第8話 触手と黒服
鍵を開けようとして、手を止める。
すでに開いていた。
朝、閉め忘れたのか、それともゆーまが開けたのか。
何にしても開けっ放しになっていたのは問題だ。
そっと扉を開けて、家の中をのぞき込む。
特段、覗き込むには意味がなかったのだが、意味ができてしまった。
黒服 with サングラスが部屋の真ん中にいる。
不審人物にもほどがある。
「貴様、何者だ」
腹に力を入れてはっきりと言うと、黒服は身体をびくっと震わせた。
ゆーま並みにリアクションが豊富だ。
しかし、向かい合っていたはずなのにまるで見えていないかのような。
「美少女の家に無断で上がるとはいい度胸ではないか」
「少女?」
「いい度胸ではないか」
気が付くと黒服の腕をひねりあげていた。
思ったよりも、弱い。
「ぐ、怒るのは図ボァッ」
弱い。
「で、用件は何かね。最近の盗人は黒服で侵入するスタイルなのかね?」
「ま、待て、話せばわかる」
「何がだ?」
などとやり取りしていると頭の上にゆーまが着地した。
頭が揺れるのは体を横に振っているからだろう。
黒服を解放すると、サングラスをかけなおし、ネクタイを締めなおし、襟をただして、咳ばらいを一つ。
「ふむ。で、納得いく理由をしてもらおうか」
「まず、私は怪しいものではない」
そんな怪しい名乗りをする人間をどうやって信用できるのか。
「次は貴様の首をもらい受ける」
いかん、本音が出た。
「そんなことできるわけが――できるのか」
「何事も実践あるのみだ」
「……話を進めてもいいだろうか」
「いいだろう」
クッションを渡して座るように促す。
黒服はサングラスで目が隠れていてもわかるぐらいに意外そうな表情を浮かべた。
「長くなるようなら、飲み物を用意するが何がいいかね?」
「紅茶を」
紅茶を用意しているとゆーまは頭から肩に居場所を変えた。
いつもより動きがぎこちない気がするのは何だろうか。
プレートの上にティーポット、カップ3つ、クッキー数枚を載せてテーブルの上に置くと、ゆーまもテーブルの上に乗った。
最近は水の外でも歩き回る(?)ようになったが干からびたりしないだろうか。
黒服とゆーまの前にそれぞれカップを置く。
黒服はカップを手に取ると一口飲んでから、
「地球内外知的生命体保護機構の井堂という」
「地球内外知的生命体保護機構……初めて聞く名前だ」
そんな組織は聞いたことがない。
ゆーまを見るとそっと、触手を伸ばしてはカップに触れて引っ込める動きを繰り返している。
息を吹きかけて冷ましながら、黒服に続きを促した。
「人類以外の知的生命体と接触してから数世紀が経つ。しかし、我々は表立って行動はしていない」
「今、思いっきり見えているのはなぜだ?」
カップをゆーまの前に戻すと、触手を取っ手とカップ本体に絡めた。
そして、ゆっくりと持ち上げて文字通り浴びるように飲みだした。
紅茶もいける口であったか。
むしろ、何がダメなのだろうか。
「彼がいるからだ」
「地球外の知的生命体だと?」
「違う。彼は地球生まれの知的生命体だ」
「地球生まれ?」
「人類だけの星ではない、というわけだ」
そこで彼はぐっと紅茶を飲み干した。
いろいろ苦労しているのだろうな、と思う。
たとえば、保護しようと家に突入したら家主に締め上げられたり。
空になったカップに紅茶を注いでやる。
「問題は人類の生活圏が広がりすぎたことだ」
どこかで聞いた話だと視線を落とすと、触手がクッキーをもとめてさまよっていた。
先端を軽く摘まんでクッキーにまで誘導する。
「衝突を未然に防ぐ。衝突を解消するために我々がいる」
「今回はどちらかね」
「前者に近いが、該当はしない。なぜなら、共存しているからだ」
「ふむ」
黒服はクッキーを一枚とって口に入れる。
ゆっくりと咀嚼する。
同じ音がしたのでゆーまを見ると、ゆーまもクッキーを食べていた。
それは、えらく妙な図だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます