤ ナンデモナイ。 スコシ イイ ニオイガ シタヨウナ キガシタダケダ。ハラハ スイテイナイガ……? マァイイ、ネムル ト シヨウ」

 興味が失せたと再び眠りに入ろうとする魔獣。隊員たちも魔獣の見ていた方角から目を逸らし、搬送を開始した。


 ・

 ・

 ・


「(? ……誰かに視られてるような??)」

 彼女はゾクリと背筋を振るわせ、あさっての方向に視線を向けた。


「どうかなさいましたか?」

「いえ、気のせいでしょう。……では駐屯村の方は今後もお好きに使って頂いてかまいません。後片付けなどの整理清掃も不要ですから、撤収の際にはそのままにしていただいてくださって結構です」

 彼女が不意に向けた視線の先を、自分も改めて確認する。戦時中なのだから、いつ敵襲があってもおかしくない前提で、些細な事も見過ごしてはならない。


「腕は大丈夫ですか?」

「ええ。問題はありません。とはいえ左腕を失った分、私個人の戦力は厳しものになってしまったのは事実ですが。これからは敵の察知を早めて先手先手で迎撃できるようにと、前にも増して注意を払って―――あの、なにか気になる事でも?」

 目の前の美少女が何事かを考え込んでいた。こちらの問いを受けて慌てて顔を上げる。

 ワラビットの容姿は本当に好ましいものがあり、見ていると意識的に強く張っている周囲への警戒心が緩みそうになる。


「いえ、少し感心いたしまして……凄いんですね隊長さん。片腕を失うという事がどれほどお辛くて苦痛を伴う事か。その意志の強さはわたくしも見習わなくては…と思いまして」

 領主として若すぎると思っていた彼女は、自分の芯をしっかりと持っていた。

 たまらず異性への感情が芽生えかける。下げた頭に手を伸ばしてその長い耳に触れたくなる。


 しかし隊長は自分を叱咤し、気持ちを改めた。部下達は警戒を強めてさらなる敵襲の可能性に気を引き締めてくれているというのに。


「この戦争が終わるまでは、どんな事があろうとも心折れるわけにはいきません。いかなる苦難が待ち受けようと……たとえこの身が取り返しのつかない傷を負おうとも、勝利という目標がある以上、それを掴むまで甘んじて享受します。それが我々の務めです。領主殿、此度の支援の申し出、まこと感謝いたします」

 重傷者の回収に少ないながらも次の正規の物資搬入までのつなぎの提供。

 駐屯村の自由な扱いの容認。さまざまに便宜をはからってもらい、彼の部隊は大助かりだった。



 しかし彼女ミミが、何か考え続けながら帰ってゆく姿が、隊長はなんとなく気になっていた。






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