春晴

桟橋の

水面に映える夕暮れ

雁の黒々と描く優美

色づいていく化粧の空際

細い蒲の穂を揺らすのは

静かに滑る夜の気配


もうこれでいい

こんなに完全なら

陶然と景色に揺蕩いながら

精神は流れていく

そして ふと

膝の寒さに独りあることを知り

むやみやたらに

帰郷へ惹かれていることに気付く


故郷は

父と母の懐にこそあり

しかし

子を持つわたしは

その故郷になりきれない

帰れない故郷は

失われた暗い水の底へ沈む


夜になり

きききと夜の鳥が鳴いた

水の底は

ぽかりと泡を吐いた

わたしは

桟橋を立ち去る

ぎしぎしと足元も見えず

しかし

靄の匂いだけは確かにあり

どこかで跳ねる魚の匂いとなり

妖艶な若さの春が近づいている

遠く 遠く 最も遠くで

ちかりと星が瞬く

明日も晴れる

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